カゴの中のツバサ

九十九光

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#5-6

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残る。教え方に大差はないはずで、それどころか先生たちは教えることのプロのはずなのに、彼女の開設はそれらよりずっと分かりやすかった。
 どうしてカナコお姉ちゃんの声だけは、こんなにもはっきり聴き取れるんだろう。
 ツバサはカナコの解説で疑問を解決しながら、また別の疑問を生み出してしまった。
「ここからは教科書の内容と全然関系ないんだけど、おうし座にはこんな話があるの。」
 カナコは制服の赤いネクタイを外し、無造作にバッグの中にしまい込むと、カッターシャツのボタンを上から2つ目まで外しながら話を続ける。
「このおうし座はもともと、ゼウスって神様が変身した姿なの。エウロパっていう人間の女の人に、ゼウスが恋をしてね。それで誰にも気づかれないように近づくために、ゼウスは真っ白でとてもきれいな牛に変身してエウロパに近づいたの。そしてゼウスはエウロパに正体を明かして、クレタ島っていう場所で家族になったの。」
「家族に?」
「そう。これ見て。」
 そう言ってカナコは、自分のスマートフォンの画面をツバサの方向に向ける。
 一瞬、ツバサは胸が熱くなるのを感じた。
 カナコが端末を差し出すために前かがみになったことで、ちょうどツバサの目線に、カナコの胸の谷間と水色の下着の一部が入り込んできたのだ。
「これがそのクレタ島。今はギリシャって国の一部だけど、昔はエウロパとゼウスの子供が王様になって、一つの国として治めていたって話があるの。ミノタウロスって知ってる? 頭が牛で体が人間の怪物。あれの伝説も、この島に昔からあるお話でね……。」
 カナコはどこか楽しげに、続けてミノタウロス退治の英雄テーセウスとアリアドネの恋物語について話し始めた。
しかしツバサには、その話が半分も頭に入ってこなかった。カナコが真面目な話をしていることは理解しているが、なぜかカナコの身体のほうに意識が向いてしまっていた。
 よくよく見直したカナコの身体は、横のラインが一直線ではなく、滑らかに湾曲していた。ツバサは学校の保健の教科書で、女の子の体が成長とともに、胸とおしりが膨らんでくることは知っていた。彼の目測で、カナコはそれが6割か7割ほど完了している、といった具合だった。肌は指先から胸の上部まで、クレヨンの『はだいろ』をさらに薄くしたような色合いをしていた。爪は天井の照明を受けて、カブトムシの上の羽のような光沢が出ている。くっきりとした二重瞼と艶のある唇が、カナコのことを、まるでテレビに出てくる女優のよう
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