カゴの中のツバサ

九十九光

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#6-3

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 ナゴヤドーム前矢田駅に行くための電車は、ツバサが普段利用している東山線とは別の、名城線を走っている。そのホームには、予算不足で安全対策のホームドアが設置されておらず、女性専用車両も『始発から午前九時まで』と、男が乗り込めない時間帯が限定されているが、それ以外の時間帯は誰でも自由に乗り込める仕様になっていた。同じ駅でも、路線が違うだけでここまでルールや設備が変わるものなのかと、カナコの横で電車を待つツバサは感心していた。五年以上名古屋市の地下鉄に乗り続けていたが、初めての発見だった。
 大半の乗客は栄駅で下車するか乗り換えをするらしく、ツバサがいざ電車に乗ってみると、カナコと一緒に座るだけの余裕はちゃんと確保できた。
「ツバサ君、ホントにあそこでよかった?」
 真っ暗な窓の景色を背景に、カナコが左隣に座るツバサに声をかけた。
「うん。大丈夫。動物園や水族館は、学校の遠足で行ったことはあったけど……。いろんなお店がある大きなお店って、行ったことがなかったから。」
 ショッピングモールという言葉が出てこなかったツバサが、少し遠回りな言い方で目的地への期待を口にした。
 その後も二人は、これから行くショッピングモールで何をするかについて、数名残っているほかの乗客に気を使いながら語り合った。そういう店に行ったことのないツバサの疑問をカナコが解決してあげるだけの会話だったが、ツバサは決して退屈しなかった。まだメインのお楽しみの前にもかかわらず、この会話だけで充分な気持ちになっていた。土日休みに出かけるという非日常感が、彼にそんな気を起こさせていることは間違いなかった。
 そうこうしているうちに、録音音声のアナウンスがナゴヤドーム前矢田駅到着をすべての車両に連絡した。ツバサとカナコはほかの乗客たちともに車両を降り、十数分ぶりに快晴の青空の下へと出ていった。
 駅名にもついているナゴヤドームは、名古屋市に主な活動拠点を置いているプロ野球チームの本拠地になっているスタジアムである。今日はチームが他県の球場まで試合に行っているため、駅を降りた人々はバラバラの服装をしているが、試合がある人なると、チームカラーの青いユニフォームを着たファンと対戦相手の球団のユニフォームを着た応援団とで、ものの見事に二色に分かれた人ごみでごった返すことになる。
 駅周辺は、普通の歩道と変わらない幅をした陸橋が走っており、歩行者はこの屋根付きの専用通路を使い、駅やドーム、これからツバサたちが向かうショッピングモールなどの施設に、雨と交通事故を気にすることなくまっすぐに向かうことができる。
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