カゴの中のツバサ

九十九光

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#6-5

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いくカナコは、同じ人間なのに毎回まるで違う様相を見せている。今までのツバサにとって、服は記号でしかなかった。自分や他人がどんな人で、どんな仕事をしているかを説明するための地図記号だった。だからこそ、ただの情報提供のシステムでしかないはずの服で、新しい自分を造り上げ、まったく違う印象を植え付けてくるカナコの姿は、不思議な興味に満ち溢れていた。今日一日ずっと、このカナコのワンマンファッションショーで終わってしまってもいいと考えている自分がいることに、ツバサ自身が気付けずにいた。
「ツバサ君の服も選んであげよっか?」
 ツバサが気付いた時には、今日着てきた服に戻っているカナコが話しかけてきた。
「いいよ……。服みたいに大きいのは隠し切れないから。バレたらお母さんになんて言われるか分からないし……。」
 ツバサはすぐに断った。別にカナコに悪いと思って遠慮したわけではない。本当にこの理由だけで断らざるを得なかったのだ。本心を言えば、カナコお姉ちゃんの言葉に甘えて、今日の思い出になりそうなものを手に入れたかった。
「ああ。確かにそうだね……。」
 ツバサに言葉を返され、カナコは少し悩まし気な顔に変わり、その場で何かを考え始めた。
 そんな光景さえ、ツバサには珍しいもののように感じられた。
 今までそれだけの人が、ツバサ自身の都合を理由に、真剣に考えて代替案を提示しようとしただろうか。少なくともツバサの記憶には、自分の意見を交えて何かを考える人間というものは存在していなかった。
「こっちに来て。」
カナコは一言そう言うと、優しくツバサの手を引き、人が増え始めているショッピングモールの中をまっすぐに歩き出した。
 ツバサは訳が分からないまま、カナコが導くままに赤の他人だらけの中を歩いていく。持ってきたポーチに入らないものはまず買えないのに、カナコが何をしようとしているのか、まったく理解できなかった。
カナコの目的地は、少し暗くなるように作られた三階にあった。新装開店と書かれた手書きの広告を大々的に掲げた雑貨店だった。
 カナコの後について入ったその中は、人一人通るのがやっとなほど両側に商品が並んだ手狭な空間だった。壁や棚に添えられたハイビスカスの造花から、ハワイか東南アジアを意識した店らしく、小さな電球の照明をまばらに設置した光の暗さと、ニスを塗って光を反射
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