カゴの中のツバサ

九十九光

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#11ー3

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 そして、そんな生活を続ければ、学校や塾から問題を指摘されるのは当然の結果だった。
「お宅のツバサ君、最近無断欠席が多すぎるんですけど……。」
 千種区内にあるカゴフードの店舗。その従業員用のロッカールーム。横進ゼミナールの担当者の女性からそんな電話を受け、中肉中背の一人の女性が身を震わせていた。
「どういうことですかそれは⁉」
 外の従業員用の通路にまで聞こえる声量で叫んだのは、ツバサの母親だった。複数のパートを掛け持ちし、めったにツバサと顔を合わせない母親だった。
「あ、いえ……! 七月の八日から、一度も教室に来てないんですよ。それでご家庭で」
「はあ⁉ 私が悪いって言うんですか⁉」
 ツバサの母親は、声が大きすぎるという正社員の注意に耳を貸すことなく、電話の向こうの担当者に否定を求める質問をする。
「いえ、別にそういうわけじゃ……。ただ先ほど申しあげた通りの状態ですので、ツバサ君に何かあったのかと思いましてお電話を……。」
「知りませんよ、そんなこと! 一応こっちでも聞いてみますけど、どうせそっちの教え方に問題があるんでしょ!」
 割れ物注意と記された段ボールの包みを持つように丁寧な担当者の言葉に、ツバサの母親は乱暴な言葉を捨て台詞にして電話を切った。
 そしてその日の夜九時。ツバサの母親は残りの仕事も放りだして足早に自宅へと戻った。ツバサはいなかった。制服姿の彼が帰ってきたのは、そこから三十分ほどしてからだった彼女は何を言うでもなく土間からツバサを家に引き上げ、平手一発と蹴り一発を食らわせると、彼をリビングで正座させたうえで、近所迷惑甚だしい音量で説教を開始した。
「最近全然塾行ってないってどういうこと! あんた、私をなめてんの! 全然家に帰らないから何してもバレないと思ってバカにしてんの! どうせその辺でゲームでもしてるんだろうけど、あんたのことで私が分からないことなんてないんだからね! いい! 私があんたにいくらつぎ込んでると思ってるの⁉ 真面目に勉強していい会社に入らないと、ろくな大人にならないわよ!」
 彼女はツバサ自身がことあるごとに受け続けた言葉を、玄関のドアをノックするほかの住民を無視して一時間以上吐き続けた。その間ツバサは、「どうして塾に行かなかったの?」と意見を求められることも、「ごめんなさい」の一言を言う機会も、恐怖で涙を流すといったことも、ただの一度もなかった。
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