カゴの中のツバサ

九十九光

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♯11ー8

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「何ですか、こんな夜遅くに! また私がツバサに暴力振るってるなんて言いがかりつけるんですか! 何度もやってないって言ってますよね!」
 電話の向こうの彼女は、アイダが何か言いだす前に、自分が思ったことを次々と口に出していく。『小学校』といった具合に電話番号を登録しているらしいことは、彼女の携帯電話の画面を見たことがないアイダにも察することができた。
「あ、いえ、本日はそういう理由ではなくてですね……。あ、A学院小学校のアイダですけども、ツバサ君のお母様で」
「そうですよ! で、今日はどんな用事ですか!」
「本日の期末テストなんですけども……。ツバサ君、名前も一切書かない白紙回答で提出しまして、その件で」
「はあ⁉ どういうことですかそれ!」
 ツバサの母親はアイダのセリフを途中で切るように、自分のセリフをねじ込んできた。受話器の向こうからは、その声より小さな声で、「カミヤさん、声量に気をつけて。」という声がアイダの耳に入ってくる。
 アイダ自身、ツバサの母親とは何回か顔を合わせてはいるが、できることなら面と向かって話し合いたくないと考えていた。ツバサの母親は、学校内では問題の多いモンスターペアレントして教員たちに認知されていた。代々ツバサの担任を務めてきた教師たちには、電話相談や家庭訪問などで話をする度に、「息子にちゃんと勉強教えてくれてますか?」「息子の成績落とすような真似しないでくださいね!」などの口うるさい小言を言い続ける一方、給食費の未払いや昨日の帰りまでツバサについていなかった顔の痣など、逆に教師たちが言いたい話はまるでさせないといった、非常に自己中心的な人物だった。
 だがアイダは今日、そんなツバサの母親に一つの頼みごとをしようと電話していた。
 会話を長引かせることへ危機感を覚えたアイダは、すぐにその頼みごとを言うことにした。
「えー……。それでですね。ツバサ君にはそれ以外にも何かと問題がございまして……。お母様の努力のほどは重々承知でご相談なんですけども、このあたりで一度、私とお母様とツバサ君で三者面談をしたほうがよいと、私共考えまして。それで本日はお母様のご都合だけでもお伺いしようと、お電話させていただきました。」
 アイダは単刀直入に、それでいて恐れをなした言い回しで、ツバサの母親に提案をする。彼は内心、時季外れの面談なんか怒鳴られて断られるのが関の山だろうと考えていた。
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