カゴの中のツバサ

九十九光

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#12ー1

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 七月二十四日の夜十時頃。
風呂から上がり、頬がピンク色に上気しているパジャマ姿のカゴカナコは、キッチンの冷蔵庫からペットボトル入りのオレンジジュースを取り出し、それを持って自室に上がった。
 今の彼女の頭の中は、夏休み期間中のツバサとの過ごし方でいっぱいだった。彼とどこへ行き、何をして、今以上に距離を縮めるか。そんなことを考えていた。
 実際、ツバサと出会ってからのカナコの楽しみは、こうした計画を立て、実行することが中心になっていた。今までツバサに教えてきた情報の一部分は、彼と出会う前のカナコが一切興味を持っていなかったものも含まれる。パンケーキの店やゲームセンターのUFOキャッチャーなどがいい例だ。
 だが、奇跡的に出会えたツバサのためなら、あの籠に閉じ込められた小さな小鳥を助け出すためなら、知らないことに一から飛び込むことくらい、別に大変な苦労には感じられなかった。ツバサのためと考えると、ほかのやりたいことに使いたい時間を割くことも楽しくなってくるほどだった。
 名古屋港の水族館がいいかな? 御殿場の海水浴場なんかもよさそう。
 階段を上るカナコは、ワクワクした思いを隠す気もなく口角を吊り上げていた。
 そんな楽しい気持ちのまま自室に入ると、彼女は真っ先に机の上で充電器に挿しているスマートフォンを確認する。最近はツバサからLINEの送信が来るようになったため、ほんの数分目を離した後でも確認することが重要になってきていた。
 案の定、スマートフォンにはツバサからのLINEの送信が来ていた。
一体どんな話をしてくれるんだろう。
そんな期待を胸の中で躍らせしながら、カナコは彼が白色の吹き出しに打ちこんだ文面に目を通した。
 しかし今日のツバサの話は、決して楽しい話ではなかった。
『明日学校で三者面談がある どうせお母さんも先生も ぼくの気持ちなんか考えないで ぼくの生き方を強引に決めようとしてくる そんなのもう嫌だ これ以上大人が勝手に決めた生き方にしばられたくない お姉ちゃん ぼくはどうしたらいいの?』
 悲痛な叫びだ。カナコはそう直感で感じた。
 自分も幾度となく体験してきた、身勝手な大人の事情。その被害者であることを痛感し、悲嘆の声を上げている少年の姿が、白色の吹き出しの中に打ち込まれている文章にはっきりと映し出されていた。
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