カゴの中のツバサ

九十九光

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#14ー2

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「駕籠加奈子さんですね。」
 ワイシャツの男は部屋に入ってきた少女を一瞥し、先ほどの警察官と同じ質問をした。この男がさっきの警察官と違っていたのは、すぐに自分の身元を明かしたことだった。
「愛知県警捜査一課の大橋です。駕籠加奈子さんで間違いないですね。」
 男はシャツの胸ポケットに入れていた黒い革張りの警察手帳を開き、まじめそうな仏頂面の顔写真とともに自分の本名を、黙り込んでいたカナコに伝えてきた。
「確かに私がカゴカナコですけど……。あの……。何かあったんでしょうか。」
 彼女は正直に自分の名前を口にした。大橋はうなずきながら手帳をしまう。
 そこから最初に口を開いたのは、カナコの父親だった。
「お前……! 小学生誘拐したって本当か⁉」
 カナコの中で、何かが爆発するような感覚が弾けた。全身から不快感と恐怖の塊のような汗が一気に噴き出し、この状況に対する疑問だけが頭の中を駆け回る。
 両親はソファに座ったまま、父親は膝の上に拳を置きながら、母親は両手で顔を伏せながら泣いていた。事の次第を説明できるような様子ではなかった。
「私から説明しましょう。」
 大橋が口を開き、カナコに向かって、一つの事件について説明し始めた。
「今日の午後一時ごろ、名東区のA学院小学校の五年生、神谷ツバサ君が、駕籠加奈子と名乗るASA女子高の生徒に誘拐されたと、彼の母親から通報が入りました。後から確認すると、別に誘拐されたところを見たわけではなく、その女子高生が誘拐したかもしれないという内容でしたが。ツバサ君の担任が名前と住所をメモしていたから、それでASAに駕籠加奈子について確認を取ったところ、二年前の卒業生に名前と住所が一致する生徒、つまりあなたがいたことが分かりました。住所こそ微妙に違っていましたが、この周辺で駕籠という名字の家は、この一軒だけでした。」
「ちょっと待ってください! あたしそんな子、知りませんよ!」
 淡々した口調で説明する大橋に、カナコは慌てて自分の無実を弁解する。しかし、このくらいで捜査をやめるほど、警察はいい加減な組織ではなかった。
「さらに調べたところ、今あなたは横進ゼミナール、ツバサ君が所属する学習塾でアルバイトをしているらしいですね。」
「……! そういえば確かにそういう名前の子はいましたけど、あたしはただの事務員で、塾の生徒とは会話する機会なんて」
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