65 / 166
#11ー1
しおりを挟む
#11(三人称)
愛知県名古屋市名東区藤が丘。市の最東部に位置し、築二、三十年の古い家や団地がざらにある場所。最近になって新興住宅地と高架下の飲食店が現れるようになったが、県外からの観光客には隣の長久手市へのアクセスに便利なリニアモーターカーの駅くらいしかない。そんな町だった。
三月三日の午後九時頃。この町のとあるアパートの一室で、一人の女性の他殺体が見つかった。橋本楓という、二十代の耳の聞こえないろうあ者の女性だった。
彼女は事件現場である四階建ての建物の一階の部屋で、実の兄である県警の捜査一課刑事、橋本隆と同居していた。遺体の第一発見者も、警察への通報者も彼だった。
橋本隆はその後行われた取り調べには応じなかった。正確にはそれができなかった。駆けつけた彼の同業者たちが質問をしても、終始判読不能な言葉を泣きながら叫び続けるだけで、まるで事情聴取にならなかったのだ。通報前に電話した彼の上司の指示でかろうじて警察は呼べたが、それ以上のことができる精神状態ではなかったらしかった。
駆けつけた捜査員たちが目にしたものは、現金がどこにもないリビングだった。そこにあった小さな洋風タンスをひっくり返したように、通帳と印鑑、派出所時代の制服姿の橋本隆と楓が写るツーショット写真が入った写真立てなどが転がっていた。だが彼女の財布も、タンスに入っているはずの現金も、部屋のどこを探しても見つからなかった。室内外の違いはあるが、和製切り裂きジャックの手口と一致していた。
また、部屋の鍵が彼女の鞄から見つかり、ベランダからは人の出入りの形跡が見つからなかった。ここから捜査員たちは、犯人は玄関から侵入し、そこからドアの施錠をしないで現場を離れたと予想した。
そして楓の遺体のほうも、今までの和製切り裂きジャックの犯行同様、凄惨な形で遺棄されていた。
彼女の遺体は、普段彼女が寝室にしている和室内で、金属製のハンガーラックからワイシャツで首を吊られ、口からだらしなく血の混じった唾液の跡を作っている状態で見つかった。腹部はみぞおちから下腹部まで縦一直線に切り裂かれ、赤黒く生臭い臓物を畳とその上に散乱するスーツやコートの上に垂らすその様子は、大衆の面前で解体されたアンコウのようだった。衣服は、ズボンと靴下は手つかずのままだったが、腹を裂くのに邪魔だった上のシャツとブラジャーは縦に裂かれていた。彼女の服と白い肌、室内の床や壁は、彼女自身の血で赤と黒に染められていた。両目は力なく開いており、目を凝らしている様子もなく畳に落ちた自分の肝臓か膵臓を見下ろしていた。
そして彼女が袖を通したままだった、前が破かれているシャツの裏側に、次のように記されている紙がホチキスで留められていた。
愛知県名古屋市名東区藤が丘。市の最東部に位置し、築二、三十年の古い家や団地がざらにある場所。最近になって新興住宅地と高架下の飲食店が現れるようになったが、県外からの観光客には隣の長久手市へのアクセスに便利なリニアモーターカーの駅くらいしかない。そんな町だった。
三月三日の午後九時頃。この町のとあるアパートの一室で、一人の女性の他殺体が見つかった。橋本楓という、二十代の耳の聞こえないろうあ者の女性だった。
彼女は事件現場である四階建ての建物の一階の部屋で、実の兄である県警の捜査一課刑事、橋本隆と同居していた。遺体の第一発見者も、警察への通報者も彼だった。
橋本隆はその後行われた取り調べには応じなかった。正確にはそれができなかった。駆けつけた彼の同業者たちが質問をしても、終始判読不能な言葉を泣きながら叫び続けるだけで、まるで事情聴取にならなかったのだ。通報前に電話した彼の上司の指示でかろうじて警察は呼べたが、それ以上のことができる精神状態ではなかったらしかった。
駆けつけた捜査員たちが目にしたものは、現金がどこにもないリビングだった。そこにあった小さな洋風タンスをひっくり返したように、通帳と印鑑、派出所時代の制服姿の橋本隆と楓が写るツーショット写真が入った写真立てなどが転がっていた。だが彼女の財布も、タンスに入っているはずの現金も、部屋のどこを探しても見つからなかった。室内外の違いはあるが、和製切り裂きジャックの手口と一致していた。
また、部屋の鍵が彼女の鞄から見つかり、ベランダからは人の出入りの形跡が見つからなかった。ここから捜査員たちは、犯人は玄関から侵入し、そこからドアの施錠をしないで現場を離れたと予想した。
そして楓の遺体のほうも、今までの和製切り裂きジャックの犯行同様、凄惨な形で遺棄されていた。
彼女の遺体は、普段彼女が寝室にしている和室内で、金属製のハンガーラックからワイシャツで首を吊られ、口からだらしなく血の混じった唾液の跡を作っている状態で見つかった。腹部はみぞおちから下腹部まで縦一直線に切り裂かれ、赤黒く生臭い臓物を畳とその上に散乱するスーツやコートの上に垂らすその様子は、大衆の面前で解体されたアンコウのようだった。衣服は、ズボンと靴下は手つかずのままだったが、腹を裂くのに邪魔だった上のシャツとブラジャーは縦に裂かれていた。彼女の服と白い肌、室内の床や壁は、彼女自身の血で赤と黒に染められていた。両目は力なく開いており、目を凝らしている様子もなく畳に落ちた自分の肝臓か膵臓を見下ろしていた。
そして彼女が袖を通したままだった、前が破かれているシャツの裏側に、次のように記されている紙がホチキスで留められていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる