イレブン

九十九光

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♯1ー5

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「待ってください! もしかしてこの子、こないだの地震の被災者なんですか!?」

 私は書類から顔を上げ、小林先生の顔を見る。彼女はこの日初めてしおらしい表情になり、一回首を縦に振った。

 今から二週間ちょっと前に、東北地方沿岸を震源とする、マグニチュード9の巨大地震が発生。宮城、福島、岩手を中心に、太平洋側の東日本のほぼ全域が甚大な被害を受けていた。東京や千葉では埋め立て地の液状化現象が問題となり、福島では沿岸にあった原子力発電所が揺れによって生じた津波で壊滅し、放射性物質が漏れ出すなどの被害が起きたのだ(ちなみに愛知県では名古屋市内で東京方面への帰宅困難者が出ただけ。私にいたっては職員室で被害の生中継を確認するまで地震発生に気づかなかったほどだ)。

その中で宮城県の沿岸部は、津波によって壊滅的な被害を受けた場所であり、当日のテレビのニュース速報でも、津波が町の中に流れ込み、家や車を押し流していく光景が放送された。専門家の試算によると、万単位の死者が発生し、世界的な経済損失は天災によるものとしては最高額を記録すると予想されている災害でもある。要約すれば、この時期の日本人なら誰だって知っている大事件に、この内田平治は巻き込まれていたというわけだ。

 さらに補足説明として、内田平治が通っていた藤塚中学校は、津波の被害をもろに食らったことも書いてあった。全校生徒と教員合わせて二六三名中、二五七名が死亡、行方不明になったという。なるほど、確かにこんな体験をすれば心に傷を負うのも無理はなさそうだ。それも中学三年生一歩手前という一番多感な時期に。

 これで事情を把握した私は、手に持った書類から目を離し、それを腰のあたりまで下ろした。

「待ちなさい、あなた。二枚目も読みなさい」

 すると小林先生は、私が目を離した書類を指さしながらそう言ってきた。

「まだ何かあるんですか? 新しい住所とか、家の状況とか、そういう内容でしたらあとでも」

「そういうのじゃないの。この子には別の問題もあるのよ」

 小林先生の石でも投げつけるような厳しい言い方に気圧されて、私はすぐに書類を持ち上げて書類の二枚目に目を通した。

 震災被害に関する内容が書かれていた一枚目の裏側は、愛知県に越してからの住所と現在の保護者の名前が記載されていた。東中学校の北側の住所で、父方の祖父母の家で暮らしているという。
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