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第3章 異世界王国編

第50話 どちらも救う道を選びますわ!

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 心にぽっかりと穴が開いたような、妙な喪失感と共に俺はベッドの中に入った。一人分の熱、一人分の質量。必ずそこにいて、離れた事のなかった何かがすっかりと身体から抜け落ちた。

 俺は失敗したのか?
 嗚呼、そうだろう。ルナは敵の手に落ちた。主導権は奴らが握る事になった。シンシアの為に戦おうと決意して……ッ!?

 ダンッ、俺は強くベッドを叩く。
 ギシギシと悲鳴のような軋みを上げた。

 ニル……《神級精霊》のような超越したカードが奴の手にある事も本来であれば想定しておくべきだった。夜中に奇襲を仕掛けて来る事も、予想できたはずだ、なのにッ!!

 ……

『異世界には日本の法律が通用しない。弱肉強食の世界だ。力ある者が正義の国で悠長に事を構えていたら、自分の大切な物まで失ってしまうかもしれない』

 俺の脳裏で反芻する言葉。
 自分の大切な物ルナを失った今、俺に何が出来る。このような醜態を晒しておいて尚、俺は世界の最強である事を謳うのかッ!?

 認めよう、俺は負けた。
 異世界に来て初めて、俺は世界に……負けたんだ。

 あまり感じた事のなかった敗北の味。
 静寂に包まれた夜、俺は静かに慟哭した。


「まあ……そんな事が!?」
「この一瞬で仕掛けて来るとは……!」

 シンシアは王宮へと戻り、アルマリアへと事の仔細を伝えた。それで解決を図ろうとした訳でも、具体的プランを抱いていた訳でもない。ただ、落ち着いていられなかった。

「その後の彼は……見ていられなかったわ。まるで、魂が抜け落ちたみたいにゆらゆらと歩いて行った。私が守れなかったばっかりに……ッ!!」

 シンシアの眦に涙が浮かぶ。
 何が王国最強の騎士か、二度も無様に負け、挙句大切な仲間まで失わせて。どれだけ人に迷惑をかければ気が済むのか。自己を否定する言葉が呪文のように脳の中を木霊する。

 後悔したのはシンシアだけではない。
 長居させ、奇襲の機会を与えてしまったとアルマリアは絶望し。ほんの一瞬、持ち場を離れていたイレイスは奴らの狡猾さと迅速さにただただ驚愕するしかなかった。

「す、すぐ助けませんと」
「そう簡単な話ではないと思います」

 慌てて席を立ち上がるアルマリアを宥めるイレイスの表情は実に暗い物だった。まるでこの先の展開を既に見透かしたかのような冷えた双眸で。

「ルナさんはシンシア様を誘き出す手駒とされたのです。第三階層は奴らにとってのホームグラウンド。一度彼らの元に足を踏み込んだ時には……」
「シンシアちゃんまで、死ぬというの……!?」

 つぅ、と綺麗なアルマリアの肌に一筋の光が落ちた。見逃せばルナが死ぬ。逆に行けばシンシアが死ぬという圧倒的な板挟みジレンマ。そのどちらかを選べと強いるのはあまりにも酷。拷問と言っても差し支えない。

「私は……行きます」

 シンシアは蚊の鳴くような声でそう呟いた。
 指先が微かに震えている。

「シンシア様……貴女はこの国を代表する騎士だ! 貴女の命には国民全ての命が賭かっているッ!! まだルナさんが死ぬと決まった訳ではない。シンシア様が行かなければ死ぬという保証もない」

 イレイスが堪らず叫んだ。
 シンシアの記憶上、初めての彼の反発だった。

「なら、あの娘に死ねって言うの!?」

「そうは言っていませんッ!! ……! 貴女が僕に『死ね』とお命じになるならば、悦んでこの命を捧げましょう。死地第三階層に向かうのは僕一人で十分です」

 シンシアは瞠目して彼を見た。
 常に冷静で、シンシアにはない知恵を与え続けた頼りになる右腕。そんな彼の本音を初めてシンシアは聞いた気がした。ここまで感情を震わせ、彼を突き動かす根源たるモノは何か。彼が何を考えているのか。シンシアはそれが分からなくて少し不気味に思えた。

「それでも……」

 シンシアはゆっくり首を振った。



「どうして……!」

「死ぬと分かっていても、戦わなければならない時がある。それが騎士というものよ。それに、あの人……レイも必ず再び立ち上がるわ」

 窓の外、漆黒の夜闇に包まれた空を見上げた。

「わたくしは、認めません」

 下唇を強く噛んで、アルマリアはシンシアの肩を握り締める。
 旧友の死をみすみす許す筈がない。

 何よりも平和を求める彼女ならば猶更。
 シンシアは静かに目を伏せて、


「わたくしは、!」


 シンシアとイレイスは同時に顔を上げる。

「何故どちらかを選択するのでしょう。何故どちらかしか助からないと決めつけるのでしょう。簡単ではありませんか、全員で力を集めれば如何なる敵も撃ち滅ぼす。それこそが、王国に仕えし騎士の本分でしょうっ!」

 アルマリアは吠える!

「エルミナント王国第二王女、アルマリア・フォン・アルテミシア・エルミナント・オルビスの名において命じます。シンシアちゃん、そしてルナさん。必ずどちらも救って見せなさい。それが出来なくては騎士の名が廃ります」

 ふんすっ、と腕に手を当てて端然と答えた。

「アルマリア様……」
「昔みたいに、と呼んでもいいですわよ。?」

 シンシアは赤くなった目をごしごしと擦る。
 全く、やはり彼女には頭が上がらない。

 今後の王国を担うだけの胆力を持っている。
 シンシアは涙を溢れさせながら。

「その任。必ず遂行して見せます」

 片膝を付き、深く首を垂れる。

「だから……固いと言っていますのに。では今から作戦会議をしますわよ!」

 なるほどそれが狙いかとシンシアはやれやれと首を振った。アルマリアの表情はやる気に満ち溢れており、このまま徹夜も辞さない覚悟を持っていた。

 シンシアが第三階層に赴くと決まった時点で、それを元にした作戦を立てるのは必至だ。知力、財力、そして武力の限りを尽くして、シンシアをも上回る脅威に立ち向かう。

 王国のバックアップという最強の味方を手にしたシンシアの心は、優しい感情が湯のように溢れ出て止まらない。恥ずかしいからと決して口には出さないけれど。

「(ありがとう、マリアちゃん)」

 シンシアは心の中で呟いた。

 夜はまだまだ長い。
 日が昇る頃までシンシア達は作戦会議に費やしたのだった。



 
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