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第3章 異世界王国編

第51話 俺は主人公にだってなれるんだ。

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 あれから何時間が経ったか。真っ暗になった室内はこの空間だけ時が止まったかのように外界と隔絶され、耳鳴りを催す絶対的な静寂が場を占めていた。

 コンコン。

 扉の戸が鳴った。

『レイくん。私、シャルだよ。隣にノエルもいる』
『街で少し噂になってる。シンシア様との戦闘にレイ達が巻き込まれたって。それで……ルナちゃんが』

 扉越しに会話する。否、会話とも呼ばない一方的な語りかけだった。透き通るような声が脳に刻み込むように俺の耳に入り込む。

『レイくん。このままでいいの?』

 なんだよ、うるさいな。
 分かってるよ。

『ルナちゃんはレイをきっと待ってる』

 分かっている。そんな事ッ!!
 影に呑まれる前のルナは、涙を滲ませながら必死に手を伸ばしていた。あの時の表情が脳裏に焼き付いて離れないんだ!!

『レイくん、まだ何とかなるよ。こんな状況、いつだって乗り越えてきた。ここで諦めるなんてあんまりだよっ』

 己の無力を呪うかのように、シャルは戸を叩いた。
 啜り泣く声が聞こえた。

 今だけは誰かが騒いで欲しかった。
 その声を聞いたら、俺の心まで涙を零してしまうから。

『おねーさん達も協力する。だから……』

「じゃあ俺はお前らに死ねって命令すりゃ良いのかよっ!?」

 心のダムに亀裂が入り、それが虚しく決壊した。
 止め処なく溢れる感情が、悲痛の声を漏らした。

「相手は転生者でチート持ち。挙句そいつにはシンシアですら勝てない《神級精霊》が味方についているっ、それを第三階層にいる全部の魔物を相手しながらルナを奪還!? ふざけんなっ」

 言葉にするとその絶望が一層顕になった気がした。

「ルナが向こうの手に渡った時点で、俺達は後手に回った。シンシアが犠牲になる事は勿論、これ以上抵抗すれば、今度はもっと大勢の人が犠牲になるかもしれないっ!」

 一人を救うために十人を犠牲にするならば。
 その一人を見捨てた方が懸命ではないか。

 当たり前の算数の問題だった。
 倫理観を問う問題───これはトロッコ問題だ。

 俺は当たり前の決断を迫られ、それに当たり前の答えを示そうとしている。それでいて何故俺は責められているっ!?

 答えは既に出ているようなものだ。
 これ以上俺が何かを言う必要も無い。

?」

 周りがとか、そんな言い訳は通用しなかった。
 俺の述べた回答は、あくまで一般論で。
 俺がどうするかという結論は出していなかった。

「良くない。良くねぇよ……」

 ルナはもう、ただの他人じゃない。
 俺の傍に居なきゃ行けない人間なんだ……!

 その日は、ただ泣いて終わった。

 □■□

 朝になると流石に二人はいなくなっていた。
 お腹の減った俺は下に降りて、軽食を作って食べた。辛うじて食事を取っていたのは、生憎と身体が生きる為の糧を欲していたからだ。ルナを犠牲にしておいて、都合のいい身体だ。

 宿の店主に心配されながら俺は部屋を出た。
 寝不足の身体に重く突き刺さる陽光は、憎たらしい程にギラギラしていて眩しかった。

 行く宛を予め考えていた訳では無い。
 ただ足は自然とその場所へ向かっていた。

 カランカラン、戸を開くと鐘の音が鳴った。

「いらっしゃい……ってお前か」

 店長のランドルフは身構えて損をしたと肩を落とした。そして早く入れと目線で合図を受けた。

 スツールに手を伸ばし、ゆっくりと腰を下ろす。カウンターに触れた時の優しい木の感触が懐かしく感じた。

「何飲む」
「おまかせで」
「明らかに寝不足じゃねぇか。何があった」

 グランデーに伸ばしかけた手を引っ込め、代わりに奥からフルーツを搾ったジュースを冷えたグラスに注ぎ込む。

 俺は喉を鳴らしながら、飲み込んだ。
 まろやかな味が傷付いた心をゆったりと癒す。

「俺の相棒が敵の手に落ちた」
「……そうか」

 多くは語らなかった。
 それでもランドルフは特に言及せず、いや既に大部分を把握していたかのように深い息を漏らした。

「ランドルフはさ、どうしてた? その人の事を救いたい、でも救うには他に犠牲を被る可能性があるって時」

 俺の手は意図せずガクガクと震えていた。
 緊張だろうか。この答えを聞いたら、何かを自分の中で決断しなければならないと予感があったのかもしれない。

「何故それを俺に聞く?」
「だって店長、?」

 当たり前の事実を述べるように俺は丹前と答えた。
 ふんっ、と不機嫌そうランドルフは鼻を鳴らす。

「ただ店を経営するだけの人が、ギルドに入ったりはしない。《月華の盃オリオン》ってのは冒険者時代に所属していたパーティーの名前だ。それに、妙に鍛え上げられたその巨躯は、戦闘職を生業としていた証だ」
「相変わらず頭が冴えるガキだな」

 俺は机に突っ伏しながらも的確に答えを明かす。

「で、俺がどうするかだったか? 答えは簡単だ。。以上だ」

 俺はふっと頭を上げた。

「馬鹿な事を聞くんじゃねぇよ。じゃあ救助隊ってのは何だ。犠牲がゼロだと百パーセント言えるから、遭難者や未帰還者を救いに行くのか? 違ぇだろ。

 ランドルフは俺のちっぽけな悩みを一笑に付した。
 迷う素振りすら見せず、即決だった。

「冒険だって元はと言えば、危険を承知で戦う職業だ。そのリスクを深く考えて足踏みする奴はそもそも冒険者に向いてねぇ。それでも冒険をするのは───皆揃って帰る為じゃねぇのか?」

 そうだ。みんな揃っているから俺達は成り立つんだ。
 ルナがいない冒険は冒険じゃない。
 ルナがいない世界を認めてはならない。

「お前は才能がある。戦闘とかそういう枠組みじゃねぇ、人々を惑わし、凌駕し、纏める才能だ。いい意味でも悪い意味でも、お前は主人公だ。なら、迷う必要なんてねぇ。誰が死のうが知った事か、お前の大事な物を取り返してこい」

 心に炎が宿った。ほんの小さな灯火程の光が、天にまで届きうるような業火へと燃ゆる強さが増していく。

「お前にとってその子は大切か?」
「ああ。初めて本当に好きだと思える、そんな奴だった」
「なら答えは決まったな。迷う必要すらねぇ」

 目を閉じる。毛先を弄る。
『演算領域』を無意識で発動を始めた。

「如何に相手が強大だろうと、やる事は変わらねぇ。相手を騙し、世界を騙し、お前だけが勝利する。そんな世界線を築くんだ。お前なら出来るんじゃねぇか?」

 ふふ……俺は失笑する。

「ふはは、出来るか? 愚問だな」

 パズルのピースがピタリ、ピタリと嵌っていく。
 連鎖的に勝利の方程式が組み上げられていく。

 チートが何だ。それがどうした。
 俺は最強───その事実さえ揺るがなければ。

 俺は主人公にだってなれるんだ。

「……やってやるよ。何せ俺は───最強だからな」
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