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第3章 異世界王国編
第52話 男を元気にする方法。
しおりを挟む「ノエルのばかぁぁあ!!」
私は扉をバタンと閉めて駆けだした。
嗚呼、今すぐこの記憶を消し去って欲しい。
何処かにいる神に、私は切に願った。
さて。私が顔を真っ赤にして飛び出したのには訳がある。
そのきっかけとなったのは、私の親友ノエルが珍しく神妙な表情で呟いた、ある一言からだった───。
□■□
「レイを元気づけてあげたい」
レイの様子を見に行ってから数時間後。
ふらふらと立ち寄った喫茶店で、甘い飲み物を啜る。
普段は糖質を控えていたばっかりに、多少なりと感じる罪悪感を無理やり心に押し潰して、私は喉を鳴らしていく。スッとストレスが抜けていった。
私はぱちぱちと目を開閉する。
「シャル、協力して」
「それはいいけど……何か案でもあるの?」
実はこれ、少し意外な話なんだ。
かれこれ十年以上付き合ってきた仲だけど、こうして主体的にノエルが動くのは殆どない。記憶が確かなら、私の母が死んで冒険者である事を辞めようとしていた私を引き留めたあの時以来だろうか?
それだけレイくんを大切に思っているという事実に気づいた私は、少し嬉しく思う反面、複雑な感情が私の脳内を支配していった。
私は首を振って意識をクリアにする。
うん。
やっぱり……ルナちゃんを諦めるなんて出来ないよ。
相手がどんなに強くても、私達は冒険者なんだ。
決意が固まる。
出来る事ならなんでもしよう!
この時の決意は、オリハルコンより硬かったに違いない。
「ん……一つ思い付いた」
「そうなの、教えてっ!」
流石私の親友。これしかないと、断言しそうな鋭いノエルの視線に、同性である私ですら一瞬ドキリとした。こんな真面目な表情のノエル……初めて見た。
一体何を思い付いたんだろう?
「ん。これは昔からの言い伝え。あらゆる苦痛や興奮を忘れさせる唯一の方法がある。ただし、相手が男の場合に限られる」
ごくりっ、私は喉を鳴らす。相手が男の場合……!
「ある時は決戦前、ある時は傷心した時」
ノエルの目に引き寄せられるように顔を近づける。
意を決したように口を開いた。
「女は身体を使って男を慰める」
なるほど。
うん。うん……?
「え。何言ってるの、ノエル!?」
私の聞き間違いだよね。
「ん。だから、二人で頑張ってレイを元気にする」
「いや、元気って性的にって事だよねっ……!」
「根本的には同じ。精力とも言う」
「うん、そうだけど。そうなんだけどっ!」
聞き間違いじゃない!?
え~~、なんで私っ!?
しかも二人でって、それ実質、3……。
「私そんなに可愛くないし……」
「謙遜は良い。デビュー以来色んな男に声かけられてる」
「そ、それはノエルだってっ。私よりおっぱい大きいし、腰もくびれてるし。そうだよ、だったらノエル一人でも十分なんじゃないかなっ!?」
「ううん。慰める時の男は特に乱暴になるらしい。ありとあらゆる情欲をぶちまけられて、ちゃんと立っていられるか……戦力は多い方がいい」
「戦力って……レイくんってどんな獣なのよっ」
一瞬、そんなありえない想像が脳内に繰り広げられる。
ノエルとレイくんが激しく交わって。
その時、胸がチクリと痛んだ。
そ、そうだよね。
ノエルだけに任せるなんて無責任だよね。
レイくんに復活してほしい気持ちは私も同じなんだから。
そう自分に言い訳して、
「だから今日は服を買いに行く」
「へっ、今から……?」
「ん。その為の準備はして来た」
スチャっと、貨幣が詰め込まれた麻袋を取り出す。
こういう所での準備の良さは相変わらずだった。
「決戦は明日の夜。今日みたいに宿を押しかける。宿の店主さんに事前にアポは取った。当日は特別にレイの部屋の鍵を開けておいてくれるらしい」
「既にそこまで手を回している!?」
つまりノエルは最初からこの方法を頭に入れて?
喫茶店に来たのは、私への説得って事なの……?
全て仕組まれていたのだ。
ノエルが考える素振りをしたのも全てブラフ。私を巻き込む算段は、レイくんの家に訪れる前から既に始まっていたのだ。
内心涙目になりながら私は渋々席を立つ。
ノエルの迅速っぷりったら、既に会計を済ませ扉の前で手招きをしている始末。ノエルが何を考えているかを見通すのは、親友である私にも難しい。
□■□
服屋に立ち寄った私は、ピンク色の暖簾を捲し上げて、成人向けブースへと足を踏み入れる。この国では十五を成人年齢としているから、私達は合法になってしまう。
ノエルは表情一つ変えずに色々と物色する。
「これとかどう?」
「それほぼヒモじゃあ……」
服って言う概念があまり分からなくなってきた。
「ん。じゃあこれは?」
「透けすぎじゃない……? 大事な所、色々隠せてないと思うんだけど」
「どうせ脱ぐなら一緒」
「ううう……ノエルなんでそんな平気なの?」
ノエルは昔から表情を大きく変える事は無い。
クールとはまた違う気がする。
感受性が低い? それだと悪口になっちゃうかな。
「なら無難にこの服で。就寝用の上質なシルク素材で作られたワンピース型」
「え、でもそれだと脱ぎにくくない?」
「はっ、確かに。シャル、目ざといね」
こんな所で褒められても嫌なんだけど。
思った事をそのまま言ったのが仇となった。
最悪、もう帰りたい。
「つまり上下はセパレートタイプで、あまり淫乱にも見えない、最低限の節度と品性を感じる服がベストって事。ん、かなり分かってきた」
ノエルはあれこれと自分の身体に当てながら鏡と見合わせる。ふよんふよん、と大きな胸がその度に揺れてこちらを誘っているようにも見えた。
「はあ、なんでこんな事になったんだろう───」
もう後戻りが出来ない。
後悔と不安がごちゃ混ぜの感情で私は深い溜息をついた。
時は過ぎ、翌日の夜になった。
私は、暴れる心臓を抑えて部屋の前に立つ。
レイくんはまだ起きているだろうか。
寧ろ寝ていてくれた方が、少し楽なんだけど。
私は羽織っている外套の下をチラリと覗く。
そこには、すぐにでも目を背けてしまいたくなるような、風が駆け抜けてはすーすーする、えろえろの服を確かに纏っていた。局部を強調した大胆なデザイン。下腹部がジンと熱を帯びた。
「~~~っ」
その時、ふと部屋の中から声が聞こえた。
誰かと話しているらしい。
誰だろう、こんな時間に。
『悪い悪い、助かった……っはは、人使いが荒いって? そこは勘弁してくれよ。俺だって寝る魔を惜しんで計画を立ててるんだぜ』
部屋の中には一人の気配しかないはずだ。
どういう事だろうと私はノエルを見る。
「多分……幻覚を見ているのだと思う」
「そこまで深刻な状態!?」
医者のような素振りで肩を竦める。
『戦力はほぼ調達出来たな……え、ああ。それは内緒だ』
なんだか楽しそう。
本当に中に誰かいるのかな。
二人で顔を合わせる。
いや、もう迷っている場合じゃない。
扉をゆっくりと開けた。
そこには信じられない光景が待っていた。
ガリガリガリガリ。
紙に向かってただ猛然と筆を走らせる後ろ姿。
机に向かい、何やら細かく書かれた文字。
それは暗号的な物まで、例えるなら物語のあらすじと脚本をただ連ねたような文章が続いていて、それをまた一枚部屋の中に放る。
部屋には、沢山の紙が散乱していた。
ナニコレ……。
「レイ、何してるの」
ノエルの呼びかけにレイが振り返る。
目にはクマが出来ていた。
「いや、何。ルナを取り戻す計画をな」
「……レイ、いつの間に立ち直ったの?」
レイの表情は、昨日より格段にマシになっている。
寧ろ、希望を求めて足掻く爽やかな少年らしい双眸で。
「いつまでも寝てはいられないさ。ルナをあんまり待たせると拗ねてしまう。って訳だ、二人共心配して来てくれたんだろうが、俺はこの通り問題ない。ああそれと、明日の朝。冒険者ギルドの前に集合な、見せたいものがあるから」
私は呆気に取られていた。
それはノエルも同じらしく。
錆付いた機械の如く、ぎこちない動きで顔を見合わせると。
「えっと……これって」
「ん。作戦、必要なかった」
その瞬間、崩れ落ちようかという衝撃を踏ん張って。ただその代わり、全身に湧き出た羞恥心で顔を覆いながら、私は駆けだしたのである。
「ノエルのばかぁぁあ!!」
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