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第1章 出会い

第6話 人を好きだと言わせてみせる。

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 シャワーを浴びたラケナリアが魔法で髪を乾かしていた。俺もその後に入ろうと考えていたが、風呂上がりで赤みがかったラケナリアの肌が予想以上に目の毒だった。



「どうして目を逸らすのかしら」
「なんでもない。俺もシャワー浴びてくる」
「そう。あ、その前にグラスに聞きたいことがあるのだけど、今いいかしら」
「あぁ? 『いただきます』の件ならさっき謝ったただろ?」
「違う、そうじゃなくて…」

 妙に歯切れが悪くなったラケナリアに流石の俺も押し黙る。
 居心地が悪そうに、妙にそわそわしながら。

「どうして、私を匿ったの?」と。


 ……。

「え、待って今更? 俺をストーキングして、家に転がり込んで、挙句ゲテモノ料理作った奴が今言う事なのかそれは!?」
「いつ拒絶されるのかしら、と歩き続けたら自然と家に付いたのよ。不思議ね、グラスが悪いのよ?」
「おい、せめて少しは申し訳なさげにしろ」
「ちょっとっ、私はそんな事が言いたい訳じゃなくて……どうしてグラスは、私を弾圧しないのかと聞きたいの。私は、魔族の娘で角も翼も尻尾もある。そんな私を化け物として扱わない貴方に興味が湧いたわ」

 訥々と、胸に抱いていた疑問を俺に対して漏らしていく。
 この家の中に入り込んだという決意より余程強い、必ず聞いておかないといけない事柄。

 殊更俺としては、魔族とはいえ異性を同じ部屋に連れ込むことに抵抗を覚えたのだが。


「簡単な話だ。俺の親は魔族だからだ」


 答えてやった。

「それはありえないわ。だってグラスは人族で───」
「正確には俺の育て親だな。生み親は別にいるが、両親はその昔有名な冒険者で、いろんな街を見回っていたらしい。その時知り合った魔族に、俺を託したんだ」
「そう、なるほど。それで魔界料理を食べた事があったのね。それで今、両親は───」

 純真無垢は、重ねながらに言うが常に正義ではない。その言葉は、俺という人物を探るにあたっては地雷であり、俺という人間を構成する根幹の出来事でもある。

「人族の親は俺を放って家を出てそれっきり。魔族の親は……人族に殺された」
「えっ」

 衝撃を受けるのも無理はない……だが。

「なに驚いてるんだ。魔族が人族に殺されたって、不思議じゃないだろう。寧ろ、世界の常識じゃないか。冒険者っていうのは、魔族を殺す為にいる存在だからな。そして俺は、人族で冒険者。魔族は殺すべしという人族の教訓に賛同したという立場を取っている」

 そもそも、男が影の正体を見つけてほしいという依頼を出したが、直接見たのならその依頼は、魔族を殺してほしいに変わっていたはずなのだ。

 その場合ラケナリアは今頃、街の腕っぷし相手に戦闘を申し込まれていただろう。

「つまり、グラスは……」
「ああ。俺は人族でありながら、人族を何一つ信頼していないんだ。太陽のような眩しい笑みを浮かべられても心のどこかでは裏があるのではないかと邪推してしまう。俺はそういう奴なんだ」

 俺はFランク冒険者であり続けるのも。冒険者は収入がいい代わりに人族が魔族殺しに加担する手助けをするというジレンマの産物であるという理由が大きい。
 その気になればもっと上で行けるかもしれない、しかし魔族を殺す事が義務とされるのだ。

「だから、俺が魔族であるお前を助けるのは当然の事なんだ。むしろ、人族をこの家に入れる事の方が俺は不安だ。いつ背中を刺されるとも分からない、どうだ、驚いただろ」
「凄いわ……」
「そうそう、そうやって驚いてくれるだけで十分……、今なんて言った?」
「凄いといったのよ。これって奇跡じゃないかしらっ!」

 話の意図が読めず、俺はぽかんと口を開く。

「奇跡、奇跡にして必然なの。私と貴方が出会い、今こうして話しているのは」
「待ってくれ、どうしてそうなる」
「では、問題。私はどうしてこの街に来たでしょう」
「それは人族に強い好奇心があったからで……いや待て」

 彼女の好奇心が強いのは分かった。それは、これまでの行動でよくわかる。
 コロッケの香り一つでここまで関係が発展したのは他でもない彼女の好奇心故だ。

 しかし同時に疑問は残る。どうして、彼女は人族に好奇心を抱いたのか。

 コロッケに興味を持ったのは香ばしい香りが原因。
 なら人族は? よりにもよって、自分やその家族を狙う敵に対して?

 人族は魔族に対し、強い敵愾心を抱いている、世界不変の真理だ。
 しかし、それは彼女の言う奇跡によって、人族への興味をそそった。その事実とは。



「お前は、んじゃないか?」




 すると、ラケナリアは満面の笑みで両手でマルを作った。

「大正解っ! その昔、私が森を散歩していた頃にね、旅人を名乗る冒険者に出会ったの。その旅人は、私が森に出た魔物に襲われそうになった所を助けてくれて……」

 魔族と魔物は違う。魔物は、「族」と付かない、所謂理性がない生き物だ。だから、魔族であっても魔物に襲われる事は度々あるらしい。多くはペットのように飼いならしていると聞いたが。

「それで、助けた冒険者は人族だと名乗った訳だ」
「そうっ、そうなのよっ! それで人族についてお父様に聞いても知らんぷりで何も言わない始末。だから私は、お父様の書籍を勝手に覗いて、素敵な国がある事を知ったのよ」

「───それが、王国ラナンキュラスか」

 王国ラナンキュラス。俺達人族が暮らし集う最大の国の名だ。

「そうか。俺の親は人族に殺され信頼を無くし、片やお前は人族に救われ信頼を得た。正しく、相反する2つの過去だな」
「磁石のN極とS極のように、異なる過去は異なる性質のものを呼び込むわ」
「それが奇跡であり、必然と称した正体か。俺達が出会い、ここで語らう事も全ては運命のままだと」
「そうよ」

 なるほど。俺は唇を舐めた。

「面白い観点だが、相反は時に争いを産むものだ。戦争とは意見の食い違いが起こす典型ではないか?」
「でも争いは、固執した観念を打ち崩すいいスパイスとも言える。争いそのものを肯定するわけではないけれど、私は相反こそ私達の関係にふさわしいと思うわ」

 つまり、と彼女は結論づける。

「私は人族が好きで、グラスは嫌い」
「ああ、そうだな。人族は知れば知るほど醜いと分かる、どうしようもない生き物だ」
「それは貴方の偏った見方なのかも知れないわ」
「少なくとも俺は魔族であるお前以上に人族について知っているはずだがな」
「いいわ、ならこれからみっちり教えてあげる」

 これからというのは、何も今からではない。
 これからの生活、これからの人生において彼女は俺に諭すのだ。

 一つの、彼女の思いを。

「いつか、グラスに人を好きだって言わせてみせる」

 ラケナリア=ベルモンテは、そういうやつだ。
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