【完結】魔族の娘にコロッケをあげたら、居候になった話。

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第1章 出会い

第5話 魔界(ゲテモノ)料理。

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 その昔、俺の母は俺を抱えていろんな話を聞かせてくれた。物心がつく以前の、1歳に満たない頃の話なので、ほとんど覚えていないのは当然の事なのだが、唯一俺の名前について話してくれた時の事は今でも鮮明に覚えている。


『母さんはね、お花が好きなの。分かる、お花? 世界中のいろんな場所を冒険していろんな花を見て来たわ。その中で一番好きだった花はグラジオラス……花言葉は、勝利よ』



 幼い俺は当時、どうして勝利に拘るのかが疑問だった。
 しかし今になっては当然の事だと思う。

 例えば、二人の男が戦いそれに勝てば、問題にならない。では、敗者は? と問われれば、敗者は地面に血を流して倒れている姿を想像しただろう。

 敗者は普通必要とされない。常に自然淘汰が繰り返されるうちに、世界には勝者のみが残っていく。悲惨な目に合うのは、世界に見捨てられた敗者のみ。



 そして、




「さて、夕飯を作るわよ!」

 ふんすっ、とやる気満々に胸を張るのは今日から居候の身になった少女ラケナリアだ。
 白銀の長髪を後ろで結わえ纏めた。後ろからその様子を見ていた俺は、僅かに覗かせるうなじが妙に艶めかしくて、思わず目を逸らしてしまった。

「へえ、料理できるんだな、意外だ」
「当たり前でしょう、これでも女の子よ? それに、居候の身になったからにはせめてグラスの役に立ちたいと思うのも当然だわっ」
「そうか、そうか。俺に負担をかけないように気遣ってくれるのは大変うれしいのだが……これはなんだ、答えろ?」
「え、食材だけど???」

 本日の食材をご紹介しましょう。
 紫色の何か、何か、何か……あ。今、目が動いた。

「人族の街でどうしてこうもよくわからない食材が簡単に手に入る?」
「よくわからなくないでしょう、ほらこれなんて猛りダコよっ、貴重な食べ物なのよっ!?」
「頭を掴んで押し付けるな……貴重かなんだか知らんが生理的に受け付けないんだ……!」

 俺の必死な訴えに、ラケナリアは哀れみの目を向ける。

「グラス……好き嫌いは良くないわ、食べてもないのにまずいなんて思っちゃだめよ? 猛りダコは単に栄養価が高いだけでなく、魔力容量まで増やす優れもの。魔界じゃみんな食べてたわ」
「お前の所の郷土料理か……なんか見覚えがある気がしたんだ」
「へえ、グラスは魔界料理を食べた事があるのねっ、凄いわ!」
「違う、うちの母親が前に作った事があったんだ、その日から俺が料理当番を代わったけどな」

 興味深げに身を乗り出すラケナリアの顔を押し返すと、しゅん、としながら料理を始めた。

「魔族の食材は例の怪しげな店か」
「食品売り場に一件、ピンと来たの。ここだってね」
「俺は行ったことが無かったというか、行く気が毛頭なかったというか」

 冒険者ギルドから食品売り場に直行した際、煙突から緑の煙が上がる魔女の住処のような店が建っていた場所があった。店内に多少の興味はあったが、入ったら二度と帰れなくなりそうな気がして、ラケナリアに買い物を一任したのだ。

 その結果がこれとあっては、引きずってでも別の食材を買わせるべきだった。食費的には破格の値段で済んだ挙句、これで足りるといった時には天使かと思ったものだが。

 正しくは、悪魔……魔人だったというオチだ。

「じゃあ今から作るから、グラスはリビングで寛いでていいわ」

 そう言われて、俺の住処を見渡した。
 アパートの一室、家賃は銀貨3枚の1LDK。昔バイト先のよしみで譲ってくれた物件だが、二人で済むとなるとやや狭い。
 さらに言えば、俺は片付けが得意な方ではない。散乱した生活用品を跨いでようやくカーペットの上に立つ。せめて歩けるだけの床を用意するべきだろう。


「俺は部屋を片付ける。お前はその間作っておいてくれ」


 そう言ったものの、やはり夕飯の出来栄えが気になる。なにせ元の具材がアレなのだ、如何に料理上手でも具材が悪ければ質は落ちる。今日のところは諦めて、明日は俺が作ろう。

 三十分ほど経った。それだけの時間があれば最低限暮らせるスペースは出来る。

「ふぅぅ、こっちも終わったわ」
「そうか、お疲れ。あれ……心なしかいい匂いがしてくるな」
「そうでしょう、概ね料理は成功したと言えるわね」
「概ね、という言葉に引っかかるが……流石は調味料。あのゲテモノにこれほど芳しい香りを放たせるとはな」
「調味料ではなく、具材の良さよ。ほらっ」

 俺に鍋の中を見せてくれた。

「これはシチュー……か? 紫色に沸騰しているが」
「よくわかったわね、グラスっ。流石魔界料理を口にしただけのことはあるわね」
「おい待て、鍋の中でタコが踊り狂ってるぞ」
「え。だって生きているもの、動いているのは当然じゃないかしら」

 拝啓、お母さん。俺は今日、死ぬかもしれません。

 ナイフとフォーク、それからスプーンを(強制的に)持ち、俺は目の前のそれを拝んだ。

「スプーン、溶けたりしないよな。ギャグ的な世界線じゃなく、普通に俺死ぬからな……?」
「捨てられた子犬みたいな目でこっちを見ない! 大丈夫よ、食べても死にはしないわっ」
「死ぬ以外なら起こるんだな……まじで勘弁してくれ」

 とはいえ、だ。せっかく作ってくれたのに食べないでは食材にもラケナリアにも悪い。ここは、男たるもの食べてみようではないか。

 スプーンに少量掬い、舌の奥に乗せて嚥下する。

 どこかで聞いた話だが、舌には味覚を感知する場所が味の種類によって変わるらしい。特に毒物などの苦みは喉元近く、生命維持の為、最も確実性のある部分で感知するのだ。

 苦みを感じればそれは毒、俺は毒を口にしないという大義名分を得ることになる。

「……っ、いただきます」

 さて、苦みの方は如何なものか。



「あれ、なんだろう。ほのかな甘さと幸せを包み込むこのコクのある味わいは」



「でしょう、あはっ、良かったわ、グラスに気に入って貰えて」
「そして、余計に悔しいのは、ぷりうりのタコが更に味を引き立たせて美味い事だ……!」

 俺は今日、見た目に騙されてはいけないという教訓を得た。見た目で騙すのは、女と料理だ。

「ふぅ、美味かった」
「久しぶりに自分で作ったけど、案外うまくいくものね、びっくりしたわっ」
「そんな不安を抱えながら料理をしていたのか。どうりで少し顔が強張ってたわけだ。さて、片付けが俺がやっておくから、お前はシャワーでも浴びてこい。丸一日入ってないんだろ」

「その前にひとつ、やる事があるわ」

 何か深刻そうな雰囲気でラケナリアは言葉を零す。何か重要な話を俺に言いそびれていたのか、と少し身構えて、曲りなりも彼女の事が分かってきた俺はすぐに違うと気づいた。

「ああ、分かった。忘れてたよ」

「では言うわよっ、『『ごちそうさま』』」


 後に、『いただきます』という事前儀式がある事を伝えると、大層のたうち回ったそうな。
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