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第2章 神隠し事件
第10話 神隠し事件。
しおりを挟む「神隠し事件?」
それは、俺がEランク冒険者になって初めて冒険者ギルドに顔を出した日の事。
リーリアに唐突に紹介された依頼に思わず眉を顰める。
「はい、今回グラジオラスさんに紹介させて頂く依頼は、第13地区で発生した神隠しの真相を暴き、その首謀者を見つける事です」
「神隠し、と大げさには言っていますが、ただの迷子とは何が違うのでしょう」
俺の当然の疑問に、リーリアは決して困った表情も見せず用意された言葉を発した。
「普通の迷子であれば、Fランク冒険者に頼む案件……というのは、グラジオラスさんは既にご存じかと思います。しかし、Eランク冒険者以上と推奨難易度が上がったのは、第13地区にて立て続けに迷子捜索の依頼が成された事が原因です。依頼主は、神隠しにあった3人の子供の母親です。3人の子供はそれぞれ別のご家庭で、ある日突然、跡形もなく失踪したのだとか」
「なるほど、そいつは確かにタチが悪そうですね」
詳しいことは、依頼主に聞くとして、問題は別にある。
「ただの迷子ではないとしたら、人為的に引き起こされたかあるいは……」
「魔物による仕業が考えられます。戦闘の機会が存在する事を踏まえ、今回はパーティーを組んでの探索を義務としました」
「パーティーですか……生憎俺は、ずっとソロでやって来ましたからね、一緒にパーティーを組んでくれる人がいるかどうか」
淡々と説明を続けていたリーリアは、受付の台に一枚の紙面を取り出した。
記載されている内容は、パーティー加入申請書という表題と、名前を書く為の空欄。
「えっと……リーリアさん?」
「グラジオラスさんがそう言うと思って、私ある程度見繕っておきました。過去2、3日以内にEランク冒険者に昇格した女性3人男性1人の小規模パーティーです。極端に実力に秀でた方はいないと思うので、プレッシャーを感じる事もないと思いますっ」
「はは……用意周到な事で」
冒険者の醍醐味である仲間探しに『おまかせ』機能が実装されていたらしい。
リーリアは俺がEランクになった後に困らないよう、いろいろと事前に根回しをしてくれたのだ。俺を手伝いたいという無垢な思いは、実際本当に助かっている。
「……ありがとうございます。それで、その4人の冒険者は今どちらに」
俺が問うと、リーリアはくいくい、と首で方向を示した。
「酒場でくつろいでいる……もしかしてあの人達ですか?」
「はい。グラジオラスさん、頑張ってくださいねっ」
太陽のような満面の笑みで、俺を見送るリーリア。受付嬢としては俺に肩入れしすぎな気もするが、その優しさに今は存分に甘えるとしよう。俺は、ニュービーだ。
「おや。グラジオラスさん、こっちです」
「ほら急いでー遅いわよ~!」
「こ、こらプロテアっ。初対面の人なのにそんな態度だめだよっ」
「わぁ、珍しい。黒髪黒目だー! 極東人かなっ」
4人の冒険者は、晴れてEランクになった俺を概ね好意的に出迎えてくれた。
彼らは全員、腕や胴にプレートアーマーを仕込んだ実戦仕様の服装を纏っている。戦闘機会があるかもしれない今回の依頼達成に向けて、それぞれ準備を済ませて来たといった所か。
俺が状況に流されるままその場に着くと、パンっと手を叩いて男が立ち上がる。
「さて、最後のメンバーがそろったという事で、改めて自己紹介をしようか」
爽やかなイケメンの風貌。加えて高身長でカリスマ性も持ち合わせるという、隙の無い構えの彼は現状俺以外で唯一の男性冒険者である。
「僕はスターチス。持ち武器はナイフで、主に前衛的な立ち回りが得意だ。よろしく」
パチパチパチ……乾いた拍手が飛ぶ。
続いては、俺を急かしてきたロールがかった赤髪の少女。釣り目がちで初っ端から強気な態度を見せた彼女は、高らかに自己紹介を始める。
「プロテアよ。装備は基本は盾と剣でチクチクやってるかな。あ、痛かったらすぐ逃げるから」
最前線で攻撃を受けるタンク的な立ち位置かと思ったが、どうやらマイペースな性格らしい。「何か文句でもある?」と高圧的な視線を感じたので、ふるふると横に首を振った。
「コットンです、あの……プロテアちゃんは決して悪い子じゃないから、勘違いしないでね」
「武器とポジションも教えてあげてくれないかな?」
「あ、ああっごめんなさい、スターチスさん! 私は魔法使いなので後衛ですっ」
へぇ、凄い。俺は素直に感心して口角を上げた。
この世界において魔法使いは珍しい部類に当たる。なにせ魔力の片鱗すら持ち合わせない者が大多数の中、魔法発現に足る魔力を持つ者はそれだけで貴重だ。今更ながらだが、彼女がいる壁際には、杖のような棒状の魔道具が立てかけられている。魔法運用を補助する代物だ。
プロテアとは以前からの知り合いなのか何かとフォローに回る姿勢を見せる彼女。純雪の如きウェーブフロートの白髪が動きに対応してわさわさと揺れる。
「最後はあたしね! あたしは、ルスカス。武器は、弓が得意かな。ほら、あたしって背も小さいし力もないから後衛に向いてるかな~なんてっ」
捲し立てるように話したのは、弓使いのルスカス。ある意味ではお子様体形だと揶揄されそうな程に華奢な身体付きだが殊更戦闘では被弾率も少なく有利に働く事も多い。翠の葉っぱが側方に付いたキャスレットを被っている。自然に紛れて弓矢を放つ作戦だろうか。
俺があれこれ考えていると、視線が俺に集まっている事に気が付いた。
あ。俺の番か。
「グラジオラスです。先日ようやくEランク冒険者に昇格できました。俺は剣士タイプなので前衛になると思います。よろしくお願いします」
無難すぎるだろうか。一息で情報全てを詰め込んでみたが正しい自己紹介なのか。
「グラジオラスさんって……失礼かもしれませんが、あのグラジオラスさんですか?」
唐突に、遠慮がちにだがコットンが俺に目を向けて問いかけて来た。
「え……『あの』って?」
「なになに、コトちゃん知ってんの、彼の事」
「知ってるも何も、ずっとFランク冒険者で街の為に頑張ってた人だよ。気配り上手で優秀な人なのに、何故か頑なに昇格試験を受けないとかなんとかで、本当は戦闘が全く出来ない臆病者なんじゃないか……って最近では噂されてたんだけど。あ、すみません私いろいろ喋っちゃって」
「いや、概ね事実ですし謝らないで下さい」
「でも……じゃあ、どうして今になって昇格試験を?」
「あー、ちょっと私生活に変化があって、その影響でしょうか」
影響も何もラケナリアという魔族の娘が原因だ、とは口が裂けても言えない。
「ふ~ん、そんな事いってやっぱり噂通り戦闘が苦手とか? ま、私も人の事言えないけど。私の事はプロテアでいいよ、グラスさん。あと、敬語もお互いなしで」
「分かった。そっちがそれでいいならお言葉に甘えさせてもらう」
「そうだね。この際だから、パーティーの仲間同士は敬語禁止。グラジオラス、僕の事も何でも好きなように読んでくれ」
「はいはいっ! ルスカスだからルッスーでいいよ!」
「私は皆にはコトちゃんって言われてます。好きに呼んでください……あ、呼んでね」
この一瞬で随分打ち解けられたような気がする。
俺は、彼らの名前を脳に叩き込みながら、最後に確認をした。
「分かった。スターチス、プロテア、コットン、ルスカス、よろしく頼む」
「いやいや、固い固い。スタッチ、おコトに、ルッスーにグラスかな。で私はプロテア」
「おコトって変だよっ、プロテアちゃん!!」
「ルッスーって留守みたいで変じゃん!!」
「スタッチ……いいな、悪くない」
このパーティーは、案外居心地がいいかもしれない。
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