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第3章 冒険者ギルド

第30話 死闘。

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「はぁぁあああああ!!!!」

 並んで前に出る。お互いの死角を潰し合う。懐に入り込んだ魔物をカトレアの短剣が。遠くの敵を先んじて俺が刃を飛ばして切り伏せる。

 咄嗟の連携ではない。この道中で鍛え上げた賜物だ。
 お互いが徐々に疲弊していっている。

 でもいける。
 絶対に、生き延びる。

 絶対に……。

 ふと俺は床を見た。
 同じデザインの石の床。

 二人分の影が映し出されている。
 そこに、まるで暗殺者の様にひっそりと忍び寄る魔の手。
 いや、それは暗殺武器と呼んで相応しい逸物だ。

「うぁあ!?」

 カトレアが倒れ込んだ。
 痺れる様に、身体を押さえながら。
 白い唾を吐き、何度も嗚咽を漏らしながら。

「がぁ、あああ!?」

 。俺は瞬時に思い当たる。
 俺は全力で横に退避する。

 すると、俺はさっきまでいた地面が下から突き上げられた。そして恨めしそうに俺の方を見ながらそれはゆっくりと地面に降りていく。

 俺の乱れた息がまるで他人事の様に聞こえた。
 はあ、はあと一定のリズムで流れる呼吸音。

 汗でぐちゃぐちゃになったシャツにさらに水分が染みる。
 魔物の軍勢を掻き分けて、奴が姿を現す。

S……アンタレス」

 巨大な蠍みたいだった。足の一本が不気味に光を照り返し、長く伸びた尾っぽからは、とろりと液体が滴った。カトレアはあの毒を受けたんだ。

 いくら平面を警戒しても、足元から俺達の努力を嘲笑うかのような理不尽な一撃が飛んで来る。どうする、どうするんだ俺。ここからどうやって立ち向かう。

 また指輪を使うのか。
 だめだ、使用後の隙が大きすぎる。

 使えてもあと一回、それを何に使うのかを判断するのが先だ。
 カトレアはもう動けない、戦えるのは俺しかいない。

 でも俺は大量の血を流しながらここまで戦ってきた。今も貧血でふらふらしているぐらいだ。次に一撃を受けても、回復薬でちゃんと治るかどうかの保証もない。

 危険すぎる、逃げなくちゃいけない。
 でも逃げ場がない。まるで死刑執行を前にした囚人の如く、この世界の神様は俺達を徹底的に滅ぼそうとしている。

 これじゃ王子と王女に下った神罰のようじゃないか。
 これ程の地獄、これ程の苦痛で尚も生き残れと。

 無理だ。こればっかりは諦めるしかない。
 俺達は失敗したんだ。遺跡に負けたんだ。

 だからもう、諦めて……。


 脳裏に彼女の顔がちらついた。
 なんという事の無い、あるかもしれない未来の話だ。

 くらがりで、思い詰めた表情で。
 冷めたコロッケを食べながら一人寂しく俺の部屋で俯く彼女。俺はラケナリアの何なんだ。俺達は所詮人族と魔族。カトレアもそうだ。彼女は魔族だと言っていた。関わってはいけない存在のはずなんだ。これは俺への罰か? でも俺は違うとそう言いたい。

 俺はラケナリアと一緒に居たい。
 またあの家に帰って、一緒にコロッケを食べたい。

 
 

 考えろ、考えろ、考えろ!
 ここから生き残る方法。皆で笑い合って過ごせる日々を。
 きっと何とかなる。何とかして見せる。

「カトレア。少し待ってろ」

 魔力を込める。指輪に全力で。
 額に汗が伝う。魔物が迫る。

 俺がこれを使えるのは、きっとこれが最後。
 でも、迷いはない。助ける為に、生き残る為に。

 俺はッ!!!!


「停まれぇぇえええええッッ!!!!!!!!!!」

 俺は世界に『』する。
 世界のバランスを、人の理を超越した奇跡を起こす。

 瞬間、世界が再び灰色に包まれた。
 どっと押し寄せる脱力感を唇を噛んで誤魔化した。
 血が口内に広がる。鉄臭い、苦い味だ。

 大丈夫、まだ足は動く。
 俺の戦いはここからだ。

 俺は走った。魔物達の壁を抜けて、アンタレスの元に行く。
 他に目ぼしい敵はいない。

 遠距離から攻撃できそうな相手は、予め俺が潰しておいた。
 俺は刀を振りかぶる。

 狙うはアンタレスの尾っぽ。
 俺に出せる最大の威力で、斬る!!

「【神装派・第一秘刀】《一閃華》ァァ!!」

 ズパン。尾がくるりと宙を舞う。
 途端に気分が悪くなる。

 だめだ、負担をかけ過ぎた。

「く、そ……」

 息が上がるのを承知で俺は踵を返す。
 ダメだった、アンタレスを仕留め損なった。
 でも大丈夫だ、あの攻撃はもう来ない。

 大丈夫、大丈夫。

 不安を押し殺して、俺は走る。
 カトレアを背負う。ここからが正念場だ。

 今から安置に移動する。
 確かにここに安置はこの場にない。

 なら作るんだ、今ここで。

「【神装派・第一秘刀】……《一閃華》」

 壁に攻撃を打ち付ける。
 何度も、何度も。
 ここがどこで、俺が何をしているか。

 極度の疲労でぐらぐらと身体は揺れた。
 灰色の世界に色が灯る。

「まずい、もう……なのか!」

 
 そうなれば、俺達は、死ぬ!

「うぁあああああああ!!!!」

 撃て、撃て、撃て。
 刃を飛ばせ、壁を壊せ。
 何回も、何回も切り飛ばせ。

「間に合えええええええええ!!!」

 壁が抉れて、埃がさっと舞う。
 前触れなく

 

「走れえええええええ!!!!」

 俺は壁に向かって走り出す。
 人ひとりが辛うじて通れる細道。
 俺は強引に身体をそこへねじ込む。

 大量の魔物達が、背後から迫りくる。
 これは「死」との追いかけっこだ。

「ギュウウアアアアアア!!!」

 空気を震撼させる叫び。あれは、アンタレスの咆哮。
 突如消えた尻尾に怒りを震わせている。

「あと少し、あと少し」

 全身の筋肉が、細胞が悲鳴を上げていた。
 目が充血し、鼻から鼻水を垂らし。
 口から血を吐き。足が縺れる。
 心臓が暴れる。

 死にそうだ、でも死なない。
 死にたくない、ラケナリア。

 俺は諦めないぞ。
 どんな運命が待っていても。

 王子と王女は、最後まで勇敢に戦った。
 神から定められた運命を嫌って、必死に立ち向かった。

 でも彼らは最後に過ちを犯した。
 諦めたのだ。最後の最期、彼女が死んだと知って。

 王子もまだ何か出来たはずなんだ。
 彼女の死を探求し、後遺症を克服し、人族と魔族の争いを止める事が出来たはずなんだ。俺はその最悪な未来を拒絶する。

 望んだ未来を掴み取る。
 それこそが『勝利』。グラジオラスの花言葉だ。

「ああああああああああッッ!!」

 俺はその竪穴に飛び込んだ。
 カトレアも、俺も無事だ。

 魔物は、やって来れない。

「ははっ……巨大な図体が邪魔をしたな」

 悪いな神様。俺は生き延びさせて貰うぞ。
 俺はもう一度コロッケが食べてぇんだ。

 満身創痍。全身が痺れて動かない。
 息が苦しい。水分という水分がない。

「カトレア、起きろ。おい」

 返事がない。でも息はある。
 すぐにここから出るのは無理か。

 ここは安置だ。でも同時に牢獄でもある。
 ここから出ないと帰れない。

 目を瞑る。ゆっくりと息を吐く。
 体力を少しでも、回復させろ……。

 すこ、し……でも。
 俺の意識はいとも簡単に手放された。
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