【完結】魔族の娘にコロッケをあげたら、居候になった話。

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第3章 冒険者ギルド

第32話 ドラゴン討伐。

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「ドラゴン……」

 今度こそは絶望の気持ちを抱いた。
 無理だ、この連戦は流石に。幾ら今の俺でも。

「やぁあああああ!!」

 赤髪の少女が巨大な龍に立ち向かう。
 その勇姿を俺はしかとこの目に焼き付けた。

「あ、ははは……」

 なんだよあいつ。
 こんな格好いい所だけ持っていきやがって。

「リア!」
「姉さん……」
「へ?」

 カトレア、今なんて?
 姉さん??

 いや、似てるとは思ったけど……ええ?

「魔法『重力球グラヴィタス』ッ!!」

 それは、ラケナリアという少女の無双劇だった。龍に臆すること無く、魔法を駆使して空を舞い戦いに没頭している。
 俺達にはまるで気付いていない様子だった。

「リア?」

 それも何か怖かった。戦闘狂バーサーカーの如く突進を繰り返し、攻撃の手を緩めない。俺の声が届かない。

 目から閃光が迸る。獰猛に牙を剥く。
 まずい、あのままだと殺されてしまうぞ。

「リア、落ち着け。くっそ……!」
「姉さん、待ってて。うっ……力が」

 カトレアも動こうとするが、身体が動かせない。
 当たり前だ、アンタレスの毒を受けてまだ生きていられるだけで奇跡なんだ。これ以上の無理は……。

 なら俺しかいない。
 今彼女を止められるのは。

「お兄さん。姉さんを……助けて」
「大切に思っているんだな。あいつの事」

 行こう。
 生存本能を掻き立てて奮い立つ。

 皆で、家に帰る為に。

「俺に任せろ……!」



「【神装派・第五秘刀】《五月雨》ッ!!!」

 これは連続技では無い。
 一度に五個の斬撃が空間を裂く。

 その全ての斬撃をドラゴンの翼に向けた。
 ドラゴンの上体が傾く。そこに覆い被さるように、ラケナリアは黒稲妻をスパークさせた。

「【死の宣告デスセンテンス】ッッ!!!」

 白黒に明滅する光。
 ドラゴンは弱々しく声を上げながら地面に落ちてくる。

「さあ終わりだ。【神剛派・第一秘刀】《一閃華》」

 首に向けて、必殺必中の一撃を見舞う。研ぎ澄まされた一撃は何よりも重く鋭くその首へ確実に突き進んだ。

 終わった。勝った。



「ぅ……ぁあ」
「リアっ!!」

 まるで翼を失った鳥だ。
 落ちてきたラケナリアをしっかりと抱き締めた。

 が、堪えきれずに一緒に倒れた。

「リア、しっかりしろ。リア!」
「……ん、ここは」

 僅かに開いたその目でラケナリアは俺を見る。
 冷たい床に一緒に横たわる俺とラケナリア。

 その身体は見るに堪えなかった。
 肉は爛れ、手先は赤黒く汚れ、複数の深い傷が出来ている。

「あ……ぐら、す」
「おい、死ぬな。死ぬんじゃない」
「大丈夫よ、このくらいで魔族は死なないのよ」

 本当か、とカトレアの方を見る。
 見るからに大丈夫じゃなさそうだったが、カトレアは事実だと言うように首を縦に振った。本当だったのか。確かに昇格試験では傷を負う事を前提とした立ち回りをしていたが。

「それより、グラス。どこに行っていたの」
「いや、どこって言われても……下としか」
「凄く、心配したんだから」

 目を潤ませて、身体を擦り寄らせる。
 そこから、フルパワーの抱擁を受けた。

「いたたたた、死ぬ。死んじゃう!」
「残念だわ、グラス。今日で最後のお外ね」
「ナチュラルに監禁しようとするな。ていうか、このノリ前にもやっただろっ。落ち着け、俺はちゃんとここにいる。もう離れたりしない」
「そう。なら、一割安心したわ」

 そっか、それは良かった。
 あれ。残り九割は????

「ねえ、グラス」
「なんだ。まだ何かあるのか」
「妹と下で何をしていたのかしら」

 ジトっと、訝しむ視線が俺に突き刺さる。
 当人のカトレアは、ふいっと目を逸らした。

 全部俺に任せる気かよ!?

「大丈夫。グラスの事は信用している。たまたま下で出会ってお互いに助け合いながらこうしてここまで帰ってきてくれたのよね」
「そうそう。本当に!」
「決してやましい事はなく、ただ生き延びる為に一緒にいた」
「うんうん、流石リアだなぁ、理解が早くて助かる」
「今みたいに抱き締めあったりして甘えてもいないのよね。はあ、良かったわ。妹は可愛いからいくらグラスでも落ちちゃうと思ったけど、杞憂だったのね」


 ……。あれ、なんでだろう。
 あ、汗が止まらないぞ???

「ち、違うの、姉さん。あの時は私もどうかしていて、だから衝動的に甘えたくなったのはその、不可抗力と言うか」
「カトレア。何も言わなければ一番良かった」
「あっ、違う。いまのうそ、ちがう」
「グラス? ちょっとお話があるのだけど」
「なんで俺!? 向こうが誘ってきたから仕方なく!」
「お兄さん。私とは遊びだったんですか……?」
「よしお前は黙ってろ。話をややこしくするな?」
「残念だわ、グラス。両手両足とさよならしてね」
「怖いっ、いつになく怖い!?」

 話がこじれにこじれたので一旦落ち着く。
 ここはまだ、遠征先。帰らないと始らない。

「帰ろう、俺達の家に」
「でも……どうやって。誰も歩けないのに」

 それもそうだ。
 俺達は血を流し過ぎた。

 まっすぐ歩く事もままならない。
 指先の一本すら、動かすのに激痛が走る。



「リア。転移魔法はどうだ」
「魔力が絶望的に足りない」

 そうか。無理か。

「お兄さん」

 ぴったりと俺の背中に、カトレアの柔らかな感触が伝わる。
 前からラケナリアが。後ろからカトレアがそれぞれ密着していた。

 温かい、戦闘後の冷えた身体が優しい感覚に満たされる。

 ここで全員死ぬのかな。
 それは何だか、寂しいな。

 ラケナリアの心の内が聞こえてくるみたいだ。

「グラス」
「なんだ、リア」
「私気付いた。グラスがいなくなって、死んじゃうかもって思った時、我慢出来なくなっちゃった。私、もうグラスと離れられない。ずっと一緒にいたい」

 潤んだ瞳で俺の胸辺りから覗き込む。
 控えめながらも確かにある柔らかい胸の感覚。
 押し潰されたそこから、鼓動の音が一定のリズムで脈を打つ。

 吐息が首筋にかかる。くすぐったい。
 甘い香りが俺の理性を削りにくる。

 これも、生存本能の一種だと信じたい。
 血だらけで今にも死にそうなのに、俺はラケナリアに。魔族の少女にその瞬間目を奪われていた。目を逸らしたくても、まるで見えない引力に引き寄せられるように目が離せない。

 お互いの息が荒くなる。
 周囲の音が聞こえなくなる。

「姉さんだけずるい……」

 掠れた声で、カトレアが身を寄せる。
 背中側からラケナリアよりも柔らかい感触が伝わる。

「グラス、今失礼な事考えてる」
「違う」
「なら言ってみて、何を考えていたのか」
「どうなんですか、お兄さん」
「……違う、違うったら違う!」

 なんだこの至福の時は。
 人生最後の瞬間に、せめてもの褒美をくれたのか。


 俺は深呼吸し、完全に脱力する。
 ありがとう……みん、な……


「グラジオラス!!」


 その声は唐突に響いた。
 はるか頭上、陽光が差し込む岩場の隙間から。

『彼ら』はやって来た。
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