上 下
41 / 43
最終章 最終決戦

第41話 帰って来た彼女。

しおりを挟む
 
 全ての事件が片付いた。
 それと同時に、俺とラケナリアは恋人同士になった。

 公衆の面前で、あんな熱烈なキスをしてしまったんだ、寧ろ結び付かないというのが不思議だろう。

 あとから聞く所によると、あれは魔族に対してその関係を示すだけでは無い。周囲に向けた牽制の意味。つまりは他の女性陣に向けられた物でもあったという。

 いくら何でもやりすぎだろ。
 俺を好いてくれる人なんてそう居ないだろうに。


「すみません、コロッケを一つ」
「はいよ」

 おばちゃんの店でコロッケを買う。
 ここも繁盛しているようで何よりだ。

「一つって事は、まだ彼女は帰ってきてないんだね」
「はい。でも、近い内にあいつはきっと帰ってきますよ。何だかんだって、ここでの生活は気に入っていますから」


 ラケナリアは、魔界へと帰った。
 以来俺は一人暮らしを続けている。

 山のように積もった公務を毎日処理し続ける日常を送っているらしいラケナリアは、時々来る遠隔通信で苦言を呈していた。

「これが遠距離恋愛ってやつね……!」

 と。最初は馬鹿にこそしていたが、確かに会えない日が続くと物足りなさというか寂しさが勝ってくる。

 俺が魔界に行くという選択肢も無いわけでは無かったが、人族の暮らしに順応したラケナリアは、この地から離れるという選択肢は無かったそうだ。


 俺は暇つぶしに冒険者ギルドに向かった。相変わらず騒がしい場所だった。昼から飲む連中も大勢いる。

 魔族という脅威が失われた今、ここ数百年で成し得なかった平和が訪れようとしている。魔王と国王は既に和平の調和を結ぼうと動き始めている。

 魔界と人界を自由に行き来出来る未来も、そう遠くないはずだ。貿易を盛んにこなして、相互の文化を一層受け入れていきたい。


「やあ、グラジオラスじゃないか」
「おう。スタッチ、調子はどうだ」
「最近僕らはCランクに上がって収入も増えて来たよ。この時期になると、マーナガルムが村の近くに湧くからね。定期的に討伐して数を減らさないと、前みたいな惨事がまた起きてしまう」
「そうだな。大変そうだったら、また俺も呼んでくれ」
「ああっ、助かるよ」

 街の冒険者は、あの戦いを見た後、より一層精を出すようになった。世界最高峰の戦いと言うべきか、俺が魔王と対峙し、更には母親との決着を目の当たりにして、自分達もと張り切るようになったのだ。

 俺は何やかんやで英雄扱い。
 本当に恥ずかしいからやめてくれ。

 俺はそんな器じゃない。ただ、俺に憧れを抱く者も増えたらしく、俺を真似る為に剣術道場に通う若者が増えたらしい。
 剣聖様と呼ばれ始めた俺はもうお手上げである。

 刀の受注もうなぎ登り。最近では、極東から仕入れた刀を店頭で売り捌く鍛冶師も数多く見かける。

 新しい流派が増えたら、それはそれで見てみたいかもしれない。

「まぁお前なら大丈夫だと思うけど、あんまり無茶するなよ」
「分かってるさ」
「よし、じゃあ今日は一杯奢るか」
「いいのかい!?」

 かつての仲間に労いの意味を込めて奢りだ。
 酒に付き合って暫くしてから、スターチスは帰って行った。他の皆と明日の作戦会議がこの後あるらしい。

 大丈夫かあいつ。

「あ、グラジオラスさん」
「いけーっ、アタックしろーっ」

 リーリアがやって来た。
 後ろにはラベンダーが何やら檄を飛ばしている。

「まだ、ラケナリアさんは帰ってないんですか」
「んー、まぁな。そろそろ帰ってくると思うんだけど」
「そ、そうですか……えっと……その」

 なんだ?
 分からんが最近リーリアの様子がおかしい。

 特にラケナリアと付き合い出してから。
 俺は何かやってしまっただろうか。

「なにか悩んでいるなら相談に乗るぞ」
「じゃあその……何にしましょうか、えっと」

 え。今から話題考えるの?

「そうそう。例の王子と王女の物語の件。あの話を聞いて私感銘を受けました。近々、あれを題材にした子供向けの絵本を描きたいと思ってるんです」
「へぇ、良いですね。楽しみにしています」
「えへへ……ありがとうございます。グラジオラスさんには、出来ればその内容を色々見て欲しくて。おかしな所があったら、ぜひ遠慮なく指摘してください」
「ああ、分かった。いい作品が出来上がるように、応援しているよ!」

 なるほど、ずっとこれを悩んでいたのか。
 ようやく相談を持ち出してくれて良かった。

 後世に語り継がれていく悲劇と感動を呼ぶ話だ。
『時空』という未知に、研究を重ねる人も今後出てくるかもしれない。更なる魔法学の発展の予兆がした。




「影を見たんだ!」



 ん?


 俺は、叫ぶ男の声に、つい耳を寄せた。

「俺が第3地区の交差点でコロッケを買っているときに偶然見たんだ。大きな角に、背中から生えた一対の翼。そして、ゆらゆらと揺れる尻尾。あれは魔族の娘だった」

 どこかで聞いたセリフだ。
 俺は無意識のうちに、その男に声をかけていた。

「俺でよければ相談に乗りますよ」


 帰って来たんだ。
 天真爛漫で、いつも場を掻き乱して。
 それでも周囲に、喜びと幸せを届ける魔族の娘。

「おばちゃん、もう一本!」
「……!  はいよっ」

 俺は、急いであの路地裏へと向かった。
 前とは違う心のざわめき。それだけの嬉しさが胸中から込み上げてきた。そして、辿り着いた。彼女が期待通りの場所にいた。

 魔族の姿をしたその少女は、鼻をすんすんと嗅ぎながら、その匂いに釣られて俺に躙り寄る。

「ねぇ、そこの貴方。そう、そこの。その手に持っているのは、何かしら?」
「コロッケだ、そこの店で買った」
「いいわね、それ。美味しそうだわ。ねぇ、人助けと思って半分分けて貰えないかしら」
「そう言って、前は二個食っただろ?」

 仕方なく二本とも彼女に授ける。

「む……一本は冷めてるわね。ダメよ、グラス。熱々のうちに食べないとコロッケ本来の美味しさが軽減されるわ」
「なら早く帰って来るんだな。美味しいコロッケは待ってはくれないぞ、と。……おかえり、リア」

 ラケナリアはバンザイして俺にしっかりと抱き着いた。

「あはっ、ただいまグラス!」

 あの時、あの瞬間に誰が予想出来ただろう。魔族の娘に、コロッケをあげたら、居候になる事を。コロッケをあげたら、恋人になる事を。コロッケをあげたら、世界が平和になる事を。

  その事実は、この世界に住む俺達だけが知っている。


 
しおりを挟む

処理中です...