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最終章 最終決戦

エピローグ 冷蔵庫と電子レンジ。

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「人族の発明が気になるの」

 毎度唐突な彼女の発言には、いい加減慣れてきたが、彼女の好奇心が尽きる事は、世界が崩壊しても来ないだろう。

「というと?」
「グラスは魔道具の作り方は分かるかしら」

 かつて、『クロノリング』に遠隔通信機能を加えていた魔道具のエキスパートたる彼女から直々の質問だ。

「さあ、さっぱりだが」
「物に、魔法を込めるんです……っ」
「それだけ?」
「そう、それだけなの。味気ないでしょ~っ」

 全魔道具使いを敵に回したな今。

「なんの工夫もない。魔法式を打ち込んではい終わり。こんなの書類にハンコを押すのと何も変わらないわ」
「いや違うだろ」

 なんでハンコと魔道具が同列に語られてんだ?

「グラス。そこで私は気になったの……」

 ビシッと指さして、例の代物に目を向けた。

「冷蔵庫。あれは何かしら」
「冷蔵庫ですが」
「違うっ、それは分かってるわよ! じゃなくて、どうやって冷蔵庫はひんやり冷たくしているのか。私はそれが気になるの」
「魔道具としての機能なんじゃないか?」
「違うわ。確かに『氷結魔法』の力も多少は借りているようだけど、明確な差がある。それは……魔法の簡潔さよ」
「単に冷やしている訳じゃないと」
「そうなの。私気になる、気になるわっ」

 そう言われてもな。
 冷蔵庫の仕組みなんて、ちゃんと語れるやつがこの世に何人いるか怪しいだろうよ。

 凡才と天才の違いって、こうした当たり前として定着した事実に疑問を唱えられる人なんじゃないかと思うようになった。

「図書館で調べておいてくれ」
「くっ……グラスでも分からないのなら仕方ないわね。じゃあ、これならどうかしらっ!」

 チンッ。

「コロッケ温め直しておいたぞ」
「ほらそれよっ。どうして温まったのかしら。あと油でギタギタになるから、揚げたてのコロッケしか食べたくない、いや食べるけど……もくもぐもぐっ」

 文句言いながら器用に食べ始めた。

「今度は電子レンジか? 火炎魔法でこう、上手く温めているんじゃないか。知らんけど」
「違うわっ、使われているのは雷撃魔法の一種よ。どうして温めるのに火炎魔法じゃなくて、雷撃魔法を使ったんだと思う。私気になって夜しか眠れそうにないの」

 夜眠れてんならそれでいいじゃんよ。

「色々気になってんだな、お前」
「そりゃ……大好きな人族の文化や伝統、それから先人の知恵。全て把握しておきたいってのは当然の願望よ。いずれは和平を結ぶ人族と魔族。相手をよく知る事は和平への第一歩だと私は思うな」

 凄いスケールが大きい事言ってる。
 十分凄いとは思うんだけど、気にしてる内容が、冷蔵庫と電子レンジなんだよなぁ。ただ、

「そんな前向きなリアが俺は好きだぞ」
「グラス……♡」

 俺も大概だった。
 正直俺もラケナリアの影響を強く受けたせいで、普段なら絶対に言わないセリフや言葉を思わず口にしてしまうようになった。昔の俺が見たら泣くだろ。

「グラス、来て」

 唇を重ねる。
 恋人同士なのだから当然の行為だ。

 スキンシップという意味合いの方が強かった。ラケナリアの貞操観念がどうなっているのかは不明だが、ラケナリア自身はキスがお好みのようだった。最近では毎日のようにせがんでくる。

「な、なあ。リア。そろそろ俺達も次のステップに進んでいいとは思うんだが……その、どうだろう」

「次のステップって……まさか」

 ここで惚けるような真似はしなかった。
 身体を寄せ合って触れ合う。

 それだけで心臓が痛いぐらいに脈打った。


「……そういえば今思い出したんだけどさ」

 俺は不吉な記憶を呼び起こす。

「人族の王子と魔族の王女は、子供を産んだ事で、神罰を受けて異なる時間軸に飛ばされたって言ってたよな」

「ええっ、そうね……っ」

 ラケナリアは未だ動揺を隠しきれておらず、声が上擦っている。だが一方の俺は、気持ちが沈んでいくのを感じた。


「もし……、もしもだ」

 口にするのか迷った。
 だが、もしものケースを想定するなら。

「俺達の間に子供が出来たら、その時は俺達の間にも同様に、神罰が下ってしまうんだろうか」

「……ぁ」

 どう、なんだ。
 神様はどこで俺達を見ているか分からない。

 ただ、種族を越えて愛し合う事を禁忌とする彼らからすれば、俺達が今行っている行為は、神への反逆に等しい行為だ。

 ドキドキと心臓がざわめく。行き場のない迷路に迷い込んだように、思考が巡って分からなくなる。

「次の敵は……神様って事になるのかしら」

 その昔、王子と王女は神と戦った。必死に運命に抗って、ただその運命は残酷にも彼らを永遠に隔てた。

 俺達が愛し合う条件に、神の討伐が含まれているなら。俺達はその時、どう判断するだろう。

「ま、まあ……今はキスに留めておきましょうか」
「そう、だな。うん。そうしよう」

 結局俺達は臆病になって、キスだけを堪能した。

 俺達の至って普通の日常はそうして過ぎ去った。公務の合間を縫って、強引に時間をねじ込み、偶の休日を楽しむ異国の王女様。彼女と本当の意味で、繋がれる日は来るのだろうか。

 それは今の俺達には、まだ分からないな。

「さあ、そろそろ夕飯の準備ねっ。一撃熊の出汁がそろそろできた頃合いだから……」
「おい颯爽と変なやつをぶち込もうとするな!」

 当分はこの日常も、悪くない。
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