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終りと始まり
#06魔法使いの領主
しおりを挟む家の中に入ってくるその人影は、領主というには、あまりにも若く感じられる女性であった。
そんなに背丈が大きくなく、シルエットも細い印象だ。
俺の方を見て若干驚いたような顔をしている。
「この子が私の弟子になる子でいいの」
「ええ。私の息子でセ」
手の平でエレナの話を止めると、俺の元にゆっくりと近づき目の前にしゃがみこむ。
「君、お名前教えてくれるかな」
逆光ぎみだったため今まで気づけなかったが、耳が少しだけ尖るようにピンと伸びており、美しい金の髪にすべてを見透かしているような金の目、美しい容姿。
年齢としては二十歳くらいだろうか。
彼女が人とは違う種族であることは、その独特の雰囲気や姿から、すぐに理解できた。
「初めまして、セイン・レイフォードです。宜しくお願いします」
「初めまして、君の師匠をさせて貰います。クーリャ・エヴェリーナです。こちらこそ、これから宜しくね」
「エレナ、セイン君は何歳かな」
「三歳と半年ってところかしら。本当に可愛くて良くできた子なのよ」
「数年ぶりくらいに連絡が来たと思ったら、あなたの領地に行くわ、あと昔の借りを返すと思って、私の息子に魔術を教えてなんて言うから、もっと大きな子だと思ったに」
「ふふふ、きっとあなた驚くわよ」
「もう驚いてます」
他愛もない会話をしながら折角だからと朝食を振舞いつつ、今のエレナの状況を説明する。
「なるほど、王国の中央ではかなり面倒なことになってるようですね。私の領地に来てくれて良かったです。ここなら面倒な文句をつけてくる貴族もあまりいないでしょう」
「一応ここに来ることは殆ど知られないように隠してきたし、あなたの力を知ってる人は怖がって馬鹿なことしてこないでしょうからね」
「種族の違いからも敬遠してますしね」
「そんなことは……」
「ごめんなさい。エレナみたいに友人と思って接してくれる人もいるから、私は幸せよ」
「クーリャ師匠は、何の種族なんですか」
エレナとクーリャは困った顔をしながらこっちを見る。
「私のことはリーナでいいですよ。私はエルフという種族です。私が怖いですか」
「いえ! 怖くないです。むしろ綺麗だなと思いました」
リーナはキョトンとした顔をして、ふっと優しい笑顔に戻る。
「人は他種族を怖がりますから、心配だったのですが、やはりエレナの子ですね」
「自慢の子よ」
エレナが胸をはり威張る姿に、俺とリーナは笑いながら朝食の時間が終わった。
「じゃあ授業は家のとなりの小屋でお願いね。私も授業を見たいけど、邪魔しちゃ悪いからお任せするわ」
エレナの言葉に頷き、リーナと俺は小屋に向かった。
小屋には窓がなく、中にはランプが部屋の四隅においてあった。
そして一面を埋め尽くす、本の数々にリーナと俺は唖然としていた。
「本なんてとても高価なのに、エレナったら」
親馬鹿ここに至れり、などと思いながらリーナ師匠との勉強が始まった。
「最初は文字の勉強だったね。まず文字の読みを教えるからあとはひたすら書き取りです」
文字の形態は何とも不思議な形の文字が並んでおり、その一つ一つを繋げる形だった。
ある意味ひらがなと似たような形態だ。
あとは強調するところなどにはその文字に強調記号を付ける、逆もまたしかりと結構単純なものだ。
「人間の国ではこの文字ができれば大丈夫です。行くことはないと思いますが、魔国領や獣人国、精霊領、この国々は別の形態の文字になっています。他にも色々国はありますが、上に上げた国以外は人文字を使えれば大体は大丈夫です」
「リーナ師匠、僕はエルレイン王国とセルドニア王国、神聖帝国の名前しか聞いたことがありません。もし宜しければ国について教えてもらってもいいですか」
「ええ、いいですよ」
エレナの話をまとめると、大きく分けてエルレイン王国、セルドニア王国、神聖帝国この三国が、人間の国の中で大きなものになるそうだ。
他にも小さな貿易国家や、商業国家、魔法国家など色々あるらしいが、規模としては上の三つが大きく、そして歴史があるらしい。
セルドニアはやはり魔国に支配されてしまっているとのことだ。
大国三国の内の一つがすでに魔国に支配されてるとなると、人類はかなり危ない状況なのではないのかと不安になる。
次に獣人国、こちらは言葉通り獣人が支配している国とのことだ。
小さな部族が集まって、それを束ねる一つの種族が統治しているらしい。
顔が思いっきり動物とかではなく、獣耳が生えているほとんど人間と変わらない姿ならぜひとも会ってみたい。
その獣人国と友好関係にあるのが精霊領、つまりリーナの生まれ故郷のようだ。
基本的には他の種族とはあまり交流せず、ほとんどがエルフだけで構成されている国で、他国とは貿易程度の関係しか持たないそうだ。
なんかゲームやアニメなんかでみるエルフのイメージそのままの印象だ。
種族の全体数は少ないが、魔法力や適正が他の種族より大きく現れるため、国家としてはかなり強いらしい。
魔国領はその名の通り魔族の国で、各領地を収める魔王達によって統治されているらしい。
その中で一番の力をもつ魔王が、魔国の代表として全体を統治しているとのことだ。
力の大きさからほとんど魔族が魔王になっているらしいが、魔王の中には人間や獣人もいるらしい。
もちろん人間の魔王だろうが獣人の魔王だろうが、あの国でその地位にいる時点で危険な存在に違いないため、何があっても近づかないようにと念を押された。
最後に聖龍王国、何百年と生きている龍人という種族が統治する国らしい。
龍人の国と思いきや、領民の七割が人間で一割ほど獣人や精霊族、残りの二割が龍人とのことだ。
龍人は強い力と長く生きてきた知恵があり、国の中は平和でとても行き届いた統治をしているらしく、人間や精霊族や獣人などが集まり今の国の形となったそうだ。
現在ではこれ以上人が集まると、国を統治しづらくなるため、国への亡命はほとんど受け付けていないらしい。
「大きく分けるとこのような感じです。ざっと話しましたが覚えられそうですか」
「大丈夫です。ありがとうございます」
今までエレナやクレイルから暗い話や危ない話は極力避けるようにされていたから、俺にここまで色々教えてくれる人もいなかった。
折角聞ける時間があり師匠が付いたのだ、どんどん疑問ができたら聞いていこうと思いつつ、言われたことを暗記する。本来ならメモを取りたいが、いきなり日本語で書き取りなんて始めたらリーナに不自然と思われることは明白だ。
授業が終わったらこっそり紙にメモを取ろう。
なるべく早くこの世界の文字を覚えないとな。
その後二時間ほど書き取りをして、昼食を食べいよいよ魔法の授業だ。
木々に囲まれた家の裏手にある開けた場所、ここで魔法の実技を練習するらしい。
今思うとあんな短時間でよくここまで条件にあった家を見つけたと思う。
周りは木々で囲まれ、領民からは見られにくく、刺客から隠れるのには最適であり、裏手にはすこし開けたスペースがあり、魔法の練習ができる。
小屋の中には沢山の種類の本に、住める人数を計算された家。
改めてエレナのスペックは高いと実感する。
「ではまず基本から教えます」
「はい! 宜しくお願いします」
「まず魔法の種類に関してはエレナから聞いていますか」
「はい。火水風土闇光、他にも治療や召喚魔法があると教えてもらいました」
「では魔力についてから教えます。魔法を使うには適性が必要です。これは試験魔法陣によって見ることができます。この試験により適性があるものは、体の内に宿る魔力を外に出すことができるというのが分かります。魔力を外に出すことができる、この魔力を火や水に変えることで魔法となります」
なるほど、外に出す魔力を変換することが魔法なのか。
「魔力を外に出す適性がなくても、魔力には使い方があり、魔力を練り身体能力を上げたり、自分の触れているものに魔力を注ぐことができます。要は剣に魔力を込め、切れ味を上げたり、自分の足を速くしたりできるわけです。そのため鍛錬を積めば、魔法師になれなくても剣士として一流になり、魔法師にも勝つことができます」
要は身体強化の魔法は訓練すれば誰でも使えるということか、そちらもできれば覚えたいな。
「魔法には、補助として詠唱と杖があります。慣れればどちらも無しで使えるようになりますが、強い魔法には詠唱があったほうが効率良く力を練ることができ、また杖には作り方により魔力の増強や威力を高めることもできます」
今の説明だと、魔法がいかに強くても迫られることがあれば剣士に負ける可能性の方が高いな。
「師匠、僕は身体強化の魔法も六属性の魔法も、どちらも使えるようになりたいです」
「そうですね、魔術師の適性は希少なこともあり、国から支援があり、特権も得られるので、魔法ばかり練習するものがほとんどですが、私もいざという時を考えるなら、両方修めるのがいいと思います」
「その前にセイン君は魔法適性は調べましたか?」
「はい! 前にかあさまに調べてもらいました。魔法適性はあるみたいです」
「それは良かった。魔法陣の光なども私が実際に見て今後の修行の方針を考えたいのですが、もう一度調べてもいいですか」
「はい! 大丈夫です」
「では同じ形式でやるのもセイン君がつまらないかも知れないので、簡単な魔法を練ることによって魔力の適正と力の大きさをみる方法があります。私達エルフの調べ方なのですが、そのやり方でやってみましょう」
「はい! 師匠」
「まず片手を前にかざして、血の流れのように循環している力を想像し、右手に集中させていきます。手のひらの真ん中から水をイメージして、魔力を少しずつ放出していきます」
「我求めるは水精の祝福、大いなる水の恵みよ我に力を貸し与えたまえ」
リーナの手のひらの上には、直径一メートルくらいの水球が作られていた。
「このように水の水球を作ることができます」
「すごいです師匠!」
褒められたからか、リーナの頬が少し赤くなっているのがとても可愛らしい。
「この方法はイメージを変えることで、火や風や土など色々できますが、体に流れる魔力を集めるイメージからなので、水で調べるのがいいでしょう。できた大きさで適正を調べることができるので、早速やってみましょう」
「はい!」
えっと、体を流れる力をイメージして手に集めて、それを手のひらの真ん中から少しずつ放出するイメージで、たしか詠唱が……。
「我求めるは水精の祝福、大いなる水の恵みよ我に力を貸し与えたまえ」
突如水が手のひらから吹き出し、まるで蛇のようにうなりながら水球をかたどっていく。
「手のひらから出ている魔力を止めるようイメージして」
もの凄い勢いで水球ができていったからだろう、リーナの大声が響く。
大きな声に驚きながらもその指示に従うようイメージする。
水球が直径三メートルを超えたあたりで俺の手の上で止まった。
「と、とりあえず、その水球を地面に落とすイメージをしてみてください」
「は、はい」
眼前がほぼ水で見えないためとりあえずその場に落とすイメージをする。
バシャーンと水が跳ねながら、あたり一面水浸しとなった。
当然目の前にいた俺とリーナも、びしょびしょの濡れ鼠のようになってしまった。
「体がだるい感じはしませんか。ふらついたり頭が痛くなったりは」
リーナが駆け寄り俺の前に膝をつき、肩に両手を添え心配そうに見ている。
「いえ、特に気分が悪くなったりはないみたいです」
俺の言葉にほっと胸を撫で下ろし、少しして面白いものを見るような眼差しを向ける。
「エレナの自慢げな言葉の意味がようやく分かりました」
真剣な眼差しで俺を見つめるリーナ。
そしてリーナのスケスケの白い羽衣を、バレないようにチラチラと見ている俺がいた。
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