二度目の世界で今度こそ俺は

開拓

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終りと始まり

#09退避戦

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待避戦2日目



 遥か下、地表を駆けるのは、黒い、黒い塊。
 大きな怒号、駆ける蹄の音、二万の地響き。
 本隊を追いつかせる為、幾度と迫る先遣隊の刃。

 俺は……何もできないのか……

--------------
  待避戦1日目


 上空から見下ろし、距離を確認した俺は、師匠リーナの下へ向かう。
 距離からすれば、約一日のアドバンテージがある。
 四日で大きな防衛戦ができる戦力がある、カルザスの街に到着できるとして、十分逃げ切れると踏んでいた俺の思考は、リーナとクレイルの経験則からあっさりと崩れ去った。

「まず、騎乗兵がいるのであれば、足止めのために先行してくる隊がいるでしょうな」

「それに、村人達は疲弊しているわ。家族を殺された者や、村での戦いで負傷している人も少なくない。正直追いつかれる可能性がかなり高いわ」

「その場合は、私が足止めに参る所存ですが、そう長くは時間を稼げるとは思えません」
「私も行きます。領民のために力を尽くすための領主です」

 村人達の最後列を走りながら、俺は、自分の軽慮さに、愕然としていた。
 今の話を踏まえると、確かに追いつかれる可能性が極めて高い。
 そして二人が死ぬことも確実だろう。その後逃げ切れるかも運次第だし、最悪の場合エレナも死ぬ。逃げ切れる可能性があるのは空を飛べる俺だけだ。

 今から仮にカンザスの街まで俺が最速で飛んでも魔力が足りず、二日はかかるだろう。
 街の人間に話を伝え、兵を準備し、こちらへ向かわせるのに果たしてどれだけの時間がかかるだろう。

 とても間に合わない。それに正確に敵との距離や先遣隊の有無を見通せるのは俺だけだ。
 俺がここを離れれば、逃げられる可能性はかなり減ってしまう……。

「ふふふっ。八方塞って言葉は本来こういうときに使う言葉なのか」

 自嘲気味に笑う俺をみて、リーナは大丈夫だからと、俺を抱きしめる。
 俺はこの世界に転生してから、一体どれだけ無駄な時間を過ごしただろうか。
 その時間、もっと勉強していれば……もっと修行していれば……
 血が滴るほど噛み締めた歯の軋む音と共に、何度も何度も自分の無力を呪った。


------------------
待避戦2日目


 ついに恐れていた事態が起こった。
 黒い塊から離れるようにして、小さな軍団がこちらに向かって物凄い速さで駆けてくる。
 森や道の起伏が終わり、平野になったのが災いしたのだろう。
 数にして百騎ほどだろうか、こちらは馬をすべて荷物や食料の運搬、老人や子供を乗せる馬車を引くために使っていて、ほぼ歩き、もしくは駆け足ほどのスピードしかでない。

 あのスピードだと、三時間ほどでこちらに先遣隊が追いついてくるだろう。
 俺はすぐさまエレナとリーナ、クレイルに伝え、村人の進行速度を上げつつ、最後尾へと集結した。

「この四人で先遣隊を迎撃しましょう。数は大まかですが、百騎ほどです。歩兵と違い騎乗兵なので苦戦するかもしれませんが、魔術師三人とクレイルがいれば、なんとかなると思います」

「セインあなたは上空で敵に他の動きがないかの監視をお願い。戦闘には参加してはいけません」


 エレナの言葉を俺は一瞬理解できなかった。

「僕も戦えます! 今ならかあさまより魔法の腕前は上です!」

「そういうことじゃないの!」

 普段聞かないエレナの怒声に俺は黙り込んでしまう。

「あなたは子供なの、私の大事な子なの、もしあなたに何かあったら、私が戦う意味も、生きる意味もなくなるの、分かって頂戴……」

 確かに俺が親なら、子供が強いです。戦えます。じゃあ私と一緒に戦おうなんてことは思わない。
 だが、俺が戦わなければ、クレイルは大丈夫そうだが、エレナとリーナが命を落とすかもしれない。
 リーナの魔法の腕は知っている。百騎ほどならクレイルと組んでいれば何とかなるだろう。
 だがエレナはリーナよりも魔術師としては下だ、戦闘で無傷とはいかないかもしれない。

「大丈夫よ、危なくなったらリーナとクレイルがいるし、手に負えなくなったら、足手まといになる前に、私だけ戦線から離れて村の人たちに合流するから」

 俺はしぶしぶ了承し、併走を続けた。


 四時間ほど経過しただろうか。ついに先遣隊が数百メートルほどの位置まで迫ってきている。

 村人達を先に行かせ三人が残り、俺は上空へで待機した。

 近づくにつれ、大きな怒号が黒い集団から発せられる。
 それに合わせたかのように、エレナとリーナが、かなりの魔力を練っていく。

 二人が杖を敵に向けた瞬間、竜巻のような風と、大きな爆発が敵の先頭と真ん中あたりで起こった。
 騎乗していたものは落馬し、落馬したものにぶつかり、また後列も次々と落馬していく、半数が、まったく動けなくなり、隊列も無くなった。
 いつのまにかクレイルの姿がなくなっており、敵の中心あたりで悲鳴のような声と怒声が聞こえる。

 エレナとリーナも加わり、残りの兵を掃討していく。
 残り僅かのところで、敵兵が上空に魔法を打ち上げ赤黒い煙が空に上がった。
 クレイルの舌打ちと共に切り伏せ、百騎の軍勢は半刻もしないうちに壊滅した。

 俺は空から地上に降り、三人の元へと向かった。

「まずいことになりました」

「かあさま! クレイル! リーナ師匠!」

 クレイルが真剣な眼差しで二人に話しているところだった。

「セイン様、私達は無事です。しかし最後の最後で、援軍を呼ぶ煙を上げられてしまいました。それも、かなりの強敵を知らせる赤黒煙を……」

「まずいですね。百騎ほどであれば無傷で済みますが、これ以上数が増えると、苦戦は必至でしょう」

 リーナとクレイルの言葉に、エレナも俺も状況が読み込めた。
 最後の煙は救援要請だったのだろう。それもある程度の戦力を要請するもの……。

 すぐさま上空へと飛び敵陣を見ると、先ほどの三倍程の軍勢が、二万の軍勢から飛び出していた。
 三人に状況を伝え、まず村人に追いつくことにした、村人達の元までいかなくては食料もないのだ。
 息を切らす母を見て、やるせない気持ちが強くなる。



 村人達に合流した後、村長が、老人達を運ぶ馬車で休ませてくれた。
 食料や水も用意してくれていたようだ。本当にリーナの領地の領民達は良い人々だ。
 しきりに自分達も戦うからと、村の男達が馬車に集まり、リーナに訴えかける。
 リーナが断として受け入れず、もし何かあったとき、子供達を守れと言い、村人達を説得していく。


 夕日が平野をオレンジ色に染め、静けさが訪れるころだが、俺達の元に来たのは静けさとは間逆の雑音の塊だった。

 馬車から降り立ち、数キロ先の雑音を待ち受ける。
 かれら三人の並ぶ立ち姿は夕日の逆光を受け、悠然と待ち受ける姿は、心が震えるほど美しかった。

 二度目の戦闘も開幕は同じだった。

 先ほどの兵と違い、大きな旗が何本も掲げられている戦列の、先頭と中列あたりに広域攻撃魔法を加える。
 だが先ほどよりも数も多く、手練の兵なのか、巻き込まれる騎兵の数が、先ほどより少ない。

 エレナがまた魔力を練りこみ、リーナがカマイタチで近づく兵を切り落としていく、クレイルが敵の先頭まで距離をつめ、隊列の中に入り込み、バタバタと馬が倒れていく。

 クレイルに気を取られることもなく、リーナとエレナに迫る敵も、数が多く、エレナの魔力が練り終わるまで、リーナがしのぎ続ける。

 魔力が練り終わり、大きな爆発が敵兵をまた次々と巻き込み、一刻ほどたち、ようやく粗方の兵を仕留めた時には、先ほどと同じ赤黒い煙が何本も上がっていた。


 戦闘が終わったことを確認し、三人の元へ降り立つ。

 もう全員が察している、だれかが足止めとして、残るしかない状況になってしまったことを、幸いもう夕暮れで、夜には進軍してこないとして、早ければ明日の朝からこちらに向かってくるだろう。
 次の先遣隊の規模は今の規模より大きくなるのは確実で、カンザスまで最速で進んでも三日目の夕方までかかるだろう。

 つまり、次の先遣隊を止めなければ、俺達は全員死ぬ。

 暫しの沈黙の後、クレイルが自分が残ると口にしたとき、エレナが痛みに耐えるような声を上げる。痛がる先をみると、ボウガンの矢のような太い矢が左足の脹脛あたりに刺さっていた。
 振り返ると、いき絶え絶えの敵兵が寝そべりながらこちらにボウガンを向けている。

「おまええええええええ!!」

 カマイタチの刃を数え切れないほど出現させ、敵に向けて放つ、バラバラになった肉片にさらに細かく、カマイタチを放出し続け、あたり一面に肉片が飛び散り、血溜まり広がったところで、リーナが俺を羽交い絞めにして止めた。

「もう大丈夫ですから、おろしてください」

 いつまでたっても解かれない羽交い絞めが、ようやく解かれ振り向くと、先ほどの怒り狂った様子と、おそらく初めてであろう人殺しを、何のためらいも無く残虐の限りを尽くした俺に、リーナとクレイルは青ざめた顔をしていた。

 エレナは負傷しており、馬車で逃げるしかない。
 クレイルとリーナが仮に残って明日来るであろう、敵の足止めをしても、追いつかれ全滅する可能性が高い。

 エレナを敵の馬に乗せ、先に三人に村人へ合流するように促す。

「ふぅ……」

 離れていく三人の背を見送る。


 無力を嘆くのも、戦えず見守るのも、もうやめだ。
 エレナに止められていようが、状況が状況、それに俺は転生し、この命をもらったときに誓ったはずだ。

 遣り残し、後悔するなんてくだらないことを、二度も繰り返してはならない。
 生きたいように生きてやると。

 太陽が姿を消し、辺りが闇に包まれる。
 後ろには、守るべき人々、前には殺すべき敵、単純な構図に笑いながら、一人の男がその場に座し、朝を待つのであった。
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