追放されたおっさん、辺境ダンジョンで【家庭菜園】始めたら、伝説の植物が育ちすぎて

帝国妖異対策局

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聖女と女騎士

第38話 家庭菜園と奇跡の湿布

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❖ 癒せぬ呪い

ピュアルートでもダメなのか。精魂込めて育てたというのに」

 アランは、セシリアの顔の呪いの痕が一向に薄れる気配がないのを見て、焦燥感を募らせていた。

 ブリジットの呪いにはあれほどの効果を発揮したピュアルート。

 それすら効かないとなると、打つ手がないのではないか。いくら強化されたとはいえ、自分のスキルが万能ではないと思い知らされ、最近持ち始めていた妙な自信が揺らぐ。

「アラン殿。セシリア様のこの呪いは治せないのでしょうか」

 ブリジットも、セシリア自身の奇跡の力ですら癒せなかった事実を思い出し、顔を曇らせる。希望が見えかけただけに、その反動は大きい。

「レン!」 

 アランは、部屋の隅で静観していたレンに声をかける。

「お前なら、何か分かるんじゃないのか? この呪い、普通じゃないんだろ! なんとかする方法はないのか!?」 

 藁にもすがる思いだった。この規格外の存在なら、何か解決策を知っているかもしれない。

 レンはアランの言葉に静かに頷くと、セシリアの傍らに寄り、その美しい顔にそっと手をかざした。

 レンの碧眼が、先ほどよりも強く、複雑な光のパターンを明滅させる。

「解析完了。対象を蝕むのは単なる呪詛ではありません」

「じゃあ、なんだって言うんだ?」 

「高位の妖異、あるいはそれに類する存在による『汚染』と判断されます。魔力構造が通常の呪いとは異なり、対象の聖属性と拮抗しつつ、生命力を根源から侵蝕しています。ピュアルートの浄化作用も、この特殊な汚染に対しては効果が限定的です」

「妖異だと……」

 レンの淡々とした説明に、アランは眉間の皺を深くする。妖異というのは魔物とも違って、この世界の理の外にあるような存在だ。見た目は同じ呪いであっても、妖異のそれは解除が難しいことが多い。

「……どうすればいい? 治せる手立てはあるのか?」 

「対応策を構築。この汚染を中和・浄化するには、高密度の聖属性魔力に加え、特殊な生命活性成分と霊的浄化作用を持つ触媒が必要です。照合の結果、最も有効と推定されるのは……『クレソンセージ』を用いた湿布となります」

「クレソンセージ!? 伝説級の薬草じゃないか!」 

 二人の会話を聞いていたブリジットが悲鳴に近い声を上げた。その顔は驚愕と、そして深い絶望に彩られている。

「そんな! クレソンセージといえば、火竜の巣にしか自生しないと言われる幻の薬草。 それを求める冒険者がどれだけ命を落としたことか」

 ブリジットは、騎士としての知識があるだけに、その入手難易度の高さを痛感し、打ちのめされていた。

 不安に顔を曇らせるアランとブリジットに、レンが淡々と答える。

「旦那様の【家庭菜園】であれば、通常のクレソンを栽培すれば、クレソンセージと同等の効能を持つものが収穫できますが?」 

「「はっ?」 」

 問題はあっさりと解決した。



❖ 奇跡の湿布

 セシリアの顔にクレソンセージの湿布を当てると、シューッと音を立てて呪いが消えていく。

「あぁ……とても心地いいです……」

 焼け付くような痛々しい痕がみるみるうちに消え去り、その下から現れたのは、元の、透き通るように白く、滑らかな少女の肌だった。

「あ……あぁ……!」 

 その光景を目の当たりにしたブリジットは、声にならない嗚咽を漏らし、その場に膝から崩れ落ちた。

 アラン自身も、信じられない思いでセシリアの顔を見つめていた。

「対象の妖異汚染、完全除去を確認。バイタル、安定軌道に回復。治療完了です」

 レンが、いつもの抑揚のない声で、治療の完了を告げた。

 呪いに蝕まれていた聖女の顔は、元の清らかな輝きを取り戻した。



❖ 聖女の涙と奇跡の薬草

「……き、綺麗に……治ってる……?」 
 
 手鏡に映る自分の顔を見て、セシリアが声をあげた。

 奇跡のクレソン湿布によって呪いの痕が消え去り、顔の右半分に感じていた鈍い痛みが完全に消えたことで、彼女ははっきりと意識を覚醒させたようだった。
 
 震える手で、恐る恐る自分の顔に触れる。そこにあるのは、爛れた醜い皮膚ではなく、以前と同じ、滑らかで柔らかな感触。

「嘘……夢じゃ……ないの……?」 

 セシリアの翠色の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。それは絶望の涙ではなく、信じられない奇跡への、歓喜と安堵の涙だった。

「セシリア様! よかった……本当によかった!」 

 ブリジットが、感極まった様子でセシリアの華奢な体を力強く、しかし優しく抱きしめた。

「ブリジット! ああ、ブリジット! 本当に貴方なのですね!」 

 セシリアもまた、ブリジットの背中に腕を回し、声を上げて泣きじゃくる。

 はぐれてからの不安、恐怖、孤独、そして呪いによる絶望。それら全てが、ブリジットの温かい腕の中で、涙と共に溶けていった。
 
 しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した二人は、互いの無事を改めて喜び合った。

「本当に……ありがとうございます、アラン様」

 セシリアは、涙で濡れた瞳をアランに向け、深く頭を下げた。その声には、心からの感謝と、そして畏敬の念が込められていた。

「この御恩は、決して忘れません。貴方様は、まさしく女神ラーナリア様が遣わされた聖人様に違いありませんわ」

 セシリアは真摯に訴える。

「まあ、とりあえず、今はゆっくり休んでくれ。体もまだ本調子じゃないだろう」

「はい……。ですが、ブリジット様……私たちは、一度王都に戻り、国王陛下と教会に事の次第を報告しなければなりません。勇者様のことについても……」

 そう言うと、セシリアが、少し表情を曇らせてブリジット見る。

「そうですね。セシリア様のご回復を待ち、王都へ参りましょう。アラン殿には、それまでご迷惑をおかけすることになりますが……」

 ブリジットも頷く。二人には、騎士と聖女としての責任があるのだ。

「ああ、構わんよ。好きなだけ、ゆっくりしていけばいい」

 アランは承諾した。

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