追放されたおっさん、辺境ダンジョンで【家庭菜園】始めたら、伝説の植物が育ちすぎて

帝国妖異対策局

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聖女と女騎士

第44話 聖人認定は全力で拒否

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 宴の翌朝。

 ブリジットとセシリアは、今日、王都カイロネスへ出発する。

 身支度を整え、アランや子どもたちに別れの挨拶をするためにリビングルームへ向かう。
 
 アランは既に起きており、庭の畑に出ていた。

「……んー、やっぱり、もうちょっとこっちの方が良かったかな……」

 アランは腕を組み、納屋の位置についてぶつぶつと呟いていた。

 毎日畑仕事をしているうちに、畑全体の動線を考えた場合、微妙に邪魔な位置にある気がしてきたのだ。畑に対する彼のこだわりは、時に異常なほど細かい。

「レン、ちょっといいか」

 アランは、近くで大陸トマトの収穫をしているレンに声をかける。

 レンは今日もメイド服姿だった。どうやらその格好が気に入ったらしい。

「はい、旦那様。何か問題でも?」 

「いや、問題ってほどじゃないんだが……この納屋の位置、やっぱりもう少し右にずらせないか? 1 メートルくらいでいいんだが。こっちの畝との間隔がどうにも気になって……」

 レンはすぐに、アランの指示に応じた。

「承知しました。納屋の位置を 1 メートル東へ修正します」

 レンが納屋に向かって軽く手を振る。

 すると、ゴゴゴ……という微かな地響きと共に、地面にしっかりと建っていたはずの納屋が、まるでバターの上を滑るかのように、音もなくスルスルと横に 1 メートル移動し、ぴたりと止まった。
 
 地面には、移動した痕跡すら残っていない。

 その様子を、出発の挨拶をしようと畑を訪れたブリジットとセシリアが目撃していた。

「「………………」」
 
 二人とも、もはや声も出ない。

「よし、こんなもんだな。うん、こっちの方が見栄えもいいし、作業もしやすい。ありがとうよ、レン。助かった」

「お役に立てて何よりです、旦那様」

 アランがポンと肩を叩くと、レンは恭しく頭を下げる。

 セシリアは、確信した。

(やはり、アラン様は、この世界を救うために遣わされた御方に違いない! あのような奇跡の力を有するレン様が、これほどまでに忠実に従っておられるのだから。私も、この御方の御力にならなければ……!)

 彼女は、アランに向かって歩み寄り、その前に深く跪いた。

「アラン様……」

「へ? 聖女様? いきなりどうした!?」 

 突然跪いたセシリアに、アランは仰天する。

「私も、微力ながら、アラン様の偉大なる御業のお手伝いをさせてください! 女神ラーナリア捧げたこの身、その御使いたる聖者アラン様に捧げます!」 

 その翠色の瞳には、一点の曇りもない、純粋で、しかし完全に方向性を間違えた信仰の光が宿っていた。
 
 聖女に続いて、ブリジットも慌ててアランの前に膝をつく。
 
「わ、わたくしも、王国に捧げたこの身ですが、王への報告を終えた後には、騎士を辞し、我が剣を聖者様に捧げます」

 そんな二人を見てアランは……

(俺を聖者とか、なに言ってんだ? もしかしてまだ呪いが残ってて、頭がおかしくなってるとか?)

 ドン引きしていた。

 正直、豪邸での生活において、この二人が、やたらと自分を褒めて持ち上げる発言が多いことが気にはなっていた。

 レンの想像を絶する力を見ていれば、それを神の御業と思ってしまうのは仕方がない……とアランも「りくつ」では分かっている。

 だが、それならば二人はレンを崇めるべきじゃないのだろうかとも思っていた。

 自分の【家庭菜園】や【収納】も、チートと言えるほどの能力を有してはいるが、それはあくまでこの豪邸の周辺 2 キロに限定されている。

 どういう理屈かはわからないが、自分は単にダンジョンの恩恵や、レンの力を借りているに過ぎないことを、アランは自覚している。

 つまるところ、そうした恩恵をさっぴけば、自分はただの「おっさん」でしかない。

 そんな自分を聖者呼ばわりなどと、それほど信仰心の篤くないアランでさえ、あまりにも聖者に不敬だと感じてしまうのだ。

 なので二人に対して、アランは必死に「聖者なんて恐れ多い」と否定するが、セシリアには全く届いていない。ブリジットも、その隣で「ええ、アラン殿の御心は、我々には計り知れませんから……」などと頷いている始末。

「だ、だから! 俺は聖人なんかじゃないって! 俺なんかに跪ないでくれ!」 

 アランは慌ててセシリアに手を差し伸べ、立たせようとする。しかし、セシリアは潤んだ翠色の瞳でアランを見上げ、首を横に振った。

「いいえ、アラン様。私は、ようやく理解いたしました。貴方様こそ、女神様がこの乱れた世にお遣わしになった御使い……その偉大なる御心の一端に触れることができただけでも、身に余る光栄です」

「いや、だから、御業って言っても、俺じゃなくてレンがやったことだから……」

「レン様は、アラン様の御心のままに奇跡を起こされる、神聖なる眷属なのでしょう。それを使役されるアラン様が偉大でなくて、何でありましょうか!」 

 セシリアのあまりにも真っ直ぐで完全に間違った解釈に、アランは返す言葉を失った。隣ではブリジットも「セシリア様の仰る通りです、アラン殿」などと真顔で頷いている。

 アランは説得を諦め、大きく溜息をついた。

「はぁ……とにかく、もうすぐ出発なんだろ? 準備はいいのか?」 

 アランは強引に話題を変える。

「は、はい! アラン様のおかげで、万全です!」 

 セシリアは、ぱっと表情を輝かせ、恭しく立ち上がった。

 豪邸の玄関ホールには、二人を見送ろうと子どもどもたちが集まっていた。

 セシリアが、深く頭を下げて礼を述べる。

「アラン様、レン様、そして皆さん。短い間でしたが、本当にお世話になりました。この御恩は決して忘れません」

「アラン殿。貴方様のおかげで、私は再び立ち上がることができました。いずれ必ず、このご恩に報いることを誓います」

 ブリジットも、騎士として、力強く、そして真摯にアランに告げた。

「達者でな。道中、気をつけろよ」

 恩に報いるという二人の言葉には明らかに「必ずまた戻って来る」という強い意志がこめられていたが、アランの表層意識はそれを気づかなかったことにした。

 子どもたちが旅立つ二人に駆け寄る。

「ブリジットお姉ちゃん、また遊んでくれる?」
 トールも不安そうだ。

「ええ、必ず戻ってきます。その時は、また稽古をつけてあげましょう」
 ブリジットは屈んで、子どもたちの頭を優しく撫でた。

「セシリアお姉ちゃんも、また来る?」 
 メメルが小声で尋ねる。

「はい。必ず。約束します」
 セシリアは優しく微笑んだ。

 はっきりと「戻って来る」ことを宣言した二人だが、それもアランの脳は「聞かなかった」ことにすることにより、心の平穏を保つことにしたのだった。

「ブリジット様、セシリア様。道中のご無事を祈ります。それでは、領域境界まで搬送させていただきます」

 そうレンが申し出ると、ブリジットは慌てて両手を振った。

「い、いえ! レン殿、そこまでのお気遣いは……我々は自力で参りますので!」 

「では、参りましょう、セシリア様」

「はい、ブリジット」

 二人は頷き合うと、アランたちに最後の一礼をし、ゆっくりと豪邸の扉を出て行った。

 アランと子どもたちは、二人の後ろ姿が小さくなるまで、玄関ホールから見送っていた。

 こうして、聖女と女騎士は、アランへの感謝と崇拝の念を胸に、王都へと旅立っていった。

 彼女たちの報告が、アランの運命をさらに大きく動かすことになるなど、今の彼は知る由もない。

 アランはただ、「さて、今日の畑仕事は何をするかな」と、いつも通りの日常に戻ろうとしていた。

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