追放されたおっさん、辺境ダンジョンで【家庭菜園】始めたら、伝説の植物が育ちすぎて

帝国妖異対策局

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聖人辺境伯アラン

第64話 豪華すぎるスイートルーム

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 宿舎の前でブリジットとセシリアがアランたちの到着を待っていて、馬車から降りたアランに駆け寄ってきた。

「アラン様、皆様がアラン様を一目見ようと集まっておられるのですよ」
 セシリアが、嬉しそうに微笑みながら言う。

「なんと素晴らしい……アラン様の御名が、これほどまでに民に知れ渡っているとは……!」 
 ブリジットも感極まった様子だ。

 二人にとっては、アランの偉大さが正当に評価されている証であり、喜ばしい限りなのだろう。

 だが、アランにとっては、疑念は確信に変わっていた。

(これ仕込みだな。どこかまでかわわからんが)

 声をあげている観衆の中にサクラが何人かいるのに気づいたアラン。

 かつて日銭欲しさに自分もサクラをやったことがあるので、見分けがついてしまったのである。

「アラン! 見て見て! みんなアランのこと見てるぞ! すごいな!」 
 ミミーニャだけは、状況を理解せず(あるいは気にせず)、アランの腕を引っ張ってはしゃいでいる。

「はは……すごいよな……」
 アランは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

「聖人様だ!」 
「辺境伯様!」 
「我らをお救いください!」 
 熱狂的な声援と、いくつかの懇願のような声。

 アランは、その熱気に当てられ、恥ずかしさで眩暈を起こしそうになりながら、逃げるように宿舎の中へと駆け込んだ。

 子どもたちも、初めて向けられる多くの人々の視線と歓声に少し戸惑いながらも、興奮した様子でアランの後を追う。

 レンだけは、いつも通り無表情で、周囲の状況を冷静に観察しながら、アランの背後に付き従っていた。

 王都カイロネスへの到着は、アランにとって、辺境伯叙任という名誉よりも、まず「望まぬ熱狂」という名の試練から始まることとなった。

 宿舎は、王都カイロネスの中でも、特に格式の高い貴族たちが邸宅を構える一角に用意された、壮麗な迎賓館のような建物だった。

 案内された一行は、従者に導かれるまま中へと入る。

「キラキラしてる……うちみたいだね」
「なんだか落ち着くね」
「変なとこじゃなくてよかった」
「よくみるとうちのが豪華だな」

 子どもたちは、玄関ホールに足を踏み入れた瞬間、再び歓声を上げた。

 床には毛足の長い高級な絨毯じゅうたんが敷き詰められ、壁には金色の装飾が施された大きな鏡や、有名な画家の手によるであろう絵画が飾られている。

 天井からは、辺境の豪邸にあったものよりもさらに巨大で豪華なシャンデリアが吊り下がり、眩いばかりの光を放っていた。空気には、高価な香油の香りが漂っている。

 まさに、貴族の贅沢を詰め込んだような空間だ。

 だが子どもたちは、ここよりもっと豪華な邸宅に住んでいるので、彼らの喜びは「なんとなくなじんだところでよかった」という安心感から来るものだった。

 ただアランだけは違った。

 普段は身分の低い従者が使うような小部屋を自室としているため、豪華耐性が子どもたちより遥かに低かったのだ。

「アラン様、こちらへどうぞ。陛下が、皆様のために最高のお部屋をご用意なさいました」

 案内の従者が、恭しくアランたちを奥のスイートルームへと案内する。

(最高のお部屋……嫌な予感しかしない……)

 アランは内心で呻きながら、子どもたちと、どこか感心したような表情のブリジット、セシリア、そして相変わらず無表情なレンと共に、その部屋へと足を踏み入れた。

 予感は的中した。

 案内された部屋は、無駄に広く、豪華絢爛ごうかけんらんという言葉がぴったりの空間だった。

 天蓋付きの巨大なベッド、ベルベットのカーテン、金箔が施された猫脚の家具、暖炉の上には意味ありげな彫刻……。

 何もかもが、アランの好みとは正反対の、落ち着かない装飾で埋め尽くされている。

「ベッドふかふかー!」 
 トールが早速ベッドにダイブする。

「見て! この鏡、おっきい!」 
 ミミーニャが全身を映す大きな姿見の前でポーズをとっている。

 メメルとトリンは、豪華な調度品を恐る恐る、しかし興味深そうに眺めていた。

「素晴らしいお部屋ですわね、アラン様。陛下のアラン様への期待の大きさが伺えます」
 セシリアが、うっとりとした表情で部屋を見回しながら言う。

「ええ。辺境伯様をお迎えするにふさわしい、見事な設えです」
 ブリジットも満足げに頷く。

 だが、アランの心境は全く異なっていた。

(落ち着かん……! 全く落ち着かんぞ、この部屋は!)

 広すぎる。豪華すぎる。キラキラしすぎている。こんな場所では、とてもじゃないが安眠できそうにない。辺境の豪邸の、あの狭い使用人部屋の方が、どれだけマシだったことか。

「内装素材、調度品のデザイン及び配置、空間効率、いずれも非合理的です。当ダンジョンの居住区画と比較して、快適性は 37 %以下と推定されます」

 レンが、アランの心を読んだかのように淡々と分析結果を口にする。

「だ、だよな!? やっぱりそう思うよな!?」 

 思わぬ援軍を得て、アランはレンに同意を求める。

「しかし、旦那様。これは王国側の『おもてなし』の意思表示であり、プロトコルとして享受されるのが最適解かと」

「や、やっぱり、そうだよなぁ……」

 アランはがっくりと肩を落とした。

 結局、アランはその豪華すぎるスイートルームでは一睡もできず、夜中にこっそりと抜け出し、部屋の隅で丸くなって仮眠をとる羽目になった。

 翌朝、従者に見つかり大騒ぎになったのは言うまでもない。

(早く……早く辺境に帰りたい……俺の畑が待っている……)

 王都の熱狂と豪華な宿舎。それは、アランにとって、叙爵式本番を前にした、新たなるストレスの始まりでしかなかったのである。

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