追放されたおっさん、辺境ダンジョンで【家庭菜園】始めたら、伝説の植物が育ちすぎて

帝国妖異対策局

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聖人辺境伯アラン

第65話 胃痛と冷や汗に耐えながら

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 そして、運命の叙爵式当日がやってきた。

 朝からアランの胃はキリキリと痛み、冷や汗が止まらなかった。

(ダメだ……緊張しすぎて吐きそう……)

 鏡に映る自分の姿を見て、アランはさらに気分が悪くなる。

 そこには王国が「辺境伯にふさわしいものを」と用意した、仕立ての良い、しかしアランにとっては窮屈でしかない豪奢な礼服に身を包んだ、不安と疲労で顔色の悪い中年男が映っていた。

 金糸の刺繍、滑らかな生地、首元の息苦しい飾り……。どれもこれも、アランにとっては拷問器具のように感じられる。

「旦那様、ネクタイが曲がっております」

 いつの間にか背後に立っていたレンが、アランの首元の飾りタイに手を伸ばす。その指先は冷たく、滑らかで、アランはびくりと肩を震わせた。

「じ、自分でやる」

「承知しました。ですが、身だしなみは重要です。特に本日は、旦那様の新たな地位を内外に示すための重要な儀式ですので」

 レンは無表情のまま、しかし有無を言わせぬ口調で言う。

 王国から支給されたというメイド服に身を包んだレン姿が、礼服で居心地悪そうにしているアランの惨めさを、さらに際立たせている気がした。

「だいたいなんでお前がメイドの格好してんだ? 魔神を追い払ったのは、お前だろうに。そうだよ! お前が領主になるべきじゃないか!?」 

 ここにきて、もはや通じるわけもない子どもじみた言い訳にしがみつくアランだった。

「私はあくまで旦那様の剣であり盾。栄誉は、その剣を振るった者にこそ与えられるものです。加えて私は正妻ですので、夫を引き立てるのが妻としての役目です」

 レンの表情のわずかな変化に「私いま良い事言った!」 というドヤ顔が浮かんでいるのを見て取ったアランは、ガックリと頭を下げて降参するしかなかった。

 部屋の外からは、子どもたちのはしゃぎ声と、ブリジットやセシリアが彼らをたしなめる声が聞こえてくる。

 子どもたちも、アランと同様に、王国が用意した正装に着替えさせられているはずだ。だが、彼らはアランとは違い、これから始まる「お祭り」に興奮しているようだった。

(あいつらはいいよな、何も考えなくて。俺なんかもう胃が……)

 アランは胃を押さえ、深く息を吐く。

 これから王城へ行き、大勢の貴族や役人たちの前で、国王陛下から直々に爵位を授かる。考えただけで、足がすくむ。逃げ出したい。今すぐ辺境の畑に帰って、土をいじりたい。

 だが、逃げられない。国王陛下の御前に出るのだ。

 コンコン、と部屋の扉がノックされる。

「アラン様、お支度はよろしいでしょうか? そろそろお時間です」

 ブリジットの声だ。彼女も騎士としての正装に身を包んでいるのだろう。

「……ああ、今行く」

 アランは、重い足取りで扉に向かう。胃の痛みは、もはや MAX に達していた。

 これから始まる叙爵式が、無事にそして速やかに終わることだけを、彼はただただ祈るしかなかった。

 王城に到着すると、胃痛と冷や汗に耐えながら、アランは壮麗な廊下を進んでいく。

 王国が用意した窮屈な礼服は、まるで鉛の鎧のように重く感じられ、一歩進むごとに、処刑台へ向かう罪人のような気分を味わっていた。

 すぐ後ろには、完璧なメイド服姿のレン、騎士の正装に身を包んだブリジット、純白のローブを纏ったセシリアが、アランとは対照的に、落ち着いた、あるいは誇らしげな様子で付き従っている。

 子どもたちは、さすがに王城の雰囲気に呑まれたのか、今は大人しく従者たちに手を引かれていたが、それでも好奇心旺盛な目はキョロキョロと周囲を見回していた。

 やがて一行は、巨大な黄金の装飾が施された両開きの扉の前にたどり着いた。

 謁見の間だ。

 衛兵が厳かに扉を開けると、内部の光景がアランの目に飛び込んできた。

(ひ……広い……! それに人が多い……多過ぎ!)

 天井は恐ろしく高く、巨大な柱が何本も立ち並び、壁にはメジャイ王国の歴史を描いたであろう壮大なタペストリーが掛けられている。磨き上げられた床は鏡のように輝き、人々の姿を映し出していた。

 広大な空間には、アランがこれまで見たこともないほど多くの人々――色とりどりの豪華な衣装を身に纏った貴族たち、厳格な表情の文官や武官たち――が、壁際にずらりと整列し、中央の通路を開けて、アランたち一行の入場を待ち構えていた。

 その全ての視線が、今、アラン一人に集中している。

 好奇、期待、羨望、嫉妬、そして疑念……様々な感情がない交ぜになった視線の奔流に晒され、アランは息が詰まりそうになる。

(無理だ……絶対無理だ……なんで俺がこんなところに……)

 足が鉛のように重い。胃の痛みは、もはや抉られるような激痛に変わっていた。

「アラン様、どうぞお進みください」
 ブリジットに背中をそっと押され、アランは全身がカチコチのまま、謁見の間の中央を進み始めた。

 絨毯が敷かれた通路の両側から突き刺さる視線に耐えながら、ゆっくりと奥へと進む。

 つまづかないよう全神経を集中し、一歩一歩と足を進める。

 そして、一番奥、一段高くなった場所に設えられた、巨大で豪奢な玉座に座る人物の姿を、アランは目の端で捉えた。

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