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Kapitel 01
暉曄宮 05
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ニーズヘクルメギル領・暉曄宮で開かれたパーティにて、とある男がふたりの若い従者を随えた令嬢に目を留めた。今夜のパーティに参加する貴族のなかでも、かなり上等な樺桜色のドレスや宝飾の髪飾りを身につけた令嬢。
彼もまた貴族の家の娘を護衛する従者だった。これまでに主人に付き随ったどのパーティでも、その令嬢を見た覚えはなかった。
すぐに樺桜の令嬢から従者へと目線が移った。男女ともに背中が大きく開いた戦装束。武器を携行しており護衛であることは間違いないが、背面の防御を捨てたその姿は珍しいものだった。
あまりに注視してしまい、女性のほうとバチリと目が合った。咄嗟に思ったことが口から出た。
「その背中が大きく開いた装束。もしや有翼人種か」
如何にも、と答えは直ぐさま返ってきた。
従者の主人である令嬢は、それを聞いて背中が開いた装束の女性へ目線を向けた。
「まあ、これが有翼人種。翼がなければヒトと見分けがつかないわ」
「最近では有翼人種は珍しく、戦士はさらに稀少と聞きます。このような好機はまたとありません。手合わせの許可をいただけますでしょうか」
「わたくしは構いません」
令嬢の従者は、有翼人種の女に身体の正面を向けた。
「我が主人の許しは得た。そちらは如何か」
(人をまるで見世物か何かのように。これだから貴族とは……)
令嬢とその従者に向けるルフトの視線は、自然と冷ややかになった。
彼らの視線や態度には好奇心があからさまだった。自身と同等の生物を相手にしているとは思っていない態度だ。有翼人種を珍しく感じるのは生活圏や文化が異なるからだ。何故そうなのかも考えない、独善的で無責任だと思った。
かつて天尊が語ったように、彼ら個人の決定でそうなったのではない。世界の総意がそう在り、ルフトたち一族は総力を挙げてもそれに反抗し覆す力が無かった。頭ではそう理解しても、彼らの態度は胸が悪くなった。
「応じてよろしいですか。アキラ殿」
「え。どういうことですか?」
アキラとルフトが何やら話しかけられていることに気づいた耀龍たちは、ふたりに近づいた。相手の令嬢は耀龍と麗祥を見るや、これはこれは、と淑やかにドレスを抓んで挨拶をした。
縁花は、ルフトと相手の従者の雰囲気と漏れ聞こえてきた話の内容から、情況をすぐに理解した。そして、情況を呑みこめていないアキラに簡単に説明をした。
「従者同士の手合わせを望んでいます。赫暁族長が催される宴ではよくあることです」
アキラは主人の許しが必要だと説明され、渋い表情を見せた。
鎧や武器をつけた者同士の手合わせと聞き、当然手荒なものを想像する。知人に怪我をするようなことをさせたくなかった。
「この手合わせには私の誇りが懸かっています。できればお許し願いたい」
ルフトの目にはすでに闘志が燃えていた。
「いいんじゃない? 彼女たちは戦士。戦士には戦士のプライドがある。よき主人は従者のプライドも守ってあげないとね」
耀龍はアキラの耳許でそう囁き、片目を瞑ってウインクして見せた。
アキラがチラリと麗祥を見遣ると、彼も小さく頷いた。
「じゃあ……はい」
ルフトから乞われ、耀龍と麗祥から説かれ、アキラはかなり渋々という表情で小さく頷いた。
おそらく生まれたときから従者や使用人に囲まれ、ごく当たり前に主人として振る舞ってきた彼らの言い分は、妥当なのだろう。ルフトは尊大ではないがプライドの高い人物だ。成り行き上の主人に過ぎない自分が命令して引き下がらせるのは、ルフトに対して失礼だ。
「姉様が相手をされずとも。ここは私が」
「応じたのは私だ。私が出る」
手合わせを行うため、彼らは別棟の部屋へと移動した。
そこは、パーティが開かれている広間よりも床面積はやや小さいが、邪魔になるテーブルや調度品などは無く、動き回れる範囲は広かった。本来は鍛練や手合わせ用の部屋ではない。内装は客人を招き入れても恥ずかしくない丁寧な仕上がり。当たり前の貴族の邸宅ならば応接に使用されるレベルの空間だ。
手合わせをする従者同士は部屋の中央に立ち、物見高い客人たちが部屋の壁際で談笑しつつ見守る。
やはり見世物小屋のようだな、とルフトは内心嘲笑した。今さら不快だなどと不満を漏らすつもりはない。むしろ望むところだ。彼らが退屈凌ぎに見世物を望むなら、お望みどおり稀少な有翼人種の女戦士のショーを見せてやろう。ただし、愚昧で高慢ちきな彼らの鼻を明かすために舞うショーだ。
相手の従者が剣を構え、ルフトも腰元から得物を抜いた。特徴的な半月型の幅広の大刀。それを両手で頭上に掲げ、赤い唇で不敵にニヤリと笑んだ。
アキラはギョッと表情を変えた。
「え! あれってホンモノ⁉」
うん、と耀龍は平然と答えた。
耀龍だけではなく、麗祥も弟のヴィントも動揺していなかった。アキラだけが平静でなかった。手合わせというからには本気の殺し合いではないのだろう。しかし、刃物で切りつけ合うなど無傷では済まないことは想像に難くない。アキラには目の前で知人が血を流すなど耐えがたい。それも、無知な自分が危険性を理解しなかった所為で。
武装した従者を随えて自慢し合うということがどういうことなのか、もっと深刻に考えればよかった。
「ダメ! とめてロンッ」
「でももうお互いに抜いちゃったしー」
「こんなことだって知ってたら許しなんて出さなかった! ルフトさんが危ないことするなんて絶対ダメッ」
アキラは隣に立つ耀龍の服を引っ張って必死に訴えた。
アキラ殿……、とヴィントが少々困った表情で宥めようとするが、アキラには届かなかった。アキラがこうまで取り乱すなど想像していなかった彼は、途惑った。彼が知るアキラは、慈しみ深く、穏和で沈着な人物だった。
耀龍はアキラの唇をピトッと人差し指で押さえた。
「レディが大声を出すなんてはしたないよ、アキラ」
「ロンッ!」
「姑娘を別室へ。気を落ち着けていただくように」
麗祥は自分の従者へそう命じた。
アキラは自分よりも一回り以上大柄な男たちにふたりがかり、それにヴィントも加わり、手合わせの場から連れ出された。ヴィントは何度も、申し訳ない、申し訳ない、とアキラに詫びた。彼らは決して乱暴ではなかったがアキラの力では抗いようがなかった。
「よろしいのですか、耀龍様」と縁花。
「うん。従者が勝てば名誉ではあるけど、負けてもアキラの不名誉ってわけじゃない。それにフォーゲルフェダルの実力を見ておきたい。手合わせを申し入れられたのはいい機会だ」
ルフトの手合わせが終わったあと。
耀龍と麗祥は、アキラが待つ部屋を訪れた。
部屋の前には麗祥の従者たちが待機していた。麗祥はアキラの様子を窺うことなく彼らと去って行った。アキラの取り乱した様子やあの場から無理に連れ出した非礼からして、顔を合わせれば責められるだろうと予想し、それを避けた。麗祥にはアキラを宥める方法が思いつかなかった。
耀龍は縁花を伴って入室した。
アキラはテーブルセットのチェアにひとり佇んでいた。ヴィントはそのすぐ傍に控えていたが、ふたりの間に和やかな会話は無さそうだった。
耀龍はそのテーブルセットのすぐ近くに立ってアキラの頭頂を見下ろした。
「……ルフトさんは?」
「勝ったよ。大怪我もしてない」
アキラは麗祥の予想のように激しく責め立てなどはしなかったが、耀龍と目を合わせようとはしなかった。勝利を報告しても喜びもしない。顔も見たくないという意思表示だろうか。
「アキラ。怒ってる?」
「怒ってるよ」
怒っていると言ってもアキラはすでに冷静だった。さめざめと涙して同情心を誘うわけでも、ヒステリックに金切り声を上げるわけでもない。ただ、ひしひしと怒気は伝わってくる。
耀龍は、普段とは異なるアキラの雰囲気に少々居心地の悪さを感じた。怒鳴られるわけでも罵倒されるわけでもないのに、なんとなく居づらい。並外れた権力と大抵の我が儘を許されている耀龍に、このような思いをさせられる人物はそうはいない。
「真剣を使うってロンは知ってたんでしょ。知っててわざと黙ってた」
「うん。でもあれはお互いに了承してた。手合わせを望んだのはルフトだ。結果、ルフトは矜持を守った。アキラは何に怒ってるの?」
「知らなかったから怒ってる。いくらルフトさんたちがわたしの護衛をしてくれるって言ったからって、たとえルフトさんたちが望んだとしても、わたしの知らないところで危ないことをさせないで。ルフトさんたちを、わたしを守るための道具みたいに扱わないで、絶対に!」
「護衛ってそういうものだよ」
耀龍は平然と切り返した。
アキラは耀龍を黙って見詰め、耀龍は小首を傾げた。本当に、何が悪いのという顔をして。
耀龍はアキラの憤りを察知して居づらさも感じているが、そうなった理由までは理解しなかった。他者の気持ちや考え方、価値観を、上手に推量できない。生まれながらに尊ばれ、他者から一方的に尽くされることが常。世界は自分が主体。まるで子ども。
――まるで銀太に言い聞かせているみたいだ。
「…………。じゃあロンはユェンさんも自分の道具だと思うの」
「――――……」
耀龍は虚を突かれて押し黙った。
アキラは耀龍の瞳が微動したのを確認してフイッと顔を逸らした。
「わたしの言ってる意味を分かってくれたら、謝らなくていいから、もうルフトさんたちに危ないことさせないって約束して。そして絶対に守って」
そう言い残してアキラはチェアから立ち上がった。耀龍と縁花の横を通過してこの部屋の出入り口へと向かった。ヴィントもアキラのあとを追った。そこにはまだ麗祥が残した従者たちが立っており、アキラを自室まで送ってくれることだろう。
耀龍はアキラが部屋から出て行った気配を察知してから、ふう、と息を漏らした。
「……お見事。ぐうの音も出ないよ」
「耀龍様?」
耀龍はハハハと笑って縁花を振り返った。
「縁花がただの道具かって問われたら〝否〟としか答えられないもの」
「恭悦至極にございます」
アキラは自室に戻るとすぐに、侍女にルフトを呼ぶように頼んだ。
侍女はそれを聞き入れた。アキラがそわそわして待っていると、程なくしてルフトがガチャガチャッと鎧を鳴らしながらやって来た。
「このような姿のままで申し訳ございません。速やかにとの仰せでしたので」
ルフトの語り口は手合わせ前と何ら変わらなかったが、全身の至るところに包帯など治療のあとが見てとれた。
ルフトの姿を目にしたアキラの顔面は青くなった。弾かれたようにチェアから立ち上がってルフトに駆け寄った。
「ルフトさん。ごめんなさい。そんなケガさせて! あんなに危ないことだって知ってたら……ッ」
「そのようなお顔をなさらないでください。アキラ殿には何の責もございません。これは私が望んだこと。私がしがない誇りを懸けただけのこと。このようなことでアキラ殿がお心を痛めることはないのです。私の望みを聞き入れてくださり誠にありがとうございます」
ルフトの感謝は本物だった。一時とはいえ、アキラは主人、自分は従者だ。主人は手合わせを申し入れられた従者に、そのような面倒なことには関わるなと命令をしてもよかった。しかし、アキラはルフトの意思を尊重してくれた。従者であると自身を位置づけたルフトにはそれが嬉しかった。
ルフトは謝辞を述べて微笑んだが、アキラの顔色は一向に良くならなかった。自分の強情によって幼気な少女が自身を責める様に申し訳ない気持ちにさせられた。
「我が儘を申して主人のお心を痛めさせてしまうとは、私は悪い従者ですね」
「違います……ルフトさんは悪くない。わたしがよく考えなかったから」
――ここは〝向こう〟とは違うんだって本気で理解しようとしてなかったから。
天尊も耀龍も、ルフトとヴィントも、一見して外見は人間と変わらないから、アキラはついつい勘違いしてしまう。自分とそう変わらない考え方をして、自分が常識だと信じているものが通用するのではないかと。実際は、外見以外は何もかもが異なる。知らない世界で生きてきて、価値観は一致せず、想像もできない生き方をして、時として善悪の判断すらも相違する。だから、耀龍もアキラも、互いに何故何故どうしてと擦れ違う羽目になる。
彼もまた貴族の家の娘を護衛する従者だった。これまでに主人に付き随ったどのパーティでも、その令嬢を見た覚えはなかった。
すぐに樺桜の令嬢から従者へと目線が移った。男女ともに背中が大きく開いた戦装束。武器を携行しており護衛であることは間違いないが、背面の防御を捨てたその姿は珍しいものだった。
あまりに注視してしまい、女性のほうとバチリと目が合った。咄嗟に思ったことが口から出た。
「その背中が大きく開いた装束。もしや有翼人種か」
如何にも、と答えは直ぐさま返ってきた。
従者の主人である令嬢は、それを聞いて背中が開いた装束の女性へ目線を向けた。
「まあ、これが有翼人種。翼がなければヒトと見分けがつかないわ」
「最近では有翼人種は珍しく、戦士はさらに稀少と聞きます。このような好機はまたとありません。手合わせの許可をいただけますでしょうか」
「わたくしは構いません」
令嬢の従者は、有翼人種の女に身体の正面を向けた。
「我が主人の許しは得た。そちらは如何か」
(人をまるで見世物か何かのように。これだから貴族とは……)
令嬢とその従者に向けるルフトの視線は、自然と冷ややかになった。
彼らの視線や態度には好奇心があからさまだった。自身と同等の生物を相手にしているとは思っていない態度だ。有翼人種を珍しく感じるのは生活圏や文化が異なるからだ。何故そうなのかも考えない、独善的で無責任だと思った。
かつて天尊が語ったように、彼ら個人の決定でそうなったのではない。世界の総意がそう在り、ルフトたち一族は総力を挙げてもそれに反抗し覆す力が無かった。頭ではそう理解しても、彼らの態度は胸が悪くなった。
「応じてよろしいですか。アキラ殿」
「え。どういうことですか?」
アキラとルフトが何やら話しかけられていることに気づいた耀龍たちは、ふたりに近づいた。相手の令嬢は耀龍と麗祥を見るや、これはこれは、と淑やかにドレスを抓んで挨拶をした。
縁花は、ルフトと相手の従者の雰囲気と漏れ聞こえてきた話の内容から、情況をすぐに理解した。そして、情況を呑みこめていないアキラに簡単に説明をした。
「従者同士の手合わせを望んでいます。赫暁族長が催される宴ではよくあることです」
アキラは主人の許しが必要だと説明され、渋い表情を見せた。
鎧や武器をつけた者同士の手合わせと聞き、当然手荒なものを想像する。知人に怪我をするようなことをさせたくなかった。
「この手合わせには私の誇りが懸かっています。できればお許し願いたい」
ルフトの目にはすでに闘志が燃えていた。
「いいんじゃない? 彼女たちは戦士。戦士には戦士のプライドがある。よき主人は従者のプライドも守ってあげないとね」
耀龍はアキラの耳許でそう囁き、片目を瞑ってウインクして見せた。
アキラがチラリと麗祥を見遣ると、彼も小さく頷いた。
「じゃあ……はい」
ルフトから乞われ、耀龍と麗祥から説かれ、アキラはかなり渋々という表情で小さく頷いた。
おそらく生まれたときから従者や使用人に囲まれ、ごく当たり前に主人として振る舞ってきた彼らの言い分は、妥当なのだろう。ルフトは尊大ではないがプライドの高い人物だ。成り行き上の主人に過ぎない自分が命令して引き下がらせるのは、ルフトに対して失礼だ。
「姉様が相手をされずとも。ここは私が」
「応じたのは私だ。私が出る」
手合わせを行うため、彼らは別棟の部屋へと移動した。
そこは、パーティが開かれている広間よりも床面積はやや小さいが、邪魔になるテーブルや調度品などは無く、動き回れる範囲は広かった。本来は鍛練や手合わせ用の部屋ではない。内装は客人を招き入れても恥ずかしくない丁寧な仕上がり。当たり前の貴族の邸宅ならば応接に使用されるレベルの空間だ。
手合わせをする従者同士は部屋の中央に立ち、物見高い客人たちが部屋の壁際で談笑しつつ見守る。
やはり見世物小屋のようだな、とルフトは内心嘲笑した。今さら不快だなどと不満を漏らすつもりはない。むしろ望むところだ。彼らが退屈凌ぎに見世物を望むなら、お望みどおり稀少な有翼人種の女戦士のショーを見せてやろう。ただし、愚昧で高慢ちきな彼らの鼻を明かすために舞うショーだ。
相手の従者が剣を構え、ルフトも腰元から得物を抜いた。特徴的な半月型の幅広の大刀。それを両手で頭上に掲げ、赤い唇で不敵にニヤリと笑んだ。
アキラはギョッと表情を変えた。
「え! あれってホンモノ⁉」
うん、と耀龍は平然と答えた。
耀龍だけではなく、麗祥も弟のヴィントも動揺していなかった。アキラだけが平静でなかった。手合わせというからには本気の殺し合いではないのだろう。しかし、刃物で切りつけ合うなど無傷では済まないことは想像に難くない。アキラには目の前で知人が血を流すなど耐えがたい。それも、無知な自分が危険性を理解しなかった所為で。
武装した従者を随えて自慢し合うということがどういうことなのか、もっと深刻に考えればよかった。
「ダメ! とめてロンッ」
「でももうお互いに抜いちゃったしー」
「こんなことだって知ってたら許しなんて出さなかった! ルフトさんが危ないことするなんて絶対ダメッ」
アキラは隣に立つ耀龍の服を引っ張って必死に訴えた。
アキラ殿……、とヴィントが少々困った表情で宥めようとするが、アキラには届かなかった。アキラがこうまで取り乱すなど想像していなかった彼は、途惑った。彼が知るアキラは、慈しみ深く、穏和で沈着な人物だった。
耀龍はアキラの唇をピトッと人差し指で押さえた。
「レディが大声を出すなんてはしたないよ、アキラ」
「ロンッ!」
「姑娘を別室へ。気を落ち着けていただくように」
麗祥は自分の従者へそう命じた。
アキラは自分よりも一回り以上大柄な男たちにふたりがかり、それにヴィントも加わり、手合わせの場から連れ出された。ヴィントは何度も、申し訳ない、申し訳ない、とアキラに詫びた。彼らは決して乱暴ではなかったがアキラの力では抗いようがなかった。
「よろしいのですか、耀龍様」と縁花。
「うん。従者が勝てば名誉ではあるけど、負けてもアキラの不名誉ってわけじゃない。それにフォーゲルフェダルの実力を見ておきたい。手合わせを申し入れられたのはいい機会だ」
ルフトの手合わせが終わったあと。
耀龍と麗祥は、アキラが待つ部屋を訪れた。
部屋の前には麗祥の従者たちが待機していた。麗祥はアキラの様子を窺うことなく彼らと去って行った。アキラの取り乱した様子やあの場から無理に連れ出した非礼からして、顔を合わせれば責められるだろうと予想し、それを避けた。麗祥にはアキラを宥める方法が思いつかなかった。
耀龍は縁花を伴って入室した。
アキラはテーブルセットのチェアにひとり佇んでいた。ヴィントはそのすぐ傍に控えていたが、ふたりの間に和やかな会話は無さそうだった。
耀龍はそのテーブルセットのすぐ近くに立ってアキラの頭頂を見下ろした。
「……ルフトさんは?」
「勝ったよ。大怪我もしてない」
アキラは麗祥の予想のように激しく責め立てなどはしなかったが、耀龍と目を合わせようとはしなかった。勝利を報告しても喜びもしない。顔も見たくないという意思表示だろうか。
「アキラ。怒ってる?」
「怒ってるよ」
怒っていると言ってもアキラはすでに冷静だった。さめざめと涙して同情心を誘うわけでも、ヒステリックに金切り声を上げるわけでもない。ただ、ひしひしと怒気は伝わってくる。
耀龍は、普段とは異なるアキラの雰囲気に少々居心地の悪さを感じた。怒鳴られるわけでも罵倒されるわけでもないのに、なんとなく居づらい。並外れた権力と大抵の我が儘を許されている耀龍に、このような思いをさせられる人物はそうはいない。
「真剣を使うってロンは知ってたんでしょ。知っててわざと黙ってた」
「うん。でもあれはお互いに了承してた。手合わせを望んだのはルフトだ。結果、ルフトは矜持を守った。アキラは何に怒ってるの?」
「知らなかったから怒ってる。いくらルフトさんたちがわたしの護衛をしてくれるって言ったからって、たとえルフトさんたちが望んだとしても、わたしの知らないところで危ないことをさせないで。ルフトさんたちを、わたしを守るための道具みたいに扱わないで、絶対に!」
「護衛ってそういうものだよ」
耀龍は平然と切り返した。
アキラは耀龍を黙って見詰め、耀龍は小首を傾げた。本当に、何が悪いのという顔をして。
耀龍はアキラの憤りを察知して居づらさも感じているが、そうなった理由までは理解しなかった。他者の気持ちや考え方、価値観を、上手に推量できない。生まれながらに尊ばれ、他者から一方的に尽くされることが常。世界は自分が主体。まるで子ども。
――まるで銀太に言い聞かせているみたいだ。
「…………。じゃあロンはユェンさんも自分の道具だと思うの」
「――――……」
耀龍は虚を突かれて押し黙った。
アキラは耀龍の瞳が微動したのを確認してフイッと顔を逸らした。
「わたしの言ってる意味を分かってくれたら、謝らなくていいから、もうルフトさんたちに危ないことさせないって約束して。そして絶対に守って」
そう言い残してアキラはチェアから立ち上がった。耀龍と縁花の横を通過してこの部屋の出入り口へと向かった。ヴィントもアキラのあとを追った。そこにはまだ麗祥が残した従者たちが立っており、アキラを自室まで送ってくれることだろう。
耀龍はアキラが部屋から出て行った気配を察知してから、ふう、と息を漏らした。
「……お見事。ぐうの音も出ないよ」
「耀龍様?」
耀龍はハハハと笑って縁花を振り返った。
「縁花がただの道具かって問われたら〝否〟としか答えられないもの」
「恭悦至極にございます」
アキラは自室に戻るとすぐに、侍女にルフトを呼ぶように頼んだ。
侍女はそれを聞き入れた。アキラがそわそわして待っていると、程なくしてルフトがガチャガチャッと鎧を鳴らしながらやって来た。
「このような姿のままで申し訳ございません。速やかにとの仰せでしたので」
ルフトの語り口は手合わせ前と何ら変わらなかったが、全身の至るところに包帯など治療のあとが見てとれた。
ルフトの姿を目にしたアキラの顔面は青くなった。弾かれたようにチェアから立ち上がってルフトに駆け寄った。
「ルフトさん。ごめんなさい。そんなケガさせて! あんなに危ないことだって知ってたら……ッ」
「そのようなお顔をなさらないでください。アキラ殿には何の責もございません。これは私が望んだこと。私がしがない誇りを懸けただけのこと。このようなことでアキラ殿がお心を痛めることはないのです。私の望みを聞き入れてくださり誠にありがとうございます」
ルフトの感謝は本物だった。一時とはいえ、アキラは主人、自分は従者だ。主人は手合わせを申し入れられた従者に、そのような面倒なことには関わるなと命令をしてもよかった。しかし、アキラはルフトの意思を尊重してくれた。従者であると自身を位置づけたルフトにはそれが嬉しかった。
ルフトは謝辞を述べて微笑んだが、アキラの顔色は一向に良くならなかった。自分の強情によって幼気な少女が自身を責める様に申し訳ない気持ちにさせられた。
「我が儘を申して主人のお心を痛めさせてしまうとは、私は悪い従者ですね」
「違います……ルフトさんは悪くない。わたしがよく考えなかったから」
――ここは〝向こう〟とは違うんだって本気で理解しようとしてなかったから。
天尊も耀龍も、ルフトとヴィントも、一見して外見は人間と変わらないから、アキラはついつい勘違いしてしまう。自分とそう変わらない考え方をして、自分が常識だと信じているものが通用するのではないかと。実際は、外見以外は何もかもが異なる。知らない世界で生きてきて、価値観は一致せず、想像もできない生き方をして、時として善悪の判断すらも相違する。だから、耀龍もアキラも、互いに何故何故どうしてと擦れ違う羽目になる。
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