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#23:Die schmerzlose Bestie
Never knows a stab 01 ✤
しおりを挟む放課後。
私立石楠女学院高等学校・某教室。
禮の昔からの友人である椛と和々葉、伊予の三人は、帰り支度を済ませて自席に座っていた。伊予が丁度通学バッグに荷物を詰め終わった頃、スマートフォンに着信があった。それから通話が続いており、椛と和々葉はそれが終わるのをそわそわしつつ待っていた。本日は三人で向かうべき場所がある。
「伊予ちゃん、そろそろ終わるやろか」
和々葉は教室の壁時計で時間を確認してぼやいた。もう目的地に向かわなくては約束の時間に遅れてしまう。
「……うん、そう。うん、分かってる。ウチ今日友だちと約束あるさかい。……うん、ほなね」
伊予は、通話の始終、ポツポツと途切れ途切れに単語を落とすような会話だった。通話を終了して前髪を掻き上げて「はあー」と大きな息を吐いた。
それを見計らって椛と和々葉は通学バッグを肩に担いで椅子から立ち上がった。
待たせてゴメン、と伊予もバッグを手に取ってまた溜息。面白くもない話題だったのか表情も機嫌が悪そうだ。
「カレシはんとの電話のあとやのにキゲン悪いね? ケンカしてんの?」
別に、と伊予は教室のドアへと足を向けた。
「せっかくええカレシはんなんやから、小さいケンカで別れたりしたら勿体ないよ」
「そうえぇ。爽やかやしマジメやし頭ええし顔ええしー、自慢のカレシはんやん」
「ケンカにもなれへんよ」
伊予は椛と和々葉に素っ気なく返した。
§ § §
放課後。
私立荒菱館高等学校・1年B組教室。
禮は杏と自席でお喋り中。本日は渋撥と美作が教室まで迎えに来ると言っていたからそれを待っている。彼らは本来なら放課後までなど言わずとも好きな時間に学校を出入りするのだが、当たり前に授業を受ける禮の手前そうもいかない。
「禮ちゃん」と声をかけられ、振り返ると美作が教室に入ってきたところだった。
禮は杏に、ほなね、と告げて椅子から立ち上がった。
「今日純さんとどっか行くん?」
「久し振りに中学のときの友だちと会うよ。ハッちゃんと純ちゃんも連れて来てて言われてるから」
禮の周囲の席にいた一年生諸君は、それを耳に挟んで一様に不思議に思った。禮の中学時代の友人と言えば名門お嬢様学校。当然に貞淑なご令嬢を想像する。比較的見目のよい美作を連れてきてほしいというのは、まあ理解できる。しかし、屈強な強面の渋撥もというのは如何なることか。
「石楠女学院のお嬢さんが、近江さんを連れてきて……?」
「美作さんは見た目がアレやで分からんでもないけどな。何で近江さんも?」
幸島と大鰐は首を傾げた。
「キミらヒマやったらついてきてもええんやで」
美作からの突然のお誘いに幸島と大鰐はポカンとした。禮という接点があるとはいえ新入生と最上級生、美作と特別親しいわけではない。視界に入った程度でお声がかかるとは、どういうわけだ。
理由など気に留めない連中もいる。虎徹と由仁は、自分も自分も、と我先に挙手した。
「ソレ、俺も参加してええですかッ」
「おー。多いほうがええで。どれが当たりクジになるか分かれへんでな」
「当たりクジ?」と禮は美作を見上げた。
「椛ちゃんたちに男のコ紹介してクダサイて頼まれてんねん。できれば同い年希望」
年頃の少女が恋愛沙汰に関心が高く、恋人を欲しがるのは自然の摂理。女の園である石楠女学院では、異性との出逢いの機会は多くはなく、幅広くもない。本来なら友人である禮に頼むところだが、その手のことには特段鈍感だから期待は薄い。故に彼女たちは信頼の置ける美作を頼った。
美作も自分を通す以上、変な男は紹介できない。気軽に声をかけたが誰でもよかったわけではない。彼らは、窮地の禮と杏を見捨てなかった。自らの危険を顧みず先陣を切った。見返りを求めず献身的だった。他の新入生よりはかなり見所があると言ってよい。幼気な少女を無碍に扱ったりはしないはずだ。
「まさか荒菱館に入学して石楠のオジョーと知り合える機会が巡ってくるなんか思わんかった~✨」
「目ぇ輝かせすぎだっつーの大樹。ガツガツすると逃げられるぞ」
虎徹と由仁は天井に拳を突き上げてガッツポーズ。脩一はそれを小馬鹿にして笑った。
「あ。エンちゃんはあかん」と禮。
「えー何でだよ。虎徹と大樹より俺のほうが絶対ェ女ウケいーぜ?」
「エンちゃんはすでにカノジョふたりいてるから」
脩一はグッと押し黙った。今度は虎徹と由仁から脩一のほうが指を指して笑われた。
「禮、ちょっと」と杏が手を取った。特に説明もせず禮の手を引いて教室から出て行った。
教室の出入り口の正面、廊下の壁に渋撥が凭りかかって立っていた。禮は渋撥に、もうちょっと待っててと、一瞬目で合図して前を通りすぎた。
杏は禮を三階と二階の階段の踊り場まで連れてきた。禮の手を離してくるりと振り返った顔は、なんだか少々強張っていた。
「純さんと禮の友だちって、何で知り合いなん?」
「中学生のとき、ハッちゃんに鶴ちゃんと純ちゃんも付いてきて、たまにウチの友だちと一緒に遊んだりしてたから」
禮は小首を傾げつつも素直に答えた。
「結構仲エエの?」
「直接連絡取り合うくらいには」
「禮抜きでも会うたりしてんの?」
「ううん。それはナイみたい。せやけど純ちゃんも呼んでって割と言われる」
「純さん女に優しいからなあ。ウケええやろなあ~」
杏は額を押さえて天井を仰いだ。
「あー……駿河さんと夜子がくっついたのって、やっぱ禮つながり? そうよね、それ以外有り得へんもん。カレカノの友だち同士でかー、そのパターンかー」
「うーん。ウチつながりになるんかな? いつの間にか付き合うてたケド」
禮の認識としては、鶴榮と夜子はいつの間にか付き合っていたことになっている。縁を結んだ自覚はないが、最初の接点が禮であることは明白だ。
「今度からは純ちゃん呼んで言われても断ろか?」
「ウ、ウチがそんなこと言う権利あれへんやん」
杏はギクッとして額から手を退けて禮へと顔を向けた。
「アンちゃんがほんまに嫌なんやったら断るよ。ウチの友だちが純ちゃん呼んで言うんはね、純ちゃんがカッコよォて女のコに優しいからやよ。あ、今日、アンちゃんも一緒に来る? コテッちゃんたち来るみたいやから人数増えても全然ええよ」
杏が思ってもみなかったという顔をしたから、禮は触れてはいけない部分に不用意に触れてしまったのではないかと思った。それをフォローするように言葉を並べた。
杏には禮の思い遣りが伝わった。とうに気づいているのに決めつけはしない、無理矢理に秘密を暴こうとしない、きっといつまでも待ってくれる。
優しいキミに打ち明けられなかった、勇気の無い意気地なしでゴメンね。
「今まで言う機会あれへんかって、ごめん」
杏はポツリと零した。
「イヤ、言うタイミングなんかなんぼでもあったけど、言う勇気があれへんかって。今まで誰か好きになってもわざわざ言うような友だちいてへんかったし、どう言うたらええんかも分かれへんかったし……」
杏は肩に乗っていた自分の黄金色した髪の毛を一束掴んだ。無意識に羞じらい顔を隠そうとしたのか、その手を口許に持っていった。
「ウチ、純さんのこと好きなんよ。今度は本気、多分」
「今度はって?」
「將麻のときは、ほんまの好きとはちごたし」
今だから分かること、將麻に対しては意識的に好きだと思おうとして思った。付き合おうと提案され、その先のキスまで想像してみて嫌悪感を抱かなかった。自分ひとりでは何もできないし何処にも行けはしないことはとうに悟っていた。ひとりになるのが嫌で誰でもいいから凭れかかっていたかった。打算の上に成立していた。あの頃「好き」という言葉は、受け入れてくれますか、受け入れます、という単純な合い言葉に過ぎなかった。
「禮見てると思うんよ。ウチが今まで人を好きと思ったのなんて、本気とはちゃうって。だってウチ、禮とちごて、男の為に自分の体張って必死に何かするなんか考えたことあれへんもん」
禮は目をやや目を大きくして驚いた表情を見せた。杏はそれを見て少し声を漏らして笑った。
この子はきっと、誰かの為になどと考えて行動していない。自分が何をしてもどうなってしまっても、誰かの所為にしたりなどしない。自分の好きなように振る舞い、自由奔放に強く生きて、恋に殉ずる――――理想的だね。
「ウチも、禮みたいになりたい。必死で好きになって、損得なんか無視して何かしたげたいて、思える女になりたい」
禮に勧められたとおり、杏も本日の石楠女学院生とのイベントに参加することにした。禮の友人は美作を異性として特別に想っているわけではないと聞いても、自分のいないところで会うというのは無視できなかった。邪魔をする権利は無いとは思いつつも、その場に同席できるのならばしたい。
杏は急ぎ帰り支度をする為に小走りに自分の教室へと向かった。
禮は帰り支度は済ませてあるから、ひとり落ち着いた足取りでトントントンと階段を上がった。廊下の壁に背中から凭りかかっている渋撥の頭が見えた。渋撥の顔が此方を向き、指でチョイチョイと招かれた。
禮は渋撥の真横で立ち止まり、しばらく顔を見詰めてハッとした。
「……聞いてたん?」
「聞こえた」
「純ちゃんには内緒やよ」
禮は苦笑したあと、バツが悪そうに唇の前に人差し指を立てた。渋撥がベラベラと他人の噂話をする性格でないことは承知しているが、杏のことを思って一応口止めしてみた。
「そんなんどうでもええ」
渋撥は禮の二の腕を捕まえて自分のほうへ引き寄せた。
「禮は俺の為に必死になってくれるんやって? 男冥利に尽きるで」
禮はそのようなことを耳許で囁かれ、カッと頬を赤くして渋撥の顔を見た。
「ッ……! そんなことまで聞いてたん」
「禮の声やからな、聞こえるで。禮は俺に隠れて内緒話なんかでけへんねん」
「ハッちゃんがそー思てるだけでほんまは秘密あるかもしれへんやん」
「あれへんやろ」
「あるもん」
「嘘やな」と渋撥は微かに笑みを溢した。
「禮は顔に出るさかい100%バレる。その証拠に今、秘密なんかあれへんくせに秘密があるっちゅう嘘吐いとるのがバレとる」
渋撥は確信めいて勝ち誇った。禮は悔しそうに、ぷうと頬を膨らませた。
ファストフード店。禮と友人たちは此処で待ち合わせしていた。
禮たち荒菱館高校生のほうが早く到着した。食べ盛りの高校生男子諸君は、昼休みにしっかり食事を摂ったにも拘わらず、此処でもハンバーガーと飲み物、ポテトにサイドメニューが付いたセットを注文した。禮と杏は流石にそれだけの量を食べる胃の容量はなく飲み物とデザートにした。
彼らはファストフード店の二階のテーブル席に陣取った。店内は時間帯的に学生で混んでいたが、彼らのテーブルの周辺は空いていた。強面の巨躯を筆頭に、ゴールドやアッシュの髪色や目付きの悪い、ガラの悪そうな男たちには近づかないほうが賢明だ。
腹ごしらえを済ませてしばらくすると、階段のほうから騒がしい声が聞こえてきた。
「早く早く! 時間に遅れてるんやから急いでッ」
「も~、伊予ちゃんが電話してるさかい遅れてしもたんやんか~」
「ウチ、伊予ちゃんみたいに足早ないんやから~」
禮にはとっては聞き覚えのある懐かしい声だった。飲んでいたジュースの紙カップをトレイの上に置いて階段のほうへ目線を向けた。
思ったとおり、すぐに階段から目立つ真っ青な制服が現れた。
ストレートの黒髪を靡かせて階段を駆け上がってきた少女が、店内を見回して禮とバチッと目が合った。
「禮~~!」と彼女は嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。
続けてふたりの少女が、彼女のあとを追ってきた。三人とも息を弾ませており、待ち合わせの時刻には辛くも間に合わなかったが、本当に急いでやってきたのだと分かった。
「禮ちゃん~、遅れてごめん~!」
「走ったんやけど間に合わへんくて。堪忍えぇ」
少女たちと禮は、待たせてゴメン、構わないよ、と二、三言葉を交わした。
それから少女たちはすぐに渋撥に向かってお辞儀をし、愛想よく挨拶を交わした。
「お兄はんこんにちは。お久し振りです」
「久し振りに見てもお顔恐いですねえ。お元気にしてはりました?」
「禮ちゃんが誘ってくれる言うてたさかい、ウチら、お兄はんと美作さんに会えるの楽しみにしてましたんえ」
彼女たちに恐怖心や厭悪は一切なかった。恐がるどころか懐いている様子だ。それが新入生男子諸君には納得がいかなかった。彼女たちは禮の親しい友人であり、友人の彼氏である渋撥と顔見知りであってもおかしくはない。しかし、渋撥の強面と威圧的なオーラは、その程度の関係性で中和できるものではない。
「何やねん、この近江さん人気。お兄さんて何ソレ羨ましい」
「禮ちゃんつながりで石楠オジョーとも仲よくなれるんやな。禮ちゃんだけでも羨ましいのにそんなオイシーオマケまで。そんなもん特権階級やん」
虎徹と由仁は訳が分からないという表情をしつつ、渋撥を羨んだ。
「近江さんがあの子らに懐かれとるのは、禮ちゃんのカレシやからっちゅう理由ちゃうで」
美作が思わせ振りなことを言った。
「他にどんな理由があるんですか」と幸島が尋ねた。
「近江さんの人柄、とか?」
幸島は美作と視線を合わせたまま、口を一文字に噤んで黙りこんだ。肯定も否定もしようがなかった。
「キミ、感情が顔に出んようで案外分かりやすいなあ」
あっはは、と美作は笑った。そう言う美作は無害そうな顔をして老獪だ。まだまだ素直な新入生の性情などすでに見抜いている。わざと幸島が答えにくい言い方をしたに違いない。
やられたな、と幸島は胸中で嘆息を漏らした。
美作は少女たちの為に、新入生男子たちに手を振って席を空けろと指示をした。彼らは椅子から腰を持ち上げたりトレイを退かしたりして三人分の空席を作った。少女たちが並んで腰を落ち着けると、美作がひとりずつ名前を紹介した。荒菱館高校の新入生諸君も各自名乗り、そのあとは少々緊張が混じりつつも自然と会話が続いた。
由仁は目の前に座っている椛に「なー」と小声で話しかけた。何故声のボリュームを小さくするのか。それは暴君の耳に入れたくないからだった。
「何で近江さんにそんなにフレンドリーなんや? 恐ないか?」
椛は不思議そうに小首を傾げた。
「荒菱館やのに、お兄はんのこと恐いん?」
「近江さんは荒菱館のなかでも別格や」
そうそう、と伊予がしきりに頷いた。
「ウチも最初の頃、お兄はんのことキング・オブ・ヤンキーやと思た」
「キング・オブ・ヤンキー! ギャハハハハハッ!」
「だって、顔恐いし眉毛ないし目付き悪いし無口やし態度悪いし、他のヤンキーっぽい人たちもお兄はんには近寄れへん感じやし」
大鰐は声を上げて大笑い。他の新入生諸君も異論の無い表情をしていた。
「せやけど、お兄はんほんまはええ人やから」
「えッ、ええ人か、なッ?」
椛の発言が予想外で、由仁は声が裏返ってしまった。
和々葉が口許を隠してフフフと笑った。
「ウチらみんな、お兄はんに助けてもろたさかい」
「近江さんが人助けを? そんな正義のヒーローみたいな人間ちゃうやろ」
それを聞いた新入生たちは一様に信じられないという顔をした。
渋撥は禮の危機であれば何を引き替えにしても助ける。最早疑いようがない。同時に、誰に対してもそうであるわけではないことも分かり切っている。生来の善人というわけではないのだから、困っている人間を前にして見境無く身体が動くというタイプとは思えない。
「正義の味方とか誰にでも優しい人とはちゃうけど。それでもお兄はんは、見掛けどおりの悪い人やおへんえ」
「これっぽちもウチらの為やのォて、全部が全部禮の為やよ。そんなこと解ってるけど、それでもウチらみんなお兄はんに感謝してるんよ」
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