マインハール ――屈強男×しっかり者JCの歳の差ファンタジー恋愛物語

熒閂

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Kapitel 01:起

起 02

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 翌朝。
 よく眠り朝になって目が覚めて頭も冴えたら昨夜のことはすべて夢だった。――――そうであればよいのにと思いつつ、アキラはドアノブを回してドアを押し開いた。
 隙間から覗いたリビングのソファに、長身の男性が横たわっている。昨夜の非現実的な出来事が夢ではなかったことの何よりもの証拠だ。

(そんなに都合良くはいかないか)

 白はドアをパタンと閉めた。


 知らない誰かの話し声が聞こえてきて夢から引き摺り出され、自分が熟睡していたのだと知る。温度まで伝わってきそうなほど芳しい食事の匂いを嗅ぎ、自分が空腹なのだと知る。否、そのようなことも自覚していないということは頭半分は夢のなかに置いてけぼりのままで、まだ寝惚けているのだ。暢気に寝惚けるなど、許される身ではないのに。
 天尊はガバッと飛び起きた。ハッと目を落とし、自分の体に毛布が掛けられていることに気付いた。

(アイツか!)

 天尊はキッチンに立つ少女の背中を睨むように見た。

(あんなガキの気配にも気付かないなんざ、いくら何でも油断しすぎだろ、俺)

 毛布を握り締めて後頭部をガジガジガジッと掻き毟った。

「クソッ。寝過ぎた」

「もうすぐお昼になりますけどー、何か用事でもありました?」

 話し掛けられて顔を上げると白がオープンキッチンから顔を出していた。一瞬でもこのような子どもに苛立ったのかと思うと自分で自分が情けなくなる。
 ――イヤ、大の大人が子どもに助けを乞うた時点で充分情けないか。

「ない」

 天尊は白から顔を背けて頬杖を突いた。情けないと卑下しながらも面白くない表情をしていることには自覚が無かった。

「うちは朝はパン派なんですけど、同じものでいいですか? 食べたいものがあればー、コンビニに売っているものであれば買ってこれますけど」

 天尊は「ああ」とだけ返したが、内心は少々呆れた。一切の迷惑を無視して突然上がりこんだ男の朝食にまで配慮をしてくれるとは、確実にお人好しに違いない。
 キッチンに顔を引っこめようとした白は、何かに気付いて「あ」と声を漏らした。その声に引かれて、天尊は再び白のほうに目線を戻した。

「おはようございます」

 その一言を言う為にわざわざ手を止めて振り返ったのか。忘れてしまってもどうってことはないではないか。否、親しくない者同士では煩わしくさえあるのに。

「……おはよう」

 白につられて天尊の口からもその言葉がポロッと零れた。

 程なくして、トーストを載せた皿を手に持った白がオープンキッチンから出てきた。白は食卓テーブルの上に皿を置いた。

「お前、親は?」

 天尊はソファからアキラに尋ねた。

「ああ、いませんよ。うちは子ども二人です。弟と二人暮らしなんですけど、昨夜は丁度、弟はお友だちの家にお泊まりに行ってて」

(親がいないというのは好都合だな)

 天尊はソファから立ち上がってテーブルに近づいた。偶然とはいえこれはまた都合の良い家庭に転がり込んだものだ。心の中でラッキーとほくそ笑む。

「ただーいまー」

 玄関のほうから幼い声が聞こえてきて、天尊は眉を顰めた。

「噂をすれば。弟が帰ってきました」

 足音がこちらに向かってくるなと思って興味本位でそちらを見ると、白よりも随分小さな少年が姿を現した。
 少年は天尊を発見するなりギクッと表情を変えた。見知らぬ男が自宅のリビングに立っていれば大人でも驚く。驚きのあまり声も出ないのであろう、口をパクパクさせて天尊を指差した。
 白が、その少年の頭にポンポンと手を置いた。

「弟の銀太です」

 疋堂 銀太[ヒキドー ギンタ]――――
 現在年長組。6歳。白と同様に黒髪と大きな黒い瞳が特徴的で、並んでいると一見して姉弟だと疑う余地はない。意志が強そうな眉をしており、生意気そうな目付きをしているが、やはり幼さのある顔立ちは可愛らしい。

「ア、アキラが……アキラがオトコつれこんでるーっ!」

 銀太は大声で叫んだかと思うと、顔色を変えてオロオロと動揺した。

「ダレだよコイツ! オレしらないぞ、こんなヤツ! オレにナイショでオトコつれこんだりしちゃいけないんだぞアキラッ!」

「マセたお子様だな」

 天尊は腕組みをして他人事のように、あっはっはっ、と声を上げた。
 白は笑顔をピタッと貼りつけていた。

「銀太」

 白の表情筋が固まっていることに気付き、銀太はピタッと口を閉じた。
 威勢が良くても6歳児。一家の大黒柱が不在の疋堂家では、彼にとっては保護者代わりである姉が最も恐るべき存在である。
 銀太が黙ったところで、白は手の平で天尊を指し示した。

「こちらはボクの知人のティエンゾンさん。お困りだったので昨夜我が家に泊まっていただきました」

「えっ! とま……っ?」

 白はなるべく銀太を刺激しないようにサラッと言ったのに、銀太は信じられないという表情で白を見上げた。注意された直後に騒ぎ立てると本当に白の逆鱗に触れかねないので何も言うことはできなかった。
 天尊は二人のほうに近づいてきて、銀太の目の前で足を止めた。

(デカッ!)

 銀太は半ば唖然としてただただ見上るしかできなかった。白よりも遙かに長身の大人の男など、銀太にとっては立っているだけで威圧的だ。
 天尊は腰を曲げて銀太の前にしゃがみ込み、その小さな顔をマジマジと観察した。

「フーン。生意気そうだが、可愛い顔の造りをしているな」

 天尊は銀太の頭の上に大きな手の平を乗せてグリグリと撫でた。

「ヨロシクな、チビ」

「チビじゃねーよ、オッサンッ」

 チビとは銀太にとって不名誉極まりない。ムッとして天尊の手をパシンッと弾いた。白が「コラ」と注意するのを無視して天尊を剛気に睨みつけた。
 天尊は銀太の鼻先をギュッと抓んだ。

「てっめ!」

 銀太はブンブンと拳を振り回すが、如何せんリーチの差が否めない。鼻先を押さえられて距離を取られているので銀太の腕の長さでは天尊には届かない。

「オッサンじゃない。俺は天尊ティエンゾンという」

「テメーはなせよ!」

「顔は似ているが中身はあんまり似てないな。姉は落ち着きがあるが、チビはよく動くオモチャみたいだ」

「はァッ?💢」

 白は困り顔で苦笑した。

「ティエンゾンさん。6歳児をからかうのはやめてください。銀太ももうやめなさい」

 天尊が鼻から手を離してやると、銀太は素早くグイッと袖口で拭う。睨むことはやめないが力の差が分かったのか、銀太は「う~」と唸るだけで天尊に噛みつこうとはしなかった。

「銀太。ゴハンは?」

「レンタんちでたべたからいらない!」

 銀太は怒鳴り声で答えてクルッと天尊に背を向けた。

「どうするの?」

「オッサンがいるからへやにいる!」

 銀太は肩を怒らせて自分の部屋へとドスドスと歩いていった。自分の部屋のドアノブを掴むと、天尊のほうを振り返った。

「さっさとかえれよバーカバーカ!」

 そう吐き捨てて力いっぱいバタンッとドアを閉めた。
 銀太が自室に引っこみ、白は肩を落として息を吐いた。別の部屋にいれば天尊に飛び掛からないから一安心だ。

「ごめんなさい。銀太はちょっと口が悪くなるときがあって」

「男だからな。あんなもんだろ」


 食事を終え、白が食器洗いを終えてキッチンから出て来ると、天尊はスッと椅子から立ち上がった。待ってましたとばかりにタイミング良く。
 天尊が何をしようとしているか察し、白はキッチンを出たところで一旦足を止めて椅子には就かなかった。この少女は、天尊が何故にそうあるのかと不思議に思うくらい察しが良い。見掛けよりも内面のほうが実年齢よりもずっと大人びている。

「そろそろ行く」

 前触れなくそう告げても、白には動揺は一切なかった。ようやく厄介者が去ってくれるから清々しているのか。否、最初こそ回避的であったが天尊を一度自宅に招き入れてからは迷惑そうな素振りは微塵も見せなかった。利害など考えず純粋に親切な人物なのだろう。

「傷はもう大丈夫そうですか」

「ああ、助かった」

「それならよかった」

 白が笑顔でそう言うと天尊も笑顔を見せた。白に促されたわけでもないのにベランダのほうへ向かった。どうやってここを後にするのが最も良いか、食事を終えてから考えていたのだろうか。
 ガラッ、と天尊はベランダの鍵を開けて扉を開け放った。途端に室内に風が吹きこんできて白にぶつかり、反射的に目を閉じた。

「世話になった」

 声が聞こえて白が目を開けたときには、天尊はベランダに出て翼を拡げていた。その翼はやはり長身の天尊の体よりも一回りは大きく立派で、太陽を背負って光を透過して眩しく、神々しい。天尊は天使ではないと言ったが、白もその性質は天使には相応しくないと思うが、やはり昨夜と変わらず神秘的で綺麗だと思わずにはいられなかった。

「この天尊ティエンゾン、受けた恩は忘れん。いつかきっと返す」

 翼に見入っていた白は、ハッとして天尊のほうに顔を向けた。白と目が合うと天尊はクッと笑みを零した。

「……と言いたいところだが、俺とお前が会うことは二度と無い」

「はい」

 この少女は、恩に着せても構わないのにそうしない。見返りを要求してもよいのにそうしない。だから天尊は気兼ねなく去ることができる。白も名残惜しそうに天尊の背中を眺めたりはしない。二人の線は一瞬の交差。
 サヨナラ、と声がした次の瞬間、天尊の姿はもうそこにはなかった。


   § § § § §


 ――どうして俺はあの時、あんな少女に助けを求めたのか。
 出血が酷かった。ひたすら激痛に耐えていた。眩暈がして意識が飛んじまいそうだった。
 だが誰かに助けてもらう気なんてサラサラ無かったから、道端に倒れ込んででも姿を見せないようにしていた。あのまま誰にも見つからないように倒れ込んで傷が塞がるのを待っていてもよかった。
 姿を消したつもりでも俺が見えるヤツというのは稀にいるが、だからって弱っているときに通りすがりのヤツに助けを求めるなんて俺はどうかしていたのか。
 アキラを見た瞬間、咄嗟に声が出た。
 アキラなら俺を助けてくれるような気がした。
 アキラなら俺を拾うような気がした。

 天尊は高層ビルの屋上の端に腰掛け、眼下の街並みを見下ろしていた。
 地を這うしかできない者たちが、小さな黒点となって蠢いている。彼らはこのような高所から見下ろされているなど夢にも思っていないだろう。彼らが何を考えているかなど、天尊とて関心は無いのだが。
 天尊は足を組み直し、はあ、と嘆息を漏らした。自己嫌悪で少々気が滅入っている。

「何であんなガキにこの俺が助けろなど……。血が足りなくて弱気にでもなっていたか。我ながらなッさけないことだ」

 プライドが高い天尊は、そう易々と他人に助けを求めたりはしない。優劣がハッキリしている間柄なら尚更だ。天尊に比べれば何の力も無い人間の、しかもあのような年端もゆかない少女に縋りつくなんて、出血多量の所為で冷静な判断力を欠き、どうかしていたとしか思えない。助けを求めたのは気の迷いだ。そういうときは碌なことがない。御陰で見ず知らずの場所で熟睡しきってしまい、毛布を掛けられた気配にも気付かないなどという失態を晒す羽目になった。

「チッ。まったく勘狂う。とっとと仕事を終わらせて帰るとするか」

 天尊は苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちした。ビルの縁にスッと立ち上がり、翼を思いっ切りよく拡げた。
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