マインハール ――屈強男×しっかり者JCの歳の差ファンタジー恋愛物語

熒閂

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Kapitel 10:母親

訪問者 04

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 ガツッ。――怒り狂った手がアキラに振り下ろされる前に、彼女は手首を捕まえられた。
 彼女はハッとし、自分の手首を掴む白髪の長躯を仰ぎ見た。
 自分を睨みつける白眼とかち合ってヒッと悲鳴を漏らした。
 バチンッ! ――突然、宙で電流が弾けた。

「キャアッ」と彼女は反射的に身を縮めた。

「母親のクセにそんなことを言うのか」

 天尊ティエンゾンの周囲でパチンッ、パチンッ、と微細な電流が弾けた。
 白はハッとして天尊を見上げた。怒りを露わにした形相を見て、急いで天尊の腕にしがみついた。

「ティエン!」

「母親のクセに子どもを傷つけるのか」

「この人のことはいいから、怒らないでッ」

「良くない。この女は母親なのに――」

「もういいよ、この人は家族じゃないから。ボクたちとは他人だから。ティエンが怒ってくれる必要も、ない」

 彼女は白の肩を捕まえた。加減せず力いっぱい握り締めて長い爪がギリッと白の肩に食いこんだ。

「私は銀太ギンタの母親よ! 銀太の家族は私だけなの!」

「アキラに触るな!」

 天尊と銀太の声が重なった。
 天尊は白の肩から彼女の手を振り払った。銀太は銀太は白を背に庇うようにして彼女の前に立った。
 彼女の顔面は引き攣った。銀太を見下ろす瞳は、大きく震えて動揺した。

「銀太どうして……? 私はママなのよ? 銀太の家族は私でしょ……?」

「ママはママだけど……キライだッ」

 銀太はぶんぶんぶんっと頭を左右に振った。

「ママはアキラをいじめるから……。アキラをいじめるヤツは、みんなキライだ!」

 床に向かって渾身の力で叫んだ。面と向かっては言えなかった。一緒に生活した記憶はほとんどない。特別な存在だと感じたこともない。関心もない。
 それでも母親だから。自分を生んでくれた人だと分かっているから、良心の呵責に苛まれた。

「銀太……ッ」

 彼女の頬を一筋の涙が伝ってポタンッと床に落ちた。
 銀太は唇を噛んだ。自分はとても酷なことをしたと思い知らされた。しかし、撤回するつもりはない。幼いながらも自分が最も大切にしなければならないものが何であるか、とうに理解していた。それを害する存在を許してはならないことも。

「銀太……銀太……」

 彼女は何度も悲嘆に銀太の名前を呼んだが、銀太は応じなかった。
 銀太へと伸びた彼女の手は、宙を掻いた。耀龍ヤオロンが無情に彼女から取り上げるように銀太を抱き上げた。
 縁花ユェンファのほうへ顔を向けた。

縁花ユェンファ。お引き取りを」

 銀太、銀太、と何度も自分を呼ぶ母親のほうを、銀太は一切見ようとはしなかった。拒絶は決定的だった。
 視界の外から聞こえる声は、無視し続けている内に次第に遠ざかっていった。


  § § § § §


 銀太ギンタの母親が縁花ユェンファによって丁重に家の外へと送り出され、室内はシンと静まり返った。嵐が去ったかのように静かで、壁掛け時計のチックタック、チックタック、という秒針の音が聞こえる。
 アキラは脱力して天尊ティエンゾンの腕を放した。酷く疲れた。今もなお、罪悪感に磨り減らされている。
 彼女に別離を突きつけたことに後悔はない。彼女はそうされるのに余りあることをした。彼女のことが好きだったのは本当だし、あからさまに嫌われたとて心から憎んでまではいなかった。銀太の唯一無二の母親である事実は、軽んじるべきではない。銀太を傷つけず、銀太を正しく愛してくれさえいれば、母親たる権利まで奪うつもりはなかったのに。
 否、知らず知らずの内に奪ってしまっていたのかもしれない。だから彼女は、自分を恨んだ。

 耀龍ヤオロンが抱き上げていた銀太を床にストンと下ろし、白はハッとして銀太へと目線を向けた。
 銀太の肩は、ふるふると小刻みに震えていた。

「オレ、アキラのおとうと……?」

 白は銀太の前に両膝を突いた。銀太の表情を下から覗き見た。
 銀太は両目をギュッと閉じて涙が溢れるのを堪えていた。

「銀太はボクの弟だよ」

「オレはママのこどもで……だから……アキラのおとうとじゃ、ない……」

「違う。銀太はボクの弟」

「オレのママとアキラのママはちがうヒトなのに……オレはアキラのおとうとでいいのか」

「そんなの当たり前だよ。銀太はボクのたった一人の弟だもん」

 銀太は全身にぎゅうぎゅうに力を入れたまま白の顔を見なかった。
 銀太は自身を責めていた。母親がああいう人で、白を攻撃し、突然に暴露し、そのすべてが覆しようのない事実だから。

「銀太。大好きだよ。誰よりも大好き。世界で一番好き。だから、泣かないで……」

 白は銀太を抱き締めた。銀太は表情を隠すように白の肩に顔を埋め、ぎゅうっと服を握り締めた。
 銀太がしゃくるように息継ぎをし、肩の辺りが濡れていくことに気づいたけれど、白は何も言わなかった。ただ銀太を抱き締め、何度も何度も大好きだよと囁いた。
 自分にできることのすべてで安心させたい。キミは大切な存在で、愛されているんだよと、いくらでも繰り返し唱え続けてあげる。朝から晩まで一日中、夜通しでも。キミが安らかに眠れるように。


  § § § § §


 夜。銀太がベッドに入る時間。
 銀太の部屋には耀龍がいた。
 耀龍は部屋の壁に背中で凭りかかって立ち、黙々とパジャマに着替える銀太を観察していた。
 耀龍にとって、突然若い女性がやって来て喚き散らすことなど大したことではなかった。故も無くそういうことをする者はいる、そういったものは此方の話を聞き入れようとはしない、そのようなことは慣れており、大抵は使用人か従者がよきようにするものだ。しかし、やんちゃで元気な質である銀太が泣きそうになって白に縋りつく姿を見て、この家にとっては大事件が起きたのだと察した。
 銀太を元気づけたいと思うが、何をしたらよいか最適解は分からない。白に贈り物を贈って失敗した兄を見るに、同じ轍は踏めない。だから、銀太の母親がこの家から去ってから、ただ銀太の傍にいてよく観察することしかできなかった。

「アキラと一緒に寝ないの?」

「まいにちべつべつだ」

「今日くらいは一緒に寝ればいいのに」

「きょうはいい。アキラきっとつかれてる」

「ギンタは優しいね」

 パジャマのボタンをすべてとじた銀太が振り向き、耀龍はニコッと微笑みかけた。

「アキラと一緒に寝ないなら、オレが泊まってもいい?」

「オレのへやに?」

「そう。オレと一緒じゃイヤ?」

 銀太は、ううん、と首を左右に振った。

 銀太と耀龍はベッドに並んで横になった。銀太のベッドは子ども用のサイズではなく大人用のシングルベッド。耀龍が何も気にせずゆったり眠るほど広くはないが、自分より大きな天尊とひとつのベッドで眠るよりは快適だ。
 縁花は部屋の照明スイッチを消し、ドアに背中を預けて座った。銀太はベッドのなかから縁花をジーッと見た。

「ユェンはホントにゆかでねるんだな」

縁花ユェンファのことは気にしない気にしない」

 耀龍はフフフと笑った。
 銀太は真っ暗な部屋で横になっても、ぜんぜん眠たくならなかった。普段はひとりで眠るが、誰かと眠るのは嫌いではない。今日は耀龍が隣にいるのに、ちっとも楽しい気分になれなかった。

「ティエンとロンはママがちがうんだよな」

 銀太にそう言われ、すでに瞼を閉じていた耀龍はパチッと両目を開いた。

「そうだよ」

「オレとアキラみたいに」

「そうだね」

「それってどんなカンジ?」

「ギンタと同じカンジじゃないかな」

「おなじ?」

「人の気持ちだから完全に一緒ってことはないけど、似ていると思う」

 耀龍はベッドのなかで身体を捩って銀太のほうへ正面を向けた。

「オレは天哥々ティエンガコが大好きだよ。ギンタがアキラのことを好きみたいにね。たとえ血の繋がりがまったくなくったって、オレは天哥々ティエンガコを愛している。ギンタはどうしてアキラが好きなの? アキラが姉様だから好きなの? 姉様じゃなかったら嫌いになるの?」

「ううん。おねえちゃんだからじゃない。アキラだからアキラがスキだ」

 銀太は、耀龍がしたようにベッドのなかでゴロンと身体を転がして背中を向けた。

「でも、キョーダイじゃないから、アキラがオレのことスキじゃないかもしれない……」

「母様が違っても姉弟は姉弟だよ。アキラがそう言ってたし、ギンタのことを大好きだとも言ってた」

「でも、カンペキにキョーダイじゃない。カンペキじゃなかったら、いつかはべつべつになっちゃうかもしれないだろッ」

 銀太は怒ったように断言した。
 耀龍は此方に後ろ頭を向けている銀太の頭に手を置いた。手の平のなかに収まる小さくて真ん丸な頭を撫でた。

「完璧な繋がりなんて、初めからこの世界に存在しないよ。どんなに愛しても、離れれば繋がりは薄くなるし、死ねば永遠に別たれる。血の縁があっても同じ屋敷に住んでいても、常に繋がりたいと思っていないと繋がってはいられない。だから、大切に想って繋がっていると信じていれば、いつまでも繋がっていられるよ」

「つながるってどーゆーこと」

「今のギンタだよ。〝大好き〟って想い続けること」

 銀太は身体を捻って仰向けの体勢になり、耀龍のほうへ顔を向けた。
 耀龍は寝そべった体勢でベッドに肘を突いて立て、その上に頭を置いた。少し高い目線から銀太の顔を覗きこんだ。
 銀太は険しい表情をしており、意味が分からないと顔に書いてあった。

「大丈夫。何も難しくない。何も心配は要らないよ。ギンタはアキラが大好きで、アキラはギンタが大好きだよ。ねえ、ギンタはそれだけで充分じゃなかった?」

「……うん。オレ、アキラが大スキだ」

 銀太は独り言のように天井に向かって呟き、瞼を閉じた。
 耀龍からそう言われると本当に、難しいことではない気がした。これまでと同じだ。事実を知ったからと言って何も変わらない。この年嵩の不思議な友人は、これまで通り白の傍にいていいよ、大好きでいていいよ、と自分の願いをすべて認めてくれる。
 耀龍は満足げに笑みを作って銀太の円い頭をさらにグリグリと撫でた。

「今日はよくがんばりました」

「オレ、なにもしてない」

「したよ。アキラを守ってた。大好きなギンタが守ってくれて、アキラはとても嬉しかったと思うよ」

「アキラ、嬉しかった?」

「うん。ギンタは良い子だね。優しくて強くて良い子だよ」

 銀太は、耀龍はとても優しいけれど、嘘吐きかもしれないと思った。
 頑張ったなんて嘘だ。褒められることなんてしていない。矢面に立つのはいつだって白だ。肝心なときはいつも白に守られている。今日もまた為す術も無く、ただの子どものように全身にギュウギュウに力を込めて黙りこんでいた。
 自分に何もできないなんて思いたくない。無力な存在でいるなんて嫌だ。小さな自分にできることがたったひとつ、あなたを大好きだと想い続けることだけだから、ずっとずっと全身全霊で想い続けるよ。
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