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Kapitel 05
獣の王子 03
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フローズヴィトニルソン王城・一階のとある一室。
獣人の王子から夕食に招かれた翌日。
アキラとビシュラは小さな円卓でお茶を飲んでいた。
囚われの身とはいえ、扱いは王子の賓客。温かい飲み物が欲しいと言えば、使用人がすぐにティーと茶菓子を用意してくれた。
「昨夜はとても心配いたしましたよ、アキラさん」
ビシュラが突然そのようなことを言い出し、アキラは「心配?」とやや首を傾げた。
アキラには最早、あの紳士的で誠実な獣人の王子が自分たちに悪意を持って危害を加えるとは思えなかった。
「服やゴハンまで用意してくれて、今さら意味なく傷つけたりしないだろうから大丈夫ですよ」
「直接的に怪我させられるだけではなくて、それ以外のことも心配しているのです」
「それ以外?」
アキラはビシュラの顔を真っ直ぐに見てきょとんとした。
ビシュラは自分の言葉の意味が伝わらなかったと悟り、ふうと嘆息を漏らした。
「ですが、アキラさんをちゃんと部屋まで御自ら送り届けてくださるとは、流石は一国の王太子です。もしも、アキラさんに何かあったとしたら、わたしは大隊長に合わせる顔がありません。何と申し開きをしたらよいか……」
ビシュラは深刻な表情で嘆くが、アキラはアハハと笑った。
「ビシュラさんがティエンに謝ることなんてないですよ」
「いいえ! わたしも三本爪飛竜騎兵大隊の一員。大隊長へ誓った忠誠がございます。顔向けできませんッ」
(ティエンは余程偉ぶってるんだなあ)
アキラは焼き菓子をひとつ抓んで口へ運んだ。
ビシュラは真剣だが、アキラにはどうも現実味がなかった。
天尊は己を知るものが誰もいないミズガルズにおいても大層不遜に振る舞った。それを考えれば、此方の世界ではより一層そうであっても何ら不思議はない。何しろ此方の世界では、ヒトの形をしていないものさえも天尊を知っている。
アキラはティーカップを傾けながらふと窓に目を遣り、そこでピタッと停止した。
「ビシュラさん、あれ」
アキラに促されたビシュラは、窓のほうへ振り向いた。
そこにはいくつもの丸い目とピンと立った尖った耳。ウルリヒやルディのミニチュアのような獣人たちが、窓に群がって室内を覗きこんでいる。見つかっても隠れる気もない無遠慮な様子、そのサイズ感からおそらくは子どもなのだろうと推測できる。
「獣人の子どものようですね」
「何で子どもが窓に張りついてるんですか?」
「住み込みの使用人の家族などではないでしょうか」
アキラが椅子から立ち上がって窓へと近づき、ビシュラも後に続いた。
アキラが窓辺に立って視線を合わせても、獣人の子どもたちは逃げていかなかった。むしろ、真ん丸な瞳は興味津々でアキラを映しこんで輝いた。
アキラは窓の鍵に手を掛けた。つまみを握って回そうとするが、長期間使われていない部屋だったのか固くてなかなか動かない。ビシュラも手伝ってふたりしてようやく鍵を回せた。窓を押し開くと途端に寒い空気に頬を撫でられた。数日外へ出ていないから忘れてしまいそうだが、此処もヴィンテリヒブルク城と変わらず北国なのだ。
子どもたちは窓枠に捕まって揃いも揃ってアキラとビシュラに熱視線を注いだ。そんなにも真っ直ぐ見詰められたら穴が空きそうだ。
「すげ~~。スベスベで人形みてー」
「お人形さんが動いてるー」
アキラは、子どもたちからキラキラした目を向けられるのが不思議で、ビシュラの顔を見た。
「この子たちにはヒトが珍しいのかと」
そして、フローズヴィトニルソンの民はヒトの容姿を好む。自分たちとは異なる愛らしい姿故に、子どもたちは憧れをこめて「お人形さん」と称したのかもしれない。
「わぁあ。お人形さんがしゃべった」
「人形じゃないよ。わたしたちは自分で動いてるでしょ」
アキラから話しかけられると、子どもたちはわあわあと口々に何かを喋り出した。
アキラは子どもたちの反応が可愛らしくてクスッと笑った。
「お菓子あるよ。食べる?」
「いいの?」
「そこから入ってこれる?」
「うん!」とすぐさまとてもよい返事。
ひとりの子どもがピョンッと飛び上がり、アキラとビシュラの頭上を飛び越した。それに続けとばかりに子どもたちは次々に軽々と跳躍して窓から室内へと入った。アキラやビシュラよりも小さな身体でもこれだけ動けるとは、やはり生まれ持った身体能力がまったく異なる。
アキラとビシュラは大きくて平らな皿の上に、部屋にあるだけの菓子を広げて振る舞ってやった。子どもたちは喜んでそれに飛びついた。王子が気を利かせて大量の菓子を贈ってくれていたのだが、そもそもふたりでは到底食べきれそうにない量だった。
「あ~。ふかふか❤」
「ぬいぐるみみたいでかわいいですね」
アキラとビシュラは絨毯に座りこみ、膝の上に載ってくれた子どもたちの頭を撫でる。菓子が気に入ったのか、もふもふの尻尾を上下に揺らしている姿がとても可愛い。彼らはヒトを愛らしいと言うが、ふたりからすると獣人の子どもたちも充分すぎるほど愛らしい。大人のサイズになると恐ろしいのだけれど。
「キミたちはお城の子?」
尋ねられた子どもたちは、素直に「うん」と頷いた。
「アタシのパパはイットーヘーなんだよ」
「オレのパパはコック。おしろでゴハンつくってるんだよ」
「じゃあ昨日、キミのパパが作ったゴハン食べさせてもらったかもしれないね」
「ホントー? おいしかった?」
「うん。ありがとうございますって、伝えてね」
アキラは膝の上の子どもの頭を撫でた。
彼は嬉しそうにエヘヘと口角を引き上げた。
ひとりの子どもがビシュラの間近に座り、また無遠慮にジーッと観察する。ビシュラは、何でしょうと優しく尋ねた。
「おねーちゃんたちホントにキレエだなー✨ ぜんぜん毛むくじゃらじゃないしカオがツヤツヤしてる」
子どもたちは今度はお菓子ではなくアキラとビシュラに群がってきた。代わる代わる膝の上に座ってみたり鼻先を押しつけたりツンツンと指で突いてみたりする。
「どこから来たの? 何でここにいるの?」
アキラとビシュラは顔を見合わせた。誘拐されてきたなどと子どもに説明するのは気が引ける。何とか誤魔化したいところだ。
「わたしたちは北のほうのお城から来たのですよ。こちらのお城に少し御用がありまして」
「なんでクサリがついてるの?」
子どもたちの好奇心は尽きることがなく、矢継ぎ早だ。ビシュラが上手い言い逃れを思いつくのが間に合わない。
ビシュラが何と答えたものか悩んでいる傍らで、アキラは膝の上に乗っている子の頭を撫でながらクスッと笑った。
「お菓子は美味しかった?」
「うん、とっても」
「何で窓から覗いてたの? お庭で遊んでた?」
「かくれんぼしてたー。そしたらいつもはカーテンがしまってるおへやのなかがみえたから」
「ここは元々何のお部屋なの?」
「んー? わかんない」
「そっか。分からないか。もし分かったら教えてね」
「うん。いーよ」
コッ、コッ。――部屋のノック音。
アキラとビシュラはドアのほうへと顔を向けた。
すぐに大きなドアが開き、思ったとおりウルリヒとルディが入室してきた。ふたりも子どもたちもアキラもビシュラも、一瞬ピタッと停止した。
「あ。王子さまとショーグンさま」
ウルリヒはアキラとビシュラを取り囲む子どもたちを見てポカンとしてしまった。忙しい公務の合間を縫って可愛らしい少女を愛でに来たのに、これは一体どういうことだ。理解が追いつかないとフリーズしてしまうタチらしい。
ルディは肩を怒らせてスタスタとウルリヒの横を擦り抜けた。すぅ、と息を吸いこんで胸を張った。
「お前たち何をしているッ」
ルディに咆哮を浴びせられ、子どもたちはふたりから飛び退いた。
半ば呆けていたウルリヒもルディの声でハッとした。
「オイ、ルディ。何も子ども相手にそんなに大きい声を出さなくとも」
ルディは足早にアキラに近づき、すぐ傍にしゃがみこんだ。首を左右にしてアキラのあちこちを注意深く観察した。
「殿下がお贈りになった服を土と毛でこんなに汚し――……!」
ルディはアキラを指差してプルプルと震え出した。アキラの手の甲にいくつかの真新しい赤い傷を見つけたからだ。
「こ、この傷はどのように……?」
「傷だと⁉」
ウルリヒは弾かれたようにその場から動き出した。
アキラは、突然顔色を変えたルディからも近づいてくるウルリヒからも徒ならぬ雰囲気を感じた。傷を隠すようにスッと自分の腕を引いた。
「ちょっと爪が引っかかっただけ。大したことな――」
ルディは立ち上がって子どもたちのほうを振り返った。
「お前たち爪の出し入れも満足にできないのか! 殿下の寵を受けるレディに何たる粗相をッ」
「この馬鹿者共がッッ‼」
ウルリヒがルディよりも何倍も大きな声で咆哮を発した。
あまりの声量に窓ガラスがビリビリと震撼し、子どもたちは縮み上がった。アキラとビシュラは構えていなかったため、頭がくわんくわんと揺れるほどだ。
ウルリヒが一歩足を踏み出し、子どもたちは身体をビクッと大きく跳ね上げた。ウルリヒが近づいてくる度にガタガタと震えが大きくなる。獣でも獣は恐ろしい。獣だから尚更、自分より大きく力が強い者は恐ろしい。その強さを推し量れるから。
子どもたちのほうへ向かっていたウルリヒの足が停止した。アキラがウルリヒの衣服の裾を捕まえていた。
「小さな子に怒鳴るのはよくない」
「怒鳴らねば叱られていると分からん」
「子どもだって言葉で説明すればちゃんと分かるよ」
「叱っているのだからこのくらいでよいのだ!」
ウルリヒはアキラに向かって吠えた。
咄嗟にしまったと思ったが、アキラは子どもたちのようには縮み上がらなかった。
アキラは立ち上がり、負けじとキッと強い目付きをウルリヒに向けた。
「叱られている意味も分からないのに叱る意味なんてない」
「ならば叱るなというのか? 己の愚かさで弱いお前を傷つけたのに! フローズヴィトニルソンの子らは自分の牙や爪が如何なるものか知らねばならんッ」
「それは怒鳴らなくても教えられるでしょ」
「だがッ……!」
アキラ、とルディが横から割りこんだ。ウルリヒは弁が立つほうではないから、優秀な右腕は助け船を出した。
「レディ・アキラ。殿下はやがて王となられる御方。王とは国父。国民すべての分け隔てなき父性。子らに過ちがあったならば、二度と過たぬよう導かねばなりません。如何な貴女とはいえ、やって来て日が浅い身でこの国の躾の方針に口出しは無用です」
アキラはルディにもキッと強い目線を向けた。
ルディは「おっと」と首を縮めて口を閉じた。
「躾って何? 子どもを恐がらせること? 感情に任せて怒鳴るのは躾じゃない。二度と同じことをさせたくないんだったら、どうしてしちゃダメなのか説明して理解させないと意味がない」
アキラはウルリヒへと視線を戻した。背筋を伸ばして立ってもウルリヒの背丈には遠く及ばないが、それでも引く気もなかった。
「大人だって自分より大きい相手は恐いよ。子どもが大人を恐がるのは当たり前なの。大人にいきなり怒鳴られたら、自分がいけないことをしたかどうかよりも恐いに決まってる。ウルリヒくんはわたしたちにも良くしてくれるしイイ人だと思ってたのに、子どもを恐がらせるなんて」
「それはアキラが傷付けられたから……ッ」
「キミがこんな人だとは思わなかった」
「それは、俺のことが嫌いという意味か……?」
「こういうキミは好きじゃない」
瞬時にウルリヒの顔色が変わった。
それに気づいたビシュラは、慌ててアキラの手を引いた。ルディの言うとおり寵愛を受けていると言っても、それがいつまで続くかは定かではない。一国の王太子と攫われてきた余所者とでは、何があったところでどちらの分が悪いかなど一目瞭然。気を損ねて爪を振るわれでもすればひとたまりもない。
「ッ……勝手にしろ!」
ウルリヒは咆哮を浴びせ、クルッと踵を返した。肩を怒らせてズンズンと早足で部屋から出て行った。
獣人の王子から夕食に招かれた翌日。
アキラとビシュラは小さな円卓でお茶を飲んでいた。
囚われの身とはいえ、扱いは王子の賓客。温かい飲み物が欲しいと言えば、使用人がすぐにティーと茶菓子を用意してくれた。
「昨夜はとても心配いたしましたよ、アキラさん」
ビシュラが突然そのようなことを言い出し、アキラは「心配?」とやや首を傾げた。
アキラには最早、あの紳士的で誠実な獣人の王子が自分たちに悪意を持って危害を加えるとは思えなかった。
「服やゴハンまで用意してくれて、今さら意味なく傷つけたりしないだろうから大丈夫ですよ」
「直接的に怪我させられるだけではなくて、それ以外のことも心配しているのです」
「それ以外?」
アキラはビシュラの顔を真っ直ぐに見てきょとんとした。
ビシュラは自分の言葉の意味が伝わらなかったと悟り、ふうと嘆息を漏らした。
「ですが、アキラさんをちゃんと部屋まで御自ら送り届けてくださるとは、流石は一国の王太子です。もしも、アキラさんに何かあったとしたら、わたしは大隊長に合わせる顔がありません。何と申し開きをしたらよいか……」
ビシュラは深刻な表情で嘆くが、アキラはアハハと笑った。
「ビシュラさんがティエンに謝ることなんてないですよ」
「いいえ! わたしも三本爪飛竜騎兵大隊の一員。大隊長へ誓った忠誠がございます。顔向けできませんッ」
(ティエンは余程偉ぶってるんだなあ)
アキラは焼き菓子をひとつ抓んで口へ運んだ。
ビシュラは真剣だが、アキラにはどうも現実味がなかった。
天尊は己を知るものが誰もいないミズガルズにおいても大層不遜に振る舞った。それを考えれば、此方の世界ではより一層そうであっても何ら不思議はない。何しろ此方の世界では、ヒトの形をしていないものさえも天尊を知っている。
アキラはティーカップを傾けながらふと窓に目を遣り、そこでピタッと停止した。
「ビシュラさん、あれ」
アキラに促されたビシュラは、窓のほうへ振り向いた。
そこにはいくつもの丸い目とピンと立った尖った耳。ウルリヒやルディのミニチュアのような獣人たちが、窓に群がって室内を覗きこんでいる。見つかっても隠れる気もない無遠慮な様子、そのサイズ感からおそらくは子どもなのだろうと推測できる。
「獣人の子どものようですね」
「何で子どもが窓に張りついてるんですか?」
「住み込みの使用人の家族などではないでしょうか」
アキラが椅子から立ち上がって窓へと近づき、ビシュラも後に続いた。
アキラが窓辺に立って視線を合わせても、獣人の子どもたちは逃げていかなかった。むしろ、真ん丸な瞳は興味津々でアキラを映しこんで輝いた。
アキラは窓の鍵に手を掛けた。つまみを握って回そうとするが、長期間使われていない部屋だったのか固くてなかなか動かない。ビシュラも手伝ってふたりしてようやく鍵を回せた。窓を押し開くと途端に寒い空気に頬を撫でられた。数日外へ出ていないから忘れてしまいそうだが、此処もヴィンテリヒブルク城と変わらず北国なのだ。
子どもたちは窓枠に捕まって揃いも揃ってアキラとビシュラに熱視線を注いだ。そんなにも真っ直ぐ見詰められたら穴が空きそうだ。
「すげ~~。スベスベで人形みてー」
「お人形さんが動いてるー」
アキラは、子どもたちからキラキラした目を向けられるのが不思議で、ビシュラの顔を見た。
「この子たちにはヒトが珍しいのかと」
そして、フローズヴィトニルソンの民はヒトの容姿を好む。自分たちとは異なる愛らしい姿故に、子どもたちは憧れをこめて「お人形さん」と称したのかもしれない。
「わぁあ。お人形さんがしゃべった」
「人形じゃないよ。わたしたちは自分で動いてるでしょ」
アキラから話しかけられると、子どもたちはわあわあと口々に何かを喋り出した。
アキラは子どもたちの反応が可愛らしくてクスッと笑った。
「お菓子あるよ。食べる?」
「いいの?」
「そこから入ってこれる?」
「うん!」とすぐさまとてもよい返事。
ひとりの子どもがピョンッと飛び上がり、アキラとビシュラの頭上を飛び越した。それに続けとばかりに子どもたちは次々に軽々と跳躍して窓から室内へと入った。アキラやビシュラよりも小さな身体でもこれだけ動けるとは、やはり生まれ持った身体能力がまったく異なる。
アキラとビシュラは大きくて平らな皿の上に、部屋にあるだけの菓子を広げて振る舞ってやった。子どもたちは喜んでそれに飛びついた。王子が気を利かせて大量の菓子を贈ってくれていたのだが、そもそもふたりでは到底食べきれそうにない量だった。
「あ~。ふかふか❤」
「ぬいぐるみみたいでかわいいですね」
アキラとビシュラは絨毯に座りこみ、膝の上に載ってくれた子どもたちの頭を撫でる。菓子が気に入ったのか、もふもふの尻尾を上下に揺らしている姿がとても可愛い。彼らはヒトを愛らしいと言うが、ふたりからすると獣人の子どもたちも充分すぎるほど愛らしい。大人のサイズになると恐ろしいのだけれど。
「キミたちはお城の子?」
尋ねられた子どもたちは、素直に「うん」と頷いた。
「アタシのパパはイットーヘーなんだよ」
「オレのパパはコック。おしろでゴハンつくってるんだよ」
「じゃあ昨日、キミのパパが作ったゴハン食べさせてもらったかもしれないね」
「ホントー? おいしかった?」
「うん。ありがとうございますって、伝えてね」
アキラは膝の上の子どもの頭を撫でた。
彼は嬉しそうにエヘヘと口角を引き上げた。
ひとりの子どもがビシュラの間近に座り、また無遠慮にジーッと観察する。ビシュラは、何でしょうと優しく尋ねた。
「おねーちゃんたちホントにキレエだなー✨ ぜんぜん毛むくじゃらじゃないしカオがツヤツヤしてる」
子どもたちは今度はお菓子ではなくアキラとビシュラに群がってきた。代わる代わる膝の上に座ってみたり鼻先を押しつけたりツンツンと指で突いてみたりする。
「どこから来たの? 何でここにいるの?」
アキラとビシュラは顔を見合わせた。誘拐されてきたなどと子どもに説明するのは気が引ける。何とか誤魔化したいところだ。
「わたしたちは北のほうのお城から来たのですよ。こちらのお城に少し御用がありまして」
「なんでクサリがついてるの?」
子どもたちの好奇心は尽きることがなく、矢継ぎ早だ。ビシュラが上手い言い逃れを思いつくのが間に合わない。
ビシュラが何と答えたものか悩んでいる傍らで、アキラは膝の上に乗っている子の頭を撫でながらクスッと笑った。
「お菓子は美味しかった?」
「うん、とっても」
「何で窓から覗いてたの? お庭で遊んでた?」
「かくれんぼしてたー。そしたらいつもはカーテンがしまってるおへやのなかがみえたから」
「ここは元々何のお部屋なの?」
「んー? わかんない」
「そっか。分からないか。もし分かったら教えてね」
「うん。いーよ」
コッ、コッ。――部屋のノック音。
アキラとビシュラはドアのほうへと顔を向けた。
すぐに大きなドアが開き、思ったとおりウルリヒとルディが入室してきた。ふたりも子どもたちもアキラもビシュラも、一瞬ピタッと停止した。
「あ。王子さまとショーグンさま」
ウルリヒはアキラとビシュラを取り囲む子どもたちを見てポカンとしてしまった。忙しい公務の合間を縫って可愛らしい少女を愛でに来たのに、これは一体どういうことだ。理解が追いつかないとフリーズしてしまうタチらしい。
ルディは肩を怒らせてスタスタとウルリヒの横を擦り抜けた。すぅ、と息を吸いこんで胸を張った。
「お前たち何をしているッ」
ルディに咆哮を浴びせられ、子どもたちはふたりから飛び退いた。
半ば呆けていたウルリヒもルディの声でハッとした。
「オイ、ルディ。何も子ども相手にそんなに大きい声を出さなくとも」
ルディは足早にアキラに近づき、すぐ傍にしゃがみこんだ。首を左右にしてアキラのあちこちを注意深く観察した。
「殿下がお贈りになった服を土と毛でこんなに汚し――……!」
ルディはアキラを指差してプルプルと震え出した。アキラの手の甲にいくつかの真新しい赤い傷を見つけたからだ。
「こ、この傷はどのように……?」
「傷だと⁉」
ウルリヒは弾かれたようにその場から動き出した。
アキラは、突然顔色を変えたルディからも近づいてくるウルリヒからも徒ならぬ雰囲気を感じた。傷を隠すようにスッと自分の腕を引いた。
「ちょっと爪が引っかかっただけ。大したことな――」
ルディは立ち上がって子どもたちのほうを振り返った。
「お前たち爪の出し入れも満足にできないのか! 殿下の寵を受けるレディに何たる粗相をッ」
「この馬鹿者共がッッ‼」
ウルリヒがルディよりも何倍も大きな声で咆哮を発した。
あまりの声量に窓ガラスがビリビリと震撼し、子どもたちは縮み上がった。アキラとビシュラは構えていなかったため、頭がくわんくわんと揺れるほどだ。
ウルリヒが一歩足を踏み出し、子どもたちは身体をビクッと大きく跳ね上げた。ウルリヒが近づいてくる度にガタガタと震えが大きくなる。獣でも獣は恐ろしい。獣だから尚更、自分より大きく力が強い者は恐ろしい。その強さを推し量れるから。
子どもたちのほうへ向かっていたウルリヒの足が停止した。アキラがウルリヒの衣服の裾を捕まえていた。
「小さな子に怒鳴るのはよくない」
「怒鳴らねば叱られていると分からん」
「子どもだって言葉で説明すればちゃんと分かるよ」
「叱っているのだからこのくらいでよいのだ!」
ウルリヒはアキラに向かって吠えた。
咄嗟にしまったと思ったが、アキラは子どもたちのようには縮み上がらなかった。
アキラは立ち上がり、負けじとキッと強い目付きをウルリヒに向けた。
「叱られている意味も分からないのに叱る意味なんてない」
「ならば叱るなというのか? 己の愚かさで弱いお前を傷つけたのに! フローズヴィトニルソンの子らは自分の牙や爪が如何なるものか知らねばならんッ」
「それは怒鳴らなくても教えられるでしょ」
「だがッ……!」
アキラ、とルディが横から割りこんだ。ウルリヒは弁が立つほうではないから、優秀な右腕は助け船を出した。
「レディ・アキラ。殿下はやがて王となられる御方。王とは国父。国民すべての分け隔てなき父性。子らに過ちがあったならば、二度と過たぬよう導かねばなりません。如何な貴女とはいえ、やって来て日が浅い身でこの国の躾の方針に口出しは無用です」
アキラはルディにもキッと強い目線を向けた。
ルディは「おっと」と首を縮めて口を閉じた。
「躾って何? 子どもを恐がらせること? 感情に任せて怒鳴るのは躾じゃない。二度と同じことをさせたくないんだったら、どうしてしちゃダメなのか説明して理解させないと意味がない」
アキラはウルリヒへと視線を戻した。背筋を伸ばして立ってもウルリヒの背丈には遠く及ばないが、それでも引く気もなかった。
「大人だって自分より大きい相手は恐いよ。子どもが大人を恐がるのは当たり前なの。大人にいきなり怒鳴られたら、自分がいけないことをしたかどうかよりも恐いに決まってる。ウルリヒくんはわたしたちにも良くしてくれるしイイ人だと思ってたのに、子どもを恐がらせるなんて」
「それはアキラが傷付けられたから……ッ」
「キミがこんな人だとは思わなかった」
「それは、俺のことが嫌いという意味か……?」
「こういうキミは好きじゃない」
瞬時にウルリヒの顔色が変わった。
それに気づいたビシュラは、慌ててアキラの手を引いた。ルディの言うとおり寵愛を受けていると言っても、それがいつまで続くかは定かではない。一国の王太子と攫われてきた余所者とでは、何があったところでどちらの分が悪いかなど一目瞭然。気を損ねて爪を振るわれでもすればひとたまりもない。
「ッ……勝手にしろ!」
ウルリヒは咆哮を浴びせ、クルッと踵を返した。肩を怒らせてズンズンと早足で部屋から出て行った。
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