ゾルダーテン ――美女と野獣な上下関係ファンタジー物語

熒閂

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Kapitel 05

急襲 03

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 フェイは身辺警護を兼ねユリイーシャの寝室で一緒に、アキラとビシュラはユリイーシャ私室の隣室に宿泊することとなった。
 四人で少々夜更かししてお茶やお菓子、緋とユリイーシャはナイトキャップを含みながら会話や音楽を楽しんだのち、それぞれの寝床に就いた。おやすみを告げたときのユリイーシャは朗らかに笑っていたから、心細い思いを少しは紛らわせられたのだろう。天尊ティエンゾンはユリイーシャの気質を危機感が無いだの間が抜けているだの言うが、天真爛漫な少女のようでアキラは好ましく思う。もしユリイーシャが天尊の言うとおり年相応の姫君であったなら、これほどアキラと親しくしてくれなかったかもしれない。ほかのお姫様など知らないけれど、天尊の姉になる人がユリイーシャで良かった。

 仲良く並んだ、同じ大きさのベッドがふたつ。アキラとビシュラはそれぞれのベッドに入った。
 ビシュラは髪を解き、頭を枕の上に置いた。布団のなかで身体を捻ってアキラのほうへ向いた。

「騒ぎがあったと、先ほどフェイさんから伺いました」

「騒ぎ?」

 アキラは掛け布団を捲る手の動作を停めてビシュラを見た。

「大隊長がユリイーシャ姫様のところへ乗りこんだ、と」

 あー……、とアキラは苦笑しながらベッドに潜りこんだ。

「ティエンが極端すぎて。一日お泊まりするだけなのに」

「大隊長はアキラさんのことをとても大切にしておいでですから」

 ビシュラからウフフと笑われ、アキラは恥ずかしくなって掛け布団を口許まで引き上げた。
 ビシュラはふと、アキラにその胸中を直に訊ねてみたくなった。面立ちにはしっかりとあどけなさを残しながらも、大人のように落ち着いているアキラの横顔を見ていると、多少不躾な疑問をぶつけても許してくれると安心できた。

「アキラさんは大隊長を命懸けでお助けしたことがおありだと伺ったのですが……本当ですか」

 アキラはアハッと噴き出した。

「命懸けって、そんなオーバーな。……イヤ、でも命懸け、なのかなあ。わたしだけだったら死んでもおかしくないことは何度かありましたね」

「恐ろしくはないのですか。アキラさんはフェイさんみたいに戦えるわけでも、プログラムを使えるわけでもないのに」

「そりゃあ大ケガしたり死んだりするのは、イヤだし恐いです。でも、そのときは何も考えてないっていうか、考えられてたらいくら何でも体が動かないっていうか」

 アキラは瞼を閉じ、思い返した。
 恐い思いもつらい思いも、痛い目にも遭った。絶望の味を知った。二度と同じ目に遭わないことを願う。しかし、同じことが起きたら同じ行動を選ぶ気がする。〝そのとき〟がやってきたら、経験したことを一切合切見失って衝動に従って行動するのだろう。だって、今も自分の行いに後悔はないから。

「わたしがティエンを助けたことなんてないですよ……。わたしはただの人間で、何もできないですもん。たぶん、本当は何もしないほうがいいんです。ティエンにはよく俺の前に立つなって怒られます。ティエンはとても強いから、ティエンの言うとおり何もしないほうがいいってことは分かってるんです、頭では……。でも体が勝手に動いちゃうんです」

 ――自分が無力な存在だとは思い知っている。それでもやはり何度でも、あなたのために何かしたいと、あなたを大切にしたいと、思ってしまうのだ。

「アキラさんは、大隊長をお守りしたいのですね」

「そんな大層なものじゃないです。ただ、ケガしてほしくないだけですよ」

「それは……大変なことですよ」

「ビシュラさん?」

 アキラはビシュラの声に元気が無いように感じてアその顔を見てみた。
 アキラと目が合うとビシュラは頬を持ち上げて笑った。意図的に笑顔を作った。自分よりいくらも年下の少女に心配させるわけにいかないから。

(何も持たないアキラさんに比べれば、わたしはより強い肉体とプログラムの知識とネェベルを持っています。でも〝その時〟が来たとして、わたしが誰かの盾になることなんてできるのでしょうか……)


   § § § § §


 ウォンッ、ウォンッ。
 大隊隊員がふたり組となり城の周囲を見廻りしている最中、すぐ近くで獣が吠えた。
 ふたりはその場で足を停めて辺りを見回した。その正体はすぐに見つかった。城の脇は少々人の手の入った林となっており、その闇苅のなかでふたつの目がキラリと光った。獣が茂みから此方を見ていた。目を凝らしてみると、前肢を体の前で揃えたオオカミだ。
 そのオオカミは不思議な風体だった。人に慣れているのか目が合っても唸り声も上げず静かに佇んでいた。自分より大きな生き物に対してそれほど警戒している様子も無かった。夜の闇に浮き立つような白い毛並みが何より特徴的だ。

「お。オオカミだぜ。こんな城の近くまで来るんだな」

「じゃれて噛まれんじゃねェぞ。助けてやらねェからな」

「スゲー真っ白。珍しいな」

 ひとりはオオカミをもっと間近で見ようと茂みへ近づいた。残されたもうひとりは呆れ顔で嘆息を漏らした。
 ウォンッ、とオオカミが一度短く吠えた。
 オオカミはクルリと背を向け、トンッと地面を蹴って茂みの奥へと入っていった。

「あ。逃げた」

 隊員はオオカミの後を追って茂みのなかに足を踏み入れた。相棒を追ってもうひとりも闇のなかへ入ってゆく。城から少し離れただけで林のなかは真っ暗だったが、彼らはそれを怖れるような男たちではなく、ぐんぐんと足を進めた。件のオオカミはやはり林のなかでも目立ち、追うのに難はなかった。

「お前はガキか。追いかけるなよ」

「捕まえて歩兵長に見せようぜ。機嫌良くなれば酒オゴってくれるぜ、たぶん」

「こんなんで機嫌よくなるかよー。オイ、待てよ」

 ふたりは足早に林のなかへと消えていった。

 警備の隊員たちが持ち場を離れて間もなく、そこへ滑りこむようにいくつかの影が疾走した。黒い衣を纏って闇を味方として目にも留まらぬ早さで地を駆けた。
 彼らは侵入者だ。客人や訪問者ならば城門を叩けばよい。このような時刻、音を殺して闇に紛れて城の横壁を目指すのは招かれざる客だからだ。
 4つの影が城の外壁の前でピタリと停止した。壁面に手の平を置いて何かを探すようにその表面をなぞった。

「……これだ。この部分だけ紋様が彫られている。壁の模様に精巧に紛れこませてあるが」

 発見したその一部分は、ほかの部分とは異なり波状の模様が逆になっていた。そうと知らなければ、よくよく目を凝らさなければ、自然に気づくことはまずないだろう。
 4つの影――黒衣を纏った者たち――彼らの内のひとりが、その部分に手の平を当てて何者かに呼びかけた。
 すると変化はすぐに起こった。彼らの大きな体躯の、胸元辺りの高さを水平線が光りながら左右に走り、それから垂直に落下した。線が走った部分の壁が消失して城内に通じる口となった。
 壁の向こうには女が立っていた。マントを着用して大きな鞄を持ち、今にも何処かへ旅立とうかという出で立ちで。

「お待ちしておりました。誰かに見られては困ります、早くなかへ。警備の者がすぐに戻ってくるやも」

 女は神経質な表情をして黒衣の彼らを急かした。
 彼らは頭を下げて壁に空いた穴を潜ってゾロゾロと内部へと入った。

「あんなに簡単について行くとは愚かなヒトだな。そんなにもただのオオカミが珍しいのか」

「彼らはイーダフェルトから招かれた兵士です。ここが抜け道とは知りません。警戒していないのも当然かと。そもそも抜け道の存在を知るのは限られた者のみ。知る者は城には残っておりません」

「城内の様子はどうなっている。中も外のように厳しい守りか」

「勿論、城内にも警備の者はおりますが、この抜け道を通れば誰にも出会すことなく姫様のお部屋の前まで辿り着けます。ですが、姫様のお部屋の前にも警備の者が数名おります」

「問題ない」

 黒衣の彼らは顔を上げて抜け道の先を見詰めた。基本的には長く細い廊下のようだ。しかし、隠し通路であるが故、薄暗く埃っぽく照明が無かった。女が手に持つライトのみが足元を照らしていた。

「あの、お約束のものは……?」

 女がそう言うと、ひとりが黒衣の下から包みを取り出した。

「これが欲しかったのだろう」

 女は両手を揃えて待ち構えた。手の上に置かれた革製のケースはツルツルしており、想定よりもズシリと重たかった。

「こ、こんなに? お約束の額より随分多いのでは……ッ」

 女が弾かれるように顔を上げると、彼らはすでに此方を見てもいなかった。
 彼らは長い長い廊下の先、目指すべき目的地にのみ集中した。彼らが気が抜けないのはここから先のほうだ。

「構わん。お前の協力が無ければここまで容易に侵入することはできなかった」

「それを持ってさっさと此処から去れ」

 女は彼らが入ってきた穴から外へ出て行った。そこから先、何処へ行くのかは彼らも知らない。知る必要も無い。あの女は、彼らが役目を果たすためのただの協力者だ。秘密の抜け道の入り口は開かれ、報酬は支払われ、契約は完結した。その後は何がどうなろうと知ったことではないのはお互い様だ。

「わずかばかりの金子のために主を裏切る。やはりヒトは愚かだ」

「別の国の、別の生き物だ。我々と違って当たり前だ」


 バゴォオオンッ!
 ドアが吹き飛ぶほどの激しいノック。
 眠りに就いていたアキラとビシュラは、ベッドから跳ね起きた。瞬時に何が起こったのか理解はできなかった。城内で爆発でもあったのかと反射的に周囲を見回し、まったく同じ一点で目を留めた。まさか自分たちに危急が迫っているなど夢にも思わなかった。

「なッ、何……⁉」

 その姿を目にした途端、呼吸が止まった。
 ドアの枠を潜ってどうにか入れるほど巨大で、紺鼠色の毛に覆われた身体。体毛が長く地肌の色は覗けない。常人の一回りも二回りも質量のある丸太の様な四肢。ほぼ垂直に立ち上がった大きな耳。耳近くまで裂けた口からは鋭い牙がはみ出る。グルルッと獣じみた唸り声が聞こえてきた。そうだ、これは――――二本脚の獣。
 アキラは、ギョロリと鼈甲色の眸とかち合い、額からブワッと汗が噴き出した。天尊も彼の隊の者もお姫様も、自分とあまり相違ない姿形をしていたから忘れかけていた。この地はアキラの住む世界とはまったく異なる。
 生まれて初めて目の当たりにする獰猛な生物に、アキラは布団を握り締め声を出すこともできなかった。声を出すことが叶ったとして一体何を言えばよいのだ。悲鳴を上げればどうなる、助けを呼べばどうなる、常識の埒外の生き物を眼前にして最適の解を導き出すことなどできはしない。とにかく心臓が煩かった。思考はほぼ停止しているのに、本能的な危機察知能力だけは激しく警笛を鳴らしている。

「獣人!」

 ビシュラは枕元に置いてあった双剣を手に取った。身を翻してアキラの視界の真ん中に躍り出た。此方に一歩一歩近づいてくる二本脚の獣を見据え、震える手で柄を握り締めて鞘を抜き捨てた。

 ――《無間地獄コムエーヴィゲヘレ


「グアッ⁉」

 獣人は突然四肢がビタリと凍りつき、驚愕の声を漏らした。
 己の身に何が起こったか理解できず懸命に力を入れるが、筋肉が硬直したかのように指の一本も動かせない。
 ビシュラはホッと安堵した。あのヴァルトラムさえも拘束した能力なのだから、この獣人を制圧できる自信は多少なりともあったが、如何せん実戦経験が乏しい。
 アキラが戦えないことは百も承知。如何に大隊では非戦闘員といえど、この場に於いては唯一の盾。アキラの守り手として、気を抜いてよい理由はひとつも無かった。

「何をしている!」

「分からん、身体が動かん。この娘が俺に何かしたのか罠でも仕掛けられていたか」

 縫い止めた獣人の背後にもうひとつ巨体が見え、ビシュラはギョッとした。

(もうひとりッ⁉ 一旦プログラムを解除して対象を変更しないとッ……)

 獣人の背後から大きな黒い影が飛び出した。目にも留まらぬ早さで部屋の壁や天井を蹴ってビシュラに向かった。ビシュラの動体視力では、その俊敏すぎる縦横無尽な動作を追えなかった。

「間に合わッ……!」

 ビシュラは獣人の太い腕に捕らえられた。手がぶち当たった衝撃が腹部から背中まで突き抜けた。腹部の鈍痛を噛み殺し、どうにか顔を上げてアキラのほうを見た。

「アキラさ……お逃げ、くだ……」

 ビシュラは満足に言葉にすることもできなかった。盾とならなければいけないのに、一端の戦士ですらない。逃げてと伝える力すら無い。
 ビシュラのプログラムが解けて手足が自由になった獣人は、ビシュラを捕まえている仲間の隣に立った。

「姫はどっちだ?」

「姫の私室にいる女は全員攫え。どれが姫でも侍女でもいい。どうせ姫を世話する者は必要だ」

(この人たち、ユリイーシャさんの顔を知らないんだ)

 アキラはそう気づいた瞬間、覚悟を決めた。自分がとるべき行動を、あまりにも潔く決定した。正しいかどうかが問題なのではない。脳ではない何処かが命ずる、そうせよと。

「わたしが……ユリイーシャです」

 アキラの声は恐怖と緊張の所為で掠れていた。しかし大丈夫、後悔は無い。重要なのは己が己自身に命じ、受け容れて行動したということだ。

「なにを……⁉」

 ビシュラは驚いて目を見開いた。視界の真ん中に据えたアキラは、黙っててと目で訴えかけてきた。アキラが何をしようとしているか、すべてを悟った。

「貴女がユリイーシャ姫で在られるか」

「はい……。わたしが……ユリイーシャ・グローセノルデン……」

「ダメですッ!」

 ビシュラは声を張り上げ、自分を捕まえる獣人の腕をドンドンッと握り拳で殴った。
 アキラの声は震えている。そのようなことを言えば自分がどうなってしまうのか、まったく想像できないわけではあるまい。分かっていてもそのような真似をする。恐ろしくないはずがないのに、どうしてそれほどまでに潔い。
 ビシュラは何度も何度も獣人の腕に握り拳をぶつけたが、丸太のようなそれはビクともしなかった。もどかしい。悔しい。何もできない自分の無力が憎らしい。
 ――わたしは一体何のために此処に在るのか。


 ほぼ同時刻。ユリイーシャと緋の寝室。
 こちらもまた獣人のふたり組に襲撃を受けた。緋は侵入者の前に立ちはだかった。ベッドの上で縮こまっているユリイーシャを背中に守る。

「フェイ……」

「アタシの後ろにいれば大丈夫だ」

 緋はユリイーシャの不安を掻き消すように力強く返した。ユリイーシャを安心させたるためというのもあるが、そもそも二対一でも負ける気など毛程もしなかった。緋には三本爪飛竜リントヴルム騎兵大隊リッター歩兵部隊二位官として揺るぎない自負があった。
 侵入者はジリジリと用心深く緋との距離を詰める。俊敏さに任せて襲いかかればよいものを、それをしようとしない。目の前の女戦士にはそれが通用しないと勘づいていた。緋の威圧感は、彼らを牽制した。
 獣人たちは部屋のドアを破壊して侵入した。破壊音を聞きつけて、もしくは逃げていった侍女たちに呼ばれて警備兵が駆けつけるのは時間の問題だ。此奴らには制限時間があるのと同義。さほど長い時を待つことなく動くときはやってくる。
 ザンッ! ――或る瞬間、二匹の獣人は左右に分かれた。
 獣人は床を蹴り壁を蹴り、ヒトの身では持ち得ぬ敏捷さで緋に襲いかかった。緋はこの時を待ち構えていた。

「舐めてんじゃないよ」

 突如、緋の前に身の丈ほどの大盾が出現した。
 ガキャァアンッ!

「ガアッ!」

 緋に飛びかかった獣人は、大盾に衝突して堰き止められた。脳天から堅固な盾にぶち当たって火花が散った。思わず飛び退いて緋から距離を取った。

「クアァ……ッ! どこからこんなものがッ」

 獣人が頭を上げたときには大盾が消え失せた。
 眼前の女戦士は片手に握った長剣を肩に担いだ。自分よりも一回り以上大きな獣人たちを前に、背筋を伸ばして目から燐光を飛ばし、堂々たる出で立ちだった。

「何もないところから武器を自在に出し入れできるのか」

「流石はイーダフェルトの兵。奇妙な技を使う」

 緋は獣人たちを見据えたまま隣室に耳を澄ませた。
 ほぼ同時に聞こえた、ふたつのドアの破壊音。それ以後、大きな物音は聞こえてこない。しかし、それだけで安心できるほど脳天気ではなかった。隣室にいるはずのアキラとビシュラの無事だ気懸かりだった。

(ビシュラたちのほうも襲われているのか。部屋の警備の連中だけで持ち堪えられるか? コイツらただの獣人じゃない。明らかに訓練されている)

 冷静になればなるほど不安要素のほうが大きすぎる。しかし、気にはなっても駆けつけることはできない。彼女は任務を負った一兵卒であるが故に。

(アタシの役目はユリイーシャの護衛。ここを離れるわけにはいかない)

 緋は長剣の切っ先を獣人たちに向けて構えてピタリと停めた。かなりの重量があるはずの長剣が、とても軽そうに見えた。
 再び睨み合う緋と獣人。互いにいつでも攻撃し迎撃できるよう、相手の呼吸を窺った。
 ウォオオオーーンッ!
 突如、壁の向こうから獣の鳴き声が響いた。
 ユリイーシャの甲高い悲鳴のなか、緋は隣室の気配を探った。
 緋の気が一瞬逸れた隙に、対峙していた獣人たちが動き出した。しかし、彼らは緋へ向かわなかった。窓を体当たりでぶち破ってテラスへ飛び出した。テラスから飛び降り、そのまま城の外へ一目散に駆けていった。
 彼らの目的は十中八九ユリイーシャであったはずなのに、だ。それ以外は有り得ない。応援が駆けつけたわけでもなく、撤退を余儀なくされるほどの窮地に陥っていたとも思えない。何が奴らに撤退を選択させたのか、緋の脳内を一瞬にして思考が巡った。

「まさか!」

 緋はハッとして廊下に飛び出した。
 隣室へと駆けこむと、やはりそこには誰の姿も無かった。獣人の姿も、アキラとビシュラの姿さえも。


 ウォオオオーーン。ウォオオオーーン。ウォンッ、ウォンッ。
 獣の鳴き声が夜空に谺した。
 マクシミリアンは見るともなしに城外へと視線を向けた。城の周囲には宏大な森が広がっており、そこから先は真っ白な雪原が月明かりを反射してうっすらと光を放っていた。

(遠吠えか。イーダフェルトじゃなかなか聞かねェが、こっちに来てからは流石に珍しくもねェな)

「うるせえな」

 ヴァルトラムの言葉が聞こえ、マクシミリアンは振り返った。
 仮眠をとっていたはずのヴァルトラムは、姿勢こそロングチェアに寝そべったままだが片目を開けていた。

「鳴き声ですか? 遠吠えを黙らせるのはサスガにちょいと手間なんですが」

「城のなかが騒がしい」

「城内が?」
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