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Kapitel 06
普通の子 02
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翌日。瑠璃瑛学園初等部校舎・某一年生教室。
虎子が登校すると当然、一般家庭の子女・疋堂白が隣の席にいた。
虎子の時間管理は使用人がしており、自身も時間には正確なほうであり、遅刻はまずしない。隣人はその虎子よりも早く席に着いていた。どうやら朝には強い質らしい。
隣人は、虎子とおはようの挨拶を交わすや否や、ねえねえと話を続けた。
その無遠慮さは、虎子が久し振りに感じるものだった。幼稚園の頃の一番古い記憶では、クラスメイトはこのように無邪気であり、気軽に話しかけられることも頻繁にあった。歳を重ねるにつれてそれは徐々に減っていった。今となっては腫れ物のように遠巻きにされる。
「虎子ちゃんは何して遊ぶのが好き?」
そのようなことを尋ねられた虎子は「遊ぶ……」と独り言を零して考えを巡らせた。
「本を読んだりピアノを弾いたりしますけれど、これは遊びになりますかしら」
虎子から尋ね返され、白はキョトンとした。少し遅れて「うん」と頷いて微笑んだ。
「虎子ちゃんが楽しいなら」
じゃあさ、と白は目を輝かせた。
「休み時間に図書館に行ってみない? 初等部の図書館はすごく広いんだって」
虎子は社交辞令でもなく打算でもなく、何かに誘われるのも久し振りだった。休み時間に学内への散歩に誘われた程度のことだというのに、ほんの少し胸が躍った。自分でも理由は判然としないが何となく嬉しかったから、このお誘いを受けることにした。
昼休み。
白と虎子、それに護衛の国頭も当然ともに初等部図書館を訪れた。
幼稚園にも図書室はあったが、園舎内の一部屋に過ぎない規模だった。それでも絵本の数は通園している間では読み切れないほどあった。初等部図書館は校舎とは別個の、まさに「館」というに相応しく数階建ての大きな建物だ。
内部へ入ると、校舎と同じ敷地内なのに別世界のようにシンと静まりかえっていた。
駅の改札のようなゲートに名札をかざすのも白には初めての体験だったが、虎子は少しも慌てずむしろ慣れた様子でゲートを通過した。
「ほんとに初等部の図書館は幼稚園よりぜんぜん広いね」
ゲートから数メートル進んだところで、白が虎子に小声で話しかけ、虎子からは「そうですわね」と淡々とした相槌が返ってきた。
「来るの初めてじゃないの?」
「ええ。初等部に進級する前からこちらを利用しています。こちらのほうがさまざまな分野の本があって、蔵書が多いですから。たまに中等部のほうへも参りますが、あちらは――」
虎子は白がぽかんとしていることに気づいた。口許に手を添え、何か悪い言葉や気に障ることを言ってしまったかしら、と考えた。一般家庭の子女は自分とは異なるらしいから、いつもの国頭に対するような話し方ではいけないのかもしれない。
フフッ、と白から笑い声が聞こえてきた。
「虎子ちゃんはほんとに本が好きなんだね」
どうして笑うのか、虎子には理由が分からなかった。しかし、笑われても嫌な感じがまったくしなかった。この隣人の笑顔は屈託なく、厭味が一切感じられなかった。
白は本日の昼休みだけで図書館をすべて見て回ることを早々に諦めた。以前から通っているという虎子から図書館の内部について簡単に説明を受け、低学年用の書籍があるエリアに案内してもらった。
白と虎子は、本棚からそれぞれ数冊ずつ書籍を選び出して長机に隣り合って座った。
昼休みという限られた時間ですべてを読み切ることはできないが、少しずつ読んでみて気に入ったものがあれば借りて帰る作戦だ。
白は自分の選んだ本を開く前に、ふと虎子が開いた本に目を向けた。小さな文字でページいっぱいにびっしりと文章が書き連ねてある。一見して漢字が多く使用され、白には読めないもののほうが多かった。飽きずに読破することはおろか、内容を理解することは無理だろう。
「虎子ちゃんは難しそうな本だね。習ってない漢字なのに何で読めるの?」
「家庭教師に習いました」
「じゃあテスト得意?」
「得意とまでは」
「テスト前になったらいっしょに勉強会しよーよ」
虎子は一瞬押し黙った。
勉強会とは、文字どおりテストに向けて一緒に勉強する集まりという意味なのか。テストはチーム戦ではない。他人と一緒に対策をするメリットが思いつかない。ひとりでやったほうが時間を効率的に使えるし集中できる。
遠回しにお茶会や食事会に誘われているのかもしれない。非効率なことを敢えて行うのだから別の目的があると考えるのが妥当。そうすると本当の目的は、親同士の顔合わせやコネクション構築ではなかろうか。
疋堂家は政財界に強いコネクションを持っていないと国頭からの報告にあった。これを機に久峩城ヶ嵜家とつながりを持とうとしているのかもしれない。そういった目的の為に虎子に近づいた、もしくは子どもを近づけようとした輩はこれまでにもいた。この隣人に裏の思惑など結びつけにくいが、両親までもそうとは限らない。
虎子が聡明な頭脳で考えこんでいると、白がズイッと身体を寄せてきた。
「ダメ?」
「いえ、ダメというわけでは……」
虎子はつい返事をしてしまった。眉尻をやや下げて強請るような表情をされるとなんとなく断りづらかった。
白は虎子の躊躇いなど気づきもせず、すぐに別のものに興味を移した。
虎子が持ってきた書籍の一冊に目を引かれ、その表紙をパカッと開いてみた。抽象画のカラー刷りの扉絵はキラキラして見え、意味も分からないのに余計に興味をそそられた。さらにページをパラパラとめくって挿絵を探した。
「これキレーだね。読めない字が多くて難しいけど」
虎子は、白の純粋な感想を聞いてほんの少しフッと笑みを零した。
「お読みしましょうか」
「ほんと? イヤじゃない?」
「ええ」
「虎子ちゃんありがとー」
§ § §
それから、白と虎子はよく、図書館を訪れたり、借りた本を教室などで読んだりするようになった。
虎子はすでに大人と変わらない会話を理解する聡明さであり、白は子どもらしい無知と無邪気さがあった。時には虎子にとっては当たり前の、幼稚な質問が飛び出すこともあるが、白と接することは煩わしくはなかった。レベルの合わない会話は疲労し、空世辞や社交辞令に配慮するのは面倒だが、この隣人にはそのどちらもなかった。煩わしいどころかむしろ、居心地が良いとすら感じるときもある。
この隣人は、久峩城ヶ嵜の令嬢である自分と何も気負わず接する。遠慮や追従なく、遠巻きにせず取り巻きにもならず、年相応の友人関係として、対等の隣人として自分を評価する。それは虎子にとっては初めてに近い体験であり、胸が空いた。
もしや自分の懐に入る為の方策ではないかと注意深く観察したが、隣人のそうした振る舞いは演技とは到底思えなかった。隣人がそうであるのは、一般家庭だからという理由だけではなく、本人の気質によるのだと考え至った。
休み時間。教室。
席が隣同士である白と虎子は、互いに次の授業の準備をして席に着いていた。
白は手持ち無沙汰で教室の窓から校庭を眺めていた。
虎子がポツリと言葉を零した。
「疋堂さんは……」
(虎子お嬢様がご自分からお声掛けに……)
護衛・国頭にとって、虎子が他人に関心を示して自ら口を開いたのはやや意外だった。
久峩城ヶ嵜の令嬢は何不自由なく育つ。衣食住は無論、教育も遊興も身の安全も、ありとあらゆるものが周囲から与えられる。本人が欲する前に最高のものを取り揃えられる。それ故にか、虎子には欲求や関心が薄い傾向にある。物に対しても人に対しても、虎子が自ら関心を示すことは珍しかった。
「どのような遊びがお好きですか」
白はすぐに虎子のほうへ顔を向けた。
「いろいろ好きだよー。んー……今はドッジボールとかスキかな」
「ドッジボールとは、ボールをぶつけるゲームでしょう?」
「うん。ボク得意だよ。虎子ちゃんはやったことないの?」
「ありませんわ」
白は驚いて目を大きくした。
初等部に進学する以前の白にとって、ドッジボールは誰もが嗜む日常的な遊びのひとつだった。クラス全員で遊ぶことも珍しくない。尋ねてはみたものの、それをやったことがないというのは考えたこともなかった。
虎子は白の反応を見て、自分は少数派なのだと察した。
「やってみようかしら」
「いけません、虎子お嬢様」
国頭が素早く割って入った。
虎子の学園生活の妨げとならないよう、普段はできる限り存在感を消すことに努めるが、わずかでも危険があるなら彼の出番だ。
「お怪我をなさるかもしれません。そういった直接的な攻撃性のある遊戯はお控えください」
「怪我を、するのですか?」
「うん。するかもね。ドッジボールだもん」
白はケロッと放言した。
「疋堂さんは怪我をしてもよろしいのですか?」
「んー。するかもしれないけど、しないかもだし。ボクは楽しいほうがいいから、ドッジボールのケガくらいべつにいいやーってなる」
これが一般家庭と自分との違いのひとつだ、と利口な虎子は知った。一般家庭の隣人は楽しければよいと気軽に判じられるが、自分は怪我ひとつで大事になってしまう。国頭が罰せられることや役目を辞することにもなりかねない。
「虎子ちゃんはドッジボールやったことないんだー」
「ええ。いけませんかしら……?」
ぜんぜん、と白は首を左右に振った。
「虎子ちゃんはお部屋のなかで遊ぶのが好きなんだね」
「わたくしが怪我をすると困る者がいるものですから、屋外より屋内のほうがよいのだろうと思います」
「そっか。いっぱい心配されてるんだ」
「心配……?」
「ボクのパパは、心配だよー、心配だよーってよく言うよ。でね、いっぱい心配させていいよって言う。好きだから心配するんだって。いっぱい心配されるのは、いっぱい好かれてるってこと。心配されるのはいいことだよ」
虎子は、ふるふると小さく頭を左右に振った。
「そういうのとは違います。家の者がわたくしの身の回りの世話をするのも、彼がわたくしを守るのも、仕事だからです」
「いいえ」
虎子は背後に力強い一言を受けた。
振り向くと、国頭がいつもよりも深刻な雰囲気で立っていた。表情は真っ黒のサングラスで隠されているから、事実、深刻な切実な心情だったのかは分からない。しかし、虎子はそう感じ取った。
「いいえ。私は虎子お嬢様を心から案じております。日々ただ健やかに過ごしていただけたらと願っております。僭越ながら……」
虎子は国頭を見詰めて沈黙した。
傍勤めの者の本音を聞いて、主人・虎子が何を思ったのか、彼女が物心つく前から仕える国頭にも分からなかった。
虎子ちゃん、虎子ちゃん、と白から呼びかけられ、虎子はそちらに目線を移した。
白は口角を引き上げてニコッと笑った。
「虎子ちゃんのこと好きなんだって」
――単純な好き嫌いの話ではないと思うのですけれど。
虎子のほうが白よりもずっと思慮深く、国頭の立場や複雑な心境を推量した。しかし、白が無邪気に満足げに笑うから、そういうことにしておこうと思った。
一般家庭の子女――無邪気な隣人――白の考えに触れると、心配されるのも好きだと言われるのも、悪いものではないと思えた。
虎子が登校すると当然、一般家庭の子女・疋堂白が隣の席にいた。
虎子の時間管理は使用人がしており、自身も時間には正確なほうであり、遅刻はまずしない。隣人はその虎子よりも早く席に着いていた。どうやら朝には強い質らしい。
隣人は、虎子とおはようの挨拶を交わすや否や、ねえねえと話を続けた。
その無遠慮さは、虎子が久し振りに感じるものだった。幼稚園の頃の一番古い記憶では、クラスメイトはこのように無邪気であり、気軽に話しかけられることも頻繁にあった。歳を重ねるにつれてそれは徐々に減っていった。今となっては腫れ物のように遠巻きにされる。
「虎子ちゃんは何して遊ぶのが好き?」
そのようなことを尋ねられた虎子は「遊ぶ……」と独り言を零して考えを巡らせた。
「本を読んだりピアノを弾いたりしますけれど、これは遊びになりますかしら」
虎子から尋ね返され、白はキョトンとした。少し遅れて「うん」と頷いて微笑んだ。
「虎子ちゃんが楽しいなら」
じゃあさ、と白は目を輝かせた。
「休み時間に図書館に行ってみない? 初等部の図書館はすごく広いんだって」
虎子は社交辞令でもなく打算でもなく、何かに誘われるのも久し振りだった。休み時間に学内への散歩に誘われた程度のことだというのに、ほんの少し胸が躍った。自分でも理由は判然としないが何となく嬉しかったから、このお誘いを受けることにした。
昼休み。
白と虎子、それに護衛の国頭も当然ともに初等部図書館を訪れた。
幼稚園にも図書室はあったが、園舎内の一部屋に過ぎない規模だった。それでも絵本の数は通園している間では読み切れないほどあった。初等部図書館は校舎とは別個の、まさに「館」というに相応しく数階建ての大きな建物だ。
内部へ入ると、校舎と同じ敷地内なのに別世界のようにシンと静まりかえっていた。
駅の改札のようなゲートに名札をかざすのも白には初めての体験だったが、虎子は少しも慌てずむしろ慣れた様子でゲートを通過した。
「ほんとに初等部の図書館は幼稚園よりぜんぜん広いね」
ゲートから数メートル進んだところで、白が虎子に小声で話しかけ、虎子からは「そうですわね」と淡々とした相槌が返ってきた。
「来るの初めてじゃないの?」
「ええ。初等部に進級する前からこちらを利用しています。こちらのほうがさまざまな分野の本があって、蔵書が多いですから。たまに中等部のほうへも参りますが、あちらは――」
虎子は白がぽかんとしていることに気づいた。口許に手を添え、何か悪い言葉や気に障ることを言ってしまったかしら、と考えた。一般家庭の子女は自分とは異なるらしいから、いつもの国頭に対するような話し方ではいけないのかもしれない。
フフッ、と白から笑い声が聞こえてきた。
「虎子ちゃんはほんとに本が好きなんだね」
どうして笑うのか、虎子には理由が分からなかった。しかし、笑われても嫌な感じがまったくしなかった。この隣人の笑顔は屈託なく、厭味が一切感じられなかった。
白は本日の昼休みだけで図書館をすべて見て回ることを早々に諦めた。以前から通っているという虎子から図書館の内部について簡単に説明を受け、低学年用の書籍があるエリアに案内してもらった。
白と虎子は、本棚からそれぞれ数冊ずつ書籍を選び出して長机に隣り合って座った。
昼休みという限られた時間ですべてを読み切ることはできないが、少しずつ読んでみて気に入ったものがあれば借りて帰る作戦だ。
白は自分の選んだ本を開く前に、ふと虎子が開いた本に目を向けた。小さな文字でページいっぱいにびっしりと文章が書き連ねてある。一見して漢字が多く使用され、白には読めないもののほうが多かった。飽きずに読破することはおろか、内容を理解することは無理だろう。
「虎子ちゃんは難しそうな本だね。習ってない漢字なのに何で読めるの?」
「家庭教師に習いました」
「じゃあテスト得意?」
「得意とまでは」
「テスト前になったらいっしょに勉強会しよーよ」
虎子は一瞬押し黙った。
勉強会とは、文字どおりテストに向けて一緒に勉強する集まりという意味なのか。テストはチーム戦ではない。他人と一緒に対策をするメリットが思いつかない。ひとりでやったほうが時間を効率的に使えるし集中できる。
遠回しにお茶会や食事会に誘われているのかもしれない。非効率なことを敢えて行うのだから別の目的があると考えるのが妥当。そうすると本当の目的は、親同士の顔合わせやコネクション構築ではなかろうか。
疋堂家は政財界に強いコネクションを持っていないと国頭からの報告にあった。これを機に久峩城ヶ嵜家とつながりを持とうとしているのかもしれない。そういった目的の為に虎子に近づいた、もしくは子どもを近づけようとした輩はこれまでにもいた。この隣人に裏の思惑など結びつけにくいが、両親までもそうとは限らない。
虎子が聡明な頭脳で考えこんでいると、白がズイッと身体を寄せてきた。
「ダメ?」
「いえ、ダメというわけでは……」
虎子はつい返事をしてしまった。眉尻をやや下げて強請るような表情をされるとなんとなく断りづらかった。
白は虎子の躊躇いなど気づきもせず、すぐに別のものに興味を移した。
虎子が持ってきた書籍の一冊に目を引かれ、その表紙をパカッと開いてみた。抽象画のカラー刷りの扉絵はキラキラして見え、意味も分からないのに余計に興味をそそられた。さらにページをパラパラとめくって挿絵を探した。
「これキレーだね。読めない字が多くて難しいけど」
虎子は、白の純粋な感想を聞いてほんの少しフッと笑みを零した。
「お読みしましょうか」
「ほんと? イヤじゃない?」
「ええ」
「虎子ちゃんありがとー」
§ § §
それから、白と虎子はよく、図書館を訪れたり、借りた本を教室などで読んだりするようになった。
虎子はすでに大人と変わらない会話を理解する聡明さであり、白は子どもらしい無知と無邪気さがあった。時には虎子にとっては当たり前の、幼稚な質問が飛び出すこともあるが、白と接することは煩わしくはなかった。レベルの合わない会話は疲労し、空世辞や社交辞令に配慮するのは面倒だが、この隣人にはそのどちらもなかった。煩わしいどころかむしろ、居心地が良いとすら感じるときもある。
この隣人は、久峩城ヶ嵜の令嬢である自分と何も気負わず接する。遠慮や追従なく、遠巻きにせず取り巻きにもならず、年相応の友人関係として、対等の隣人として自分を評価する。それは虎子にとっては初めてに近い体験であり、胸が空いた。
もしや自分の懐に入る為の方策ではないかと注意深く観察したが、隣人のそうした振る舞いは演技とは到底思えなかった。隣人がそうであるのは、一般家庭だからという理由だけではなく、本人の気質によるのだと考え至った。
休み時間。教室。
席が隣同士である白と虎子は、互いに次の授業の準備をして席に着いていた。
白は手持ち無沙汰で教室の窓から校庭を眺めていた。
虎子がポツリと言葉を零した。
「疋堂さんは……」
(虎子お嬢様がご自分からお声掛けに……)
護衛・国頭にとって、虎子が他人に関心を示して自ら口を開いたのはやや意外だった。
久峩城ヶ嵜の令嬢は何不自由なく育つ。衣食住は無論、教育も遊興も身の安全も、ありとあらゆるものが周囲から与えられる。本人が欲する前に最高のものを取り揃えられる。それ故にか、虎子には欲求や関心が薄い傾向にある。物に対しても人に対しても、虎子が自ら関心を示すことは珍しかった。
「どのような遊びがお好きですか」
白はすぐに虎子のほうへ顔を向けた。
「いろいろ好きだよー。んー……今はドッジボールとかスキかな」
「ドッジボールとは、ボールをぶつけるゲームでしょう?」
「うん。ボク得意だよ。虎子ちゃんはやったことないの?」
「ありませんわ」
白は驚いて目を大きくした。
初等部に進学する以前の白にとって、ドッジボールは誰もが嗜む日常的な遊びのひとつだった。クラス全員で遊ぶことも珍しくない。尋ねてはみたものの、それをやったことがないというのは考えたこともなかった。
虎子は白の反応を見て、自分は少数派なのだと察した。
「やってみようかしら」
「いけません、虎子お嬢様」
国頭が素早く割って入った。
虎子の学園生活の妨げとならないよう、普段はできる限り存在感を消すことに努めるが、わずかでも危険があるなら彼の出番だ。
「お怪我をなさるかもしれません。そういった直接的な攻撃性のある遊戯はお控えください」
「怪我を、するのですか?」
「うん。するかもね。ドッジボールだもん」
白はケロッと放言した。
「疋堂さんは怪我をしてもよろしいのですか?」
「んー。するかもしれないけど、しないかもだし。ボクは楽しいほうがいいから、ドッジボールのケガくらいべつにいいやーってなる」
これが一般家庭と自分との違いのひとつだ、と利口な虎子は知った。一般家庭の隣人は楽しければよいと気軽に判じられるが、自分は怪我ひとつで大事になってしまう。国頭が罰せられることや役目を辞することにもなりかねない。
「虎子ちゃんはドッジボールやったことないんだー」
「ええ。いけませんかしら……?」
ぜんぜん、と白は首を左右に振った。
「虎子ちゃんはお部屋のなかで遊ぶのが好きなんだね」
「わたくしが怪我をすると困る者がいるものですから、屋外より屋内のほうがよいのだろうと思います」
「そっか。いっぱい心配されてるんだ」
「心配……?」
「ボクのパパは、心配だよー、心配だよーってよく言うよ。でね、いっぱい心配させていいよって言う。好きだから心配するんだって。いっぱい心配されるのは、いっぱい好かれてるってこと。心配されるのはいいことだよ」
虎子は、ふるふると小さく頭を左右に振った。
「そういうのとは違います。家の者がわたくしの身の回りの世話をするのも、彼がわたくしを守るのも、仕事だからです」
「いいえ」
虎子は背後に力強い一言を受けた。
振り向くと、国頭がいつもよりも深刻な雰囲気で立っていた。表情は真っ黒のサングラスで隠されているから、事実、深刻な切実な心情だったのかは分からない。しかし、虎子はそう感じ取った。
「いいえ。私は虎子お嬢様を心から案じております。日々ただ健やかに過ごしていただけたらと願っております。僭越ながら……」
虎子は国頭を見詰めて沈黙した。
傍勤めの者の本音を聞いて、主人・虎子が何を思ったのか、彼女が物心つく前から仕える国頭にも分からなかった。
虎子ちゃん、虎子ちゃん、と白から呼びかけられ、虎子はそちらに目線を移した。
白は口角を引き上げてニコッと笑った。
「虎子ちゃんのこと好きなんだって」
――単純な好き嫌いの話ではないと思うのですけれど。
虎子のほうが白よりもずっと思慮深く、国頭の立場や複雑な心境を推量した。しかし、白が無邪気に満足げに笑うから、そういうことにしておこうと思った。
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