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#07:Corkscrew romance
Tiger has an impossible dream 03
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仁南は結局、子どもたちの稽古が終了するまで道場にいた。仁南は攘之内に礼を言い、帰路に就くことにした。虎宗は昨日、仁南を助けた場所に置いてきた自転車を回収がてら仁南を途中まで送ってゆくことにした。仁南を背負って連れ帰る為には自転車を置いてくるしかなかった。
仁南は虎宗と並んで歩きながら、胸が少しドキドキしていた。道場に足を踏み入れたのも初めてなら稽古を間近で見るのも初めての体験であり刺激的だった。やや頬を紅潮させ「ねえねえ」と興奮気味に虎宗に話しかけた。
「能登くんってスゴイのね」
「俺は何もしてへんで」
「子どもたちみんな楽しそうだったわよ。能登くんは見掛けによらず子どもに好かれるのね。それに休みの日なのにお父様の手伝いをしてるなんて偉いわ」
「小嶺。親っさんは俺の……」
「お父様と能登くんを一緒に見てると私おかしくなっちゃって。能登くんとお父様、ソックリなんだもの」
虎宗は、無邪気に笑う仁南に視線を固定させ、声を飲みこんだ。仁南の言葉を聞き、言いかけた台詞が出てこなくなった。
「俺と親っさん……似とるか?」
「そりゃ似てるわよ。私が名前言った時なんか同時に〝ガイジンみたい〟って。自分のことだから分かんないのかもだけど、あの時ふたりして同じ顔してたのよ」
虎宗は小さな声で「そうか」と零した。
「ソックリだけど、能登くんよりお父様のほうが断然取っつきやすいわ。お父様を見習ってもう少し愛想したほうがいいわよー」
虎宗は自分の口許に触れて表情を隠した。仁南の言葉が嬉しくて口許が弛みそうだった。似ているわけがないと脳内では冷静に判断しているのに、心のなかでは浮かれるほどに嬉しかった。そのようなことは有り得ないと理解していても、何処か似ている部分はないかと探してしまう。
虎宗には心のなかに誰にも言えない願いがある。口にしてはいけないと仕舞いこんでいる想いがある。攘之内の息子になりたいと、攘之内が愛して誇りを持って自慢してくれるような息子に生まれつきたかったと、そのような親不孝な願いを、もうずっと以前から抱いている。
「……おおきに」
虎宗は聞き逃してしまいそうなくらいポツリと、雨粒が落ちるようにポツリと、しかしながらしっかりと噛み締めながら言った。
誰にも言えない願いを叶えてくれて、本当にありがとう。叶うとも思っていなかった途方もない願いを見つけてくれて、本当にありがとう。神様の慈悲なんかではなくただの気紛れかもしれないが、目を開けたら醒める白昼夢のように儚い偽りかもしれないが、それでも刹那でも虚構でもこの幸福な気分に感謝を。
「何? これってお礼言われるようなこと?」
仁南は「当然」という風に言い、虎宗はフッと笑みを零した。当たり前のことのように言ってくれるのが嬉しくて。
「能登くんのお家って随分厳格なのね。想像通りだけど」
「厳しく見えるか?」
「お父様にも敬語使ってるし、お宅も歴史がありそうだし、仕来りとか決まり事とか多そう」
「ああソレは……」
虎宗は眼鏡の位置を中指で正し、視線を進行方向に戻した。
「親っさんは俺のおとんちゃうさかいな」
虎宗はサラリと言ってのけ、仁南は目を大きくして彼を見た。彼の横顔は相変わらず無表情だった。
「言葉遣いは、別に他人行儀にしとるわけちゃうねん。もう癖っちゅうのもあるし、俺なりに親っさんを尊敬しとるさかい自然とな」
仁南は訳が分からないという顔をして軽く額を押さえた。
「は? え? じゃあどういう関係なの?」
「親っさんと俺のおとんが従兄弟同士や。おとんとおかんは俺が小学生のときに死んでな、親っさんが俺を引き取ってくれはった。せやさかい、あの家は俺の家やけど、俺のモンちゃうねん」
虎宗は無表情で正面だけを向いていたが、仁南は無意識にハッと呼吸を止めた。まずやって来たのは勿論驚きで、数秒遅れて次に去来したのは申し訳なさ。
ふたりは賑やかな商店街を歩いていたから幸い、多少沈黙が続いてもそれほど重苦しさはなかった。
「ゴメン」
そのような一言で済ませてしまうのは軽薄だったと、仁南は後悔した。言ってしまったあとで、その台詞に対してまたゴメンと思ったが、二度も同じ台詞を続けるのは間抜けな気がしたから言わなかった。
「なに謝ってんねん。子どもの頃の話やで。気にすることなんかあれへん。そんな気の毒そうにされるほど、俺不幸に見えるか?」
仁南は虎宗のほうを見ることはできなかったが、小さな笑い声が聞こえてきて少しホッとした。
「俺は親っさんごっつ尊敬してんねん。もしかしたら、おとんが生きとってもおとんより親っさん尊敬しとるかもしれへんくらいな」
虎宗は道場にいるときは大学では見たことがないくらい優しい目をするし、攘之内の話をするときは心から嬉しそうに話す、と仁南は思った。
何処からともなく懐かしい匂いのする彼なのに、彼については知らない部分のほうが多い。だから、彼についてもっと多くのことを知りたい、もっと知らない彼を見てみたいと、思ってしまう。勘違いの恋から始まっても、これは恋心ではないはずだけれど、隣にいる彼のことを知りたいと思うのは本当。知ってどうしたいというわけではないが、ただ知りたい。
「ほんまはこんな話は親不孝な話なんやけどな」
「親不孝なんかじゃない。親以上に尊敬できる人がいるから親不孝だなんて思わない」
仁南は足許に向かって言い放ち、少し早足になった。
「お父様と話してるときも道場にいるときも、能登くん大学で見たことないくらい楽しそうにしてたわよ。……無表情だけど」
虎宗は、そこまで言われるほど無表情にしているかなと思い、自分の頬に触れてみた。故意に無表情やクールを作っているわけではなく、これもまた彼の癖なのだ。
「我が子が楽しそうにしてるんだから、実のお父様とお母様もきっと喜んでるわ」
仁南は、自分でも必死になっていると思った。他人のことなのに、何も知らない無愛想な男のことなのに、どうして熱くなっているのだろう。虎宗もきっと呆気に取られているに違いない。何も知りもしないくせに、この女は何を言っているのだと馬鹿にしているに違いない。しかし、彼には辛い顔とか、悲しい顔をしてほしくないと思ってしまったのだ。そのような顔は彼には似合わない。
「私はっ……本当に似てると思ったの。お世辞とか社交辞令とかじゃなくて、あのお父様と能登くんは親子だって思ったの……! あんなに似てるんだもん、能登くんはお父様の息子よ」
もうずっと昔から心のなかにある、誰にも言えない願い。両親に申し訳なくて、自分には分不相応な気がして、願いを口にすることは憚られた。だから誰かに言ったこともなければ、ひとりで声に出して呟いてみたこともない。
誰に拾われることもない願い。子どもが悪戯に思い描くような途方もない願い。そんな願いが叶うなんて思ってもみなかった。束の間でも――――。
「ほんま、おおきにな……小嶺」
仁南は虎宗の声に惹かれて顔を上げた。その声には少し感情が籠もって聞こえた。
ドクンッ、と虎宗の表情を目にした瞬間、心臓が高鳴った。
巌の心からわずかに染み出る人間臭さを集めたような、何処かに置き忘れてきたノスタルジックを思い起こさせるような、涙が出そうになるくらい安心できる笑顔。男の人の笑顔を、こんなにも優しく感じたことはない。
鼓動を自覚すると徐々に顔に熱が集まってくる。
「私、お礼言われるようなことしてないってば……」
「そーやな。せやけど、俺はほんま嬉しいで」
虎宗は額をゴシゴシと擦りながら笑った。今の虎宗は随分と素直だった。やはり浮かれている部分もあるのだろう。
(もう笑わないでよ。いつもどおりの無表情でいいから。いつもと違う顔をこれ以上見せないでよ)
吊り橋効果は脳のミスジャッジ。本当にそうだっけ。では脳味噌はいつまで誤作動したままなのか。どうやったら正しく回線が繋がるのか。それとも意外なことの連続で、ショートして焼け焦がれてしまったの。
「能登くんってさぁ……意外にモテるよね」
「イヤ、モテへんで。モテる言うたら大志朗やろ」
虎宗は片方の眉を吊り上げた。唐突に何を言い出すのかと思った。
「能登くん今、彼女いないんだよね?」
「オウ」
「あ、あのさぁ、好きな子とかいいなとか思ってる子も……いないの?」
「…………」
何にでもポンポンと簡潔に応える虎宗が一瞬押し黙り、何は嫌な予感がした。そして、暗愚ではないが故にその後の展開が予見できてしまい、虎宗から返って来るであろう答えが急に恐くなった。
「きょ、興味本位で訊いてみただけー。だから無理に答えなくても……」
「俺が勝手に惚れとる子は、いてる」
仁南は驚きはしなかった。予見はあったし雰囲気からして予感もしたし、図々しくて欲深な恋心は無かったはずだから。
「そうなんだ……」
無かったはずなのに。勘違いの恋以外は、何も無かったはずなのに。
虎宗は自転車を回収に、仁南は帰路に就く為に駅に。途中までは同じ道。道が別たれる時が来て、仁南は上手に笑って「じゃあまたね」と言って手を振った。虎宗も無表情ではあるが手を振り返した。そして目的の自転車のほうへ歩いていった。
仁南は立ち止まり虎宗の背中を見ていた。名残惜しげに見詰められているなど思いもせず離れてゆくその背中はやはり大きかった。
「……好きな子いるんだ、天然記念物のクセに」
仁南はポツリと零した。その拍子に、目から涙が零れ、ヒールの高いご自慢の靴の先端にポツッと落ちた。今生の別れをしたわけではない。フラれたわけでもなければ、告白したわけでもない。それなのに涙が出るのは何故。男の人の背中を見詰めているだけでこんなにも切ない想いになるのは生まれて初めて。
吊り橋効果は、勘違いの恋。本当にそうだっけ。
――じゃあどうしてこんなに苦しいの。どうやったらこの息苦しさから救われるの。いつまで勘違いしたままなのよ。
恋なんかじゃないはずなのに。
仁南は虎宗と並んで歩きながら、胸が少しドキドキしていた。道場に足を踏み入れたのも初めてなら稽古を間近で見るのも初めての体験であり刺激的だった。やや頬を紅潮させ「ねえねえ」と興奮気味に虎宗に話しかけた。
「能登くんってスゴイのね」
「俺は何もしてへんで」
「子どもたちみんな楽しそうだったわよ。能登くんは見掛けによらず子どもに好かれるのね。それに休みの日なのにお父様の手伝いをしてるなんて偉いわ」
「小嶺。親っさんは俺の……」
「お父様と能登くんを一緒に見てると私おかしくなっちゃって。能登くんとお父様、ソックリなんだもの」
虎宗は、無邪気に笑う仁南に視線を固定させ、声を飲みこんだ。仁南の言葉を聞き、言いかけた台詞が出てこなくなった。
「俺と親っさん……似とるか?」
「そりゃ似てるわよ。私が名前言った時なんか同時に〝ガイジンみたい〟って。自分のことだから分かんないのかもだけど、あの時ふたりして同じ顔してたのよ」
虎宗は小さな声で「そうか」と零した。
「ソックリだけど、能登くんよりお父様のほうが断然取っつきやすいわ。お父様を見習ってもう少し愛想したほうがいいわよー」
虎宗は自分の口許に触れて表情を隠した。仁南の言葉が嬉しくて口許が弛みそうだった。似ているわけがないと脳内では冷静に判断しているのに、心のなかでは浮かれるほどに嬉しかった。そのようなことは有り得ないと理解していても、何処か似ている部分はないかと探してしまう。
虎宗には心のなかに誰にも言えない願いがある。口にしてはいけないと仕舞いこんでいる想いがある。攘之内の息子になりたいと、攘之内が愛して誇りを持って自慢してくれるような息子に生まれつきたかったと、そのような親不孝な願いを、もうずっと以前から抱いている。
「……おおきに」
虎宗は聞き逃してしまいそうなくらいポツリと、雨粒が落ちるようにポツリと、しかしながらしっかりと噛み締めながら言った。
誰にも言えない願いを叶えてくれて、本当にありがとう。叶うとも思っていなかった途方もない願いを見つけてくれて、本当にありがとう。神様の慈悲なんかではなくただの気紛れかもしれないが、目を開けたら醒める白昼夢のように儚い偽りかもしれないが、それでも刹那でも虚構でもこの幸福な気分に感謝を。
「何? これってお礼言われるようなこと?」
仁南は「当然」という風に言い、虎宗はフッと笑みを零した。当たり前のことのように言ってくれるのが嬉しくて。
「能登くんのお家って随分厳格なのね。想像通りだけど」
「厳しく見えるか?」
「お父様にも敬語使ってるし、お宅も歴史がありそうだし、仕来りとか決まり事とか多そう」
「ああソレは……」
虎宗は眼鏡の位置を中指で正し、視線を進行方向に戻した。
「親っさんは俺のおとんちゃうさかいな」
虎宗はサラリと言ってのけ、仁南は目を大きくして彼を見た。彼の横顔は相変わらず無表情だった。
「言葉遣いは、別に他人行儀にしとるわけちゃうねん。もう癖っちゅうのもあるし、俺なりに親っさんを尊敬しとるさかい自然とな」
仁南は訳が分からないという顔をして軽く額を押さえた。
「は? え? じゃあどういう関係なの?」
「親っさんと俺のおとんが従兄弟同士や。おとんとおかんは俺が小学生のときに死んでな、親っさんが俺を引き取ってくれはった。せやさかい、あの家は俺の家やけど、俺のモンちゃうねん」
虎宗は無表情で正面だけを向いていたが、仁南は無意識にハッと呼吸を止めた。まずやって来たのは勿論驚きで、数秒遅れて次に去来したのは申し訳なさ。
ふたりは賑やかな商店街を歩いていたから幸い、多少沈黙が続いてもそれほど重苦しさはなかった。
「ゴメン」
そのような一言で済ませてしまうのは軽薄だったと、仁南は後悔した。言ってしまったあとで、その台詞に対してまたゴメンと思ったが、二度も同じ台詞を続けるのは間抜けな気がしたから言わなかった。
「なに謝ってんねん。子どもの頃の話やで。気にすることなんかあれへん。そんな気の毒そうにされるほど、俺不幸に見えるか?」
仁南は虎宗のほうを見ることはできなかったが、小さな笑い声が聞こえてきて少しホッとした。
「俺は親っさんごっつ尊敬してんねん。もしかしたら、おとんが生きとってもおとんより親っさん尊敬しとるかもしれへんくらいな」
虎宗は道場にいるときは大学では見たことがないくらい優しい目をするし、攘之内の話をするときは心から嬉しそうに話す、と仁南は思った。
何処からともなく懐かしい匂いのする彼なのに、彼については知らない部分のほうが多い。だから、彼についてもっと多くのことを知りたい、もっと知らない彼を見てみたいと、思ってしまう。勘違いの恋から始まっても、これは恋心ではないはずだけれど、隣にいる彼のことを知りたいと思うのは本当。知ってどうしたいというわけではないが、ただ知りたい。
「ほんまはこんな話は親不孝な話なんやけどな」
「親不孝なんかじゃない。親以上に尊敬できる人がいるから親不孝だなんて思わない」
仁南は足許に向かって言い放ち、少し早足になった。
「お父様と話してるときも道場にいるときも、能登くん大学で見たことないくらい楽しそうにしてたわよ。……無表情だけど」
虎宗は、そこまで言われるほど無表情にしているかなと思い、自分の頬に触れてみた。故意に無表情やクールを作っているわけではなく、これもまた彼の癖なのだ。
「我が子が楽しそうにしてるんだから、実のお父様とお母様もきっと喜んでるわ」
仁南は、自分でも必死になっていると思った。他人のことなのに、何も知らない無愛想な男のことなのに、どうして熱くなっているのだろう。虎宗もきっと呆気に取られているに違いない。何も知りもしないくせに、この女は何を言っているのだと馬鹿にしているに違いない。しかし、彼には辛い顔とか、悲しい顔をしてほしくないと思ってしまったのだ。そのような顔は彼には似合わない。
「私はっ……本当に似てると思ったの。お世辞とか社交辞令とかじゃなくて、あのお父様と能登くんは親子だって思ったの……! あんなに似てるんだもん、能登くんはお父様の息子よ」
もうずっと昔から心のなかにある、誰にも言えない願い。両親に申し訳なくて、自分には分不相応な気がして、願いを口にすることは憚られた。だから誰かに言ったこともなければ、ひとりで声に出して呟いてみたこともない。
誰に拾われることもない願い。子どもが悪戯に思い描くような途方もない願い。そんな願いが叶うなんて思ってもみなかった。束の間でも――――。
「ほんま、おおきにな……小嶺」
仁南は虎宗の声に惹かれて顔を上げた。その声には少し感情が籠もって聞こえた。
ドクンッ、と虎宗の表情を目にした瞬間、心臓が高鳴った。
巌の心からわずかに染み出る人間臭さを集めたような、何処かに置き忘れてきたノスタルジックを思い起こさせるような、涙が出そうになるくらい安心できる笑顔。男の人の笑顔を、こんなにも優しく感じたことはない。
鼓動を自覚すると徐々に顔に熱が集まってくる。
「私、お礼言われるようなことしてないってば……」
「そーやな。せやけど、俺はほんま嬉しいで」
虎宗は額をゴシゴシと擦りながら笑った。今の虎宗は随分と素直だった。やはり浮かれている部分もあるのだろう。
(もう笑わないでよ。いつもどおりの無表情でいいから。いつもと違う顔をこれ以上見せないでよ)
吊り橋効果は脳のミスジャッジ。本当にそうだっけ。では脳味噌はいつまで誤作動したままなのか。どうやったら正しく回線が繋がるのか。それとも意外なことの連続で、ショートして焼け焦がれてしまったの。
「能登くんってさぁ……意外にモテるよね」
「イヤ、モテへんで。モテる言うたら大志朗やろ」
虎宗は片方の眉を吊り上げた。唐突に何を言い出すのかと思った。
「能登くん今、彼女いないんだよね?」
「オウ」
「あ、あのさぁ、好きな子とかいいなとか思ってる子も……いないの?」
「…………」
何にでもポンポンと簡潔に応える虎宗が一瞬押し黙り、何は嫌な予感がした。そして、暗愚ではないが故にその後の展開が予見できてしまい、虎宗から返って来るであろう答えが急に恐くなった。
「きょ、興味本位で訊いてみただけー。だから無理に答えなくても……」
「俺が勝手に惚れとる子は、いてる」
仁南は驚きはしなかった。予見はあったし雰囲気からして予感もしたし、図々しくて欲深な恋心は無かったはずだから。
「そうなんだ……」
無かったはずなのに。勘違いの恋以外は、何も無かったはずなのに。
虎宗は自転車を回収に、仁南は帰路に就く為に駅に。途中までは同じ道。道が別たれる時が来て、仁南は上手に笑って「じゃあまたね」と言って手を振った。虎宗も無表情ではあるが手を振り返した。そして目的の自転車のほうへ歩いていった。
仁南は立ち止まり虎宗の背中を見ていた。名残惜しげに見詰められているなど思いもせず離れてゆくその背中はやはり大きかった。
「……好きな子いるんだ、天然記念物のクセに」
仁南はポツリと零した。その拍子に、目から涙が零れ、ヒールの高いご自慢の靴の先端にポツッと落ちた。今生の別れをしたわけではない。フラれたわけでもなければ、告白したわけでもない。それなのに涙が出るのは何故。男の人の背中を見詰めているだけでこんなにも切ない想いになるのは生まれて初めて。
吊り橋効果は、勘違いの恋。本当にそうだっけ。
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恋なんかじゃないはずなのに。
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