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一週間
しおりを挟む「奥様は本当に美しいですね。この透き通るような銀の髪も、オパールのような瞳も」
ほぅとため息をつきながら、侍女のセシルが髪をといでくれる。
19歳、つまり年がひとつ上のセシルが侍女と分かった時は正直緊張した。
というのも、引きこもり期間が長かった私は年の近い人間との接触が苦手なのだ。
しかし、その心配は杞憂だった。
「さすがあの悪魔の子とも言われるギルバート王子が一目惚れした奥様!嫁にすると奥様を連れ帰ってきた姿を思い出すと胸が熱くなります。王子にも人間の血が通っていたのだと感動しました」
首を飛ばされてもおかしくない、怖いもの知らずな発言と話の勢いは裏表がなさそうだと初手から信用できた。
しかも明るいおしゃべりな性格は4つ上の優しい姉と似ていて、私を安心させた。
姉が3年前に嫁いでからは、人と話すことも減っていたので、セシルのおしゃべりは楽しい。
しかしセシルを含め、城の人間は私の能力については知らないので、王子が一目惚れして突然連れて来た嫁という認識になっている。
その誤解が居た堪れないのだが、王子に能力に関しては口止めされているので、なにも否定できない。
「結婚されて1週間。王子がどんなに忙しくても毎晩一緒に寝られて…あぁなんてラブラブ!初夜はどんな感じだったのですか?」
きゃっとセシルが恥ずかしがりながらも私に聞く。
「いや、その」
実際は初夜も何も、初日の夜はギルバートに自分を裏切らないように念押しされただけである。
風と会話できる能力に関しては秘密にし、ギルバートのためにその力を使うようにと。
初日以降も夜は必ず一緒に寝ているが、おそらく監視されているだけだ。
甘い空気や触れ合いは一切ない。
セシルのキラキラと期待に満ちた眼差しに耐えかね、部屋の隅にいる護衛のオーウェンに目を向ける。
オーウェンはどうやら王子が気を許しているようで、私の能力についても知っている唯一の人物だ。
「セシル、あまり奥様を困らせるなよ」
視線に気づいたオーウェンがくすくす笑いながら助け舟を出してくれる。
「そうね、あなたがいる前で聞いたら奥様も答えづらいわよね」
セシルとオーウェンは昔からの知り合いらしく、気安くセシルも答える。
セシルはといだ髪の毛を満足気に眺めると
「お食事の用意をしてまいります」
と部屋を出て行った。
セシルが出ていくのを確認すると、オーウェンが口を開く。
「ギルバートのことを優しいと言ったそうですね」
「あ…やはり失礼だったでしょうか」
私がギルバート王子の手を取り、嫁ぐことが決まってからの1ヶ月は怒涛の日々だった。
3日で家族との別れを済ませ、嫁ぐ用意をし、そのまま王子に城に連れられ、国王陛下たちに婚約を報告した。
そこから3週間弱で花嫁修行を詰め込み、その間は王子もなにやら仕事に追われており、全く会うことがなかった。
そして1週間前、結婚式を執り行い、やっと久しぶりに顔を合わせ、初夜を迎えることになったのである。
しかし夜、寝室で私は緊張でがちがちだった。
さらに脅されるように裏切るなと念押しされ、ますます震えていた。
するとその様子を見た王子が言ったのだ。
「何もしない。休め」
先程まで殺すと言っていた王子の思わぬ言葉に、私はぽかんとした。
王族にとって世継ぎを産むことは大切な使命だ。
それなのに自分を気遣ってくれるのか。
そう思うとつい
「お優しいのですね」
と言葉が漏れてしまった。
慌てて口を塞いだが、王子は私を見て片眉をあげ、何か言いたそうに口をひらきかけた。
しかし結局何も言わずに、布団に潜り込んだ。
あの日の王子を思い返し、ため息をつく。
「ポジティブに捉えてしまいましたが、今思うと私とそういうことをしたくなかっただけかもしれませんし…生意気なことを言ってしまいました」
目の前のオーウェンを不安な気持ちで見上げる。
するとオーウェンはきょとんとした顔をし、その後弾けるように笑い出した。
「奥様とギルバートは案外よい夫婦になるかもしれませんね」
オーウェンは笑い過ぎて目尻に溜まった涙を拭うと、優しく微笑んだ。
「そうでしょうか」
だと嬉しいが、今のところその兆しは感じられていない。
もう少し会話できるようにならなければと思うが、引きこもりだった自分にはそのコミュニケーションが難しい。
これからを思い、再びため息をついた。
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