天使の慈悲 〜家族みんなで転生しました〜

きぬた

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第1章 日本

02. いつぶりの脅迫状

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 「イテテッ・・・」

 灯雪トモユキが水やりで動くたびに、頭や肩に乗る鳥たちが、離れまいとグッと足に握力をかける。
 毎朝の事とはいえ、Tシャツにハーフパンツという薄着には、食い込んでくる鳥の爪が、地味に痛い。
 おかげで、引っかき傷が絶えない。

 思わずキッと睨みつけてしまうが、鳥はただ可愛い顔をキョトンとさせ、何処吹く風といった様相だ。
 しかも傍らでは、灯雪の肩を巡って激しい陣取り争いが勃発している。
 はたから見ると、鳥が美しく囀り合っているようだが、間近で見る灯雪にはすごい形相で罵り合っているように見える。
 離れた場所では、屋敷の使用人たちが、何か神々しいものを見るように、鳥と戯れる(かに見える)灯雪の様子に目を奪われていた。
 一番の古参、庭師の源さんは、『ありがたや』と呟き、そっと手を合わせる。

 灯雪は、一つため息をついて、無我の境地で水やりを続ける。
 ここの庭は、広い。
 水やりだけで30分はかかる。
 小さい頃に、通りがかりのおばさんに貰った種を、何と無しに庭に植えたら見る見る育ち、どんどん庭を占領していった。
 屋敷には、経験豊富で優秀な庭師の源さんがいるが、灯雪以外が世話すると、あからさまに項垂れ萎れていくのだ。
 今はまだ、庭の三分の一に留まっているから30分で済むが、これ以上は御免被りたいところ。
 これも『呪われた因果』か・・・。

 「これ以上、生えて来たら全部引っこ抜く・・・」

 気のせいか、緑の葉が青みがかったように見える。

 あと少しで終わるという頃、塀のすぐ側に生える植物の上や周辺に、くしゃくしゃに丸められた白い紙が、無数に散らかっているのを見つけてしまう。
 平気でゴミを投げ捨てる人の無神経さに苛立つ灯雪は、余計な仕事を増やしやがってと舌打ちしながら拾い上げた紙を気怠げに広げた。
 
 『殺す』

 A4サイズのコピー用紙に、デカデカと赤いインクで書かれたフタモジ。
 撒いた水で染みたインクが、これまた良い味を出してしまっていた。

 「・・・随分ストレートだな」

 おそらく、塀の外から投げ入れられたものだろう。
 その他の紙にも、『死ね』だの『地獄に堕ちろ』といった端的なメッセージが書かれている。

 そういえば、この手の物も久しぶりだな・・・と、何とも感慨深げな灯雪。
 というのも、昔はこういった脅迫状や呪いの手紙が、この家にはよく届いていた。
 どうも両親は、人から恨みを買うような仕事のやり方をしていたらしい。
 幼い頃はそういったものが日常にありふれていた。
 周りの大人たちは子供たちに隠していたが、折に触れその現状は、敏感に感じ取るものだ。
 
 しかしそれも、ある事件をきっかけに変わっていった。

 灯雪の誘拐未遂事件である。
 当時、10歳だった灯雪は、学校帰りの通学路でまんまと誘拐されたのだ。

 私立学校を勧める両親に、『私立の学校は家から離れていて登下校が面倒くさそう、車は酔うから嫌、電車は混むからもっと嫌、堅苦しい制服は性に合わない』という理由で拒否し、近所の公立小学校に通っていた灯雪は友達と歩いて登下校をしていた。

 幸いにも、服や鞄、至る所に仕込まれていたGPSによって、すぐに居場所を特定し、灯雪は無事に保護された。

 それからの両親は、人が変わったようだと使用人たちは噂していた。
 以前は使用人に対しても慇懃に接していた両親だが、柔らかな微笑みで労いの言葉を掛けるようになったのだとか。
 だが使用人たちは、むしろそれを不気味がって、不満などないから以前のように接してくださいと、逆に2人へお願いしたくらいだった。
 その時の両親を思うと、ちょっと気の毒に思う灯雪。

 屋敷での態度は、いつも通りになったが、仕事の仕方はだいぶ変わったようだ。
 できるだけ敵を作らず、はかりごとは互いが穏便に済むよう心血注いで行動した。
 そのおかげか、脅迫状の数は格段に減り、今ではほとんど見かけなくなった。

 それなのに・・・

 「まぁ、こんだけ地位も財産も兼ね備えて、人から妬みや恨みを買わないなんて不可能だよな。」

 元から、面倒臭いことが嫌いな灯雪は、深く考えることを放棄して、散らばる紙をさっさと片していく。

 「あ~、腹減った~。」

 それが成長期の彼にとって、今一番大事なことだった。
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