天使の慈悲 〜家族みんなで転生しました〜

きぬた

文字の大きさ
2 / 29
第1章 日本

01. 雪姫と呼ばれる男前

しおりを挟む
 東の空が薄っすらと明け、小鳥たちの囀りが、そこかしこから聞こえ始めた。
 じっとりとまとわりつく湿気が、これから昼に向けての酷暑を予兆させる、夏晴れの朝。

「あ~クソ寝みぃ~、腹減った~。」

 動物にとって、限りなく原始的な欲求を呟いた彼は、名前を灯雪トモユキと言う。

 若干、粗野な言葉使いとは裏腹に、その容姿はとてもノーブルな見た目をしていた。
 身長168センチ、スラッと伸びた手足に透けるような白い肌、血色の良いピンクの唇にスッと通った鼻梁、亜麻色の柔らかな髪と、惹きつけてやまないアンバーの瞳、どれも形良く均整のとれた絶妙な配置のかんばせは、14歳と言う少年の幼さを残しつつも、理知的で清廉な雰囲気を醸し出す稀代の美青年であった。

 アジア人にしては、色素の薄い容姿をしているのは、彼の母親がヨーロッパ人だったと言われている。
 いまいち確証がないのは、物心ついた時にはすでに母親はおらず、灯雪は父親と2人で暮らしていたからだ。
 その父親も、灯雪が3歳の時、交通事故で帰らぬ人となっている。
 彼は、母親の記憶はおろか、父親の記憶すらもおぼろげだった。

 引き取り手のいなかった灯雪は、数ヶ月ほど児童園で過ごした後、子供ができなく悩んでいた夫婦に養子として迎え入れられた。
 彼は両親に溺れるほどの愛を与えられ、溶けるほどに甘やかされた。
 両親は金にも労力にも糸目を付けず灯雪の望みを叶えていった。
 欲しいものは何でも手に入るその環境は、弱冠3歳の幼児に、もはや自分に叶わないことなど何も無いと本気で思わせるほどだった。

 4歳の冬、灯雪はサンタクロースに弟か妹が欲しいという願い事をした。
 しかし、その年のクリスマスは20トントラックいっぱいのおもちゃが届いたのみで、灯雪の願いが聞き届けられる事は無かった。
 灯雪は初めての挫折を味わった。
 往生際の悪い灯雪は、それから外出先で小さな子を見かける度に、物欲しそうに見つめるようになる。
 両親はそれを見ては、合法的な略奪を企てるが、優秀な側近に全力で阻止されていた。
 そしてついに翌年のクリスマス、灯雪のもとに両親の特徴をよく受け継いだ可愛らしい弟が届けられたのであった。
 灯雪は自分にできた弟を、それはそれは可愛がり、一緒に遊ぶことも、おむつを替えることも、泣きあやすことも、誰よりも率先してやりたがった。
 灯雪にとって、弟は何よりも大切な存在になった。

 そんなある日、小学校に上がった灯雪は、早熟な同級生からサンタクロースの正体というものを教えられた。
 するとふいに、灯雪の脳裏にあの時の光景がフラッシュバックしたのだった。
 『サンタさんからのプレゼントだよ』と、生後間もない弟をリボン付きの籐の揺りかごに眠らせて、微笑みながら贈呈する当時の両親の姿。
 それを思い出した瞬間、背中の下から這い上がるようなゾワゾワとした、うすら寒いものを感じた灯雪は、過度な望みは決して持つまいと心に強く誓ったのだった。

 こうして、両親の過剰な愛情に翻弄されながらすくすくと育った彼も、中学三年生となり、只今夏休みの真っ最中。

 いつものように灯雪は、朝の日課である庭の植物たちへ水やりをしていた。
 延長ホースを片手に、起き抜けの緩慢な動きでの水やりは一見おざなりに見えるが、なぜか灯雪の育てる草花は、もうダメだと諦めた枯れかけの植物でさえ生き生きと成長し誇らしげに顔を上げるのだった。

 それは、植物に限らず、動物たちにも言えた。

 幼い頃から、動植物に好かれる質のおかげで、灯雪は今まで何度も、捨てられた犬や猫、怪我をした野生動物を保護した経験がある。
 灯雪の保護を受けた動物は、ボロボロにやつれ、見るも無残な当初の姿を全く連想させないまでに、美しく健康的に様変わりするのだった。
 家族の協力もあり、捨て犬、捨て猫たちは里親に引き渡され、野生動物は自然に放すことに成功した。
 今時点では、はなから一緒に住まう、飼い犬が一匹いるのみだ。

 だが、ここまでしている本人に、動植物に対して好きとか嫌いなどという意識はなかった。
 本人の意思とは関係なく、向こうからやってくるのだ。
 ただそれを、放っておけるほど残忍にはなれないという、彼曰く、『呪われた因果』らしい。

 水やりをする今も、彼の肩や頭には否応無しに小鳥たちが羽を休めている。
 まるで、○ィズニー映画のヒロインのようなその光景。
 学校でその姿を目撃した生徒たちが、灯雪のことを影で『雪姫』と呼んでいることは、本人のあずかり知らぬところであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...