天使の慈悲 〜家族みんなで転生しました〜

きぬた

文字の大きさ
16 / 29
第2章 異世界(トゥートゥート)

02. そういう意味じゃない

しおりを挟む
 「わっ!!!」

 という淑女らしからぬ叫びで目覚めた俺は、夢の中で刺された胸のあたりをネグリジェの上からギュッと握る。
 額には嫌な汗が滲んでいた。

 「これが灯雪トモユキとしての最後の記憶・・・。」

 指先に感じるドクドクと脈打つ鼓動に、間違いなく生きている事を認識してホッと息をこぼす。
 初めの激痛、朦朧とした意識、脈が弱くなり身体が冷え呼吸が僅かになるまで、自分が死んでいく過程をリアルに感じた。

 「恐ぇ・・・」

 ついつい前世の喋り方が出てしまう。
 あの時の自分は無我夢中だったけれど、冷静に考えるとよくあんなことが出来たなと思う。
 人間って追い詰められると何するか分からんな。
 良くも悪くも。
 正直こんな生々しい夢を見るのも、もう勘弁して欲しい。
 そう回想に耽っていると、廊下から怒涛のごとく足音が近付く。

 「スノウっ!!!!」

 ドアを蹴破る勢いで入って来たのは俺の家族だ。
 父、母、兄の3人が、遠慮なしにベッドに乗り上げ俺を取り囲む。

 「スノウ、大丈夫か!?お前の悲鳴が聞こえたっ。何があった!」

 そう言って俺の頬を両手で包み込むのは、父親のレッドモア公爵であるデイモン。

 「あ・・・ちょっと怖い夢を見て、思わず声が出たみたい。」
 「まぁ、可哀想に!もう怖くないわよ。お母様が側にいるわ。」

 と言って俺を思いきり胸に抱きしめるのは、母親のレッドモア公爵夫人であるメラニー。

 「余程酷い夢を見たんだな。すごい寝汗だ。今夜は私が一緒に寝てあげよう。」

 心底心配そうに顔を覗き込んで、額に張り付いたほつれ毛を指で整えるのは、兄である長男のブラッド。

 「あ、ありがとう、ブラッド。でもすっかり落ち着いたからもう大丈夫。お父様もお母様も、こんな時間に起こしてしまってごめんなさい。」
 「気にするな。お前の顔を見られて安心した。」
 「そうよ、何かあったらいつでも呼ぶのよ。」
 「本当に一緒にいなくて大丈夫なのか?1人で怖くはないか?」

 3人が3人とも、まるで幼子をあやす様な態度で接してくる。
 だが俺は今14歳で、もうすぐ15歳になるという年齢だ。
 この世界の成人は16歳、その歳になれば結婚だってできる。
 こうなると家族の異常な過保護っぷりに、前世との既視感を否応なく感じてしまう。

 「大丈夫。正直もうそんなに覚えていないの。だから怖くないわ。」

 散々ごねる家族をなんとかなだめると、不承不承ながらも部屋を後にしてくれた。
 ここでハッキリと拒絶しておかないと、マジで3人ともベットの中に入ってくる。
 1人で寝るにはゆとりのあるサイズだが、4人で寝ると流石に狭い。
 この部屋じゃゆっくり寝れないと思うんだが、やたらと一緒に居たがる。

 「相変わらず、強烈だね。スノウの家族は。」

 ちゃっかりベッドの下へ避難していたらしい、チャタもといプン太が顔を出す。
 そう、プン太も転生(・・・と言えるのだろうか?)したのである。
 実はプン太、フロラが使わした聖獸なんだとか。
 どうりでスイーツしか食べなかったし、そのくせ平均寿命を過ぎてもピンピンしていた。
 犬にしては変な生き物だと思っていたんだ。
 なんでも地上にいる俺を手助けするため側にいる事を命令されたらしい。
 でも正直助けてもらった覚えがないんだか。
 それを言ったら、フロラにも役立たずと罵られ、転生前に地獄の様な特訓を受けたそうだ。
 おかげで人の言葉も習得できたんだとさ。
 転生ごとにレベルアップするのなら、今に二足歩行で歩き出したりナイフとフォークで食事したりするのだろうか?
 それはそれで、見てみたい。

 「そんなに叫んだわけでもないのに、なんであんなに反応が早いのかしら・・・。」

 閉められた扉を見ながら疑問に思う。
 この建物はさすが貴族の屋敷というだけあって、かなり重厚にできている。
 壁も扉も分厚い。
 ちょっと驚いただけでは、各々部屋で眠っている人を起こすほどの騒音はしないと思うのだが。
 今の世界には、盗聴器やカメラといった類もない。

 「あの感じだと、日本の家族がそのまま転生したと思うのだけど、そんな話、神様からは聞いてないし。」
 「うん、僕も聞いてない。でもあの気絶するくらい禍々しい魂の色は、間違いなく前世のお父さんとお母さんと幸希コウキくんだね。」

 気絶する程禍々しい色とはどういう物なのだろうか。
 あまり見たいとは思わんが。
 幸希は何故か俺の兄として転生していた。
 みんな俺よりだいぶ後に死んだと思うんだが、どうやら転生する順番はそういう事とは関係ないらしい。

 「その辺の事は、超下っ端の僕にはほとんどわからないよ。それより、夢を見たんでしょ?灯雪くんの最後の記憶を。」

 前世のプン太より、若干毛足が長くなっただけでほとんど似た様な容姿のチャタ。
 ベッドに前足を引っ掛けて、真剣な表情で聞いてくるチャタを抱え上げ、隣に降ろす。
 真っ平らな顔面と、真っ白な毛、短足寸胴の小型犬もどきは相変わらずだ。

 「ええ。これで前世の記憶は全て見たことになるのよね?」

 転生してから毎日、夢の中で前世の自分を見ていた。
 その記憶は今世の自分の過ごした時間と連動していて、自分のとった歳の分までしか見る事はできなかった。
 1歳の時は1歳の記憶まで、5歳の時は5歳の記憶まで。
 徹夜でもしない限り、ほとんど毎日夢を見ているので、だいたいその日1日分の前世を、同じ様な時間軸で見ていた。
 そのせいか、幼い頃見たはずの夢は結構忘れている。

 「今日は灯雪の命日だったのね。」

 汗に濡れたネグリジェを着替えようと、ベッドから立ち上がった。
 クローゼットの前に置いてある姿見に映る自分は、少女の姿をしている。

 「今日一日どこか元気が無かったのはそのせい?」
 「・・・・。」

 悲しげに俯くチャタを見ると、なんとも言えない複雑な気持ちになる。
 前世の灯雪と、今世のスノウは自分の中では、ひとつながりに存在していた。
 すごく大雑把に言うのなら、日本で生まれ育った人間が海外に移住して、また新しくその文化や慣習に合わせて生きている様な、そんな感覚か。
 だからどうしても、頭で考えている事や、思いがけず咄嗟に出てしまう言葉には灯雪だった時の影響が色濃く出てしまう。

 「ねぇ、お父様達が前世の記憶を持ってるって事はないわよね?今日が命日だったから、私の事が心配で警戒していたとか。」
 「それはないよ。前世の記憶があるってのはだいぶ特殊な事例なんだ。普通の人間には、まずあり得ない。そもそもスノウの一挙手一投足に眼を配っているのは、君の家族の通常運転だと思うけど。」
 「うん・・・、まぁ・・そうよね。」

 一瞬遠い目をしてしまう。
 生まれ変わった家族の過保護っぷりは更に拍車がかかっていた。
 家族も転生していると気付いた時には流石に驚いたが、チャタの話によると転生自体は頻繁に行われるものらしい。
 なんでも魂の数には限りがあるとかで、新しく生み出される事もほとんど無いそうだ。
 そのため同じ魂が何度も違う時代や世界で、全く別の生を与えられ生きるとか。
 流石に同じ家族に転生するのは珍しいらしいけど。
 
 「でもまさか女性に転生するなんて・・・。」

 鏡に映る自分を見ながら不思議に思う。
 別に自分の性別に違和感があるわけではないけど、なんとなく男として転生するのだと思い込んでいた。
 腰まで伸びた緩やかなウェーブの赤毛に、ラベンダー色の瞳。
 日焼けしない白い肌や、これといって特徴のない目鼻立ちは、どことなく前世の面影を残している。
 もちろん全体的に女性らしいシルエットをしているが。

 「神様は灯雪くんの希望だって言ってたよ。覚えてない?」
 「私の?そんな事望んだ覚えは・・・。」

 ふと思う。
 さっき見た夢で、俺は最後まで女性のおっぱいを触りたいと思っていた・・・。
 死の間際だってのに、思春期男子の考える事はろくでもない。
 自分のスノウとして生きてきた半生が灯雪を馬鹿にする。

 「まさかそれで女性に?」

 確か、天界で朦朧とする俺に、神様はいくつかの加護を授けると言っていた気がする。
 これがその内のひとつなのだろうか?
 俺の胸には立派なおっぱいが付いていた。
 晶馬(ショウマ)の姉ちゃん程の爆乳ではないが、それなりにはあると思う。
 そっとその膨らみに触れてみる。

 「・・・・。」
 
 当たり前だ。
 生まれた時から付き合っている体なんだ、なんとも思わない。
 自分の体の一部で興奮する様な特殊な趣味なんて俺は持ち合わせていない。
 どうすればこうなるんだ・・・。
 こんな事に加護を使うとか無駄すぎるだろ。
 もはや嫌がらせとしか思えない。
 ・・・やっぱりあいつは信用できねぇ。
 そう再認識した俺は、乾いた溜息をひとつ零すと、とっとと着替えて二度寝を貪ることにする。
 隣でチャタが「いい神経してるね。」と呆れた様に言っていたが、その時にはもう半分眠りかけていた。
 せっかく今日から、前世の夢を見なくていいんだ。
 ゆっくり寝よう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...