10 / 36
10話:取引の対価
しおりを挟む
「さあ、茶は私が淹れるから、君達は座っていると良い」
ベートの家でありながら、まるで自分の家であるようにふてぶてしく、ルンペルは湯を沸かし茶器を並べ始めた。この家の主である当のベートは、自分の隣に座っているヴィンスの様子を伺い案じている。あまりに無警戒な様子に、小さくヴィンスは肘で小突くと小声で囁いた。
「おい、好き放題にさせておいて良いのか?」
「ルンペルが此処に来る時は、俺よりも自分の方が上手だからって、淹れてるから」
「お前――ルンペルと取引したのか?」
「うん、パンや野菜とか、日常に必要なものを動物の毛皮だったり、植物や鉱石と取引してる」
ルンペルの『取引』が、物々交換のみを意味していない事を初めて知ったのか。ベートは包帯に包まれた右腕を、落ち着かない様子でしきりに撫でている。この包帯の下に包まれている獣の腕をルンペルに知られてしまえば、ベートの身もまた『商品』として彼に目を付けられる事になるかもしれない。
少しでも落ち着かせようと、ヴィンスはベートの太腿をそっと撫でて顔を見つめた。
「私が支払うべきものは、もう払った。だから少しは落ち着け」
「……うん」
「おいおい。君達を取って食う訳じゃないんだし、そんなに警戒しないでくれよ」
警戒と不審さえもルンペルにとっては道楽であるのか、実に楽し気に鼻歌を歌いながら優雅にお茶をベートとヴィンスの前に置き、真向かいに座って足を組んだ。
「さて。君が知りたいのは私の国の知識と言ったが、文学、経済学、哲学。どの分野から話そうか」
「お前の国には――私の様に、この国で『悪魔憑き』と呼ばれる症状を持つ男は居るのか?」
問いたいことを黙って吟味した後、ヴィンスは最も知りたい問を、ルンペルに向かって問いかけた。涼し気で優雅な仕草で紅茶を飲むと、一度だけ瞼を閉じると暗褐色の瞳がヴィンスのニガヨモギ色の瞳をじっと見つめた。
「そうだね……『悪魔憑き』を自身が漂わせている香りで周囲の男の欲情を煽り、交配へと至り子を成す事の出来る男、だと言うのなら居るよ」
「お前の国では……そうした男は『悪魔憑き』と呼ばれ、処刑や投獄の目に合う事は無いのか?」
「何故彼らの香りは我々の理性を狂わせるのか。男の身体を持ちながら、何故子を成し遂げられるのか。君の国で言われる『悪魔憑き』達の容姿以上に、彼らの生態は魅力的だ。勿論、痴情の縺れなんかは起きやすいから、巻き込まれたくなくて忌避される傾向はあるが、医者や学者連中なんかはこぞって調べたりもしてるね」
「……」
ルンペルの回答に、ヴィンスは口元を手で抑えた。
「く……」
『悪魔憑き』を忌む事なく係わろうとする人間が居る。自分のように、『悪魔憑き』の仕組みを解き明かそうとする人間が居る。何故、この国ではそんな動きが起きていなかった。何故、父の周りにはそんな相手がいなかった。そんな相手がもしも居れば。この国が、ルンペルの国のようであれば。共に、この国で暮らす事さえなかったならば。父は火あぶりになって死ぬことはなかっただろうに。
父の死は、もうとうに過ぎ去った事だ。それでも新しい知識を得る度に、もっと早くこれを知れば、父を救えたかもしれない。そんな『たられば』をどうしても考え、未だ父が己の胸に深々と突き刺さっている事を思い知らされる。
静かに身を戦慄かせているヴィンスが落ち着くまで、ルンペルはじっと静かに見つめながら待っていた。
「お前の国では……悪魔憑きは、告発により特定しているのか?」
「まさか!! そんな事で白黒つけたら、商売敵を嵌める為なんかに使われて、あらゆる場面で足を引っ張り合うことになるだろう。第一、人の口程に信用できないものはない。だから特定には別の方法を使う」
「別の方法とは、どうやって……」
「それより前に、今私達の国で男女の性の他に、新たな性別の区分けを定義づけようって動きがあるんだけど、そっちにについて語っていいかい? 知っておいた方が、より理解もできるだろう」
「ああ。頼む」
「まず、昔は私の国も、男女二つしか性はないものと考えていた。だが、女性しかいないはずの後宮で子を孕ませる女性が現れた事例や、逆に男しか居ない環境下で男が孕むという事例があってね。これは我々がまだ気づかなかっただけで、実は男女以外にも性別はあるんじゃないかっていう疑問があがって、仮説として男女以外にもう一つ、異なる性別をあてはめた」
「それは何だ?」
「まず身体的に非常に優れているα、次に一般的な身体能力のβ、最後に相手を誘う美しい容姿と、劣情を刺激する香りを放つことで繁殖を求める身体を持つΩ。現在私の国では、この3つの性が新たな性の区分けとなるか、審議と研究が進んでいる」
「ではお前の国で……悪魔憑きの私は、Ωという事か?」
「機械的でお気に召さないかい?」
その問いかけに、ヴィンスは黙ってカップを手に取ると、中に注がれている琥珀色の紅茶を飲んだ。屋敷で口にしたものよりも香り高く、コクのある味わいは、胸の中の動揺を落ち着かせてくれた。
「『悪魔憑き』と呼ばれるよりは、余程に良い。3つの性の特定について、お前の国では教えてくれ」
「αやβの特定は、残念ながらほとんど進んでいないな。繁殖能力か才覚ぐらいでしか測れないから、その人の素養なのか性差なのか。どうしても曖昧になってしまう。反対に、Ωの特定は比較的用意だ」
「その方法は?」
ヴィンスに問われ、ルンペルはテーブルを指で軽くノックをしながら口を開いた。
「まずは、項の辺りから漂う香りでだいたいの目星をつける。そのうえで腰を触診して骨盤の位置を確かめたり、内臓や排泄孔の位置や具合を確かめて特定をすることが一般的だな」
「っ……」
ルンペルの指摘にヴィンスは、先程彼が自分の身体を弄った時の感覚を思い出し、顔色を朱色に染めて押し黙る。性別を特定したいのであれば、そう言ってくれればあそこまで羞恥を覚える事はなかった。もっとも、ルンペルの方は凌辱されると誤解して苦しみ戸惑う自分の顔が見たいが故に、あえて誤解されるように振る舞ったのかもしれないが。
「ヴィンス、確かめさせてもらった結果だが、君の身体は典型的なΩだね。骨盤の配置は女性に近いし、排泄孔は会陰の部分にある。男のΩによく見られる特徴だ」
ルンペルの言葉にヴィンスの頭から羞恥が冷えて、カップを置く仕草を静かに監察した。ルンペルは、自分をΩだと目星を付けた上で確かめるべく、あの取引を行った。どうして、ルンペルは自国の知識の対価に、己の身体を『確かめる』ことを要求したのか。その意味を考えたヴィンスはカップを机に置き、暗褐色の瞳をルンペルに向けた。
「Ωの需要は研究対象だけじゃないだろう。ざっと思いつくのは妾か性奴隷か娼婦送りだが、どれに私を売り飛ばすつもりでいた」
「!! ルンペル!!」
ヴィンスの質問に、ベートは立ち上がり銀の髪を逆立て唸り声を上げた。ベートの殺意は、隣にいる自分でさえも震えてしまうほどに鋭く激しい。だが、それを真っすぐ向けられているルンペルは、ニヤニヤと意地悪く頬を緩めながら紅茶を優雅な仕草で飲んでいる。
「確かに君はとても美しい。市場に出せば、高値で売れることも否定はしない。だがまあ、君を売り飛ばすつもりは無いから、安心してくれ」
「信じられんな」
「それは酷い。有象無象に君を売るくらいなら、私が手元で愛でていたいくらいには、君の事は気に入っているのになあ」
「ハ、お前にだけは気に入られたくないな」
「おやおや、随分嫌われてしまった」
大きく肩を竦めた後、ルンペルは顔に貼り付けていた道化のような笑みを止めた。底の知れない暗褐色の瞳は、言葉を奪うには充分すぎる力を持ち、威圧感さえ抱かせる。黙っているヴィンスをじっと見つめると、ルンペルは少しだけ身を乗り出した。
「私は顔は広いが、ただの一商人に過ぎない。君が自身の事を解き明かしたいと思うなら、又聞きの知識を仕入れるんじゃなくて、私の国で本格的に学んだ方が良いんじゃないか?」
「今度は、何を対価に要求するつもりだ」
暗褐色の瞳から目を外さずに、ルンペルへとヴィンスは問いかけた。警戒と不信を隠そうとしない態度を受けて尚、ルンペルは楽しげに喉を鳴らして手を叩いた。
「はは、確かに慈善目的じゃない事は認めるよ。だが君も知っているとおり、他国の文化や知識と言うものはとても希少で物珍しい。だからこそ君を私の国に持ち込むだけでも、充分私にとっては益がある」
「別の国に……行けるのか?」
大人しくヴィンスとルンペルのやり取りを聞いていたベートが、不思議そうに声を出した。ベートの問いかけに我が意を得たようにルンペルは片眉を上げ、頬を歪めた。
「色んな事情で私の国に落ち延びて来た奴は居る。だが、野盗やら危険も多いし、その後の生活でも何かと不便ではあるから、オススメはしない」
「……」
此処を離れるという事すら思い至らなかったのか、ベートの金色の瞳が未知への好奇心で輝いている。隣のヴィンスもまた、この国で生きる限り、二度とは無いチャンスに冷静ではいられない。
だが、それ以上にヴィンスは自分の足元がツタが絡み覆うような重苦しさを感じていた。確かにルンペルは信用ができない人間だ。彼が信用できないのなら、それこそ単独で彼の国に行く手段も充分考慮の価値はある。第一、父を殺した迷信が染み付いたこの国を、自分は嫌っている。思い入れなんて、無いはずだ。
なのに、どうして。その申し出に手を伸ばそうとしないのだ。
小さく喉を上下しながら黙るヴィンスに対し、ルンペルはカップの中の茶を飲み干すと立ち上がった。
「暮らし難かろうとも、住み慣れた場所を離れる事に抵抗感を覚える気持ちは分かるつもりだ。まだ暫く、私は此処で取引の為に滞在している。出発する日になったらまた此処に来るから、どうするかじっくり考えてごらん」
優雅な仕草で一礼をすると、ルンペルは立去った。
ベートの家でありながら、まるで自分の家であるようにふてぶてしく、ルンペルは湯を沸かし茶器を並べ始めた。この家の主である当のベートは、自分の隣に座っているヴィンスの様子を伺い案じている。あまりに無警戒な様子に、小さくヴィンスは肘で小突くと小声で囁いた。
「おい、好き放題にさせておいて良いのか?」
「ルンペルが此処に来る時は、俺よりも自分の方が上手だからって、淹れてるから」
「お前――ルンペルと取引したのか?」
「うん、パンや野菜とか、日常に必要なものを動物の毛皮だったり、植物や鉱石と取引してる」
ルンペルの『取引』が、物々交換のみを意味していない事を初めて知ったのか。ベートは包帯に包まれた右腕を、落ち着かない様子でしきりに撫でている。この包帯の下に包まれている獣の腕をルンペルに知られてしまえば、ベートの身もまた『商品』として彼に目を付けられる事になるかもしれない。
少しでも落ち着かせようと、ヴィンスはベートの太腿をそっと撫でて顔を見つめた。
「私が支払うべきものは、もう払った。だから少しは落ち着け」
「……うん」
「おいおい。君達を取って食う訳じゃないんだし、そんなに警戒しないでくれよ」
警戒と不審さえもルンペルにとっては道楽であるのか、実に楽し気に鼻歌を歌いながら優雅にお茶をベートとヴィンスの前に置き、真向かいに座って足を組んだ。
「さて。君が知りたいのは私の国の知識と言ったが、文学、経済学、哲学。どの分野から話そうか」
「お前の国には――私の様に、この国で『悪魔憑き』と呼ばれる症状を持つ男は居るのか?」
問いたいことを黙って吟味した後、ヴィンスは最も知りたい問を、ルンペルに向かって問いかけた。涼し気で優雅な仕草で紅茶を飲むと、一度だけ瞼を閉じると暗褐色の瞳がヴィンスのニガヨモギ色の瞳をじっと見つめた。
「そうだね……『悪魔憑き』を自身が漂わせている香りで周囲の男の欲情を煽り、交配へと至り子を成す事の出来る男、だと言うのなら居るよ」
「お前の国では……そうした男は『悪魔憑き』と呼ばれ、処刑や投獄の目に合う事は無いのか?」
「何故彼らの香りは我々の理性を狂わせるのか。男の身体を持ちながら、何故子を成し遂げられるのか。君の国で言われる『悪魔憑き』達の容姿以上に、彼らの生態は魅力的だ。勿論、痴情の縺れなんかは起きやすいから、巻き込まれたくなくて忌避される傾向はあるが、医者や学者連中なんかはこぞって調べたりもしてるね」
「……」
ルンペルの回答に、ヴィンスは口元を手で抑えた。
「く……」
『悪魔憑き』を忌む事なく係わろうとする人間が居る。自分のように、『悪魔憑き』の仕組みを解き明かそうとする人間が居る。何故、この国ではそんな動きが起きていなかった。何故、父の周りにはそんな相手がいなかった。そんな相手がもしも居れば。この国が、ルンペルの国のようであれば。共に、この国で暮らす事さえなかったならば。父は火あぶりになって死ぬことはなかっただろうに。
父の死は、もうとうに過ぎ去った事だ。それでも新しい知識を得る度に、もっと早くこれを知れば、父を救えたかもしれない。そんな『たられば』をどうしても考え、未だ父が己の胸に深々と突き刺さっている事を思い知らされる。
静かに身を戦慄かせているヴィンスが落ち着くまで、ルンペルはじっと静かに見つめながら待っていた。
「お前の国では……悪魔憑きは、告発により特定しているのか?」
「まさか!! そんな事で白黒つけたら、商売敵を嵌める為なんかに使われて、あらゆる場面で足を引っ張り合うことになるだろう。第一、人の口程に信用できないものはない。だから特定には別の方法を使う」
「別の方法とは、どうやって……」
「それより前に、今私達の国で男女の性の他に、新たな性別の区分けを定義づけようって動きがあるんだけど、そっちにについて語っていいかい? 知っておいた方が、より理解もできるだろう」
「ああ。頼む」
「まず、昔は私の国も、男女二つしか性はないものと考えていた。だが、女性しかいないはずの後宮で子を孕ませる女性が現れた事例や、逆に男しか居ない環境下で男が孕むという事例があってね。これは我々がまだ気づかなかっただけで、実は男女以外にも性別はあるんじゃないかっていう疑問があがって、仮説として男女以外にもう一つ、異なる性別をあてはめた」
「それは何だ?」
「まず身体的に非常に優れているα、次に一般的な身体能力のβ、最後に相手を誘う美しい容姿と、劣情を刺激する香りを放つことで繁殖を求める身体を持つΩ。現在私の国では、この3つの性が新たな性の区分けとなるか、審議と研究が進んでいる」
「ではお前の国で……悪魔憑きの私は、Ωという事か?」
「機械的でお気に召さないかい?」
その問いかけに、ヴィンスは黙ってカップを手に取ると、中に注がれている琥珀色の紅茶を飲んだ。屋敷で口にしたものよりも香り高く、コクのある味わいは、胸の中の動揺を落ち着かせてくれた。
「『悪魔憑き』と呼ばれるよりは、余程に良い。3つの性の特定について、お前の国では教えてくれ」
「αやβの特定は、残念ながらほとんど進んでいないな。繁殖能力か才覚ぐらいでしか測れないから、その人の素養なのか性差なのか。どうしても曖昧になってしまう。反対に、Ωの特定は比較的用意だ」
「その方法は?」
ヴィンスに問われ、ルンペルはテーブルを指で軽くノックをしながら口を開いた。
「まずは、項の辺りから漂う香りでだいたいの目星をつける。そのうえで腰を触診して骨盤の位置を確かめたり、内臓や排泄孔の位置や具合を確かめて特定をすることが一般的だな」
「っ……」
ルンペルの指摘にヴィンスは、先程彼が自分の身体を弄った時の感覚を思い出し、顔色を朱色に染めて押し黙る。性別を特定したいのであれば、そう言ってくれればあそこまで羞恥を覚える事はなかった。もっとも、ルンペルの方は凌辱されると誤解して苦しみ戸惑う自分の顔が見たいが故に、あえて誤解されるように振る舞ったのかもしれないが。
「ヴィンス、確かめさせてもらった結果だが、君の身体は典型的なΩだね。骨盤の配置は女性に近いし、排泄孔は会陰の部分にある。男のΩによく見られる特徴だ」
ルンペルの言葉にヴィンスの頭から羞恥が冷えて、カップを置く仕草を静かに監察した。ルンペルは、自分をΩだと目星を付けた上で確かめるべく、あの取引を行った。どうして、ルンペルは自国の知識の対価に、己の身体を『確かめる』ことを要求したのか。その意味を考えたヴィンスはカップを机に置き、暗褐色の瞳をルンペルに向けた。
「Ωの需要は研究対象だけじゃないだろう。ざっと思いつくのは妾か性奴隷か娼婦送りだが、どれに私を売り飛ばすつもりでいた」
「!! ルンペル!!」
ヴィンスの質問に、ベートは立ち上がり銀の髪を逆立て唸り声を上げた。ベートの殺意は、隣にいる自分でさえも震えてしまうほどに鋭く激しい。だが、それを真っすぐ向けられているルンペルは、ニヤニヤと意地悪く頬を緩めながら紅茶を優雅な仕草で飲んでいる。
「確かに君はとても美しい。市場に出せば、高値で売れることも否定はしない。だがまあ、君を売り飛ばすつもりは無いから、安心してくれ」
「信じられんな」
「それは酷い。有象無象に君を売るくらいなら、私が手元で愛でていたいくらいには、君の事は気に入っているのになあ」
「ハ、お前にだけは気に入られたくないな」
「おやおや、随分嫌われてしまった」
大きく肩を竦めた後、ルンペルは顔に貼り付けていた道化のような笑みを止めた。底の知れない暗褐色の瞳は、言葉を奪うには充分すぎる力を持ち、威圧感さえ抱かせる。黙っているヴィンスをじっと見つめると、ルンペルは少しだけ身を乗り出した。
「私は顔は広いが、ただの一商人に過ぎない。君が自身の事を解き明かしたいと思うなら、又聞きの知識を仕入れるんじゃなくて、私の国で本格的に学んだ方が良いんじゃないか?」
「今度は、何を対価に要求するつもりだ」
暗褐色の瞳から目を外さずに、ルンペルへとヴィンスは問いかけた。警戒と不信を隠そうとしない態度を受けて尚、ルンペルは楽しげに喉を鳴らして手を叩いた。
「はは、確かに慈善目的じゃない事は認めるよ。だが君も知っているとおり、他国の文化や知識と言うものはとても希少で物珍しい。だからこそ君を私の国に持ち込むだけでも、充分私にとっては益がある」
「別の国に……行けるのか?」
大人しくヴィンスとルンペルのやり取りを聞いていたベートが、不思議そうに声を出した。ベートの問いかけに我が意を得たようにルンペルは片眉を上げ、頬を歪めた。
「色んな事情で私の国に落ち延びて来た奴は居る。だが、野盗やら危険も多いし、その後の生活でも何かと不便ではあるから、オススメはしない」
「……」
此処を離れるという事すら思い至らなかったのか、ベートの金色の瞳が未知への好奇心で輝いている。隣のヴィンスもまた、この国で生きる限り、二度とは無いチャンスに冷静ではいられない。
だが、それ以上にヴィンスは自分の足元がツタが絡み覆うような重苦しさを感じていた。確かにルンペルは信用ができない人間だ。彼が信用できないのなら、それこそ単独で彼の国に行く手段も充分考慮の価値はある。第一、父を殺した迷信が染み付いたこの国を、自分は嫌っている。思い入れなんて、無いはずだ。
なのに、どうして。その申し出に手を伸ばそうとしないのだ。
小さく喉を上下しながら黙るヴィンスに対し、ルンペルはカップの中の茶を飲み干すと立ち上がった。
「暮らし難かろうとも、住み慣れた場所を離れる事に抵抗感を覚える気持ちは分かるつもりだ。まだ暫く、私は此処で取引の為に滞在している。出発する日になったらまた此処に来るから、どうするかじっくり考えてごらん」
優雅な仕草で一礼をすると、ルンペルは立去った。
10
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる