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第1話【鷹海にはゾンビがいる】
#1
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2034年 7月。
日本・関東エリア、鷹海市。
海岸に程近い小洒落た町に、今日も潮風が吹いている。 魚市場や海上に造られたテーマパークには多くの人が集まる。円形の展望フロアのあるタワーが目印。都市開発が進み、独特の雰囲気を持つこの町に足を運ぶ観光客も増えてきた。
綾小路メロは自転車に乗って颯爽と坂道を下る。デリバリー業務を終え、自宅兼アルバイト先の喫茶店に向かうところだ。
所々傷のある、古臭い白のヘルメットの下から茶髪がちらりと覗く。髑髏がプリントされたネイビーのTシャツに、穴の空いたジーンズを履くのがいつものスタイル。履き古した赤いスニーカーはボロボロだ。
とても喫茶店の従業員には見えない風貌だが、服装については何やかんやで許してもらっている。
研究員だった父親と、茶屋の娘だった母親のもとに生まれた少年は、今月19歳を迎えた。 両親の馴れ初めも、風変わりな名前の由来もメロは知らない。母親はメロが生まれた1年後に事故で命を落とした。父親も幼いメロを残して母親の後を追った。
残されたメロを引き取ったのは母方の叔母。この19年、叔母はメロを実の息子のように育ててくれた。毎日店に顔を出す客らもメロの良き遊び相手、そして人生の師になった。
高校卒業後、メロは喫茶店で働きたいと叔母に申し出た。恩返しがしたかったし、何より叔母や常連客と過ごす時間が幸せだった。
喫茶店は魚市場が並ぶエリアの一角にある。緩やかな坂を下ると魚市場が見えてくる。目的地はもうすぐそこだ。真っ直ぐ自転車を走らせるが、途中でブレーキをかけた。
横断歩道を、花柄のTシャツを着た老婆が渡るところだ。楕円形に膨らんだ大きなエコバッグ。持ち手が細い腕に食い込んでいる。痛いのか、信号待ちの間ずっと摩っている。
配達帰りによく見かける老婆だ。名前は知らない。いつも不貞腐れていて、いつも何かに怒っている。そして、いつもゆっくりとこの横断歩道を渡るのだ。
大して長くない歩道だが、この足取りでは渡りきる前に信号が赤に変わってしまう。メロは自転車を脇に停めて老婆に駆け寄った。
「ばあちゃん、手伝うよ」
そう言って老婆の荷物を持とうとすると、「またアンタかい!」と怒鳴られてしまった。
「いつもいつも、しつこいんだよ!」
メロが老婆に怒鳴られるのはいつものことだ。「手伝う」と声をかけると文句で返される。他人の助けを借りるのが嫌らしい。それでも、重い荷物を運んだり、歩道の真ん中で膝を摩っている老婆の辛そうな顔を見ると、メロの体は自然に動いてしまうのだ。
今日はかなりイラついている様子で、老婆は両手で荷物を抱えてメロに投げつける仕草をしてきた。
「ば、婆ちゃん、駄目だよ無理しちゃ」
「うるさい、年寄り扱いしやがって! どっかに行っちまえ!」
「ご、ごめん」
荷物を下ろし、ぶつぶつ悪態をついて歩き去る老婆。心配そうにメロが見つめているのも気づかず歩いていると、向かい側からやって来た男性とぶつかり転倒してしまった。
メロが男性を呼び止めるが、相手は無視してゆっくり歩いてゆく。そうこうしている間に、信号が点滅をはじめた。
このままでは危険だ。メロは老婆を背負い、来た道を引き返した。転んだ際に落とした荷物も回収してダッシュで渡る。老婆が何やら喚いているがそれも無視。信号の下を過ぎたところで、メロ達の背後を車が通っていった。
「大丈夫だった?」
「ちっ、アンタ! どこ見て歩いてんだい!」
メロを無視して老婆が前を歩く男性に怒鳴った。ぶつかって来た男だ。
不思議な点が1つ。メロが老婆を救出して戻ってくるまでの間に、男はほとんど進んでいない。ノロノロと左右に揺れるように歩いているためか。
薄いピンクのポロシャツを着た短髪の男。ベージュの長ズボンは所々汚れている。袖からのぞく細い腕は青白く見えた。歩道の左横にブロック塀が設置されているので、影でそう見えるだけかもしれないが。
男は老婆の声を無視して、ゆったりとしたペースで歩いている。
「アンタに言ってんだよ!」
そんな男に対し、老婆は荷物の中からリンゴを取り出すと、相手の背中目掛けて投げつけた。男との距離はさほど空いておらず、老婆の腕力でもリンゴを男の足に当てることが出来た。
リンゴがぶつかると、男は動きをぴたりと止めた。男はじっとその場に立ったまま、メロ達に背中を向けている。動きを止めただけで無反応なのが不気味だ。
「ばあちゃんにぶつかっただろ」
男に近づいてメロが尋ねるが返答はない。
「なぁ」
肩に手を置くと、男は小さく唸り、首を後ろに曲げてメロを睨んできた。
メロは驚いた。単に男が睨んできたからではない。男の目は真っ白だった。瞳のない白濁した目。その周りは黒く縁取られているかのように変色している。
白い目はメロの後方、顰めっ面をしている老婆にも向けられたような気がした。目の濁りが動いたように見えた。
立ち竦んでいると、男は顔を前方に戻し、その場から歩き去った。先程と同じ、ゆっくりとフラつくような足取りで。
「あんな奴、アンタならボコボコに出来ただろうに!」
文句を言いながら、荷物を持って老婆が立ち上がった。彼女からは男の顔は見えなかったらしい。
歩き去る老婆を背に、メロは男の背中をずっと見つめていた。
「あれが、“鷹海のゾンビ”?」
ここ最近、インターネットを中心に1つの噂が囁かれている。
“鷹海市にはゾンビがいる”
信じがたい話だが、ゾンビを目撃したという証言はいくつかある。ある者は商店街で。またある者はスポーツジムで。
鷹海市の施設であること以外、目撃場所はバラバラ。だが、目撃者達が見たゾンビには共通点があった。
ゆっくりとフラつくような歩調。青白い肌。そして、濁ったように白い目。メロが対峙した男と同じ特徴だ。 メロもこの噂を聞いたことがあったが、面白い都市伝説くらいに受け止めていた。たった今、あの男を見るまでは。
目撃証言にはまだ続きがある。容姿や挙動こそゾンビそのものだが、映画のように他者に噛みつくことはない。ただ歩いていたり、座っていたり、中にはセルフレジで買い物をする者まで。
当然ガセネタもあるだろうが、兎に角どのゾンビも襲ってこないらしい。先程の男も、意図してぶつかったようには見えなかった。
ただ、メロの脳裏にはあの真っ白な目がくっきりと焼き付いている。メロと背後の老婆を見る、濁った白い目。
「本当にいたんだ。……あっ、戻らなきゃ!」
停めてあった自転車に乗り、メロは喫茶店へ急いだ。
日本・関東エリア、鷹海市。
海岸に程近い小洒落た町に、今日も潮風が吹いている。 魚市場や海上に造られたテーマパークには多くの人が集まる。円形の展望フロアのあるタワーが目印。都市開発が進み、独特の雰囲気を持つこの町に足を運ぶ観光客も増えてきた。
綾小路メロは自転車に乗って颯爽と坂道を下る。デリバリー業務を終え、自宅兼アルバイト先の喫茶店に向かうところだ。
所々傷のある、古臭い白のヘルメットの下から茶髪がちらりと覗く。髑髏がプリントされたネイビーのTシャツに、穴の空いたジーンズを履くのがいつものスタイル。履き古した赤いスニーカーはボロボロだ。
とても喫茶店の従業員には見えない風貌だが、服装については何やかんやで許してもらっている。
研究員だった父親と、茶屋の娘だった母親のもとに生まれた少年は、今月19歳を迎えた。 両親の馴れ初めも、風変わりな名前の由来もメロは知らない。母親はメロが生まれた1年後に事故で命を落とした。父親も幼いメロを残して母親の後を追った。
残されたメロを引き取ったのは母方の叔母。この19年、叔母はメロを実の息子のように育ててくれた。毎日店に顔を出す客らもメロの良き遊び相手、そして人生の師になった。
高校卒業後、メロは喫茶店で働きたいと叔母に申し出た。恩返しがしたかったし、何より叔母や常連客と過ごす時間が幸せだった。
喫茶店は魚市場が並ぶエリアの一角にある。緩やかな坂を下ると魚市場が見えてくる。目的地はもうすぐそこだ。真っ直ぐ自転車を走らせるが、途中でブレーキをかけた。
横断歩道を、花柄のTシャツを着た老婆が渡るところだ。楕円形に膨らんだ大きなエコバッグ。持ち手が細い腕に食い込んでいる。痛いのか、信号待ちの間ずっと摩っている。
配達帰りによく見かける老婆だ。名前は知らない。いつも不貞腐れていて、いつも何かに怒っている。そして、いつもゆっくりとこの横断歩道を渡るのだ。
大して長くない歩道だが、この足取りでは渡りきる前に信号が赤に変わってしまう。メロは自転車を脇に停めて老婆に駆け寄った。
「ばあちゃん、手伝うよ」
そう言って老婆の荷物を持とうとすると、「またアンタかい!」と怒鳴られてしまった。
「いつもいつも、しつこいんだよ!」
メロが老婆に怒鳴られるのはいつものことだ。「手伝う」と声をかけると文句で返される。他人の助けを借りるのが嫌らしい。それでも、重い荷物を運んだり、歩道の真ん中で膝を摩っている老婆の辛そうな顔を見ると、メロの体は自然に動いてしまうのだ。
今日はかなりイラついている様子で、老婆は両手で荷物を抱えてメロに投げつける仕草をしてきた。
「ば、婆ちゃん、駄目だよ無理しちゃ」
「うるさい、年寄り扱いしやがって! どっかに行っちまえ!」
「ご、ごめん」
荷物を下ろし、ぶつぶつ悪態をついて歩き去る老婆。心配そうにメロが見つめているのも気づかず歩いていると、向かい側からやって来た男性とぶつかり転倒してしまった。
メロが男性を呼び止めるが、相手は無視してゆっくり歩いてゆく。そうこうしている間に、信号が点滅をはじめた。
このままでは危険だ。メロは老婆を背負い、来た道を引き返した。転んだ際に落とした荷物も回収してダッシュで渡る。老婆が何やら喚いているがそれも無視。信号の下を過ぎたところで、メロ達の背後を車が通っていった。
「大丈夫だった?」
「ちっ、アンタ! どこ見て歩いてんだい!」
メロを無視して老婆が前を歩く男性に怒鳴った。ぶつかって来た男だ。
不思議な点が1つ。メロが老婆を救出して戻ってくるまでの間に、男はほとんど進んでいない。ノロノロと左右に揺れるように歩いているためか。
薄いピンクのポロシャツを着た短髪の男。ベージュの長ズボンは所々汚れている。袖からのぞく細い腕は青白く見えた。歩道の左横にブロック塀が設置されているので、影でそう見えるだけかもしれないが。
男は老婆の声を無視して、ゆったりとしたペースで歩いている。
「アンタに言ってんだよ!」
そんな男に対し、老婆は荷物の中からリンゴを取り出すと、相手の背中目掛けて投げつけた。男との距離はさほど空いておらず、老婆の腕力でもリンゴを男の足に当てることが出来た。
リンゴがぶつかると、男は動きをぴたりと止めた。男はじっとその場に立ったまま、メロ達に背中を向けている。動きを止めただけで無反応なのが不気味だ。
「ばあちゃんにぶつかっただろ」
男に近づいてメロが尋ねるが返答はない。
「なぁ」
肩に手を置くと、男は小さく唸り、首を後ろに曲げてメロを睨んできた。
メロは驚いた。単に男が睨んできたからではない。男の目は真っ白だった。瞳のない白濁した目。その周りは黒く縁取られているかのように変色している。
白い目はメロの後方、顰めっ面をしている老婆にも向けられたような気がした。目の濁りが動いたように見えた。
立ち竦んでいると、男は顔を前方に戻し、その場から歩き去った。先程と同じ、ゆっくりとフラつくような足取りで。
「あんな奴、アンタならボコボコに出来ただろうに!」
文句を言いながら、荷物を持って老婆が立ち上がった。彼女からは男の顔は見えなかったらしい。
歩き去る老婆を背に、メロは男の背中をずっと見つめていた。
「あれが、“鷹海のゾンビ”?」
ここ最近、インターネットを中心に1つの噂が囁かれている。
“鷹海市にはゾンビがいる”
信じがたい話だが、ゾンビを目撃したという証言はいくつかある。ある者は商店街で。またある者はスポーツジムで。
鷹海市の施設であること以外、目撃場所はバラバラ。だが、目撃者達が見たゾンビには共通点があった。
ゆっくりとフラつくような歩調。青白い肌。そして、濁ったように白い目。メロが対峙した男と同じ特徴だ。 メロもこの噂を聞いたことがあったが、面白い都市伝説くらいに受け止めていた。たった今、あの男を見るまでは。
目撃証言にはまだ続きがある。容姿や挙動こそゾンビそのものだが、映画のように他者に噛みつくことはない。ただ歩いていたり、座っていたり、中にはセルフレジで買い物をする者まで。
当然ガセネタもあるだろうが、兎に角どのゾンビも襲ってこないらしい。先程の男も、意図してぶつかったようには見えなかった。
ただ、メロの脳裏にはあの真っ白な目がくっきりと焼き付いている。メロと背後の老婆を見る、濁った白い目。
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