GIGA・BITE

鵤牙之郷

文字の大きさ
2 / 9
第1話【鷹海にはゾンビがいる】

#2

しおりを挟む
 海の香りが漂う道を突き進み、喫茶・北風に到着。店先に自転車を停め、ヘルメットを脱ぐ。押さえられていた短めの茶髪が風に吹かれ、こもっていた熱気が吹き飛ばされた。

 入口から店内に入ると、常連客らが手を挙げて軽く挨拶した。メロもそれに応え、お菓子の陳列された棚とレジの右横、暖簾で仕切られた調理場に入ってゆく。

「はい、遅刻」

 調理場では店主・村井むらいみどりが腕を組んで甥っ子を待っていた。紫色の頭巾とエプロンが今日もよく似合う。そんなお世辞も叔母には通じなかった。

「何だよ、仏像みたいな格好して」
「誰が仏像だよ!」
「そんなに遅刻してないっしょ! まぁ途中で色々あったから5分くらいは……」
「5分? 時計見てごらん! 1時間も経ってるじゃない!」
 翠の言う通り、時刻は15時を回っていた。

「あっ。いや、その、色々あって」


 叔母とともに暮らし、常連客らと日々接する中で、メロは心優しい青年に育った。誰とでもすぐ仲良くなれるし、困っている人がいればすぐ助けに入る。まるで叔母のように。

 ところがこの青年、人助けとなると他の事が目に入らなくなってしまう。
 今日も老婆を助けただけでなく、商品を届けた先で世間話に付き合い、帰り道で知らない少年のために木の上のサッカーボールを取り、これまた全く知らないカップルの喧嘩の仲裁に入り……。
兎に角、散々人助けをして帰って来たのだ。

「田所さんは喋り出すと長いから早々に切り上げてねって言ったでしょ?」
「違うんだよ、あのじいちゃんの話し方が上手いから」
「言い訳にならんわっ! それに何の連絡も無いんだから」
「ごめん! 次は気をつけるからさ」
「次? 次って言った? あんた、今月コレで27回だからね」

「27? そんなに? ってか、何で数えてんだよ」

 溜め息をついて翠がエプロンをメロに渡す。メロはそれ受け取って慌てて身につけた。調理場から出てくると、常連客らがニヤニヤしやがらメロを迎えた。
「今日もガツンと怒られてたな」
「は、はい、困ったもんですよ」
 小声でそう返したつもりだが、
「聞こえてるよ!」
 キッチンから翠の大声が聞こえてメロが驚いた。その姿を見て客席から再び笑いが上がった。

 ほぼ毎日こんなやり取りが調理場から聞こえてくる。常連客にとっては楽しい時間だ。帰るなり説教されて気まずい気分だったが、客の笑顔を見ているとメロも楽しくなる。

 ただ、今日は何かがおかしかった。
 違和感の原因を探ろうと、メロが店内を見回す。
 出入り口の左手の席。灰色のジャンパーを着た中年男性が、椅子に背を預けて腰かけている。何も注文しなかったのか、テーブルにはお冷だけ。そのお冷も中身が減っていない。

 男性は虚ろな表情で天井を見つめている。……黒く縁取られた、真っ白な目で。
 横断歩道で出くわした男が脳裏をよぎる。まさか短期間に2度もゾンビような人物を見かけるとは。

「ボーっとしてんじゃないよ」
 ちょうど翠も店の方に出てきた。
「ねぇ。あの人、大丈夫?」
 小声で翠に尋ねる。メロが腰元で指差す方向を見て、翠も小さく「あぁ」と言った。

「ご近所の真島さん。メロが配達に行ってる時間に、よくここに来てくれるの。でも、いつもは仕事があるからって、もっと早く帰られるのよ。今日はずっとあそこに座ったまんまで、ひと言も喋らないし、何だか顔付きも変なのよね」

「そう、そうなんだよ。なんて言うか、ゾンビみたい……」
 言い終える前に額を叩かれた。

「ははは、ま~た怒られてらぁ」
「まぁこんな時間。翠さん、そろそろお会計」

「あたしも」
「あっ、ごめんなさいね! ほら。くだらないこと言ってないであんたも手伝う!」
 翠に言われるがまま、メロはテーブルに置かれた食器を持ち上げた。

 片付けをする間も、真島という客のことが気になっていた。

 翠の話を聞くに、突然様子が変わったらしい。だとすると先程出くわした男も、少し前までは“いつも通り”だったのだろうか。

 ふと左手の席に目をやると、そこにはもう真島の姿はなかった。

 ゾンビのような特徴を持つ者たち。しかし、横断歩道で出くわした男も、真島という客も、映画やゲームのように襲いかかってくるわけではない。道路を渡っただけ、店に来ただけ。だからこそ、鷹海市の噂話は“面白い都市伝説”止まりなのかもしれない。

 メロも、この町の多くの住民も気付いていなかった。
 この町で少しずつ、何かが変わっていることに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...