最後までして、鳴瀬さん! -甘党編集と金曜22時の恋愛レッスン-

紺原つむぎ

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■本編 (ヒロイン視点)

7.山盛りシュークリームと仕事の話

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「はい……しばらく連載枠に空きがないらしくて。ひとまず増刊号で人気を確実に取りにいこうと、担当さんと話をしていて」

「惜しいっすね……長期連載狙える設定だと思うんだけどなあ」

 琴香自身も残念に思っていることだった。けど、仕方ない。物事にはタイミングというものがある。

 今できる仕事を精一杯こなしていけば、きっとあとから評価がついてくる。そう思って、また走り出そうと気持ちを切り替えたところだ。
 彼のおかげだと思う。満足いくものが描けたということが今は何より嬉しい。

 鳴瀬の指はページを前後して、数十ページの漫画を何度も読み返している。

(鳴瀬さん、私の漫画、本当に好きなんだな……)

 自分の作品にじっと入り込んでいる様子を目の当たりにするのは、漫画家にとって何よりのご褒美ではないだろうか。
 なにかお礼を……と思っても、とりあえずここのお会計を持つくらいしか思いつかない。

「あの、そろそろ食べませんか? 私、なにか取ってきますよ」
「おっと、すみません。お願いします」

 華やかな店内は甘い香りと笑顔の人であふれている。デートらしきカップルや、女性のグループが特に多い。男の人は萎縮するだろうかと気を使ったつもりだったけど、結局鳴瀬もついてきて、宝石箱のようなバイキングテーブルを二人で吟味した。

「先生、このシュークリーム1つ? 2つにします?」

 にぎやかな女子会の声に負けないようにと、こちらに語りかける鳴瀬の距離が近い気がする。
 琴香はそのたびにドキリとしてしまって、癖で眼鏡を押し上げようとして何度も失敗する。

 落ち着け落ち着け、と吸い込んだ空気がお砂糖のように甘い。胸がいっぱいになってしまう。

「ま、迷いますね……チョコシュークリーム1つと、あのいちごシュー1つにしようかな! ありがとうございます」

「俺も先生と同じのにしようっと」

 すれ違った女性が、鳴瀬と琴香をちらりと振り返った。

(あ、変に思われたかな……? 『先生』って、言われ慣れてるから私は違和感ないけど、外で聞くとちょっと気になるものかも)

 さっきの女性は、鳴瀬を見ていたのだろうか。
 混雑する店内をぐるりと見渡しても、やっぱり彼は目を惹く。男性だからというより、単純にかっこいいからだ。
 すらりとしたスタイルもそうだし、力の入りすぎてないこなれた私服姿がおしゃれだ。彼の人の良さそうな雰囲気によく似合っている。

 ……なんというか、ちゃんとしている。

 普段はスーツの似合う社会人で、しっかりした人付き合いができる人なんだろうなと思わせられる。
 琴香のように人前でおどおどしたり、人間関係をわずらわしく思って邪険にしないのだろう。だからこうやって琴香の誘いも断らずに付き合ってくれる。

 そんな人が『先生』と呼ぶ自分。

 ──自分たちって、まわりからはどんな風に見えているんだろう?

 飾り皿の上にこんもり盛りつけられたシュークリームをとりわけ合いながら、琴香は内心ため息をついた。

(これをデートと思うのは、あまりにおこがましい。仕事の一環だってわかってる。接待、とまでは……言わなくてもさ)

 そう思いつつも、琴香はこの時間のために目いっぱいおしゃれをした。
 眼鏡じゃなくてコンタクトをしたのなんていつぶりだろう。柄にもなく髪なんか巻いたし、ピアスもした。アイメイクだってリップだって、カラー絵のヒロインを描くときぐらい丁寧に仕上げた……。

「先生?」

 席に着くなり黙ってしまった琴香を見て、不思議そうに首を傾げて鳴瀬が手を止めた。
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