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■本編 (ヒロイン視点)
10.キャラメルビターな珈琲の香り
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どれくらいそうしていただろう。
(あれ、静か……?)
BGMのプレイリストが一周したころ、ふと気が付けば部屋はしんとしずまりかえっていた。
(鳴瀬さん、は……あ、あれっ!?)
片付けられたダイニングテーブルにノートPCが開けてある。けれどその持ち主は、椅子に座って腕を組んだままぴくりとも動かない。
(寝ちゃってる……?)
どうしよう、と琴香はディスプレイに表示されている時計を確認した。
23時のちょっと前。
まだ終電はあるだろうけど、早めに起こしたほうがいいかもしれない。
「な、鳴瀬さん……?」
安らかな睡眠を妨害するのが忍びなくて、横からそっと声をかけた。
パソコン画面はスクリーンセイバーがきらきらと輝いている。この様子だと、けっこう前から寝ていたのかもしれない。
(そうだよね、週末なのに、わざわざ寄ってくれて……)
いつもぱりっとしているシャツも、心なしかしわが寄っているような気がする。
ネクタイも首元のボタンも緩められていて、こんな気を許した彼を見るのは初めてだ。
(無防備。かわいいなぁ……)
このまま寝かせてあげたいと思うのは、彼への優しさではなく、琴香の願望だ。
朝までここにいてくれたらいいのに、と。
わがままとか、独占欲。そういうほろ苦い感情を琴香だって知っている。いま鳴瀬の寝顔を見て胸を占めるのはきっとそれ。
(……あー、……そうか)
このもやもやって、そういうことか。
(……好きに、なっちゃったかぁ……)
すとんと胸におさまった。
そうか、好きなんだ、と。そりゃ苦しいはずだよね、と。
この数週間のあいだ琴香を支えていたのは、鳴瀬との楽しかった会話とか、どきどきする出来事とか、彼に見られても恥ずかしくないような仕事をしたいとか、そういう気持ちだったように思う。
ジェットコースターみたいに上昇と急降下をする気持ちも、片思いゆえの不安定さにちがいない。
(そうか……手遅れかぁ……はぁ、好き。もうだめだ、気づいちゃったら……やっぱり好き……)
はぁぁぁとため息をついてその場にしゃがみこんだ。
なんだかもう、彼の履いてるスリッパとか靴下すら素敵に見える。頭がふわふわしている。
くすぐったくて、恥ずかしい、決して人に明かせない……秘密の芽吹き。
決め手は何だっただろう。
カフェで励ましてくれたときか、ホテルに付き合ってくれた優しさか……はっきりとはわからないけど、種はずっと前から琴香の中にあったのかもしれない。それこそ、一緒に仕事をしていたときから。
けれど、気持ちは日に日に変化した。信頼のおけるビジネスパートナーから、こんなふうに気を許した時間を過ごしたい相手と思うほどには。
(うう、そうかぁ……好きかぁ……)
好きな人の寝顔を拝める機会なんてもうないかもしれないのに、圧倒的な尊さで直視できない。
それに、この気持ちを外に出すのは──あまりにリスクが高い。
仕事関係者の恋愛感情はトラブルのもと。
鳴瀬にはただでさえ変なお願いで迷惑をかけたのに、それ以上のことを……心まで欲しいなんて要求できない。
玉砕覚悟の告白を、鳴瀬はうまくなかったことにしてくれるかもしれないけど、琴香はきっと引きずる。
なにより、いま、この瞬間、琴香が心を傾けるべきは仕事だ。
ぎゅっと自分の手を握りしめる。
「……ありがとうございました」
(おかげで……恋愛のきらきら感も、ほろ苦さも、思い出せましたよ、鳴瀬さん)
いまはそっとしておかないといけない。
この気持ちも、すやすやと眠る彼も。
そう思って、気分転換の珈琲でもいれようとキッチンに踵を返そうとして。
「……それだけですか?」
腕をつかまれる。琴香はびくりと肩をすくませた。
(あれ、静か……?)
BGMのプレイリストが一周したころ、ふと気が付けば部屋はしんとしずまりかえっていた。
(鳴瀬さん、は……あ、あれっ!?)
片付けられたダイニングテーブルにノートPCが開けてある。けれどその持ち主は、椅子に座って腕を組んだままぴくりとも動かない。
(寝ちゃってる……?)
どうしよう、と琴香はディスプレイに表示されている時計を確認した。
23時のちょっと前。
まだ終電はあるだろうけど、早めに起こしたほうがいいかもしれない。
「な、鳴瀬さん……?」
安らかな睡眠を妨害するのが忍びなくて、横からそっと声をかけた。
パソコン画面はスクリーンセイバーがきらきらと輝いている。この様子だと、けっこう前から寝ていたのかもしれない。
(そうだよね、週末なのに、わざわざ寄ってくれて……)
いつもぱりっとしているシャツも、心なしかしわが寄っているような気がする。
ネクタイも首元のボタンも緩められていて、こんな気を許した彼を見るのは初めてだ。
(無防備。かわいいなぁ……)
このまま寝かせてあげたいと思うのは、彼への優しさではなく、琴香の願望だ。
朝までここにいてくれたらいいのに、と。
わがままとか、独占欲。そういうほろ苦い感情を琴香だって知っている。いま鳴瀬の寝顔を見て胸を占めるのはきっとそれ。
(……あー、……そうか)
このもやもやって、そういうことか。
(……好きに、なっちゃったかぁ……)
すとんと胸におさまった。
そうか、好きなんだ、と。そりゃ苦しいはずだよね、と。
この数週間のあいだ琴香を支えていたのは、鳴瀬との楽しかった会話とか、どきどきする出来事とか、彼に見られても恥ずかしくないような仕事をしたいとか、そういう気持ちだったように思う。
ジェットコースターみたいに上昇と急降下をする気持ちも、片思いゆえの不安定さにちがいない。
(そうか……手遅れかぁ……はぁ、好き。もうだめだ、気づいちゃったら……やっぱり好き……)
はぁぁぁとため息をついてその場にしゃがみこんだ。
なんだかもう、彼の履いてるスリッパとか靴下すら素敵に見える。頭がふわふわしている。
くすぐったくて、恥ずかしい、決して人に明かせない……秘密の芽吹き。
決め手は何だっただろう。
カフェで励ましてくれたときか、ホテルに付き合ってくれた優しさか……はっきりとはわからないけど、種はずっと前から琴香の中にあったのかもしれない。それこそ、一緒に仕事をしていたときから。
けれど、気持ちは日に日に変化した。信頼のおけるビジネスパートナーから、こんなふうに気を許した時間を過ごしたい相手と思うほどには。
(うう、そうかぁ……好きかぁ……)
好きな人の寝顔を拝める機会なんてもうないかもしれないのに、圧倒的な尊さで直視できない。
それに、この気持ちを外に出すのは──あまりにリスクが高い。
仕事関係者の恋愛感情はトラブルのもと。
鳴瀬にはただでさえ変なお願いで迷惑をかけたのに、それ以上のことを……心まで欲しいなんて要求できない。
玉砕覚悟の告白を、鳴瀬はうまくなかったことにしてくれるかもしれないけど、琴香はきっと引きずる。
なにより、いま、この瞬間、琴香が心を傾けるべきは仕事だ。
ぎゅっと自分の手を握りしめる。
「……ありがとうございました」
(おかげで……恋愛のきらきら感も、ほろ苦さも、思い出せましたよ、鳴瀬さん)
いまはそっとしておかないといけない。
この気持ちも、すやすやと眠る彼も。
そう思って、気分転換の珈琲でもいれようとキッチンに踵を返そうとして。
「……それだけですか?」
腕をつかまれる。琴香はびくりと肩をすくませた。
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