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与えられる愛から目をそらしていた私は、ついに
しおりを挟む「キールス……?」
「ごめんね、ローズ。もう少し、優しくするつもりだったんだけど」
ローズの額に貼りついた前髪を払って、顔を覗き込んでくる。
「身体は、大丈夫?」
「だ、大丈夫……たぶん」
気だるさと眠気のせいか思考がはっきりしない。けれど下半身の違和感があの情事が夢ではなかったのだと教えてくれる。
それに、事後のキールスの色香といったら。
囁きはうっとりするほど甘く、指はローズの髪をつまんではくるくると弄んで、愛おしそうに毛先に口づけている。はっきり言って……目の毒だ。
「い、……いいっ。そういうの、いいから!」
目を逸らそうにも、抱擁のせいで身動きが取れない。視界には男の喉ぼとけ。かたちのよい鎖骨、それから女とは違う胸板。薄いと思っていたおなかの筋肉もすごい。
「ローズ?」
あやうく下の方まで確認してしまうところだった。ぱっと顔を上げたローズは、ぶんぶんと首を振って彼の気をそらした。
「私こそごめん! なんか変だった。別に私、そういう、束縛みたいなのするつもりないから! だから」
唇を引き結ぶ。さんざん恥ずかしい姿を見せたあとで情けないけど、言わなくちゃ。
「だから、……捨てないで。おねがい」
今は顔を見ないでほしい。そう思うのに、目を隠す腕をそっとずらして、彼はまた顔をのぞきこんでくる。
「わかってないなぁ。いや、僕が悪いんだってわかってるよ」
唇同士でちゅっとキスしたあと、キールスはごろんと身体をずらした。大きく伸びをして、天井を見上げて口を開く。
「あのさ。キミは僕の女遊びが……って言うけど、ローズは僕が毎晩何してるか、たぶん知らないと思うよ」
「娼館や酒場に行ってるでしょう」
「そうだけど。でも僕はキミと旅しているあいだ、ほかの誰かと寝たりしてないからね。少なくとも、この一年は絶対に」
そんな言葉にごまかされないぞ、とローズは視線に力を込めた。
「じゃあ、毎晩毎晩、何しに行ってんの? 相当な金額の請求書、私がどんな気持ちで支払ってると思って」
キールスは「それは、ごめん」と視線をそらした。
「ほら、飲ませないと襲われちゃうから、酒代のほうがけっこうね……」
「やっぱそういうことしてるんじゃん!」
「いや、してない。飲んでるだけだって。そういうお店のほうが情報が集まりやすいからさ、どうしても」
「情報ってなに!? 探し人ってだれ。ずっとその人のこと探してるんでしょう?」
「そうだよ、これがなかなか見つからなくて苦労してるんだ」
「運命の人を探しながら私にもちょっかいかけるなんて、最低なんだからね! もういいけど。自覚してよね!」
「ん? 運命って?」
こちらを見返す瞳が妙に澄んでいる。どうして問い詰める側が気まずい思いをしなきゃいけないんだ。
いくぶん勢いをそがれたローズは、「そのままの意味よ」とぶっきらぼうにつぶやいた。
「どこかの娼婦が言ってたもん。キールスは運命の人を探してる、って」
「へぇ。それはその人の思い違いだね。僕がずっと探してるのは、腕のいい医者なんだけど」
「は?」
キールスは目を瞬くローズの顔を覗き込んで、そっと鼻先にキスをした。
「キミの腕と脚を治せる医者をね」
「医、者……?」
ぽかんと繰り返す。
そうだよ、とつぶやいたキールスは、ローズの痩せた右腕をそっと撫でた。
「僕の魔法じゃ無理だったから。医学的な処置ができればあるいは、と思って。昔の仲間に尋ねてみたんだけど、うちの国よりは他国を勧められてさ。外科的な処置が得意な医術者は、戦場近くにいるものだろうって。手術を極めた者なんて、たいていまともなところに住んじゃいない。戦の名残がある街は娼館も栄えてるから、あえて目的地にしがちっていうか」
「そんな……じゃあ、キールスの、旅の、目的って……」
「君はもっと、自由になれると思って」
ローズはしばらく言葉をなくした。
「じゃあ……探し人って、……私のため……?」
目の前の男は相変わらず微笑みをたたえたまま、しどろもどろなローズを見守っている。
「ど、どうして……そんな、私……そこまでしてもらう理由、ないよ……?」
「理由? 理由なんて聞かれると思ってなかった」
キールスは髪をかきあげ、小さくため息をついた。
「伴侶の身体は大事にしたいだろ?」
「はんりょ……?」
「あー、ちょっと待って。僕、ようやく理解した気がする」
どういうこと。ローズは繰り返した。どうして彼がそんな顔をする?
「あの、キールスは……。その、キールスにとって、私って、なに……?」
はぁぁと深いため息。夜色の瞳が、困った様に笑っている。
「キミ、ほんっとうに僕の気持ちをわかってなかったんだね?」
「だ、だって! 毎晩毎晩、いなかったじゃない!」
「だからそれは医者を探して」
「女遊びは」
「誤解だって」
「そ、……そんな……」
理解できたような、受け入れがたいような。
だってずっとずっと、気にしていたのに。まさか自分のために、あのキールスが。
「……じゃあ、私は……今まで何に嫉妬してたのよ。馬ッ鹿みたい……」
「してたんだ? 嫉妬」
「……、…………してたのよ」
「そうか、そうだったのか。ああ、ごめんねローズ」
抱き寄せられて、こめかみにキスされる。
「キミは愛情表現が究極にへったくそなレディなんだと思っていたよ」
「へ、へたくそよ! 悪かったわ!」
「旅慣れてない女の子を連れて旅する意味ってなんだと思ってたの? いっときも離れないためだろうに」
「で、でも……キールスだって、全然そんな感じなかったじゃない……手間のかかる妹とか、そういう扱いだったもの」
「そりゃキミに合わせたからだよ。ベタベタされたくないんだろうと思って。それに僕、出発前に何度も言ったと思うけど。一緒にいたいし、可愛いし、君が欲しいって」
「全体的に軽いのよ! キールスは!」
じわじわと頬が熱くなってくる。そうか、あのときのあれは、彼の本気の告白だったのか。
「ああもう待って、ちょっと一人で整理したい……」
「ダメだよ、きみはどうも悪い方に悪い方に思考が偏る。僕とえらい違いだ」
「ホントにね……」
ぐったりとうつぶせたローズの髪を梳きつつ、キールスは笑ったようだった。
「どれほど心で思っていても、伝わらないと意味がないんだなぁ」
「そう、ね」
「だからこれからは、全力で伝えるようにしないと」
そう言った彼は、きらきら輝く瞳でローズを組み敷いた。
「ほら、やり直そう。今度はきっと、もっとイイから」
「えっ、……ええっ?」
「僕たちはもっと早く、こうすれば良かったんだね」
少し照れた感じに目を細める美貌の魔法使いが、キスと一緒にしみじみと呟きを落とす。初めて見る、彼の照れ顔。
(もっと早く……あなたが欲しいと言っていれば……?)
キールスは受け入れてくれただろうか。けど、きっとローズが納得できなかった。
この旅は、自分の気持ちを確かめるために、必要な時間だったのだ。
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