10 / 13
第一章 行運流水、金花楼の夜
牡丹姐さん 2
しおりを挟む
「え? ええと……何かって? いや、皇子って……?」
はて誰のことだと思考をめぐらせてるうちに、牡丹がそっと身を寄せてきた。触れた腕はひやりとつめたく、髪から甘い香りがする。
「昨晩、あなたがお相手した人よ」
「って、公羊さま?」
「彼はね、遊学中の璟国の皇子様よ」
「う、うそ、でしょう……皇子!?」
「そして、あなたが斬られそうになった付き人のこわぁい方は、護衛の武官さん。あなたったら、本当に何も知らずに夜伽をしたの? かわいそうに、誰も何も教えなかったのね」
困ったように笑う牡丹の横で、あたしは言われたことを飲み込めなくて目を白黒させた。
まだ脳裏にやきついている、公羊の優しげな横顔。穏やかな話しぶりや雅な仕草はきっと正真正銘のお金持ちで、高貴な人のものだと予想はしていたけど。
まさか異国の皇子だったとは。
彼は、あたしの無礼を笑って許すどころか、喜びさえしたのに……璟という国の人間はみんなああなのだろうか。ずいぶん気安い皇族もいたものだ──。
(つまりあたしってば、異国の皇子様と閨をともにしたってこと!? ひえー! まぁ、何も無かったけどさ……)
もし、そうと知っていたら、あたしはどうしただろうか。
なにも変わらなかった気もするし、気後れして正気で居られなかったかもしれない。何せあたしときたら容姿も普通、特技も二胡だけの平凡を絵に描いたような妓女なのに。彼にとっては女の容姿よりよっぽど、故郷をしのぶ一時の癒しの方が重要だったのだろうか。
「公羊様とお付きの武官と、それから遊び人の白陽様はね、ここのところ界隈でちょっとした有名人なのよ。あの三人組はね、『皇帝陛下の何でも屋』なんですって」
「こ、皇帝陛下ぁ?」
またどえらい権力者が出てきた。
青秦国の皇帝は五年前に禅譲で代替わりをしたばかりだ。つまり現皇帝・黒珀様は、戦で弱った国を守るために革命を成功させ即位した、若き英雄なのだった。
そんな皇帝陛下の何でも屋を他国の皇子が引き受けているなんて、一体どんな事情があっての事だろう。にわかに興味をそそられたあたしは卓に身を乗りだした。
「牡丹姐さん、詳しいのね」
「そうね、みんなより耳に入ることが少しばかり多いのよ」
「公羊様は、遊び以外に、何か目的があったってこと?」
蘭の間での思い詰めたような彼の様子から察するに、何か理由があってここに来たんだろうとは思っていた。付き人の異常な警戒といい、いつもはもうちょっとマシな客である白陽が、特に目立って泥酔するあやしさといい。
あれらが全部、目的のための演技だったのだとしたら──。
でも、なんのために。考えてもわからない。
「男衆たちにそれとなく見張らせてたんだが、あの三人組は朝日より早く出て行っちまった。見張りは全員眠らされてたよ。玉蘭、あんたみたいにね」
金梅が紫煙の向こうで頬杖をついて言った。
「眠らされて……?」
「白陽様のお相手をしていた鈴蘭もね、同じ目に合ってるのよ」
(薬……? もしかして、あたしのいれたお茶に? だからあたしは寝てしまって……?)
下っ端の妓女とはいえ作法は身にしみている。お客様がいるのに熟睡してしまったのなんて昨夜が初めてだ。睡眠薬を盛られていたのなら、納得はできる。
(やだ……面白いじゃない)
あたしはニヤつく口元を見られないよう袖の下に隠した。
はて誰のことだと思考をめぐらせてるうちに、牡丹がそっと身を寄せてきた。触れた腕はひやりとつめたく、髪から甘い香りがする。
「昨晩、あなたがお相手した人よ」
「って、公羊さま?」
「彼はね、遊学中の璟国の皇子様よ」
「う、うそ、でしょう……皇子!?」
「そして、あなたが斬られそうになった付き人のこわぁい方は、護衛の武官さん。あなたったら、本当に何も知らずに夜伽をしたの? かわいそうに、誰も何も教えなかったのね」
困ったように笑う牡丹の横で、あたしは言われたことを飲み込めなくて目を白黒させた。
まだ脳裏にやきついている、公羊の優しげな横顔。穏やかな話しぶりや雅な仕草はきっと正真正銘のお金持ちで、高貴な人のものだと予想はしていたけど。
まさか異国の皇子だったとは。
彼は、あたしの無礼を笑って許すどころか、喜びさえしたのに……璟という国の人間はみんなああなのだろうか。ずいぶん気安い皇族もいたものだ──。
(つまりあたしってば、異国の皇子様と閨をともにしたってこと!? ひえー! まぁ、何も無かったけどさ……)
もし、そうと知っていたら、あたしはどうしただろうか。
なにも変わらなかった気もするし、気後れして正気で居られなかったかもしれない。何せあたしときたら容姿も普通、特技も二胡だけの平凡を絵に描いたような妓女なのに。彼にとっては女の容姿よりよっぽど、故郷をしのぶ一時の癒しの方が重要だったのだろうか。
「公羊様とお付きの武官と、それから遊び人の白陽様はね、ここのところ界隈でちょっとした有名人なのよ。あの三人組はね、『皇帝陛下の何でも屋』なんですって」
「こ、皇帝陛下ぁ?」
またどえらい権力者が出てきた。
青秦国の皇帝は五年前に禅譲で代替わりをしたばかりだ。つまり現皇帝・黒珀様は、戦で弱った国を守るために革命を成功させ即位した、若き英雄なのだった。
そんな皇帝陛下の何でも屋を他国の皇子が引き受けているなんて、一体どんな事情があっての事だろう。にわかに興味をそそられたあたしは卓に身を乗りだした。
「牡丹姐さん、詳しいのね」
「そうね、みんなより耳に入ることが少しばかり多いのよ」
「公羊様は、遊び以外に、何か目的があったってこと?」
蘭の間での思い詰めたような彼の様子から察するに、何か理由があってここに来たんだろうとは思っていた。付き人の異常な警戒といい、いつもはもうちょっとマシな客である白陽が、特に目立って泥酔するあやしさといい。
あれらが全部、目的のための演技だったのだとしたら──。
でも、なんのために。考えてもわからない。
「男衆たちにそれとなく見張らせてたんだが、あの三人組は朝日より早く出て行っちまった。見張りは全員眠らされてたよ。玉蘭、あんたみたいにね」
金梅が紫煙の向こうで頬杖をついて言った。
「眠らされて……?」
「白陽様のお相手をしていた鈴蘭もね、同じ目に合ってるのよ」
(薬……? もしかして、あたしのいれたお茶に? だからあたしは寝てしまって……?)
下っ端の妓女とはいえ作法は身にしみている。お客様がいるのに熟睡してしまったのなんて昨夜が初めてだ。睡眠薬を盛られていたのなら、納得はできる。
(やだ……面白いじゃない)
あたしはニヤつく口元を見られないよう袖の下に隠した。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる