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7話 舞踏会 ②
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「…っわたくしは、アル様と踊りたいのです。誕生の日の特権ですわ、踊ってくださいまし」
逃がさないと言わんばかりにエルヴィラがアランの袖を掴む。白く、ほっそりとした令嬢らしい指など軽く払うだけでどうとでも振り切れる。だがアランは、ゆっくりとエルヴィラの指を解いた。不思議なことに招待客の目はヴェヴェルに向かっていて、一切アランとエルヴィラを見ていなかった。そのことに、アランは内心胸を撫で下ろした。
「僕が…ここまで譲歩するのは生涯で最後だ。気が変わらないうちにさっさと行け」
「……っ…いやですわ、何故踊ってくださらないの?」
目線でヴェヴェルを指し示すアランにエルヴィラは眉尻を思い切り下げて言い募る。淑女の誕生の日の特権を他でもない婚約者が断るなど前代未聞、王国史でも社交界史でも聞いたことも見たこともないのだから。
「僕に構わなくていい…もし言い難いのなら僕から、兄上に頼んでやるから」
エルヴィラはアランの言葉をいつも通りの言い逃れるための訳の分からない言い訳と判断した。彼女にとってアランの言葉は本当に意味がわからないのだ。何故、アランに踊って欲しいと頼んでいるのにヴェヴェルに頼んでやるとなるのか。
「もう! 何時もそればかり。わたくしのことが…そんなにも、お嫌ですか…煩わし、く思っていらっしゃる?」
エルヴィラの声量はどんどんと下がっていき、終いには会場に響く人々の声に掻き消えてしまいそうなほどにか細くなる。エルヴィラは少しの間を置いて深く深呼吸をすると、今日の為に仕立て屋にあつらえさせた紺藍のマーメイドラインのドレスに皺が出来るのも気にせずきゅ、と掴んだ。
「…アル様。わたくし、このパーティが終わったらお父様に婚約を解消していただくようお願いするつもりです。ですから、最後のお願いです。わたくしと一曲だけ踊ってくださいまし」
意を決して、口を開いたエルヴィラの言葉にアランはぴくりと体を揺らして反応した。’’婚約”の”解消”という単語が、アランの頭で反芻する。まるで信じられないその言葉にアランは無自覚ながらも、激しい怒りの感情を顔に浮べる。
「解消…? なんのつもりだ。あの日、『想うことは許すがそれ以上は決して許さない』と言ったはずだ。忘れたか?」
喜ぶだろうと思われたアランのそれとは真逆の怒りの表情と言葉にエルヴィラは気圧されて動揺から一歩後ろへ後退する。それを、逃げようとしていると捉えたアランは逃がさないとばかりに今度は自らエルヴィラの手首を捕まえた。
「っ忘れてなんか、いません。で、すから、わたくし…婚約を、アル様のために解消しようと…しているのに」
弱々しく震える声でそう話しながらエルヴィラは自身のものより大きく、骨張った手から逃れようと彼女にとっては全力の力で振り払おうとするがそんな些細な抵抗はアランになんの影響も与えない。逃げられないことを悟ったエルヴィラはその美しい菫色の瞳にみるみる涙を溜めていく。あっという間に決壊したそれにアランはぎょっと目を見開くと、きつく吊り上がった目尻を情けなく垂れ下げた。
「! え、エル。僕が言いすぎた、つい辛い言い方を…ああ、泣き止んでくれ」
泣き出す婚約者に狼狽し、思わずアランがエルヴィラの手を離すと彼女は泣き顔を見られたくないのか顔を背け、走り出そうとする。常の大きく膨らんだ重量のあるドレスならば走るなどということは出来るはずがないが、今日のエルヴィラのドレスは流行し始めたばかりのマーメイドラインのドレスだ。
「エル! 待って、待ってくれ。取り敢えず、休憩室に…」
離れていこうとするエルヴィラを自身のマントの下に隠しながら休憩室に駆け込んだアランを見ていた貴族は誰一人としていなかった。
逃がさないと言わんばかりにエルヴィラがアランの袖を掴む。白く、ほっそりとした令嬢らしい指など軽く払うだけでどうとでも振り切れる。だがアランは、ゆっくりとエルヴィラの指を解いた。不思議なことに招待客の目はヴェヴェルに向かっていて、一切アランとエルヴィラを見ていなかった。そのことに、アランは内心胸を撫で下ろした。
「僕が…ここまで譲歩するのは生涯で最後だ。気が変わらないうちにさっさと行け」
「……っ…いやですわ、何故踊ってくださらないの?」
目線でヴェヴェルを指し示すアランにエルヴィラは眉尻を思い切り下げて言い募る。淑女の誕生の日の特権を他でもない婚約者が断るなど前代未聞、王国史でも社交界史でも聞いたことも見たこともないのだから。
「僕に構わなくていい…もし言い難いのなら僕から、兄上に頼んでやるから」
エルヴィラはアランの言葉をいつも通りの言い逃れるための訳の分からない言い訳と判断した。彼女にとってアランの言葉は本当に意味がわからないのだ。何故、アランに踊って欲しいと頼んでいるのにヴェヴェルに頼んでやるとなるのか。
「もう! 何時もそればかり。わたくしのことが…そんなにも、お嫌ですか…煩わし、く思っていらっしゃる?」
エルヴィラの声量はどんどんと下がっていき、終いには会場に響く人々の声に掻き消えてしまいそうなほどにか細くなる。エルヴィラは少しの間を置いて深く深呼吸をすると、今日の為に仕立て屋にあつらえさせた紺藍のマーメイドラインのドレスに皺が出来るのも気にせずきゅ、と掴んだ。
「…アル様。わたくし、このパーティが終わったらお父様に婚約を解消していただくようお願いするつもりです。ですから、最後のお願いです。わたくしと一曲だけ踊ってくださいまし」
意を決して、口を開いたエルヴィラの言葉にアランはぴくりと体を揺らして反応した。’’婚約”の”解消”という単語が、アランの頭で反芻する。まるで信じられないその言葉にアランは無自覚ながらも、激しい怒りの感情を顔に浮べる。
「解消…? なんのつもりだ。あの日、『想うことは許すがそれ以上は決して許さない』と言ったはずだ。忘れたか?」
喜ぶだろうと思われたアランのそれとは真逆の怒りの表情と言葉にエルヴィラは気圧されて動揺から一歩後ろへ後退する。それを、逃げようとしていると捉えたアランは逃がさないとばかりに今度は自らエルヴィラの手首を捕まえた。
「っ忘れてなんか、いません。で、すから、わたくし…婚約を、アル様のために解消しようと…しているのに」
弱々しく震える声でそう話しながらエルヴィラは自身のものより大きく、骨張った手から逃れようと彼女にとっては全力の力で振り払おうとするがそんな些細な抵抗はアランになんの影響も与えない。逃げられないことを悟ったエルヴィラはその美しい菫色の瞳にみるみる涙を溜めていく。あっという間に決壊したそれにアランはぎょっと目を見開くと、きつく吊り上がった目尻を情けなく垂れ下げた。
「! え、エル。僕が言いすぎた、つい辛い言い方を…ああ、泣き止んでくれ」
泣き出す婚約者に狼狽し、思わずアランがエルヴィラの手を離すと彼女は泣き顔を見られたくないのか顔を背け、走り出そうとする。常の大きく膨らんだ重量のあるドレスならば走るなどということは出来るはずがないが、今日のエルヴィラのドレスは流行し始めたばかりのマーメイドラインのドレスだ。
「エル! 待って、待ってくれ。取り敢えず、休憩室に…」
離れていこうとするエルヴィラを自身のマントの下に隠しながら休憩室に駆け込んだアランを見ていた貴族は誰一人としていなかった。
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