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<11・連絡。>
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『アナウンス聞いた。ジャクタ様だとか四十九人の生贄だとか意味わかんないけど、怪物がうろついているのは確か。危ないから家も出てきた。今何処にいるの?合流したい』
震える手で、花林は大急ぎでLINEに文字を打った。その間、雫は周囲を用心深く観察している。近くに他の使者が来ていないか、もしくは人間の襲撃者がいないのか警戒しているのだろう。
使者は人がいる場所を察知する能力があるという。ならば、あまり長いことこの雑木林に留まるのも危険だ。
ちなみに、元々は亜林を探すために家を出たわけだが、そこはわざと順序を逆にした。どっちみち、今の状況を鑑みるのなら家に一人で留まるのも危険だったことだろう。家が危ないから出てきたことにした方が、亜林のことだから責任を感じずに済むと考えたのである。
――お願い、亜林……返信して。まさか、もう化物にやられちゃったとかないよね?
弟のことは、姉としても一人の人間としても信頼している。友達を命がけで助けに行くなんて勇敢なことだし、そんな彼を心の底から尊敬している。きっと今も、自分より幼い少年少女達を庇って必死に逃げているか隠れているかしているのかもしれない。でも。
けして体力がある方ではない。短距離走ならそこそこ早く走れるが、長距離を頑張れるほどの体力はない。というより、陸上をやっている高校生の花林でさえ、あの化物の全速力から逃げるにはギリギリなのだ。小学生の亜林が直線距離で逃げ切れるとは到底思えなかった。
勇敢な弟だからこそ、心配なのである。
いざとなったら友達を助けるために、自分が囮になるくらいのことはしそうで。なんせ、陸をはじめとして彼より幼い友達は少なくないのだから。
「!」
祈るように待ち続けていると、やがて画面が僅かに動いた。
送った花林LINEメッセージに、既読の文字がついたのだ。
「き、既読つきました……!」
「本当か?」
「はい!」
勿論、携帯を見たのが亜林本人だという確証はない。別人がチェックしても既読はつくはずなのだから。
それでもこの送信先が亜林に携帯である以上、彼が生きている可能性はぐっと高くなった。心の底から安堵したところで、返信が来る。
『姉貴、今何処?』
自分のことを、“姉貴”と呼ぶ。彼はLINEでも漢字で己をそう表記する。
ほぼ間違いない、亜林だ。生きていたのだ。
『俺は今住宅街にいる。近くにバケモノはいないけど、ちょっとおかしくなっている人がいて危ない。陸のおばあちゃんも様子がおかしくなってた。とりあえず、陸と麻耶だけ連れて今近くの建物に逃げているところ。とりあえず学校に行って避難する』
『おかしくなってる人がいるって、大丈夫なの!?正確には住宅街のどこ?助けに行くよ』
『姉貴が来てもどうにもならない。俺のことを心配するなら、姉貴は学校に先に行って待っててほしい。俺を信じて』
これだけ即座に返信できるということは、今のところは敵に見つからない場所にいるということなのだろうか。
だとしても。
――どうにもならないって、あんたね!こんな時まで、人のことばっか心配してんじゃないっての……!
そんなこと言われて、自分がはいそうですかと引き下がれると思っているのだろうか。
いや、しかし住宅街は広い。どのあたりにいるのかもわからないなら、闇雲に探すのは極めて危険だろうが。
『あんたのことは信じてるけど、二人抱えてあんただけで逃げるとか無茶だから!何処にいるの、教えなさい!!』
慌ててメッセージを返したが、今度は既読がつかない。あんにゃろ、と思わず愚痴を吐いた。
「助けて欲しいの一言も言えないのか、あのバカは!」
「どうした?」
「住宅街で、おかしな人に襲われてるらしいんです。陸君と麻耶ちゃんも一緒だって。でも、自分達でなんとかするから助けに来るなって言うし、住宅街のどのへんなのかも言わないんですよ!学校で合流するから、そこで待ってろって!」
「……なるほど」
やや控えめに叫ぶ花林に、しばし雫は顎に手を当てて考え込んだ。そして、自分の携帯を取り出すと花林に頼んでくる。
「とりあえず、君と弟君の番号、およびメアドを教えて貰ってもいいか。万が一の時、連絡が取り合えるように」
動揺しっぱなしの花林とは違い、あくまで雫は冷静だった。
「気持ちはわかるが、落ち着いた方が良い。私の記憶通りなら……学校の向こうの尺汰団地と周辺は、似たような建物が数多く存在していて入り組んでいるはずだ。近隣住民さえ迷子になることがあると聴く」
「それが何か……」
「襲撃者から逃げ回っていてどこかに隠れたというのなら。ひょっとしたら、本人も方向感覚を失っている可能性がある。自分が現在どこにいるのか、亜林君本人もわかってない可能性があるのではないか?」
「!」
そこには、考えが及ばなかった。だとすると、現在地はあれ以上は言いたくても言えなかったのかもしれない。
「そして、住宅地のどこにいるかわからないと正直に行ったら、君は身の危険を顧みずに自分の方から探しに行くと言ったはず。そして、目印もないまま双方が動き回ったらいつまでたっても合流できない可能性は高い。ならば、学校で待ちあわせにするというのは合理的ではある」
「で、でも……!」
確かに、雫の言う通りかもしれない。現在グーグルマップという便利なアイテムはあるにはあるが、ことに住宅地や団地の中であると正確にどこにいるかまではわからなかったりするものである。地図上には、“●●さん家前”なんてことまで表示されるわけではないのだから。
それに実際、花林が助けに行ったところで出来ることは限られているのかもしれない。むしろ足手まといになる可能性もゼロではない。
わかっている。言いたいことは、わかっているのだけれど。
「だから、こういうのはどうだ」
口ごもるしかない花林に、雫は言った。
「学校までまず君を送り届ける。そして、学校の安全がある程度確保できているようなら、君を学校に置いて私が亜林君を探しに行く」
「え」
「霊能力もそうだが、身体能力と体力にも自信はある。それに、ある程度使者に関しての知識もあるつもりだ。……ここは私を信じて貰うことはできないだろうか」
どうして、と花林は目を見開いた。最初に自分を助けてくれた時からそう。
何でそこまで、自分達のためにしてくれるのだろう。彼は唯一使者を倒す能力があるが、それはけして万能ではないしデメリットもあり、制限もある能力だ。その貴重な能力を使ってまで、一体何故。
かつて弟を助けられなかったからだというが、本当にそれだけなのだろうか?
「何で、そこまで」
「理由は言ったはずだ」
「そ、そうだけど、でも……」
自分は、今までたくさんの人に当たり前のように助けられ、幸せな人生を送ってきたという自負がある。ものすごいお金持ちの家というわけではないが、家も比較的裕福な方だろうと思っているし(無論それはお父さんが仕事を頑張りまくってくれて、お母さんも一生懸命節約してくれたからであるとしても)、何不自由ない人生を送ってきたとは思っている。
そう、わかっているのだ。自分が長らくこうして当たり前の生活を送ることは、己の努力ではないのだと。助けてくれる人がいて当然と思ってはいけないし、それには感謝しなければいけないことだと。同時に、この村には己の利害など度外視で人を助けてくれる優しい人がたくさんいるということも。
それでもだ。それはあくまで“良く知る顔見知り”で、“平時の場合”に限ることもわかっているのである。
仲良しに見えていた柿本紀子と花村真奈美が殺し合ったように。
自分の命と家族の命を守るためなら、それ以外の人間を殺すことも厭わないと考える者も存在するように。
「本当に、雫……さんの妹と、亜林を重ねているってだけなんですか?雫さんの方は私達を知っていても、私達は雫さんのことを何も知らないのに?」
御堂、という苗字で呼ぶのもなんだか気がひけて、下の名前で呼んでしまった。気を悪くされたらどうしようと思うものの、御堂雫は気にしていない様子で首を横に振ったのである。
「他にも理由がないわけじゃない。でも、今君は知らなくていい」
「そう言われても……」
「君達を生き残らせたい。その気持ちだけは本当なんだ。私は、君の味方だ」
だから信じて欲しい。再三のようにそう言われれば、花林も頷く他なかった。
いつか、話してくれる時が来るのだろうか。ある程度の信頼関係が築けたなら。もしくは、来るべき時が来た時には。
「とりあえず、急ごう。弟君の現在の状況もはっきりわからないし、いつ使者が来るかも不明だからな」
「わ、わかりました」
今は、余計な疑問は封印しておくしかない。雫に手を差し出され、花林はおずおずとその手を握った。温かい――ちゃんと人の体温がある。少なくとも彼は、オバケや怪物の類ではない。
――信じよう、今は。
そして、花林は雫とともに、は柿本家の雑木林を後にしたのだった。無惨に惨殺された柿本紀子の遺体を視界に入れないようにしながら。
震える手で、花林は大急ぎでLINEに文字を打った。その間、雫は周囲を用心深く観察している。近くに他の使者が来ていないか、もしくは人間の襲撃者がいないのか警戒しているのだろう。
使者は人がいる場所を察知する能力があるという。ならば、あまり長いことこの雑木林に留まるのも危険だ。
ちなみに、元々は亜林を探すために家を出たわけだが、そこはわざと順序を逆にした。どっちみち、今の状況を鑑みるのなら家に一人で留まるのも危険だったことだろう。家が危ないから出てきたことにした方が、亜林のことだから責任を感じずに済むと考えたのである。
――お願い、亜林……返信して。まさか、もう化物にやられちゃったとかないよね?
弟のことは、姉としても一人の人間としても信頼している。友達を命がけで助けに行くなんて勇敢なことだし、そんな彼を心の底から尊敬している。きっと今も、自分より幼い少年少女達を庇って必死に逃げているか隠れているかしているのかもしれない。でも。
けして体力がある方ではない。短距離走ならそこそこ早く走れるが、長距離を頑張れるほどの体力はない。というより、陸上をやっている高校生の花林でさえ、あの化物の全速力から逃げるにはギリギリなのだ。小学生の亜林が直線距離で逃げ切れるとは到底思えなかった。
勇敢な弟だからこそ、心配なのである。
いざとなったら友達を助けるために、自分が囮になるくらいのことはしそうで。なんせ、陸をはじめとして彼より幼い友達は少なくないのだから。
「!」
祈るように待ち続けていると、やがて画面が僅かに動いた。
送った花林LINEメッセージに、既読の文字がついたのだ。
「き、既読つきました……!」
「本当か?」
「はい!」
勿論、携帯を見たのが亜林本人だという確証はない。別人がチェックしても既読はつくはずなのだから。
それでもこの送信先が亜林に携帯である以上、彼が生きている可能性はぐっと高くなった。心の底から安堵したところで、返信が来る。
『姉貴、今何処?』
自分のことを、“姉貴”と呼ぶ。彼はLINEでも漢字で己をそう表記する。
ほぼ間違いない、亜林だ。生きていたのだ。
『俺は今住宅街にいる。近くにバケモノはいないけど、ちょっとおかしくなっている人がいて危ない。陸のおばあちゃんも様子がおかしくなってた。とりあえず、陸と麻耶だけ連れて今近くの建物に逃げているところ。とりあえず学校に行って避難する』
『おかしくなってる人がいるって、大丈夫なの!?正確には住宅街のどこ?助けに行くよ』
『姉貴が来てもどうにもならない。俺のことを心配するなら、姉貴は学校に先に行って待っててほしい。俺を信じて』
これだけ即座に返信できるということは、今のところは敵に見つからない場所にいるということなのだろうか。
だとしても。
――どうにもならないって、あんたね!こんな時まで、人のことばっか心配してんじゃないっての……!
そんなこと言われて、自分がはいそうですかと引き下がれると思っているのだろうか。
いや、しかし住宅街は広い。どのあたりにいるのかもわからないなら、闇雲に探すのは極めて危険だろうが。
『あんたのことは信じてるけど、二人抱えてあんただけで逃げるとか無茶だから!何処にいるの、教えなさい!!』
慌ててメッセージを返したが、今度は既読がつかない。あんにゃろ、と思わず愚痴を吐いた。
「助けて欲しいの一言も言えないのか、あのバカは!」
「どうした?」
「住宅街で、おかしな人に襲われてるらしいんです。陸君と麻耶ちゃんも一緒だって。でも、自分達でなんとかするから助けに来るなって言うし、住宅街のどのへんなのかも言わないんですよ!学校で合流するから、そこで待ってろって!」
「……なるほど」
やや控えめに叫ぶ花林に、しばし雫は顎に手を当てて考え込んだ。そして、自分の携帯を取り出すと花林に頼んでくる。
「とりあえず、君と弟君の番号、およびメアドを教えて貰ってもいいか。万が一の時、連絡が取り合えるように」
動揺しっぱなしの花林とは違い、あくまで雫は冷静だった。
「気持ちはわかるが、落ち着いた方が良い。私の記憶通りなら……学校の向こうの尺汰団地と周辺は、似たような建物が数多く存在していて入り組んでいるはずだ。近隣住民さえ迷子になることがあると聴く」
「それが何か……」
「襲撃者から逃げ回っていてどこかに隠れたというのなら。ひょっとしたら、本人も方向感覚を失っている可能性がある。自分が現在どこにいるのか、亜林君本人もわかってない可能性があるのではないか?」
「!」
そこには、考えが及ばなかった。だとすると、現在地はあれ以上は言いたくても言えなかったのかもしれない。
「そして、住宅地のどこにいるかわからないと正直に行ったら、君は身の危険を顧みずに自分の方から探しに行くと言ったはず。そして、目印もないまま双方が動き回ったらいつまでたっても合流できない可能性は高い。ならば、学校で待ちあわせにするというのは合理的ではある」
「で、でも……!」
確かに、雫の言う通りかもしれない。現在グーグルマップという便利なアイテムはあるにはあるが、ことに住宅地や団地の中であると正確にどこにいるかまではわからなかったりするものである。地図上には、“●●さん家前”なんてことまで表示されるわけではないのだから。
それに実際、花林が助けに行ったところで出来ることは限られているのかもしれない。むしろ足手まといになる可能性もゼロではない。
わかっている。言いたいことは、わかっているのだけれど。
「だから、こういうのはどうだ」
口ごもるしかない花林に、雫は言った。
「学校までまず君を送り届ける。そして、学校の安全がある程度確保できているようなら、君を学校に置いて私が亜林君を探しに行く」
「え」
「霊能力もそうだが、身体能力と体力にも自信はある。それに、ある程度使者に関しての知識もあるつもりだ。……ここは私を信じて貰うことはできないだろうか」
どうして、と花林は目を見開いた。最初に自分を助けてくれた時からそう。
何でそこまで、自分達のためにしてくれるのだろう。彼は唯一使者を倒す能力があるが、それはけして万能ではないしデメリットもあり、制限もある能力だ。その貴重な能力を使ってまで、一体何故。
かつて弟を助けられなかったからだというが、本当にそれだけなのだろうか?
「何で、そこまで」
「理由は言ったはずだ」
「そ、そうだけど、でも……」
自分は、今までたくさんの人に当たり前のように助けられ、幸せな人生を送ってきたという自負がある。ものすごいお金持ちの家というわけではないが、家も比較的裕福な方だろうと思っているし(無論それはお父さんが仕事を頑張りまくってくれて、お母さんも一生懸命節約してくれたからであるとしても)、何不自由ない人生を送ってきたとは思っている。
そう、わかっているのだ。自分が長らくこうして当たり前の生活を送ることは、己の努力ではないのだと。助けてくれる人がいて当然と思ってはいけないし、それには感謝しなければいけないことだと。同時に、この村には己の利害など度外視で人を助けてくれる優しい人がたくさんいるということも。
それでもだ。それはあくまで“良く知る顔見知り”で、“平時の場合”に限ることもわかっているのである。
仲良しに見えていた柿本紀子と花村真奈美が殺し合ったように。
自分の命と家族の命を守るためなら、それ以外の人間を殺すことも厭わないと考える者も存在するように。
「本当に、雫……さんの妹と、亜林を重ねているってだけなんですか?雫さんの方は私達を知っていても、私達は雫さんのことを何も知らないのに?」
御堂、という苗字で呼ぶのもなんだか気がひけて、下の名前で呼んでしまった。気を悪くされたらどうしようと思うものの、御堂雫は気にしていない様子で首を横に振ったのである。
「他にも理由がないわけじゃない。でも、今君は知らなくていい」
「そう言われても……」
「君達を生き残らせたい。その気持ちだけは本当なんだ。私は、君の味方だ」
だから信じて欲しい。再三のようにそう言われれば、花林も頷く他なかった。
いつか、話してくれる時が来るのだろうか。ある程度の信頼関係が築けたなら。もしくは、来るべき時が来た時には。
「とりあえず、急ごう。弟君の現在の状況もはっきりわからないし、いつ使者が来るかも不明だからな」
「わ、わかりました」
今は、余計な疑問は封印しておくしかない。雫に手を差し出され、花林はおずおずとその手を握った。温かい――ちゃんと人の体温がある。少なくとも彼は、オバケや怪物の類ではない。
――信じよう、今は。
そして、花林は雫とともに、は柿本家の雑木林を後にしたのだった。無惨に惨殺された柿本紀子の遺体を視界に入れないようにしながら。
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