ジャクタ様と四十九人の生贄

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 放送が終わった時、暫く亜林と陸は茫然とするほかなかった。
 ジャクタ様の結界が壊れたこと、それにより神社を取り仕切る御堂家が結界修復に乗り出したこと。
 四十九人の生贄が必要だということ。
 村から出られなくなったらしいこと。
 ジャクタ様が使者なるものを放ったこと。
 使者は、どうやらこの村の人間を殺すらしいということ――。
 じわじわと実感するのは、陸のおばあちゃんが言ったという言葉だ。

「お、おばあちゃんは……」

 がくがくと震えながら、陸は告げた。

「儀式は繰り返された、って言ってた。自分のお父さんとお母さんもさんかしたんだって。死んだらジャクタ様の使者になれるって、そうしたら苦しまずに楽園に行けるって。あ、亜林兄ちゃん。これ、どういうこと?」
「……楽園云々はともかく。六十年前に何が起きたのかについては、ちょっと見えてきたところがあるかもな」

 今のところ、周囲におかしな影は見えない。それでも念のため倉庫の中にもう一度二人で隠れて、ひそひそと相談することにした。暗いので、引き戸はちょっとだけ開けておくことにする。
 亜林が恐れていたのは、使者とやらだけではなかった。四十九人の生贄――この話が本当ならば、ニンゲンの中にも殺人者が出る可能性があると踏んだからだ。それくらいにはまだ冷静だった。冷静でなければという気持ちが働いていた。目の前には、自分よりか弱い年下の少年がいるのだから、と。

「陸。確かお前は、昨日こう言ってたよな?おばあちゃんが自分にこう話してくれた、と」



『そもそも旧尺汰村から移転したのは、前の尺汰村が呪われてイミチってやつになっちゃったからなんだって。だから、まだその土地には呪いが残ってて、絶対に入っちゃいけないことになってたんだって!』



「六十年前も、ひょっとしたら今回みたいに……誰かが結界を壊して、神社が修復作業に追われたってことなんじゃないか?」
「ど、どういうこと?」
「旧尺汰村でも、四十九人の生贄を捧げる儀式が行われたのかもしれないってことさ。うちなんかは、六十年前に尺汰村にいなかったから関係ないとして……代々この土地に住んでる人の中には、経験者もいたはずだ。その生贄を捧げる儀式とやらに生き残った人間が、今の六十代以上ってことなんだろ。お前のばあちゃんは年齢的にギリギリ参加してないんだけども、おばあちゃんのお母さん……陸のひいおばあちゃんとかひいおばあちゃんは参加して、生き残ったんだろうな」

 そして、忌み地になったということは。恐らく儀式を行って人の血をたくさん吸った土地はもう、人が住むのに適さない土地になってしまったということではなかろうか。
 だから、移転するしかなかったのだ――村ごと、全てを。どれだけの苦労があったかは計り知れない。
 しかしそれ以上に恐ろしいのは、四十九人もの人間が“普通ではない”死に方をしたはずなのに、いくら新聞やネットで調べてもその詳細がどこにも出てこないということだ。
 というのも、以前亜林は夏休みの自由研究課題として、この尺汰村の歴史を調べようとしたことがあったのである。その際に移転の経緯を調査しようとしていることを担任の先生に伝えたら、当時の担任からストップがかかったのだ。その話は村のタブーに近いから、調べるのはやめた方が良い、と。
 それで、夏休みの課題にすることは諦めたものの、気になって図書館やらネットやらで調べたら、まあ見事なまでに情報が出てこない。そんな呪われた儀式があったと考えれば隠蔽されるのも当然と言えば当然だが、同時に”隠蔽できてしまった”事実が恐ろしいとも言える。
 なるほど、警察もグル、というのは間違いなさそうだ。

「陸のおばあちゃんが妙に信心深かったのは、恐らく親からかつての儀式について散々聴かされていたためだ。使者ってやつも実際に見たんだろうな。……四十九人の惨殺は、今回も起こりうると思っておいた方が良い」
「そ、そんな!」

 陸が非難するように声を上げた。

「じゃ、ジャクタ様は、この村の守り神様なんでしょ?その神様が、なんで村の人を殺すの?それに……それにおばあちゃんのやったことも意味不明だよ。使者になるために家族を殺すなんて、そんなの、そんなの……!」
「まだ、俺達は使者ってやつを見てない。だから儀式も、ジャクタ様も本当にいるのかどうかはまったくわからない。でも……それを本物だと信じて、人を殺した人間がいるんだ。他にもそう言う人がいる以上、少なくとも人間同士の殺し合いは起きると思っておくべきだ」

 残酷なことを言っているのは、わかっていた。それでも、彼はもう守ってくれる家族を失っている身である。何が何でも生き残るためには、少なくとも自分の身を自分で守る努力はしなければいけないのだ。いくら亜林が守ってやりたいと思っても、やはり限度はあるのだから。

「四十九人死ねば儀式が終わる。それを本気で信じる人間がやることは一つ。自分と家族を守るために、死んでもいい人間を殺していくことだ。自分達が死ぬ前に、四十九のカウントがゼロになったら……残った人間は助かるんだから」
「……っ!」

 信じられない、そんな目で陸は亜林を見た。亜林だって、本当は信じたくない。でも。

「……見ろよ」

 手の甲の数字を、亜林は掲げて見せた。

「俺達の手の甲にある数字。49から始まったってことは、確実にこれがカウントダウンになってる。でもって、いつの間にか48になってやがる。……誰か、俺達が知らないところで死んだんだ。同時に、アナウンスがかかる前に死んだ亜林のばあちゃん、お母さん、お父さんはカウントに含まれてない」

 どうせ死ぬなら、カウントが始まってから死んでほしかった――なんていうのはあまりにも無慈悲な物言いではあるが。
 実際に体験したわけでもない陸の祖母も、恐らく何もかも話を聴いていたわけではなかったのだろう。それこそ、六十年前は七時に始まったとも、防災無線のアナウンスからスタートしたとも限らないわけなのだから。というか、あのスピーカーが六十年も前に存在したかどうかも怪しいところである。

「ジャクタ様っていうのが、どういう神様なのかはまったくわからない。本当に存在するのかどうかさえ今の時点では不明。ただし、それを本気で信じている人間が村の中にはいて、恐らくそういう人間は人を殺すことにもかなり積極的になる可能性が高い。六十年前ならば、実際に体験して生き残っている年輩者もいるんだろうしな」

 陸、と。亜林は少年の両肩に手を置いて、真っ直ぐに目を見て諭した。

「おばあちゃんがあんなことになって、お父さんとお母さんが死んで……悲しむなとは言わない。でも、今お前が一番するべきことは、何が何でも生き残るってことだ。家族の分まで、生きるんだ。俺も全力でサポートするから」
「亜林にい、でも、でも僕……っ」
「俺達は子供だ。大人と真正面から戦って勝てるとは思わない。でも、知恵を絞って、一生懸命逃げて隠れてってことはできるはずだ。……とにかく、学校へ行こう。多分、若い大人の方が味方になってくれる人も多いはず。学校の先生や友達なら、俺達の事を助けてくれるかもしれない。ひとまず、学校に避難しよう」

 実際のところ、本当に学校が安全だという保障はどこにもない。先生の中にも、ジャクタ様の儀式とやらを本気で信じている人はいるかもしれないし、それこそ使者とやらがどのような存在なのかまったくの未知数ではある。
 それでも今は、かりそめだろうが希望が必要だった。学校に行けば助かるかもしれない、安全かもしれない。そう信じなければきっと、陸は立ち上がることはできないだろう。
 だから、亜林は言葉を並べた。自分自身に、言い聞かせる目的も含めて。

「ひょっとしたらだけど、ジャクタ様に詳しい人も学校ならいるかもしれない。神社の関係者と親しい人だって。そうしたら、四十九人の生贄を捧げる以外にも儀式を終わりにする方法が見つかるかもしれない。……いいか、陸。今、俺達が一番しちゃいけないことは、絶望することだ。どうせ無理だって、諦めることだと俺は思う」

 自分達の両親は、遠い地にいるから安全だろう。でも、姉は間違いなく村にいて、儀式に巻き込まれてしまっている。
 自分にも、失いたくないものはある。守りたいものは存在している。
 そのために必要なのは諦めないこと、そして考え続けることであるはずだ。

「諦めるな、死んでから諦めたって遅くない。……お前のお母さんやお父さん、おばあちゃんだって本当は……お前が生きて幸せになることを望むはずなんだから」
「亜林にい……」

 じわり、と。一度は枯れた筈の涙が、陸の目元に浮かんだ。

「僕、実は……い、言ってなかったことがあって」
「なんだ?」
「実は……実はね。に、荷物をまとめようとして部屋に行ったら、おばあちゃんが……おばあちゃんが階段を上がってきてね。ほ、包丁持ってて、苦しませないように殺してあげるからって言って。僕、怖くて、怖くておばあちゃんを階段から…っ!」
「……そうか」

 何故、両親を殺したはずの祖母が死んでいたのか。答えは、抵抗した陸の手によって階段から突き落とされたから、ということであったらしい。
 陸はそれをずっと悔やんでいたのだろう。一家と祖母の関係は良好だった用に見えていた。よくある母親と姑のトラブル、なんてことも無かった様子である。陸も祖母には随分懐いていた。その祖母が自分を殺しにきた上、自分が意図せずとはいえ返り討ちにしてしまったこと。とてつもないショックだったに決まっている。

「お前は悪くない」

 だから、亜林は言った。

「おばあちゃんだってきっと、陸を恨んだりしない。……辛かったな」
「うん、うん……っ。ごめんなさい、ごめんなさいおばあちゃん。僕、僕……」
「大丈夫だ、俺が傍にいるからな」

 とりあえず、彼がもう一度泣きやむまでこのままでいようと思った。そっとその頭を撫でながら、亜林は少しだけ目を閉じる。
 自分はけして、強い人間なんかじゃない。それでも今は、確実に陸の存在に救われている。

――俺は、大丈夫だ。まだ、大丈夫だ。

 陸を守る。その使命感があれば、自分はまだ強いフリができる。
 それは亜林の寄る辺でもあり、同じだけ誇りでもあることなのだった。
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