神殺しのステイ

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<16・想いの在処>

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 学校の敷地の外に出ることはできないが、時間帯によっては講義棟及び寮の外に出ることはできる。
 ぐるりと周囲を囲んだフェンスも、よじ登ったりしなければ触ってすぐサイレンが鳴るなんてことはない。今まで何度もふざけたことがあるステイはそのへんをよく知っている。

「よし、このへんでいいだろ!」

 問題は、フェンスの周辺には防犯カメラが少なくないということ。実際に紋章破壊を実行する時は仕方ないとはいえ、確認する今の段階で怪しまれるのは非常にまずい。また、防犯カメラに音声録画機能がないとも言い切れない。
 ということで、ステイは今校舎のあちこちを、エロ本を持って回るということをしているのである。理由は簡単。校舎の裏の見えないところに、こっそりやばいエロ本を埋めに来ました、という口実を作るためにである。今まで何度もお世話になった成人向け雑誌だが、背に腹は替えられない。今回は潔く犠牲になってもらうこととする。

「このへんに埋めれば、きっと楓に見つかる心配もない!」
「あのさ、ステイ。大真面目な質問をぶつけたいんだけど」
「なんだ?」

 校舎の裏、丁度例の柱があるあたり。スコップを持って穴を掘る、と見せかけて柱を掘り返しながら演技をすれば。ややドン引いた顔で、享が告げた。ちなみに今の自分の設定は、“やばいエロ本が同室の楓に見つかって気まずさマックスだったので、享を巻き込んでこっそり埋めに来た”であったりする。回収しに来ることは難しいだろうが、念のためビニールはかけてカバーした上で埋めるつもりだった。

「前々から思ってたんだけどさあ。ステイって、そういう本はどっから入手してくるわけ?僕達、まだ高校一年生の十五歳と十六歳なわけですが」

 ちなみに、四月生まれの享はもう誕生日が来ているので十六歳である。小柄で童顔であるため、到底自分より数ヶ月年上には見えないのだが。

「普通に通販で買おうとしても、弾かれるよね?まさか、年齢詐称してナナゾンに登録……」
「お、俺じゃないからな!登録して成人向け買いまくってるのは!」
「……それやってる子に買ってもらってるなら同罪だからねステイ……」

 あ、やばい。享の眼は冷たい。ステイは演技ではない冷や汗をだらだらと流すことにいなる。楓もそうだが、そういったことに享も基本的には真面目で潔癖だ。一番の仲良しであるはずなのに、彼らと下ネタ系の話題で盛り上がった記憶はない(まあ、楓とは下ネタどころではないことまでしてしまったわけだが)。
 確かに、本当はこの年齢の自分が成人向け雑誌なんぞ読んではいけないことくらいは分かっている。しかし、健全な男子高校生が、こっそりアレやコレやの理由で成人向け雑誌を入手してうっかりオカズにする、なんていうのはそんなに珍しいことだろうか。この学校が閉鎖的な空間であるため、少々入手方法が限られているだけである。そもそも、生徒によっては理解ある同性の先生に取り入って、こっそりそっち系雑誌を調達してもらう者までいるという話ではないか。自分達はむしろ健全だ、と言いたい。
 まあ、確かに今日埋めようとしているのは、少々マニアックなものかもしれないけれど。

「ステイって、そういう趣味だったんだ―……」
「い、いやだから!これは俺の趣味じゃなく!」

 雑誌の表紙には、どこぞ奥様っぽい女性が胸をはだけさせ、蠱惑的に微笑んでいる。それだけならまあ、ギリギリ普通のグラビア雑誌でもいけなくはない範囲かもしれない。問題は、アオリ文句。

『近所のお姉さんに誘惑されてしまう僕……!まさかの童貞卒業は、お姉さんの後ろの穴で!?』

『年上の奥様に頼られて逆らえない……!リードされて調教されたい系男子必見!まさかの舌テクに勃ちっぱなし!』

 これである。
 自分でも思う。これはドン引きされても仕方ない、と。

――じ、実際こういう本読んでたから、アナルセックスにも抵抗なかったし楓にリードされるのもむしろ全然ありだったというのもなくはないんだけど……!

 楓はまあ、同級生ではあるが。精神的なものと性格もあって、非常にクールな印象があるのは事実である。年上っぽい、と言われればその通りかもしれないと思う。
 勿論、彼とはあくまで“友達”であって、一線を超えたからといってそれ以上の存在ではないはず、なのだが。言われてみれば、元々のステイの好みも同年代より“年上で大人っぽい人”が好みであったのも間違いないことなのである。それは、ベッドの上で自分がリードする立場になる自信がないという考えの表れでもあるし、大人の女性への憧れがあったからとうのも否定できない。まあ、熟女系の雑誌を友人が持ち込んできて見せてくれることが多かったため、すっかりそれに影響されたのも否定はできないのだが。

「まあ、こういう雑誌で女子高校生出てきたら一発アウトだけどさあ」

 はああ、と大げさなまでにため息をつく享。

「ステイみたいな純情かつ朴念仁かつ理想ばっかり追いかけてるようなタイプ、大人のお姉さんには相手にされないと思うなー。適当に掌でころころ転がされた挙句、何もさせてもらえないのが関の山だと思う」
「おまっ、そこまで言う!?」
「だってステイって、絶対恋愛に夢見てるタイプじゃん。デートするならこういう手順とか、まずは告白してお互い気持ちをしっかり伝えてからスタートしなきゃだめだとか、そうことばっかり考えてそう。でもって、実際手順が狂うとパニクって何もできなくなる。こっそり理想追いかけてこういう雑誌でストレス発散して、それがバレて彼女にフラれる……ってとこまで読んだ」
「先読みしすぎじゃね!?」

 何故にここまで言われなければいけないのだろう。スコップを動かしながら、ステイは思う。というか、なんとなく享が不機嫌であるような気がするのは気のせいだろうか。
 正確には、葵城先生の記録を見て、八本の柱を探そうと言った時はそうでもなかった気がする。そして、カモフラージュする作戦のためにエロ雑誌を埋めて回ろうと言った後から――そう、妙に自分にアタリがきつくなった気がするのだ。
 享がこういう態度を取ってくる時は決まっている。うっかりステイがなんらかの地雷を踏んでしまった時、だ。問題は、ステイにその心当たりが一切ないことであるのだが。

「実際さ」

 悶々と考えていた、ステイは。

「楓のことは、どう思ってるわけ」
「!?」

 その言葉で、思わずすっ転びそうになっていた。自分が掘った穴に落ちそうになり、慌てて踏みとどまる。
 ちょっと待て、何で突然楓の名前が出てくるんだ。青ざめて享を振り返ると、彼はぽかんとした顔で告げた。

「え、付き合うようになったんじゃないの?二人」
「何で!?何でそうなんの、俺と楓だぞ!?男同士!」
「愛があればそんなの関係ないと思うけど。え、だってステイ、楓とヤッたんでしょ?」
「!?!?!」

 ちょっと待て。
 ちょっと待って。
 何故そんなことを享が知っているのか。自分達の部屋は二人部屋で、隣は倉庫。壁はそんなに厚くないが、聞き耳を立てられるほど派手な声も物音も出していたつもりはない――多分。しっかりドアにも窓にも鍵をかけていたし、関係を結んだのは一度きり。そうそうバレるとは思えないのだが、まさか楓が自分で話したのだろうか。

「な、な、なん……楓が、それ、言ったの、か?」

 途切れ途切れに尋ね返した時点で、認めたも同然だった。それでもこの疑問をそのまま放置しておくわけにはいかない。例え、この会話がどこかの防犯カメラで綺麗に拾われていたとしてもだ。いつの間にやら、演技どころではなくなってしまっている自分がいる。

「言ってないけど、契約書交わす前に楓から誘うだろうなってことは想像してたよ。だって、神子の仕事はもしかしたら生贄なのかもしれないし……それ以上酷いことになるかもしれないってのは前々から想像できてたし。その前に、好きな人と思い出作っておきたいと思うのは当然だと思うけど」
「す、好きな人って」
「……まさかと思うけど、ステイ。楓が、本当に“ただの友達”相手に、そういうことお願いしてくるようなやつだと思ってたの?さすがに軽蔑するよ?」

 頭が完全に、追いつかない。楓は、享には話していたというのか。自分が、ステイのことをそういう意味で好きだということを。

――そ、そんなことってあるか?嘘だろ?

 ステイが混乱するのも、無理からぬことではなかろうか。というのも、実のところステイは、楓は絶対同性相手に恋愛感情を抱くことはないだろうと思っていたのである。何故なら、過去が過去。自分よりずっと体の大きい、父親という名の同性に虐げられた過去がある彼。例え元々そういう趣向がどこかにあったとしても、恐怖が先立って同性相手に恋愛するどころではないのではないかと思っていたのである。ましてや、ステイは今の楓と比べても非常に体が大きく、自分で言うのもなんだが男らしい体格と見た目だ。それだけだとしても、楓が怯えて距離を置きたくなるような要素は揃っている。友達、として接するだけで限界ではないのか。

――けど、言われてみれば、そうだ。同性の、友達相手に。いくらトラウマを忘れるためとはいえ……セックスをお願いするって、そんなの漫画でもそうそうないこと、だよな?

 さく、と。スコップが土に突き刺さる。柱に浮かんだ五芒星を見ながら、ぐるぐるとステイは考えた。演技をしなければ。此処に、本を埋めるのだから。そういう名目で自分は此処に、来たわけなのだから。

「……鈍いにも程があるよ」

 カチコチな動作で、どうにか穴掘りを再開したステイを見て。享は呆れてものも言えない、と言った様子で肩をすくめた。

「まあ、その様子だと楓も楓で誤魔化したんだろうからそこは同情するけどさ。……そういう雑誌持ってるんだし、ステイがストレートな人間だってことは僕だって知ってるよ。それでも、恋愛って性別だけでするもんじゃなく、個人が大切かどうかでするものだと思ってるから。お節介かな、と思いつつステイに訊いてるわけです。楓のことはどう思ってるの、って」
「どう、って」
「親友か、そうれはない何かなのか、ってこと。……そういう対象として全然見られないっていうならそれはそれで、早めに伝えてあげてほしいな。ただでさえ、ここから先不安だらけなんだから。変な希望持たせたら、その方が可哀想だと思うんだけど」

 ぱさ、と。ビニールに包まれた雑誌が穴の中に落ちる。享もスコップを取り出して土を被せながら、ステイの方を見ることなく小声で告げたのだった。

「作戦、忘れたわけじゃないよね?……どんな気持ちで楓が“あれ”を言い出したのか。それが誰のためなのか。ステイにはきちんと、考えて欲しいと思うよ」
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