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<19・Valliant>
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何やら、中央広場に惹かれるものでもあったらしい。もしくは、純粋に喉でも乾いていたのだろうか。ゴートンが広場に到着した時、ヴァリアントの本体は噴水の中に頭をつっこんで水をごくごくと飲んでいる状態だった。
正確に言うと、この怪物の“頭”にあたるのは元の人間の姿を保っている部分と思われる。破れたエプロンを身に纏った女性の胴体と頭が、どっぷり噴水の水に浸かっていた。あれでは水を飲むというより溺れてしまいそうなのだろうが、怪物的には問題ないのだろうか?
そもそも、ヴァリアント化した生き物が果たして普通の生物と同じ新陳代謝を備えているのかがまったくわからないというのが実情である。食事や排泄はもちろん、呼吸もしているのかどうか怪しい。捕まえて調べることが困難であるから、というのが最大の理由である。なんせどのヴァリアントも人間離れした能力を持ち、とにかく攻撃的なのである。眠らせたり麻痺させて一時的に動きを止めることができても、じゃあ長期的に捕獲して解剖できるかどうかは別問題だ。暴れることもあるし、何より倫理観の問題が大きい。もともとは人間だった、というヴァリアントが殆どなのだから。
そもそも、ヴァリアントであった時の記憶を本当に元の人間たちが覚えていないかというとそれも微妙だったのである。
ほとんどの人間が前後の記憶を失っている様子だが、時には“うっすらと覚えている”と発言する者もいないわけではない。人間としての意識を僅かばかり残していた者もいたというのは、ヴァリアント化して元に戻ることができた人間たちの証言から明らかになっているのである。
完全に記憶を失ってしまうのが確定しているのならともかく、人間の意識や記憶を失わない者もいるという。猶更、いくら研究のためとはいえ捕まえて残酷な調査をするのはちょっと、となるのは当然と言えば当然のことだろう。
「本体は、こちらに気付いていないようですね。水を飲んでいる隙に攻撃すれば、仕留められる可能性が高いでしょう」
連れて来た女傭兵の一人が、ゴートンに告げた。
「ただ……周囲を、あのヴァリアントが生み出した分身たちが守っています。あれを払わなければ、近づくことができません」
「仕方ねえな。分身の方、倒せるか?」
「はい。本体と比べて素早いですが、分身は新たに仲間を増やすことができないようです。また攻撃も、蔓を使った殴打や刺す、斬るといった動作に限定されている模様。溶解液などを使ってくることもしませんし、いたって攻撃はシンプルなので見極めるのは難しいことではありません。半分体が腐りかけているので、すさまじい悪臭ではありますが」
「本当にな。ヴァリアントってやつで、幻術以外でイイニオイさせてるやつを見たことがねえ。……とりあえず、頼めるかお前ら。その隙に、俺が本体をぶっ叩く!」
「了解いたしました。ゴートン様、お気をつけて」
そんな会話をしているうちに、分身たちがわらわらと集まってきたようだった。
一度食われて半ば消化された者達は、人間の姿を中途半端に残している分かなり無惨なことになっている。ゾンビみたい、と憲兵の青年が称したのはまさにその通りだったということらしい。皮膚のあちこちがどろどろに溶けかけ、骨も一部が溶けて腐りかけたような肉を晒している。目玉が眼窩から零れ落ちそうになっている者もいれば、髪の毛どころか頭皮も溶け、頭蓋骨がむき出しになっている者もいる。そのむき出しの頭蓋骨すら溶け、脳がむき出しになっている者も。
そんな体のあちこちから、植物の蔓のようなものを生やしているのだ。攻撃はこの蔓によるものに限定されるらしい。人間サイズで本体より小さい分足は速いが、それでも人間の移動速度ほどではない。というのも、消化されかけたせいで足がまともに機能していない者がほとんどだからだ。折れかけたり溶けかけたりした足で歩いたり走ったりするので、移動するスピードはさほど脅威ではないだろう。
ただし、蔓の攻撃は相当素早いようだ。女傭兵の一人が近づくと、ゾンビのようになった分身のヴァリアントの一体が攻撃をしかけてきた。顔の半分がどろどろに溶けている、スーツ姿の男だったと思しき者だ。腹のあたりから伸びた蔓が、女傭兵を仕留めようと遅いかかってきた。まるで鞭のようにしなり、殴打せんと振り上げられる。
「はっ!」
が、そこは数年ゴートンに仕えている傭兵である。彼女はその単調な攻撃をひらりと躱して、同時に腰から長剣を引き抜いていた。一気に距離を詰め、居合切りでその分身の首を切り落とす。
「ギニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
断末魔の絶叫とともに、分身ヴァリアントの体が崩れ落ちた。そして、どろどろとゾンビ状の肉体が溶けていく。それがスライムのような肉の塊になったと同時に、キラキラとした光の粒が内側からあふれてくるのだ。そして萎むように死体が消えていき、最後には泥のような液体の中に倒れている元の人間が戻ってきているというわけである。
殺すと元の人間に戻る。そして、その戻り方がヴァリアントと同じ。ということは、やはり食われて消化された者もヴァリアントになったとみて間違いはなさそうである。
――と、のんびりしている場合じゃねえな。
女傭兵たちが次々飛び出していき、分身たちをひきつけてくれている。この時間を無駄にするわけにはいかない。幸い、噴水の水を飲むのに必死になっている本体はまだ振り向く気配さえない。このまま後ろから仕留めるのも難しくはないだろう。
ゴートンのチートスキルは、目を合わせた女を誰でも己の虜にできる、というもの。
つまり、戦闘系の能力ではないのである。そして、残念ながらヴァリアントにこのスキルは通じない。人間のオンナ限定で、と女神に制限を頼んでしまっているためだ。ゴートンの認識では、少なくともヴァリアント状態のオンナは人間に含まれてはいないのである。
というか、このスキルでも使わないと、動物やモンスターのオンナにもモテてしまうことになる。人間に近い見た目の魔物や魔族の女なら興味もあるが、正直そうではない姿の雌の方が圧倒的に多いのだ。彼女らにモテてしまうのは正直、自分の趣味を外れてしまうのである。ゆえに、化け物にモテるスキルではなくなっているのだが――これは後でちょっとばかり後悔したことでもあるのだった。魔物も対象にしていれば戦闘で使えたのに、と後で気が付いたからである。今更修正もきかないのでどうしようもないが。
つまり、ゴートン本人に、戦闘に有用なチートスキルというものはないのである。ゴートンに忠誠を誓った女どもは命を捨てても戦ってくれるが、それだけなのだ。
では何故、さんざんパシリに使われまくっているゴートンが、怪物を相手に連戦連勝ができているのか?それは、ゴートンたち勇者が女神に与えられたもう一つの力と情報によるものなのだった。
『ヴァリアントは普通に倒すこともできますが……より簡単に討伐する方法があります。それが、弱点を攻撃することなのです』
女神が言うに。
ヴァリアントになった存在には全て、核として機能する部分があるというのである。その核を攻撃すれば体を保てなくなり、あっさりと自滅するというのだ。
ただし、その核の位置が普通の人間には見えない。女神は勇者達に、核の場所が見える目を与えてくれた。そして――ヴァリアントに特別効果がある、特殊な武器も。
それが対ヴァリアント専用装備である、セイバーソードなのである。一見するとただの白銀の長剣にしか見えないが、これでヴァリアントの弱点を突くことで即死させることが可能なのだ。身体能力が高いわけでもなく、魔法が使えるわけでもないゴートンが勝ちぬいてこれはのはこの二つの武器があってのことなのである。
『ヴァリアントはこの世界すべての人々を脅かす最悪の脅威。……どうか、躊躇わないでください。怪物になった人を救うためにも、そのヴァリアントとしての命を一度終わらせるほか術はないのですから……』
――よし、あと少し!
女神の言葉を思い出しながら、ゴートンはセイバーソードを腰から抜く。このヴァリアントの弱点はお尻部分にあるようだった。真っ赤な種のようなものが、びくびくと脈打っているのが見える。これを攻撃すれば、一撃で倒すことができるのだ。そして。
倒し続ければ、自分は英雄でいられることも知っている。
前世ではけしてなしえなかった、人々に感謝され、愛され、認められる英雄。化け物を討伐すれば、この醜い姿の己でも関係なく愛されることができるのだ。だから自分は、サリー達の高慢な態度にイラつきながらも討伐に積極的に参加して――。
「!?」
少しばかり、感傷に浸りすぎたのかもしれない。あと一歩、というところで視界をよぎったものに気付いてぎょっとすることになった。
どうして、気づかなかったのだろう。すぐそばに、一体の分身が迫っていたことに。
「ギシャアアア!」
そいつは、ゴートンが本体を殺そうとしていることに気が付いているのだろう。元は人間の女だったらしきその顔は、阿修羅のごとく怒りに染まっている。血涙を流しながら甲高い声で鳴き、両腕の先から蔓を伸ばしてきた。まずい、この態勢、この距離では避けきれない――!
「ゴートン様!」
「じ、ジニー!?」
まるで、狙いすましたかのようなタイミングだった。ジニーが、自分と怪物の間に飛び出してきたのである。あ、と思った瞬間鋭利な触手が彼の体を切り裂いていた。その肩からぱっと鮮血が飛び散る。
「ジニー!し、しっかりしろ、おい!」
「だ、大丈夫です、ゴートン様……!」
彼は肩を抑えながらも、ギリギリのところで立っている。分身をけん制しながら、腰から短剣を抜いて身構えたのだった。
「こ、こいつは私が足止めします!どうか今のうちに、本体を!私も……私もゴートン様の力になりたいのです!!」
その真剣な目に、言葉に、どれほどゴートンが胸を打たれたかわかるだろうか。彼女は今、自分の身を挺して己をかばってくれたのだった。文字通り、ゴートンのために命を賭けてくれたのである。たった数回、ベッドを共にしただけの相手である自分を。
――ああ、ジニー……ジニー!
なんて尊いのだろう。女性の見た目をした男である、なんてことは吹き飛んでいた。
この人こそが、自分を真に愛してくれる人なのだ。この人に出会うために己の人生はあったのだとそう確信していた。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ジニーのためにも、絶対に勝たなければいけない。雄叫びを上げ、ゴートンはヴァリアントの本体に向かっていく。そして、お尻で脈動する真っ赤な種に向かって、剣を突き出したのだった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ぶるぶるぶるぶる、と体液を噴出しながら震えて、縮んでいく怪物。やがてその遺体から光が溢れ、最後は噴水に花屋の女性の体がぷかぷかと浮かんでいるばかりとなったのだ。
見れば、彼女が元に戻ると同時に分身たちの呪いも溶けている様子である。ジニーが対峙した女性も、元の姿に戻って石畳の上に転がっていた。
「じ、ジニー!ケガは!?お、俺のために、ケガを……!」
何よりもまずジニーの心配だ。ゴートンが駆け寄ると、ジニーは短剣を仕舞いながら微笑んだのである。
「大丈夫です。大したケガではありません。……ゴートン様こそ、ご無事でよかった」
正確に言うと、この怪物の“頭”にあたるのは元の人間の姿を保っている部分と思われる。破れたエプロンを身に纏った女性の胴体と頭が、どっぷり噴水の水に浸かっていた。あれでは水を飲むというより溺れてしまいそうなのだろうが、怪物的には問題ないのだろうか?
そもそも、ヴァリアント化した生き物が果たして普通の生物と同じ新陳代謝を備えているのかがまったくわからないというのが実情である。食事や排泄はもちろん、呼吸もしているのかどうか怪しい。捕まえて調べることが困難であるから、というのが最大の理由である。なんせどのヴァリアントも人間離れした能力を持ち、とにかく攻撃的なのである。眠らせたり麻痺させて一時的に動きを止めることができても、じゃあ長期的に捕獲して解剖できるかどうかは別問題だ。暴れることもあるし、何より倫理観の問題が大きい。もともとは人間だった、というヴァリアントが殆どなのだから。
そもそも、ヴァリアントであった時の記憶を本当に元の人間たちが覚えていないかというとそれも微妙だったのである。
ほとんどの人間が前後の記憶を失っている様子だが、時には“うっすらと覚えている”と発言する者もいないわけではない。人間としての意識を僅かばかり残していた者もいたというのは、ヴァリアント化して元に戻ることができた人間たちの証言から明らかになっているのである。
完全に記憶を失ってしまうのが確定しているのならともかく、人間の意識や記憶を失わない者もいるという。猶更、いくら研究のためとはいえ捕まえて残酷な調査をするのはちょっと、となるのは当然と言えば当然のことだろう。
「本体は、こちらに気付いていないようですね。水を飲んでいる隙に攻撃すれば、仕留められる可能性が高いでしょう」
連れて来た女傭兵の一人が、ゴートンに告げた。
「ただ……周囲を、あのヴァリアントが生み出した分身たちが守っています。あれを払わなければ、近づくことができません」
「仕方ねえな。分身の方、倒せるか?」
「はい。本体と比べて素早いですが、分身は新たに仲間を増やすことができないようです。また攻撃も、蔓を使った殴打や刺す、斬るといった動作に限定されている模様。溶解液などを使ってくることもしませんし、いたって攻撃はシンプルなので見極めるのは難しいことではありません。半分体が腐りかけているので、すさまじい悪臭ではありますが」
「本当にな。ヴァリアントってやつで、幻術以外でイイニオイさせてるやつを見たことがねえ。……とりあえず、頼めるかお前ら。その隙に、俺が本体をぶっ叩く!」
「了解いたしました。ゴートン様、お気をつけて」
そんな会話をしているうちに、分身たちがわらわらと集まってきたようだった。
一度食われて半ば消化された者達は、人間の姿を中途半端に残している分かなり無惨なことになっている。ゾンビみたい、と憲兵の青年が称したのはまさにその通りだったということらしい。皮膚のあちこちがどろどろに溶けかけ、骨も一部が溶けて腐りかけたような肉を晒している。目玉が眼窩から零れ落ちそうになっている者もいれば、髪の毛どころか頭皮も溶け、頭蓋骨がむき出しになっている者もいる。そのむき出しの頭蓋骨すら溶け、脳がむき出しになっている者も。
そんな体のあちこちから、植物の蔓のようなものを生やしているのだ。攻撃はこの蔓によるものに限定されるらしい。人間サイズで本体より小さい分足は速いが、それでも人間の移動速度ほどではない。というのも、消化されかけたせいで足がまともに機能していない者がほとんどだからだ。折れかけたり溶けかけたりした足で歩いたり走ったりするので、移動するスピードはさほど脅威ではないだろう。
ただし、蔓の攻撃は相当素早いようだ。女傭兵の一人が近づくと、ゾンビのようになった分身のヴァリアントの一体が攻撃をしかけてきた。顔の半分がどろどろに溶けている、スーツ姿の男だったと思しき者だ。腹のあたりから伸びた蔓が、女傭兵を仕留めようと遅いかかってきた。まるで鞭のようにしなり、殴打せんと振り上げられる。
「はっ!」
が、そこは数年ゴートンに仕えている傭兵である。彼女はその単調な攻撃をひらりと躱して、同時に腰から長剣を引き抜いていた。一気に距離を詰め、居合切りでその分身の首を切り落とす。
「ギニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
断末魔の絶叫とともに、分身ヴァリアントの体が崩れ落ちた。そして、どろどろとゾンビ状の肉体が溶けていく。それがスライムのような肉の塊になったと同時に、キラキラとした光の粒が内側からあふれてくるのだ。そして萎むように死体が消えていき、最後には泥のような液体の中に倒れている元の人間が戻ってきているというわけである。
殺すと元の人間に戻る。そして、その戻り方がヴァリアントと同じ。ということは、やはり食われて消化された者もヴァリアントになったとみて間違いはなさそうである。
――と、のんびりしている場合じゃねえな。
女傭兵たちが次々飛び出していき、分身たちをひきつけてくれている。この時間を無駄にするわけにはいかない。幸い、噴水の水を飲むのに必死になっている本体はまだ振り向く気配さえない。このまま後ろから仕留めるのも難しくはないだろう。
ゴートンのチートスキルは、目を合わせた女を誰でも己の虜にできる、というもの。
つまり、戦闘系の能力ではないのである。そして、残念ながらヴァリアントにこのスキルは通じない。人間のオンナ限定で、と女神に制限を頼んでしまっているためだ。ゴートンの認識では、少なくともヴァリアント状態のオンナは人間に含まれてはいないのである。
というか、このスキルでも使わないと、動物やモンスターのオンナにもモテてしまうことになる。人間に近い見た目の魔物や魔族の女なら興味もあるが、正直そうではない姿の雌の方が圧倒的に多いのだ。彼女らにモテてしまうのは正直、自分の趣味を外れてしまうのである。ゆえに、化け物にモテるスキルではなくなっているのだが――これは後でちょっとばかり後悔したことでもあるのだった。魔物も対象にしていれば戦闘で使えたのに、と後で気が付いたからである。今更修正もきかないのでどうしようもないが。
つまり、ゴートン本人に、戦闘に有用なチートスキルというものはないのである。ゴートンに忠誠を誓った女どもは命を捨てても戦ってくれるが、それだけなのだ。
では何故、さんざんパシリに使われまくっているゴートンが、怪物を相手に連戦連勝ができているのか?それは、ゴートンたち勇者が女神に与えられたもう一つの力と情報によるものなのだった。
『ヴァリアントは普通に倒すこともできますが……より簡単に討伐する方法があります。それが、弱点を攻撃することなのです』
女神が言うに。
ヴァリアントになった存在には全て、核として機能する部分があるというのである。その核を攻撃すれば体を保てなくなり、あっさりと自滅するというのだ。
ただし、その核の位置が普通の人間には見えない。女神は勇者達に、核の場所が見える目を与えてくれた。そして――ヴァリアントに特別効果がある、特殊な武器も。
それが対ヴァリアント専用装備である、セイバーソードなのである。一見するとただの白銀の長剣にしか見えないが、これでヴァリアントの弱点を突くことで即死させることが可能なのだ。身体能力が高いわけでもなく、魔法が使えるわけでもないゴートンが勝ちぬいてこれはのはこの二つの武器があってのことなのである。
『ヴァリアントはこの世界すべての人々を脅かす最悪の脅威。……どうか、躊躇わないでください。怪物になった人を救うためにも、そのヴァリアントとしての命を一度終わらせるほか術はないのですから……』
――よし、あと少し!
女神の言葉を思い出しながら、ゴートンはセイバーソードを腰から抜く。このヴァリアントの弱点はお尻部分にあるようだった。真っ赤な種のようなものが、びくびくと脈打っているのが見える。これを攻撃すれば、一撃で倒すことができるのだ。そして。
倒し続ければ、自分は英雄でいられることも知っている。
前世ではけしてなしえなかった、人々に感謝され、愛され、認められる英雄。化け物を討伐すれば、この醜い姿の己でも関係なく愛されることができるのだ。だから自分は、サリー達の高慢な態度にイラつきながらも討伐に積極的に参加して――。
「!?」
少しばかり、感傷に浸りすぎたのかもしれない。あと一歩、というところで視界をよぎったものに気付いてぎょっとすることになった。
どうして、気づかなかったのだろう。すぐそばに、一体の分身が迫っていたことに。
「ギシャアアア!」
そいつは、ゴートンが本体を殺そうとしていることに気が付いているのだろう。元は人間の女だったらしきその顔は、阿修羅のごとく怒りに染まっている。血涙を流しながら甲高い声で鳴き、両腕の先から蔓を伸ばしてきた。まずい、この態勢、この距離では避けきれない――!
「ゴートン様!」
「じ、ジニー!?」
まるで、狙いすましたかのようなタイミングだった。ジニーが、自分と怪物の間に飛び出してきたのである。あ、と思った瞬間鋭利な触手が彼の体を切り裂いていた。その肩からぱっと鮮血が飛び散る。
「ジニー!し、しっかりしろ、おい!」
「だ、大丈夫です、ゴートン様……!」
彼は肩を抑えながらも、ギリギリのところで立っている。分身をけん制しながら、腰から短剣を抜いて身構えたのだった。
「こ、こいつは私が足止めします!どうか今のうちに、本体を!私も……私もゴートン様の力になりたいのです!!」
その真剣な目に、言葉に、どれほどゴートンが胸を打たれたかわかるだろうか。彼女は今、自分の身を挺して己をかばってくれたのだった。文字通り、ゴートンのために命を賭けてくれたのである。たった数回、ベッドを共にしただけの相手である自分を。
――ああ、ジニー……ジニー!
なんて尊いのだろう。女性の見た目をした男である、なんてことは吹き飛んでいた。
この人こそが、自分を真に愛してくれる人なのだ。この人に出会うために己の人生はあったのだとそう確信していた。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ジニーのためにも、絶対に勝たなければいけない。雄叫びを上げ、ゴートンはヴァリアントの本体に向かっていく。そして、お尻で脈動する真っ赤な種に向かって、剣を突き出したのだった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
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見れば、彼女が元に戻ると同時に分身たちの呪いも溶けている様子である。ジニーが対峙した女性も、元の姿に戻って石畳の上に転がっていた。
「じ、ジニー!ケガは!?お、俺のために、ケガを……!」
何よりもまずジニーの心配だ。ゴートンが駆け寄ると、ジニーは短剣を仕舞いながら微笑んだのである。
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「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」
知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。
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