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<32・Acid>
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「あっぐううっ!」
落とし穴は、途中からトンネルのように掘られていたようだった。一体どこまで落ちるのか。サリーがごろごろと転がり落ちていった先は、四角い部屋のような場所だった。
「いたたたたっ……もう、マジでサイアク、サイアクだわっ……!」
絶対あのゴートンを殺す。その憎悪を支えに、サリーは立ち上がった。そして自分が落とされた部屋が、ただの“部屋”ではないことに気が付くのである。
「……何これ」
つるりとした冷たい天井には、たった今サリーが落ちて来たトンネルがある。そのすぐ脇には小型カメラのようなものとスピーカーのようなものが設置されていた。カメラは女神が自分達に授けてくれたものよりも小さく、デザインが異なっている。この通路といい、一体いつの間に工事をしたのだろうか。カメラはともかく、通路は魔法で作った可能性もあるだろう。
そして問題なのは、天井と、同じように冷たい鉄板のような床以外。四方の壁である。よく見ると、壁全体がうっすらと青色に光っているのだ。遠くから日の光が差し込んできているらしい。目を凝らすとそれはガラスであり、ガラスの向こうがわずかに波打っている。
そう、自分はガラス張りの部屋に閉じ込められているのだ。しかも、壁の向こうは液体である。ひょっとしてこの部屋は海の底にでもあるのか、と少しばかりぞっとした。光が差し込んできている以上、地上からはそう遠くはないのだろうが。
――趣味悪い……!人を、海の底に沈めた部屋に閉じ込めようだなんて。溺れさせるつもり!?まるで水槽の魚じゃないの!!
だが、海ならば簡単だ。このガラスを破壊して飛び出せば生き延びられる可能性がある。自分の能力は、どんなものも貫通して破壊できるというものだ。このガラスがどれほど強化されたものだろうが関係ない。自分のスキルで、壊せないものなどないのだから。
天井から抜け出すのは無理だろう。そもそも高すぎて、ジャンプしても手が届かないのだ。さらに、あんなつるつるとしたトンネルをよじ登るのは物理的に不可能だと言っていい。どっちみち、このままこんな場所に閉じ込められていたらいずれ餓死してしまうことは間違いない。
――あのクソデブ!何がなんでもブタの丸焼きにしてやるわ……!
サリーがスキルを発動しようと構えたその時だった。ぶつん、と小さく音が鳴る。スピーカーのスイッチが入った音だ、とすぐに気づいた。
『サリー、聞こえるか』
「……!ゴートン!」
この部屋に自分を閉じ込めた主の声に、サリーはイライラと天井を見た。忌々しい機械が、ちかちかと赤いランプを点灯させているのが見える。
「あんたね、あたしをこんな部屋に閉じ込めたのは!どういうつもりよ、話を聞いてほしいとか言っておきながら罠を増設してハメるなんて!」
最新鋭の防犯システムに気を付けていたせいで、落とし穴なんて古典的なものに気付かなかったのはちょっと間抜けだったと自分でも思うが。わざわざ自分とゾウマとノエルを別々の部屋に隔離したのには理由があるはずだ。
三人の中でも、ゴートンが一番自分を快く思っていなかったことはわかっている。だから水牢なんて卑怯な真似を使うのだろう。忌々しいことこの上ない。海の中の牢屋なら自分が逃げられないと思っているのなら、まさにお生憎様である。自分のチートスキルは、そんな甘いものではないのだから。自分の根性もだ。
なんといっても、己は前世で泳ぎが大の得意だった。海の中でも関係ない。さすがに深海なんてことはないだろうし、ちょっと泳げばすぐ水の上に出るくらいわけないことだろう。
「この嘘つき野郎!さっさとここから出しなさいよ、ぶっ殺してあげるから!!」
『……お前は馬鹿か。そんなこと言われて出すわけがねえだろう』
ゴートンは呆れたように続ける。
『俺は、お前らときちんと話をするつもりだったよ。正面から来いって言ったじゃねえか。正面玄関の方の罠は全部解除してあったんだ。それなのに裏口から来たってことは……俺を奇襲してぶっ殺すつもりでいたってことだろ?だから、俺も用意してた罠を発動させたんだ。自分を守るためにな』
彼の声にはどこか、疲れたような響きがある。
『マリオンに能力をかけちまったのは、頭に血が上ってたせいだ。悪かったとは思ってるよ。でもな、なんで頭に血が上ったのかっつったら、あいつが俺の一番大切な人を奪い取ろうとしたからだ。俺と違って、お前らの信頼も、かわいい顔も、なんでも持ってるってのによ。……俺からすれば先に裏切ったのはあいつの方だった。だからこんなことになった。能力をかけたのは反省してるし後悔もしてるけど……でも、俺だってお前らの敵になりたくてそんなことしたんじゃねえ』
「へえ、だからぁ?それで許せっての?」
『嫉妬や、喧嘩は誰にでもある。お前だって前に言ってただろ。前世で……自分より優れた人間が許せなくて、そいつらを蹴落として回ってたって。そいつらの作品を破いたり、悪口を言いふらしたり』
「黙りなさいよ!」
思わず怒鳴っていた。ああ、何でこんな奴に前世の話をしていたのか。後悔せずにはいられない。いくら酒で酔っていたからといって!
「あたしは完璧な存在なの……何一つ間違えたりしないし、どんな場所でも最高で最強であって当然なのよ!前世は、そんなあたしの価値を見もせず、他の奴らばかり讃えた目の腐った連中に正しいことをアピールしていただけ!それが嫉妬!?クソブタのあんたと一緒にしないで頂戴!」
ああ、あんな腐った世界のことなど忘れたいのに思い出してしまう。自分はいつも正しいことしか主張しなかった。何一つ間違えたことなど言わなかった。それなのに、世界はいつも自分の思い通りにならない。己が正当な主張をすればするほど、愚かな妄想に取りつかれた者達は自分を奇異の目で見て、そしてしまいには精神病院に放り込もうとしたのだ。
この世界ではようやく、自分が誰よりも評価される立場になれたのである。クソ凡人とは違う選ばれた存在になれた。そして勇者として、国の人々に讃えられ愛されるようになった。自分は本来あるべき評価を、この世界できちんと取り戻しただけだというのに。
最近はそれにケチがついてばかり。まるで誰かが邪魔しているかのように。
「……ああ、なるほど。嫉妬ってのはあんたのことね?あんたがあたしに嫉妬して、あたしの道を邪魔しようとしてるのね?だからマリオンを奴隷にしたり、あたし達を裏切ったりしたってわけ?ていうか、実は昔から魔王の手下の仲間だったりするのかしら?そうよね、あんたみたいな不細工でゴミで役立たずな男、あたしみたいな存在がいたんじゃ誰からも注目されないし……心から愛されるはずもないもんね!」
思っていたことを全部ぶちまけてやった。すると、ゴートンは暫く沈黙した後、意外にも“そうかもな”と肯定してみせたのである。
『俺は……こんなスキルなんか持つべきじゃなかった。今ならわかる。だってこのスキルで誰かを手に入れたって、本当に愛されたことにはならないんだからよ。俺は……俺はスキルが効かない相手を本当に好きになって気が付いたんだ。俺は間違ってた。こんなスキルで人を無理やり奴隷にしたって空しいだけだったって。……わかってるよ、山ほど女達を傷つけてきたのに、そんなこと言う資格なんかねえってことは。嫉妬があったのも否定しねえ。お前にとっては……俺はゴミも当然の存在なんだろうな』
でもな、と彼は続ける。
『本当の仲間なら、仲間をゴミだなんて言ったりしないもんなんだよ。俺はもう、本当の仲間以外欲しくねえ。サリー、お前にとって俺はやっぱり、仲間にはなれてなかったってことなんだろうな。お前を引き立てる踏み台でしかなかったわけだ。はは、まるでチート主人公を引き立てるための雑魚悪役みたいってか』
「当たり前でしょ?あたしは世界を救うなんて本当はどうでもいいの。女神が悪かろうか魔王が悪かろうがそれ以外の誰かが悪かろうが、あたしを盛り立ててくれれば十分なんだから。仲間?あたしにとって仲間ってのは、あたしに相応しい道具のことを言うのよ。マリオンは可愛げがあったわ。ゾウマはあたしを正しく愛してくれるわ。でもあんたは?あんたは何か一つでもあたしのためにしてくれたことがあったの?」
『ねえかもな。……お前が俺のためにしてくれたことが何もなかったように』
「なんであんたのためにあたしが尽くしてやらなくちゃいけないわけ?あんたのようなゴミがあたしを一方的に助けるのが当然でしょお?役立たずに、それ以外何の価値があるってのよ」
『またゴミか。……お前と話してると、本当に疲れるな。きっと前世でお前を病院に入れたいと思った人たちは、こんな気持ちだったんだろうよ……』
はあ、とゴートンがスピーカーの向こうで深くため息をついたのがわかった。
『もういい。……お前、暫くその部屋で反省しててくれ。俺はもう疲れた』
「ちょ、待ちなさいよ!暫くっていつまでよ!?」
『お前が俺を殺そうとしなくなるまで。……ああ、でもその部屋でお前のチートスキルを使わない方がいいぞ。大変なことになるから。……忠告はしたからな、じゃあな』
「ちょっと、ゴートン!」
ぶつん、と音声は途切れてしまった。なんて言いぐさだ、とサリーは足を踏み鳴らして怒る。それでこの部屋に自分を放置して逃げるというわけか。とんだ負け犬である。まともにサリーを論破することもできないなんて。
どいつもこいつも根性がない。が、そもそもできることならサリーとてゴートンと会話などしたくなかったのだ。これで、彼が完全に自分の敵になったということもわかった。あんなゴミ男、勇者仲間に数えられていなければとっくに処分してやっていたのだ、いい口実ができたと思えばいい。
「ちっ……やっぱり無理か。仕方ないわね」
もう一度ジャンプしたものの、やはり天井には届かない。ガラスを破壊して脱出するしかないようだった。サリーは左手を前に向け、右手を胸の前で構える。しゅん、と音を立てて現れるのは、サリー特性のチート銃だ。真っ赤な色に塗られたライフル銃。引き金を引けば、ダイアモンドも鉄板も硬いモンスターの装甲も貫く。二年前、魔法壁に守られた魔王をあっさり撃ちぬいて見せたように。
「チートスキル発動……“絶対力・貫”!」
意識を集中させながら、壁の一方に銃口を向けて引き金を引いた。ばしゅん!と銃弾がガラスに突き刺さり、海の向こうへと消えていく。ばりばりばりばり、と放射状にガラスに蜘蛛の巣状の罅が入った。そして、液体が室内に流れ込んでくる。
「ふん、他愛もないわ。さっさとここを脱出して……えっ!?」
入ってきたサリーは気づいた。入ってきた液体が、ややどろっとしていることを。そして、何やら鼻につん、とくるような刺激臭を纏っていることを。
「こ、こいつ海水じゃ……!」
水にはうっすらと水色の色がついている。そして、床に落ちた瞬間じゅううう、と白い煙を上げた。サリーはぞっとする。これは、強烈な酸か何かだと。
「い、いやっ!」
びしびしびしびし、と硝子はどんどん割れていき、やがて雪崩こむように液体が入ってきた。サリーは逃げようとしたが、そもそも自分が閉じ込められているのは小さなエレベーターくらいしかない狭い部屋である。逃げる場所などどこにもない。
何故、ゴートンが“スキルを使わない方がいい”と言ったのか理解した。理解したところでもう遅かったが。じゅう、とサリーの足を液体が浸し、瞬間燃えるような激痛が全身を駆け巡った。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
あのゴートンが、自分を酸の部屋に閉じ込めるだなんて。そんな残酷なことが仲間にできるだなんて、思ってもみなかった。逃げ場のない部屋にどんどん流れこんでくるどろどろの酸の液体。足首を焼かれ、膝を焼かれ、桃を焼かれ。しまいには股間付近まで液体が到達した。
エロゲーなどなら、服だけを都合よく溶かすなんてシチュエーションもあったのだろう。だが、この液体はそんな情けさえない。服が肌に張り付いたまま皮膚が焦げていく。ついには女として大切な場所が焼き焦がされる感触に、サリーは泣き叫ぶハメになるのだ。
――いやいやいやいや!なんで、なんであたしがこんな目に!何も悪いことなんてしてないのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
掠れるような絶叫が続く。
激痛のせいで、サリーは長い時間、意識を失うこともままならなかったのである。
落とし穴は、途中からトンネルのように掘られていたようだった。一体どこまで落ちるのか。サリーがごろごろと転がり落ちていった先は、四角い部屋のような場所だった。
「いたたたたっ……もう、マジでサイアク、サイアクだわっ……!」
絶対あのゴートンを殺す。その憎悪を支えに、サリーは立ち上がった。そして自分が落とされた部屋が、ただの“部屋”ではないことに気が付くのである。
「……何これ」
つるりとした冷たい天井には、たった今サリーが落ちて来たトンネルがある。そのすぐ脇には小型カメラのようなものとスピーカーのようなものが設置されていた。カメラは女神が自分達に授けてくれたものよりも小さく、デザインが異なっている。この通路といい、一体いつの間に工事をしたのだろうか。カメラはともかく、通路は魔法で作った可能性もあるだろう。
そして問題なのは、天井と、同じように冷たい鉄板のような床以外。四方の壁である。よく見ると、壁全体がうっすらと青色に光っているのだ。遠くから日の光が差し込んできているらしい。目を凝らすとそれはガラスであり、ガラスの向こうがわずかに波打っている。
そう、自分はガラス張りの部屋に閉じ込められているのだ。しかも、壁の向こうは液体である。ひょっとしてこの部屋は海の底にでもあるのか、と少しばかりぞっとした。光が差し込んできている以上、地上からはそう遠くはないのだろうが。
――趣味悪い……!人を、海の底に沈めた部屋に閉じ込めようだなんて。溺れさせるつもり!?まるで水槽の魚じゃないの!!
だが、海ならば簡単だ。このガラスを破壊して飛び出せば生き延びられる可能性がある。自分の能力は、どんなものも貫通して破壊できるというものだ。このガラスがどれほど強化されたものだろうが関係ない。自分のスキルで、壊せないものなどないのだから。
天井から抜け出すのは無理だろう。そもそも高すぎて、ジャンプしても手が届かないのだ。さらに、あんなつるつるとしたトンネルをよじ登るのは物理的に不可能だと言っていい。どっちみち、このままこんな場所に閉じ込められていたらいずれ餓死してしまうことは間違いない。
――あのクソデブ!何がなんでもブタの丸焼きにしてやるわ……!
サリーがスキルを発動しようと構えたその時だった。ぶつん、と小さく音が鳴る。スピーカーのスイッチが入った音だ、とすぐに気づいた。
『サリー、聞こえるか』
「……!ゴートン!」
この部屋に自分を閉じ込めた主の声に、サリーはイライラと天井を見た。忌々しい機械が、ちかちかと赤いランプを点灯させているのが見える。
「あんたね、あたしをこんな部屋に閉じ込めたのは!どういうつもりよ、話を聞いてほしいとか言っておきながら罠を増設してハメるなんて!」
最新鋭の防犯システムに気を付けていたせいで、落とし穴なんて古典的なものに気付かなかったのはちょっと間抜けだったと自分でも思うが。わざわざ自分とゾウマとノエルを別々の部屋に隔離したのには理由があるはずだ。
三人の中でも、ゴートンが一番自分を快く思っていなかったことはわかっている。だから水牢なんて卑怯な真似を使うのだろう。忌々しいことこの上ない。海の中の牢屋なら自分が逃げられないと思っているのなら、まさにお生憎様である。自分のチートスキルは、そんな甘いものではないのだから。自分の根性もだ。
なんといっても、己は前世で泳ぎが大の得意だった。海の中でも関係ない。さすがに深海なんてことはないだろうし、ちょっと泳げばすぐ水の上に出るくらいわけないことだろう。
「この嘘つき野郎!さっさとここから出しなさいよ、ぶっ殺してあげるから!!」
『……お前は馬鹿か。そんなこと言われて出すわけがねえだろう』
ゴートンは呆れたように続ける。
『俺は、お前らときちんと話をするつもりだったよ。正面から来いって言ったじゃねえか。正面玄関の方の罠は全部解除してあったんだ。それなのに裏口から来たってことは……俺を奇襲してぶっ殺すつもりでいたってことだろ?だから、俺も用意してた罠を発動させたんだ。自分を守るためにな』
彼の声にはどこか、疲れたような響きがある。
『マリオンに能力をかけちまったのは、頭に血が上ってたせいだ。悪かったとは思ってるよ。でもな、なんで頭に血が上ったのかっつったら、あいつが俺の一番大切な人を奪い取ろうとしたからだ。俺と違って、お前らの信頼も、かわいい顔も、なんでも持ってるってのによ。……俺からすれば先に裏切ったのはあいつの方だった。だからこんなことになった。能力をかけたのは反省してるし後悔もしてるけど……でも、俺だってお前らの敵になりたくてそんなことしたんじゃねえ』
「へえ、だからぁ?それで許せっての?」
『嫉妬や、喧嘩は誰にでもある。お前だって前に言ってただろ。前世で……自分より優れた人間が許せなくて、そいつらを蹴落として回ってたって。そいつらの作品を破いたり、悪口を言いふらしたり』
「黙りなさいよ!」
思わず怒鳴っていた。ああ、何でこんな奴に前世の話をしていたのか。後悔せずにはいられない。いくら酒で酔っていたからといって!
「あたしは完璧な存在なの……何一つ間違えたりしないし、どんな場所でも最高で最強であって当然なのよ!前世は、そんなあたしの価値を見もせず、他の奴らばかり讃えた目の腐った連中に正しいことをアピールしていただけ!それが嫉妬!?クソブタのあんたと一緒にしないで頂戴!」
ああ、あんな腐った世界のことなど忘れたいのに思い出してしまう。自分はいつも正しいことしか主張しなかった。何一つ間違えたことなど言わなかった。それなのに、世界はいつも自分の思い通りにならない。己が正当な主張をすればするほど、愚かな妄想に取りつかれた者達は自分を奇異の目で見て、そしてしまいには精神病院に放り込もうとしたのだ。
この世界ではようやく、自分が誰よりも評価される立場になれたのである。クソ凡人とは違う選ばれた存在になれた。そして勇者として、国の人々に讃えられ愛されるようになった。自分は本来あるべき評価を、この世界できちんと取り戻しただけだというのに。
最近はそれにケチがついてばかり。まるで誰かが邪魔しているかのように。
「……ああ、なるほど。嫉妬ってのはあんたのことね?あんたがあたしに嫉妬して、あたしの道を邪魔しようとしてるのね?だからマリオンを奴隷にしたり、あたし達を裏切ったりしたってわけ?ていうか、実は昔から魔王の手下の仲間だったりするのかしら?そうよね、あんたみたいな不細工でゴミで役立たずな男、あたしみたいな存在がいたんじゃ誰からも注目されないし……心から愛されるはずもないもんね!」
思っていたことを全部ぶちまけてやった。すると、ゴートンは暫く沈黙した後、意外にも“そうかもな”と肯定してみせたのである。
『俺は……こんなスキルなんか持つべきじゃなかった。今ならわかる。だってこのスキルで誰かを手に入れたって、本当に愛されたことにはならないんだからよ。俺は……俺はスキルが効かない相手を本当に好きになって気が付いたんだ。俺は間違ってた。こんなスキルで人を無理やり奴隷にしたって空しいだけだったって。……わかってるよ、山ほど女達を傷つけてきたのに、そんなこと言う資格なんかねえってことは。嫉妬があったのも否定しねえ。お前にとっては……俺はゴミも当然の存在なんだろうな』
でもな、と彼は続ける。
『本当の仲間なら、仲間をゴミだなんて言ったりしないもんなんだよ。俺はもう、本当の仲間以外欲しくねえ。サリー、お前にとって俺はやっぱり、仲間にはなれてなかったってことなんだろうな。お前を引き立てる踏み台でしかなかったわけだ。はは、まるでチート主人公を引き立てるための雑魚悪役みたいってか』
「当たり前でしょ?あたしは世界を救うなんて本当はどうでもいいの。女神が悪かろうか魔王が悪かろうがそれ以外の誰かが悪かろうが、あたしを盛り立ててくれれば十分なんだから。仲間?あたしにとって仲間ってのは、あたしに相応しい道具のことを言うのよ。マリオンは可愛げがあったわ。ゾウマはあたしを正しく愛してくれるわ。でもあんたは?あんたは何か一つでもあたしのためにしてくれたことがあったの?」
『ねえかもな。……お前が俺のためにしてくれたことが何もなかったように』
「なんであんたのためにあたしが尽くしてやらなくちゃいけないわけ?あんたのようなゴミがあたしを一方的に助けるのが当然でしょお?役立たずに、それ以外何の価値があるってのよ」
『またゴミか。……お前と話してると、本当に疲れるな。きっと前世でお前を病院に入れたいと思った人たちは、こんな気持ちだったんだろうよ……』
はあ、とゴートンがスピーカーの向こうで深くため息をついたのがわかった。
『もういい。……お前、暫くその部屋で反省しててくれ。俺はもう疲れた』
「ちょ、待ちなさいよ!暫くっていつまでよ!?」
『お前が俺を殺そうとしなくなるまで。……ああ、でもその部屋でお前のチートスキルを使わない方がいいぞ。大変なことになるから。……忠告はしたからな、じゃあな』
「ちょっと、ゴートン!」
ぶつん、と音声は途切れてしまった。なんて言いぐさだ、とサリーは足を踏み鳴らして怒る。それでこの部屋に自分を放置して逃げるというわけか。とんだ負け犬である。まともにサリーを論破することもできないなんて。
どいつもこいつも根性がない。が、そもそもできることならサリーとてゴートンと会話などしたくなかったのだ。これで、彼が完全に自分の敵になったということもわかった。あんなゴミ男、勇者仲間に数えられていなければとっくに処分してやっていたのだ、いい口実ができたと思えばいい。
「ちっ……やっぱり無理か。仕方ないわね」
もう一度ジャンプしたものの、やはり天井には届かない。ガラスを破壊して脱出するしかないようだった。サリーは左手を前に向け、右手を胸の前で構える。しゅん、と音を立てて現れるのは、サリー特性のチート銃だ。真っ赤な色に塗られたライフル銃。引き金を引けば、ダイアモンドも鉄板も硬いモンスターの装甲も貫く。二年前、魔法壁に守られた魔王をあっさり撃ちぬいて見せたように。
「チートスキル発動……“絶対力・貫”!」
意識を集中させながら、壁の一方に銃口を向けて引き金を引いた。ばしゅん!と銃弾がガラスに突き刺さり、海の向こうへと消えていく。ばりばりばりばり、と放射状にガラスに蜘蛛の巣状の罅が入った。そして、液体が室内に流れ込んでくる。
「ふん、他愛もないわ。さっさとここを脱出して……えっ!?」
入ってきたサリーは気づいた。入ってきた液体が、ややどろっとしていることを。そして、何やら鼻につん、とくるような刺激臭を纏っていることを。
「こ、こいつ海水じゃ……!」
水にはうっすらと水色の色がついている。そして、床に落ちた瞬間じゅううう、と白い煙を上げた。サリーはぞっとする。これは、強烈な酸か何かだと。
「い、いやっ!」
びしびしびしびし、と硝子はどんどん割れていき、やがて雪崩こむように液体が入ってきた。サリーは逃げようとしたが、そもそも自分が閉じ込められているのは小さなエレベーターくらいしかない狭い部屋である。逃げる場所などどこにもない。
何故、ゴートンが“スキルを使わない方がいい”と言ったのか理解した。理解したところでもう遅かったが。じゅう、とサリーの足を液体が浸し、瞬間燃えるような激痛が全身を駆け巡った。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
あのゴートンが、自分を酸の部屋に閉じ込めるだなんて。そんな残酷なことが仲間にできるだなんて、思ってもみなかった。逃げ場のない部屋にどんどん流れこんでくるどろどろの酸の液体。足首を焼かれ、膝を焼かれ、桃を焼かれ。しまいには股間付近まで液体が到達した。
エロゲーなどなら、服だけを都合よく溶かすなんてシチュエーションもあったのだろう。だが、この液体はそんな情けさえない。服が肌に張り付いたまま皮膚が焦げていく。ついには女として大切な場所が焼き焦がされる感触に、サリーは泣き叫ぶハメになるのだ。
――いやいやいやいや!なんで、なんであたしがこんな目に!何も悪いことなんてしてないのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
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だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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